江口セーラは男っぽいというのが今までの通説だ。
実際セーラは自分が女子の制服を着なくてもいいという決め手で高校を選んだし、スポーツも男子に交じっても通用する。
着飾ることを好きになれず、自分の価値は実力で示せばいいと単純明快に物事を考えてきた。
だから己の女子力に自信もなければ、男に好かれるにはどうすればいいのかなど知るわけもない。
だからとりあえず、普段は決して着ない制服のスカートに違和感を覚えながらも鏡の前で髪が変になってないかをチェックする程度のことしかできないでいた。
だが同時に自分の今の姿が女性として「あり」なのか判断できず、羞恥に悶える自分を必死に抑えていた。
「あかん、分からへん。竜華か怜に聞くべきやったか? せやけど竜華は事情聞いてくるし、怜なら必ずおちょくってくるし」
何度も迷いながら目をスマホと鏡を交互に見る。アプリの説明文とサンプルの写真が目に入るたびに顔の赤さが増してくる。
「一人称『俺』のままやとダメやんな? 『うち』いや『私』? どっちも似合わなへん気がする」
セーラの今の状態は完全に恋する乙女そのものだった。もしクローゼットに女性服があるならすべてひっくり返してその組み合わせが一番似合うか検討していただろう。
一目惚れ、それがセーラの罹患した病である。
高々数枚の写真を見ただけで発症したため、インストールはしたものの未だ起動できずに二の足を踏むこと数日。
普段決断が早い竹を割ったような性格が鳴りを潜め、完全に乙女としての思考回路に変貌している。
「竜華くらい色々あれば悩まへんのに」
セーラは親友の恵まれた容姿を初めて羨み、自身が女の武器を持っていないことにため息をつく。
しかし、もうこれ以上時間をかけても何も進まないのは明白だ。
震える指で画面のアプリをクリック、起動させる。それに合わせて網膜に1人の少年の像が映し出される。
『――問おう、貴女が俺のマスターか?』
窓から月明かりが差し込む中『京太郎』は目の前のセーラの瞳を見つめながら、無駄に引き締めた顔つきと声で告げた。
なぜその言葉をチョイスしたのかはなんとなく気分と遊び心だった。だがこの場に限って『京太郎』の態度は元から外見に惹かれていたセーラには刺さった。
「あ、お、やない、私、江口セーラいいます」
てんぱったセーラは普段の一人称を使いかけるが、何とか持ち直してより淑女っぽい方を選んだ。
心の中で(竜華のように竜華のように)と言い聞かせているが全く慣れていないためもじもじしており、それが独特の可愛らしさを出していることにセーラ当人は気づかない。
一方で『京太郎』は思案顔でセーラの姿を上から下まで見渡し首をひねる。
そしてその仕草に対しセーラはピクンと震え小動物のように伺う目線で『京太郎』を見る。
『俺たち、どこかで会ったことあります?』
「いや、ないはず、やけど……」
普段のセーラを知っている人間ならば『誰やねん!?』とツッコムこと間違いなしなか細い声に『京太郎』はとりあえず仕切りなおそうと柔らかく笑顔を浮かべて挨拶をし直す。
『そっか、じゃあ気のせいか。改めまして高校1年須賀京太郎です。よろしくお願いしますね』
「江口セーラや、です。高3」
名乗られた名前に再び『京太郎』の中の記憶が呼び覚まされそうになるが、雀卓の前の堂々とした姿と今目の前にいる恥ずかしがりな姿が一致せず判断を先延ばしにする。
『じゃあ俺より先輩ですね。えっと何と呼べば?』
「名前、で」
『セーラ先輩でいいですか?』
「『先輩』はいらん、かな」
呼び方で少しでも距離を詰めようとするセーラの奮闘はいじましい。恋が人を変えるという通説はこと彼女に関しては正しいといえた。
『ではセーラさんで。ところでどうします? 今は夜11時超えてますけど、明日学校あるでしょうし寝ますか? それとも遊びます?』
「寝、っっ!?」
相手を異性として意識しまくっているセーラはつい単語に過剰反応して耳まで真っ赤にしてしまう。漫画かなにかであれば煙が出ているかもしれない。
『いやいや、深い意味はないですからね。さすがに出会ったばかりの人にそういう要求とかしませんって』
そもそも添い寝とか抱きしめて眠る程度しかできない仕様なのだが、聞く人によっては『京太郎』の言葉に含みを感じてしまうかもしれない。
「せ、せやな。今日は、その、これくらいで」
わずか数分のやり取りで羞恥心と精神力を使い果たしかけたセーラはコクコクと頷く。
『モーニングコールしようにもこれ課金機能なんですよね。1食分は飛びますし、普通のアラームでも使い勝手はそう変わらないですし。
せいぜいユサユサする感覚がするくらい? 変な機能ですよね龍門渕』
単に疑問に思ったが故の『京太郎』の言葉に、寝起きに優しく起こされる自分の姿を想像してしまったセーラは精神的ダメージを受ける。
「し、心臓に悪いし、今はなし、で」
『ですよね。課金とかおまけ要素ですし無理にやるもんじゃないですよ』
むしろ課金を止める側に回る『京太郎』。本気で言ってるあたりが運営泣かせである。
人というのはするなと言われた方が逆にすることで格好をつけようとする恋心を分かっていないため、彼の意志とは別の効果を生み出すこともあるが。
「お、おやすみっ」
『はーい、おやすみなさい。
あ、もし間違ってたら俺が恥ずかしい奴なんですけど、今のセーラさんも可愛いですけど普段のセーラさんも魅力的ですよ』
最後に爆弾を落として『京太郎』の姿は消える。どれだけの破壊力を持つかなど考えもしない『京太郎』はとりあえず言ってみようという軽い気持ちで去り際に告げた。
「っっっ、~~~っっ!?」
そして思い切り爆撃されