ファイアーエムブレム / 聖杯大戦(Fire Emblem / Holy Grail Grand War) 作:femania
・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください
これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!
イメージとしたら聖杯大戦の方が近いかも……
プロローグ1 英雄召喚
――聖杯とは、あらゆる願いを叶える願望器だ。異界の英雄をサーヴァントとして召喚し、最後の一騎になるまで争う。そしてその勝者はすべての願望をかなえる権利が与えられる。あらゆる世界、あらゆる国の英雄がこの世界に降臨し、覇を競い合う殺し合い。それが聖杯戦争だ――
ある男は語る。この戦争の起源を。目の前にいる彼に。
「アルアトール帝国の歴史は人と魔族との戦争の歴史だった。魔族とは、ゴーレムやガーゴイル等の魔物を代表とするものではないし、人間とは根本的に異なる生命ではない。魔法を書物無くして使えるという稀有な特性を持つ、人と何ら生物的構造の変わらない存在だ。
しかし、人間の歴史とは、己の脅威となる存在に敵意を向け、その脅威と戦い続けてきた事実の積み重ねの一面も持つ。人種や信仰の違いで殺し合い、種族としては絶滅への道をひた走る。人間と魔族の関係も例外ではない。小さな諍いがやがて小規模の闘争、やがて大規模な戦争へと発展していった。
人間と魔族は共存の道をいつしか断たれ、人間は一方的に魔族を文明を破壊する者と定義し、殺戮を始めた。魔族もまたそれに反抗するように人間を殺し始める。人間の為政者の中で誰かが友好を築こうとすればそのような殺し合いにはならなかった。しかし人間の中に魔族と友好を築こうと思った人間はいなかった。
ではなぜ人間はそれほどにまで魔族を恐れたのか。それは魔族の持つ『聖杯』と呼ばれるものが原因だった。
『聖杯』は魔族が代々伝えてきた秘宝。起動すればあらゆる願いを叶えることができるという神が与えたとされる奇跡だ。魔族はこの神秘を守ることを至上とし、この聖杯を、いずれ訪れるであろう未曾有の危機に対する対策として保有し、管理し続ける。
人間はその『聖杯』を恐れ、そしてその力に魅入られた。あらゆる願いが叶う、当然己の物にしたいという欲が生まれ、逆に悪用されることへの恐怖を抱いた。それが戦争のきっかけとなったのだ。
人と魔族は長い間戦った。魔術書なくして強大な魔法を軽々撃つ化け物相手に、人間は数の多さで戦った。不思議と戦力は拮抗してね、一度戦いが始まって以降。長い間、戦いは終わらなかった。それがこの世界に伝わる、百年戦争というやつだ。本当に百年間殺し合っていたのだからこの平和に生きる人達には驚きを持って迎えられるのだろう。
死者は増え続ける一方。それをあまりに不憫に思ったある魔族が聖杯に、この戦争の終結を願った。その時聖杯は正しい起動はされていなかったらしいが、聖杯にその願いが届いたのか、聖杯は己の所持者を決するための戦争に終止符を打つべく、聖杯自身が、人間側と魔族側にそれぞれ決戦兵器を授けたんだ。
人の形をして現れたそれを見て、人間も、魔族も驚いた。現れたその人型の兵器は、神話、伝承で語り継がれる英雄そのものだったのだから。人間側と魔族側で、それぞれ七人。伝承の英雄たちが、己が生命力の源であるマスターと契約を交わし、その戦争に加担した。彼らの在り方を見ていつしかサーヴァントと呼ばれるようになった英雄、その力はまさに一騎当千。人でも魔族でも、個で万の軍隊を屠るほどの力を持った者は存在しない。戦争はやがて、サーヴァントの殺し合いに変わっていったのも頷ける。
サーヴァントを主軸に、いよいよ人間と魔族の決着がつく戦争がおよそ500年前、魔族のリーダーである魔王と当時のアルアトール帝王が雌雄を決したとされる戦いこそ有名な人魔戦役だ。過去最大の、人間と魔族、そしてサーヴァントが混ざった熾烈な戦い。その結果として、聖杯は人間側に渡り、魔族はその数を多く減らした。
だが初代アルアトール帝王はある間違いを犯した。それは聖杯だけでは願望器としての機能をしないこと。願望器を起動するには、聖杯と相性の良い生贄が必要になる。それがまさか魔王だとは知らずに殺してしまったことを、初代は悔やんだそうだ。
しかし、魔王の血筋を持つ者であれば、聖杯の鍵になる。それを知ったアルアトールの王族は、各地の魔族の生き残りを血眼になって探して適格者を見つけては、聖杯に生贄として捧げようとした。しかし不思議なことに聖杯はまたも機能しなかった。今度は聖杯を起動させる方法に問題があったんだ。
聖杯は厄介なことに聖杯自身が定めた儀式を行うことを起動条件としている。厄介なことに聖杯は、己を使う資格を持つ者の中で、最も優秀な人物にのみ使用を許されるものだった。そして必要な儀式は、適性者を決める殺し合い。聖杯を管理し、いざ使おうとしたアルアトールの王族は聖杯のために、その殺し合いをしなければならなくなった。
並みの人間ならここで諦めるのだろう。しかし当時のアルアトールの王族は強欲な人間ばかりだったらしい。聖杯を求める王族が本当に殺し合いを始めてしまったんだ。聖杯はその殺し合いにサーヴァントを分け与え、儀式を促進させた。そして最後に生き残った王族である祖先が勝利し新たな帝王となると、聖杯を起動しようとした。しかし、今度は魔王の血族がその戦争で死んでしまい野望は潰えた。これが120年前に発生した第1次聖杯戦争だ。
これよりはその繰り返し。魔王の血筋を持つ魔族の生き残りを見つけては、次の王位継承権を持つ王子を全員含め、王族が殺し合う。そして生き残った1人が次の王位につき、聖杯を使用する権利が与えられる、という儀式になっていった。つまりは誰がアルアトールの王になり、聖杯を手にするか。それを決める戦争になったんだよ。しかし不運なことに、魔王の血を持つ人間が戦争の間生き残ることはなく、今まで聖杯の起動には至っていない。
いつしかそんな聖杯戦争も様変わりしてきた。最近の2回は聖杯自身が選んだ王族ではない人間を参加者として認め、元は王族だけだったその殺し合いに一般人を巻き込み始めた。故に、最近では聖杯戦争はこう定義される。
聖杯に選ばれた人間が、あらゆる願いを叶える願望器を手にするため、アルアトールの王となるために、殺し合う戦争と……ね」
語るのはこの聖杯戦争の監視役。そして、彼が語った相手は、今回の戦いを背負う宿命を与えられられたアルアトール帝国第5皇子、アレスだった。彼もまたこの聖杯戦争の参加を義務付けられた王位継承権を持つ少年であり、今宵、監督役から戦争の説明を受けるために、王宮から少し離れた人影のない教会に立ち寄ったのである。
「わざわざ由来までのご説明。ありがとうございます。グラド神父」
微笑んで礼を述べるその姿はまさに絵にかいたような美男子。
グラド神父は故郷に居たかつての親友を思い出す。猛々しくも立派な青年だった。ああなれれば、どれだけ格好良かったか、と今でも思っている。
「いいえ。この教会にお世話になっている身ですから。監督役として働くのは当然のことです」
にっこりとアレスに微笑むグラド神父。しかし、アレスの顔は晴れない。
それも当然であろうと、グラド神父と呼ばれた男は思った。
この聖杯戦争は、聖杯の所有権、すなわち王位継承を誰がするかを決める殺し合い。異界の聖杯戦争ではマスターたちが生き残ることもあり得るが、この国の法律で決められた王位継承戦では、生き残るのはただ一人と定められている。故に、この戦いに生存者は1名しか出ない。そして相手は今まで当たり前のように家族として過ごしてきた者たち。
アルアトール帝国は男子継承を伝統とする。王位継承権を持つ皇子はこの世代ではアレスを含めて5名。
第1皇子フィラルド、天才剣士としても名前が知れ渡っていて、騎士道を重んじ、父と同じ覇道を志す、まさにアルアトール現帝王の息子というべき存在。
第2皇子クーベル、彼は文官の才能を持ち、聖杯戦争というシステムがなければ第1王子を支える存在として立派になっただろうと良い評判を持っている。
第3皇子ヴァレル、彼は神器を継承していない唯一の王位継承権を持つ人間で、上の2人が優秀な力を持つ存在であるがゆえに周りからは少し残念な王子として見られている。
第4皇子リュート、その姿は凛々しく、時に女性であるかと勘違いするほどの色香を持つ魅惑の姿で有名である。
そして第5皇子アレスの順に並び、王族には現皇帝の他に、皇女も3名、王族の家系譜に名を連ねている。
「兄と明日から殺し合うというのは今でも実感に湧きません。昨日まで、俺……失礼、私を可愛がってくれた兄たちと」
「口調は崩して結構ですよ。しかし、そうですね……確かに親密な相手がいきなり武器を持って目の前にいる。と考えればそれは恐ろしいことです」
グラド神父にも、家族ではないが、愛する者、生涯の友と殺し合いをしたことがある身としては、多少同情できる話だった。
「俺は、兄と戦いたくはない。本当ならこの戦争をしたくはない」
「……ではいっそのこと逃げますか?」
「いいや。これは戦争の話を聞いた十年前から覚悟していたことだ。それに、俺にも望みはあるんですよ」
そもそも、王家の取り決めに反することはできない。法で定められた戦いであるが故、逃げようものなら、即死刑が決定となる。この国の兵士はみな優秀であり、いかなる手をもってしても逃げきることは許されない。
神父は、そのような理由もあり、この街に来てから縁あって、ずっと成長を見てきた彼に戦いを強いて、生き残ることを願うしかない。最もそれはアレスだけに限った話ではないので、特段彼に情をかけているわけでなかった。
「望みですか……よろしければ聞いても?」
「このくだらない戦争は終わるべきだ。俺が勝ち残れば、それは叶う」
「なるほど。あなたはこの戦いに否定的なのですね」
「俺は、この因縁を終わらせて王になった暁には、魔族との友好を結ぶ礎になりたい」
「なるほど。随分と物好きな願いですね。偽善と言うべきか、本気にする理由でもあるのか。」
「否定はしません。俺を笑いますか?」
魔族を否定し続け、殺し続けたアルアトール帝国の皇子が急に友好宣言をするなどと、この世界に隠れ住んでいる魔族に対しては、敵意を煽る結果にしかならない。それはこの場の神父だけでなく誰しもが分かる自明の理というものだ。
しかし、アレスはそれを理解していないのではなく、それでもそう決意している。神父を見るその目は水を差すことができないほどに真摯なものだった。
「笑いませんよ。どんな願いを持っていようと、私がそれに口を挟む資格があるわけではありません。聖杯はきっとその望みを叶えるでしょう」
神父はアレスを安心させるべく、にわかに微笑んだ。
「では神父は聖杯戦争を否定的に見ているのですね」
「いいえ、そうではありません」
少し微笑んだアレスを見て、グラド神父もまた彼に気を使わせまいと顔を整えた。
「物事には良し悪しがありますよ。確かに人道的とは言えない方法の継承戦争ですが、普通に戦争を起こされるよりは犠牲者は少ないです。それに、力ある人間が王になる、それは正しいことだと思います。あくまで個人としての意見ですが、決して悪いことばかりではないかと」
「なるほど」
「あなたこそ、私を侮蔑しませんか?」
「いいえ。むしろそういう考え方があると参考になりました。聖杯戦争を良しとしないのは変える気はありませんが」
齢19にして真夜中の灯がほぼつかない教会で、ここまでの問答ができれば度胸としては十分だ。
神父はそう判断する。そして同時に、今回の聖杯戦争に期待を寄せた。今回は本当に聖杯が起動する歴史的な瞬間を目の当たりにできるかもしれないと。
「では、あなたは参加するのですね。聖杯戦争に」
アレスは頷く。
神父はそれを確かに目に焼き付けた。彼が命がけの戦いに参加する意思を見せたその瞬間を。
「アレス皇子。あなたを聖杯戦争の正式な参加者と認めます。これよりは貴方は聖杯戦争の参加者として、命を賭して戦い、必ずや聖杯を掴んでください」
聖杯戦争。それは聖杯に認められた人間がマスターとなり、己の使い魔であるサーヴァントを召喚し戦い、聖杯の所有者を決める戦いである。万能の願望器である聖杯を奪い合うこの戦いへの参加者は、どのような形であれ叶えたい願望があると言われている。
聖杯に選ばれたマスターはその証として3画からなる赤い刻印、『令呪』という紋章を体に宿す。令呪とはサーヴァントを使役する者を意味する証明であり、これをどのような形であれ失った時点で失った時点でマスターとしての資格は消えてしまう。ただし、令呪を失っただけでは聖杯戦争から脱落というわけではなく、戦う意思があればマスターでなくとも最後まで戦争に参加することは可能だ。ただし、サーヴァントは決戦兵器であり、これを持たない参加者に勝利はあり得ないと言っても過言ではない。
では、これまで言い続けてきた『サーヴァント』なる存在とは何か。それはこの世界にあらゆる伝承で伝えられている英雄を実体のある守護霊としてこの世界に現実化させたものと考えればよい。個体に寄るが基本的には一騎で生半可な国を壊滅させることができると考えれば、その強さは一般の人間では叶わないことがわかるだろう。
聖杯に招かれるサーヴァントもまた叶えたい願いを持つ英雄たちが多く、その形は大きく分けて2種存在する。
死後、生前に叶えたい夢があったり、無念を抱えたりしている英雄が、聖杯に招かれ全盛期の姿となって召喚されるパターン。この場合、己の最期までの記録、および習得した技術を保有して召喚される。ただし思考回路は召喚された肉体の年齢相応に戻る事が多い。また全盛期と呼べる時期が二度以上ある英雄は、その中でいずれか1つの全盛期の姿で召喚されるため、ある世界では勇者の槍を授けられた頃の従者としての姿で、またある時は、トラキア一の忠義の騎士としての姿で召喚されるということもある。
そしてもう1種は、生きたまま、サーヴァントとしての力を与えられ、聖杯に招かれるもの。形はどのようにしろ、生きている状態のまま異界であるこの世界に飛ばされ、聖杯を求める英雄も存在する。このような英雄には、そうするだけの大きな願望がある場合が多い。
この聖杯戦争で召喚されるサーヴァントの数は具体的には決められてはいない。人魔戦役では14騎のサーヴァントの召喚が確認されているが、その後の聖杯戦争では7騎が最高で、その時々の王族の数による。しかし最近の2回は7騎の召喚による戦争になったこともあり、基本は7騎による戦争だと仮定されている。
英雄の召喚は、伝承上の異界にあるブレイザブリクという神器がなければ至難の業になるため、その神器のないこの世界で召喚されるサーヴァントは、戦いにおける役割に即した英雄の一面に特化した形で呼び寄せることで、召喚の難易度を大幅に落としている。その役割はクラスと呼ばれ、サーヴァントはそのクラスの枠に己の性質が合致する時、そのクラスを名を冠して召喚される。
クラスは基本的に7種類。基本的に同じ聖杯戦争で、同一クラスで2体以上の召喚はなく、必ずクラスは別々となる。またセイバーで召喚された英雄は、生前槍や弓の適性があっても、召喚された後では剣しか使えなくなるという例のように、各クラスでは、クラスごとに制約が設けられている。なので基本的には召喚されたクラスに応じた技術でサーヴァントは戦闘を行うのだ。
剣を使い戦うセイバー。
弓等の遠距離の狙撃を得意とするアーチャー。
槍の使い手であるランサー。
騎馬や竜等に乗り、戦場を駆けるライダー。
魔法書を用いた、魔法を得意とするキャスター。
暗殺や虐殺等、殺しに特化した技術を持つアサシン。
理性を犠牲にする代わりに、戦闘力に特化した存在となったバーサーカー。
もちろん例外のクラスで召喚される者もいるがその存在は非常に稀であり、この聖杯戦争でも召喚が確認されたのはただ1度きりであるので考える必要はない。
サーヴァントの能力は多種多様であるが、サーヴァント自身の能力に加え、マスターとなった人間の能力によって変動することもある。結果的にサーヴァント同士でも格の違いはあるものの、マスターの能力によっては、十分下克上は可能である。しかし、元々持つ基本の能力が高い英雄を呼ぶことが戦いを有利に進めるカギとなることに違いはない。
故にマスターは強いサーヴァントを召喚することが、聖杯戦争を勝ち抜くために必要な第1の過程である。
「さあ、サーヴァントの召喚の儀に映りましょう」
グラド神父は、緊張の面持ちで待機をしていたアレスに話しかける。
「何か、サーヴァントを召喚する『縁』はありますか?」
『縁』とはサーヴァントを召喚するための触媒のようなもの。本来であれば、英雄の召喚は完全なランダムであり、どのような英雄が召喚されるか分からない。しかし伝承に関する英雄に近しい『何か』持っていると、召喚対象を絞ることができる。例えば鋼の剣を用意すれば、剣を使うことができた英雄に召喚の対象を絞ることができる、といったようなものだ。特に範囲をかなり絞ることのできる強い縁となる物体は聖遺物と呼ばれることもある。
「これを」
「ファルシオン……なぜあなたが」
それをアレスが持っている事は本来あってはならないことだ。しかしアレスは何の悪びれもせずにその剣を見せる。
アルアトール帝国には、かつて魔王を滅ぼした戦いで、個体として強力な魔族、そして魔王を討伐するために誕生した4つの神器がある。当時は名も無き武具だったが、魔族という闇を打ち払う決め手となったその武器に敬意を表し、最初の神話世界で最強と呼ばれた武器の名前を与えた。強大な力を持つ魔王を屠り、時に人智を超えた光の力を宿すと言われる神剣ファルシオン。魔法を一切寄せ付けずその刃は鋼を容易く両断する力を持った聖剣メリクルレイピア、その槍の投擲は竜の炎と同じ破壊となる伝説を持つ聖槍グラディウス、放たれた矢の一射はあまねくものを貫通し止まることのない光芒を刻むと語られた聖弓パルティア。それら4つは魔族はもちろんのこと、サーヴァント相手にも有効な強力な武具として、帝国の勝利と力の象徴として崇められてきた。その存在はまさに神格と言ってもよく、本来であれば皇子であっても拝謁すら許されない。現皇帝のみが元老院の半数以上の議決を持ってようやく触ることを許されるほどのものだ。
「昨日父上による呼ばれまして、聖杯戦争が始まる前にこの武器と王家の慣習だけは絶やさぬように忠告を受け、その武器が封印されている場所を伝えられました」
「そこから盗んできたと?」
「はい」
「さすがのあなたでも国家の大罪人として訴えられますよ」
「覚悟の上です」
グラド神父は苦笑した。アレスの聖杯戦争への意気込みを見て。
いくら王族の儀式とはいえ、自らが大罪を背負ってでも勝たなければならない理由に神父は興味を持った。
歴代の王族に比べてアレスはやりすぎだ。アレスもまたこの帝国の王族として強欲に生きる血を持っているのか、または、彼はその中でも異端児なのか。
どちらにしても今回の聖杯戦争は面白いことになる。神父は光の剣を持つアレスをもう一度見て、その確信を持った。
「魔法陣は組んであります。どうぞこちらへ」
「え……?」
「どのみちあなたが用意するものです。ならば私が用意しても戦争には影響ありません」
「しかし、それがサーヴァントの降霊に影響するのでは?」
「いいえ。魔法陣は呼ばれる英雄の種類に影響はありません。ご安心を」
「なるほど」
教会の最奥。そこに刻まれた魔法陣。まるで血のような妖しく紅い液体で書かれたそれを見て、アレスは、己は今から踏み入れようとしている戦いの恐ろしさを間接的に見せられた気がした。自分はこれから命の取り合いをするのだと。この液体にも見慣れなければならないのだと。
アレスは思い出す。己の願望を。
七年前。十二歳の頃に見た血を、生涯忘れることはない己の罪を償いたい。守ろうとしたのに守れなかったことを『彼女』に
どんなに『違う』と叫んでも、それを認めず自分たちの味方のように、自分を『彼女』に見せつけたあの大人たち。異端な考えを認めず、魔族排斥を至上とするその間違った思想を、この戦いで終わりにし、死んだかつての親友に償いたい。
アレスは今一度、自らの願望をかみしめる。
召喚の手順はそれほど大掛かりな儀式を必要としない。英雄を呼び寄せるのはあくまで聖杯であり、呼び寄せた英雄の出現地点を示すのが魔法陣というだけだ。故に魔法の心得がない者でも召喚は可能である。
「縁を魔法陣の中へ」
アレスは、腰に釣ったファルシオンを鞘から抜き、目の前の魔法陣に置く。神剣と謳われたこの剣も、500年の時を経て朽ちたのか、そもそも伝説のような力など持ち合わせていないのか、ただの装飾が豪華な剣にしか見えない。
「……勝つためには何でも使う」
アレスはその剣に語り掛けるように言った。
グラド神父は魔法陣最終確認をする。そして満足げにアレスに笑いかけた。
「聖杯戦争は、誰かがサーヴァントを召喚した時点で開始されます」
「すでに始まっていると?」
「いいえ。私の聞いた話ですが、今夜の月がちょうど空の真上に来た頃に、王族の皆様は召喚を始めるでしょう。アレス、あなたの召喚は、他の参加者と召喚はほぼ同時になると思います。此度の戦争の幕開けは英雄召喚と同時刻になります」
「貴方は私たちを常に見守っていると?」
「ええ。この継承戦争は一般人に被害が出ないからこそ黙認されている伝統ですから。それ故、行き過ぎた行為は我々監督役と私の部下の執行人が対処することになります。私とのその仲間は常に監視を行っていますよ」
アレスは聖杯戦争で破ってはいけないルールをもう一度確認する。
1つ。戦闘は夜に行うこと。
1つ。監督役が特例を認めない限り、王族、もしくはそれに仕える人間以外の一般人に支障をきたさないこと。
1つ。上記に伴い、規模の大きい禁術、禁呪などは使わないこと。ただし、サーヴァントの奥義に関しては例外とするが、むやみな虐殺とならぬよう細心の注意を払うこと。
以上。守られなければ、監督役が規定違反の参加者を罰するものとする。
「まあ、最終的な判断は今回の監督役である私に委ねられますので、アレス、それに関してはくれぐれも注意をするように」
「はい」
高まる拍動を感じ、アレスは深呼吸で収めようとする。
グラド神父もまたもうすぐ始まろうとしている戦争に高揚感を持っていた。
「早く見たいですね……」
「神父?」
「失礼……監督役としてこれで2回目。以前この戦争を見た身としては、どのような英雄が来るかワクワクしてしまいまして。どうかお許しを」
「……それにしてはあなたは若すぎる。まだ20歳とも思えない見た目ですね」
「それは……体を若く保つのも仕事ですからね」
「御冗談を」
「ええ。……では、冗談はここまでにして。アレス。詠唱は覚えていますか?」
「はい」
「ならば良し。では始めましょう」
神父は魔法陣から離れる。ここから先はマスターの仕事であり、その場はマスターのみの聖域となる。この場で初めて、己の相棒であるサーヴァントを呼び出すのだから。
そしてそれは、王位継承権を持つ身として、運命の戦いの始まりの時を意味する。
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王宮の中庭。そこにいるのは第1皇子。彼は王家の正装を身に纏い、自らで書いた魔法陣の前で、己のサーヴァントを呼ぼうとしていた。
「あの詠唱を途中に挟むのを忘れないようにしなければな。……しかし、ふふ。まさかアレスに先を越されるとは。次善の策を用意しておいて正解だったが……あいつは大物になりそうだ。この手で未来を閉ざすのは悲しいことだが。……いや、考えても仕方ない。始めよう」
縁として用意したのは、かつてこの世界に存在したと言われる竜、その鱗の化石である。魔法陣の上に令呪の宿る手をかざす。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
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王宮の地下室。というより牢屋の中だが、そこでは第2皇子が魔法陣を書いていた。第2皇子は皇子の中でも唯一協力者をすでに獲得している。自分に仕える侍女と執事1名ずつ。そして公式には伝えられていないが、彼には将来を約束した仲の女性がいる。
執事と侍女は、儀式に一切に口を挟まないが、第2皇子の側室は、その怪しげな儀式を不安そうに見つめていた。
「満ちたり。満ちたり。満ちたり。満ちたり。満ちたり。繰り返すは此度5度。然してただ満たされる刻は今、破却される!」
「あなた様……」
魔法陣の中には、かつて密偵が使っていた血塗られた短剣があった。
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明かりのつかない部屋のなか、一人で過ごすには広すぎるその部屋に存在する第3皇子。彼はたった1人で、王宮の古い書物が置かれた魔法陣の前に立ち儀式を進めていた
「――告げる」
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第4皇子。彼は王宮の見張り台の屋上を貸し切っている。そこに書かれた黒の魔法陣。置かれている縁となるものは、女性用に作られた古い弓だった。
「汝の身は我が元に。我が命運は汝の手に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのならば応えよ!」
魔法陣は徐々に輝き、大きな魔力の流れが暴風となって辺りに吹き荒れる。
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皇子たちが召喚を行うその同時刻に、王宮から少し離れた離宮で、聖杯に招かれた者がまた、召喚の儀式を行っていた。
そこには2人。互いに令呪を持つ敵同士になるにも関わらず、二人は互いに敵意を見せることなく、召喚の儀式を行っている。
1人は第1皇女ミレーユ。
「誓いをここに。我は常世すべての善を敷くもの、我は常世すべての悪を成す者」
彼女の召喚魔法陣の中央には、刃先が綺麗に反っている槍が置かれている。
そしてもう1人は今回の参加者の中では最も子供だった。第2皇女ソフィア。まだ12歳である。先日必死になって覚えた詠唱を危うげに唱えている。その魔法陣の中央には、仮面が置かれていた。
「汝……三大の言霊を纏う七天」
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そしてアレスは、間違いなく詠唱を言い切る。
「異聞の帯より来たれ、大いなる守り手よ!」
詠唱が終わるとともに魔法陣の色が変化する。その色は、禍々しさを感じさせる黒だった。しかし失敗ではない。やがてアレスの視界は光で埋め尽くされ、魔道に疎いアレスすらも大きな魔力の存在の発生を感じるほどに溢れる魔力。
これこそサーヴァントの召喚。異界の英雄がこの世界に決戦兵器として現界した証明だ。
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第1皇子の前に現れたのはバーサーカー。見た目は齢25である自分よりも若く可愛らしい印象を受ける。その一方でそれでも第1皇子が恐れたのは、持っている光り輝く石から感じられる力が、想像以上の者であるということだった。
「……バーサーカーにしては……ずいぶんと綺麗な見た目だな。だが、俺の望んだ英雄に間違いはないようだ。ところどころに竜の片鱗が見える」
その英雄はしゃべらなかった。バーサーカーとして呼ばれた彼女は基礎能力が上がっている代わりに、理性がはく奪されている。英雄にもよるがバーサーカーは基本的には言うべき言葉を考える脳の働きも狂っているため、自由に話し合うことはできない。
竜のバーサーカーは赤い瞳をマスターに向ける。
「……ぁ……ぁ……」
何か口をぱくぱく動かしているが、そこから言葉として完成された音は出なかった。
「意識が混濁して言葉が見つからないのか」
第1皇子はこの契約を歓迎するという意思を伝えるために手を差し伸べる。
「ようこそ、竜の王女。貴方を歓迎する」
それに満足したのか、やはり感謝の言葉はないものの、バーサーカーは少し嬉しそうに微笑んだ。
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第2皇子の前に現れたのはアサシンのサーヴァント。異界の英雄たちの中には女性も多いのが特徴だ。これらの伝承は未だ男性優位という古風な悪い伝統に難儀している女性を勇気づけてきた。
そして第2皇子の前にいる彼女もまた、エレブ伝承で優秀な密偵として語り継がれる女傑だった。
「サーヴァント、アサシン。召喚の招きに応じ参りました」
「なるほど……クラスは狙ったものが来たな」
「今宵よりは私もあなたの剣となりましょう。私の真の名は」
「いや。いい」
「よろしいのですか?」
「ああ。それより。何ができるかを教えてくれ。早速作戦を立てよう。単純な戦闘じゃ分が悪いからな」
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第3皇子の前に来たのはキャスター。フードをかぶり顔を見せない正体不明の存在。
「キャスター? だと思います。……来ました」
その声と大きさから、未成年であることに違いはない。声は小さく頼りなさをを感じさせ、体はこれからの戦いに向けてはあまりにも小さい。
「役に立つのか。てめえ」
「……頑張ります」
キャスターである以上、この世界では魔法書を使った魔法使いである。その魔法に使うのか、それともおしゃれなのか、ペンダントを大切そうに身に着けている。
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第4皇子が呼び出したのはアーチャー。しかし、弓も矢も持っておらず、剣を帯同している。見た目は
「わたくしでよければ、あなたの力になりましょう」
「よろしくお願いします。アーチャー。……ところで……弓矢は」
「……私も驚いています。私は主に剣を使うので」
「え?」
皇子の声が裏返る。その声を聴き、アーチャーは驚いた。
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第1皇女の前に現れたのは、黒い近い茶髪の男。聖遺物として用意したものとは別に、業物の槍を抱えてすました顔で主を見る。
「ランサー……ていうのか。なんか変な気分だな。槍術師だよろしくな」
「なんかチャラチャラしてるやつね」
「まあ、許してくれ。かしこまるのは性に合わないんだ」
そして一方。第2皇女の前にの前に現れたのは、白馬の王子、ではないがそう思わせるほどに高貴な雰囲気を醸し出す、黒い外套を纏った騎士だった。
「サーヴァントライダー。馳せ参じました」
「あ……その……」
「ご安心を。貴方をお守りしましょう。騎士の誇りに誓い」
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そして魔法陣の中には、アレスの求める英雄が居た。
「これは……」
その英雄は慣れた手つきで聖遺物にある剣を手に取る。今まで神聖な力を微塵も見せた事のない神剣は、その英雄に握られた瞬間。まるで求めていた主に出会えた喜びを表現するように光を纏い始めたのだ。
その出で立ちは一目見るだけで戦士だと分かる。青い鎧はその英雄の風格を表す文様が刻まれているものの、それはよく見ると後付けであり、傷やへこみだらけの鎧を身に纏うその姿は激戦を勝ち抜いてきたに違いないとアレスに確信させた。
「サーヴァント、セイバー。召喚に応じて参上した」
セイバーはアレスの方へ向くと、
「君が僕のマスターかい?」
微笑みながら問う。
アレスは、目の前の英雄に委縮しながらも、しっかりと頷く。
「僕は君のサーヴァントとして、君の願いを叶えるべく戦おう」
「俺の願いは訊かなくていいのか?」
「いいや。君の目はしっかりと前を向いている。だから僕は、君を信じるよ」
その姿に己にはない器の大きさを感じる。もし勝ち残れれば王となるアレスにとって、目の前の戦士はいい手本になる。アレス自身は自らのサーヴァントを見てその予感があった。
「ありがとう。これからよろしく」
「こちらこそ」
アレスの差し出した手を、セイバーはしっかりと握った。
グラド神父は召喚が一段落した時点で、アレスに話しかける。
「召喚おめでとう。これより聖杯戦争は始まります。これからは自らのお命をご自愛ください」
セイバーが神父の前に、アレスの壁になるように立つ。
「セイバー?」
「マスター。自分以外は過信しないほうがいい」
「監督役だぞ?」
「……すまない。僕にはこの男が少し怖く見えてね」
グラド神父はそれを聞き、苦笑を浮かべた。
「まあ……不快ではありませんよ。決して間違いではありません。私もまた人には言えない闇を抱えていたりします。ですが聖杯戦争の監督役の務めはしっかりと果たすつもりでいます。どうかここは殺気を収めていただけませんでしょうか」
セイバーは手を剣の柄から話す。よほど警戒していたようだった。
「では、今宵の儀は終わりにしましょう。教会は人目のつきにくいはずれの地。アレス殿も積もる話はまだあるでしょうが、今夜はお帰りになられた方が良いかと。サーヴァントとのコミュニケーションも大切です。今夜はよく語らうと良いでしょう」
「……はい。そうですね」
アレスは神父の提案に逆らうことはなかった。
ここからは何があっても自己責任である。一歩何かを間違えれば死に直結する戦いに身を投じる。
不安で胸が押しつぶされそうになる一方、アレスは己の夢への成就にもうすぐたどり着くという希望が、アレスの心を保っていた。
「行こうか。マスター」
「ああ」
セイバーが先導し、教会を去ろうとしたアレス。
しかし、先に教会の入り口の扉を開いたのは出ようとしていたアレスではなく、王国の兵士だった。
「神父!」
自らが仕えるべき王族すら無視して、慌てた様子で神父に叫ぶ兵士に、神父は急に響く高音に身を震わせ驚いた。
「びっくりした……どうしました?」
兵士の顔は一言で表せば顔面蒼白だった。まるで信じられないものでも見たかのように。
「生贄が……サーヴァントを」
「生贄……今回、聖杯に捧げるはずの魔王の子孫ですね。まさか……」
「本当です。サーヴァント、アサシンを召喚し、王国の最奥監獄から脱出を開始しました」
「なんだと?」
驚きの声を上げたのはアレスだった。
「マスター、何をそんなに驚いている?」
「あそこにいるのは……くそ!」
アレスは今までの緊張も、興奮もすべて吹っ飛んでしまったのか、無防備のまま慌てて外に向けて走り出す。
「マスター?」
セイバーは、唐突に走り出す多己のマスターを追い走り出した。
「皇子……お待ちを」
その言葉はアレスに届くことはなかった。
「監督役の私が代わりにお伝えいたします。続きの報告を」
「はい……さらに、王国で公認している召喚の他に、さらに英雄召喚と思われる魔力反応が7つ、王宮魔術師に確認されました。
「何……!」
その報告が意味するものは、今回のサーヴァントは14騎存在するという可能性。
「なんということだ……」
神父もまた、その報告を聞き、外へと走り出した。
しかし、その心情はアレスと全く異なるものだった。
神父は興奮していた。
これは伝承の再現になるかもしれない。その可能性があることに、喜びを隠せない。その伝承とはアルアトール初代王と魔族の王が戦った聖杯戦争の起源である戦い。14騎のサーヴァントが戦った原初にて史上最大の聖杯戦争。
その再現が訪れたのだと。
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その部屋に灯は灯らない。ここは帝国の囚人が幽閉される地下の監獄。至上稀に見るような大罪を犯した人間を死ぬまで永遠に閉じ困る牢獄。とても人間が生きることのできる場所ではなく、自殺を決めたり、衰弱し死んでしまった者たちが発する死臭はこべりついている。
そこに1人。ただ聖杯の生贄というだけで囚われ、手と足を鎖で繋がれた少女がいた。
彼女のような華奢な人間であれば本来1年立たずに死んでしまう。しかし鎖から補給される魔力が、彼女に生きるだけの栄養に変換されるため、彼女は死なずに長い間そこにいた。
「殺す……殺す……殺す……」
しかし、すでに精神はもうまともなものではない。彼女の中に渦巻く感情に安らげるものは一切存在しない。
彼女をここまで生かしてきた願望。それは魔族である同胞を虫のように殺し、自分をここへ閉じ込めた『人間』に復讐すること。魔王の血をもつ自身に刻まれた宿命。そして彼女自身の意志。
時はどれほど立ったか分からない彼女だったが、それでも、過去に、自分からすべてを奪った事件を、否、王国の陰謀を今でも覚えている。
その頃は本当に希望を持っていた。たとえ魔族でも、人とともに生きていけるのではないかと本気で思っていたのだ。彼女に初めての人間の友達ができた、毎日ともに学びともに遊んだ。
しかし、それを帝国は許さなかった。目の前で親友を殺し、彼女を聖杯戦争などと馬鹿げたものの生贄にしようと嬉々として彼女を捕まえに来た。
屍になった友、自分を守ろうとしてくれた友。彼らの抵抗も虚しいものだった。結局帝国の思い通り事が運び、私にとっての地獄が完成したあの日。
今でも彼女は覚えている。大人に撫でられ、褒められる、裏切者の顔を覚えている。
「アレス……!」
一緒に居てくれるという約束も、嫌いにならないという言葉も、怖くないと威勢よく言ったこともすべては嘘だった。それが彼女にとって一番悲しいことだった。
「おい」
外から声が聞こえた。彼女は耳を傾けようとしなかったが、音もないこの空間に、その声はよく響く。
「まったく、魔族ってのは怖いね。魔力を与えられるだけで生きるなんて、人間じゃない。……おいおい、そんな怖い顔で見るなよ。だって事実だろう。どう見たって人間とは違う化け物なんだから」
すぐにでも炎で焼き尽くしたい。彼女のその思いは鎖につながれている今は叶わない。
「殺す……!」
「こえ……、仕方ない。気絶させて連れてくか。殴れば意識も飛ぶだろう。王は死ななければ問題はないって言ってたからな」
迫る王宮の兵士。
彼女に抗うだけの体力は残されていなかった。
ここで連れていかれれば、もう復讐の機会は失われる。街の中心に磔にされ、人間に辱められ、そのまま生贄として殺される。
彼女は拒否した。体が自由に動かなくとも、心は叫び続けた。
こんなの間違っていると。人間は間違っていると。
だからこそ、奴らは一人残らず殺さなければならないと。
必死に祈った。
そして。その祈りは届いた。
その瞬間、手に令呪が宿った。そして、目の前に魔法陣が浮き上がる。
「なんだぁ?」
その輝きは赤。魔力が集合し、やがてすさまじい風と共に何かがやってくることを彼女は感じていた。
やがて視界は光で埋め尽くされる。それは一瞬。光が晴れた時、目の前で彼女を殴ろうとしていた兵士は倒れ、武器を燃やし明かりと灯す男がいた。
「誰……?」
それはこの監獄に来てから、彼女にとって初めての救いだった。
目の前の現れた男は、鎖を斬り、彼女に告げる。来ているのはこの国の軽装に似た外套。英雄にしては派手さは全くなく、手に持ったその剣は、キルソードと呼ばれる、暗殺剣で有名な業物。
「サーヴァントアサシン。召喚の呼び声に応じ参上した」
「何……?」
「それはこちらが聞きたいがね。と言いたいところだが、この状況、君の処遇は察したよ」
「サーヴァント。戦争……!」
「恨む気持ちもわかるが落ち着け。俺は君を助ける存在だ。そして……俺が感じる限り、どうやら君を助けに来ている者はまだいるらしい」
「そんなもの好き……」
「だが、どうやら入り口の兵士に止められているようだ。……全く、役に立たない屑だ。それはともかく」
アサシンを名乗った男は、彼女を引っ張り上げ尋ねる。
「ここから出たいか?」
脱出を求める彼女に差し伸べられた救いの手。彼女はそれを今出る限りで一番力を籠めて握った。
「私に……殺させて。人間を」
「ああ。それで君が救われるのなら、それがサーヴァントとしての私の役目だ」
彼は片腕で軽々と彼女を持ち上げる。
「あなた……」
「衰弱はしているが、魔力供給のおかげで体に支障はなさそうだ。食事と睡眠を正しく行えば、すぐに良くなるだろう。そのためにもまずは脱出する」
初対面のくせになぜか慣れ慣れしく話しかけるその男に対し、
「あなた、名前は?」
と問う。その男がその問いに出した答えは、
「無銘」
「は?」
「名前などない。俺のことは普通にアサシンと呼んでくれればいい。さあ、走るぞ。リュエン」
「なんで私の名前を」
「俺はサーヴァント。名を察することくらい簡単だ。それとしばらくしゃべるなよ。ここからは走る。舌を噛んでも私の責任ではないからな」
それだけ言うと、無銘のアサシンは走り出した。彼女を抱えて、目指すのは彼女が数年ぶりに出る外だった。
いかがだったでしょうか。
まだプロローグなので戦闘場面は入れられませんでした。しかしプロローグはまだ続きます。次回は戦闘描写も入れられる予定です。
今はどの英雄もまだ自分の名前を明かしていませんが、一応ヒントは入れているつもりです。皆さんは召喚された英雄の名前を予想してみてください。今回はまだサーヴァントが全員出てきていませんが、全員出てきたら一度、情報を整理したいと思います。
あらすじにも書いた通り、マイペース投降なので更新は遅いと思います。それでも良ければ今後ともお付きあいいただければ幸いです。
次回『プロローグ2 15人目の英雄』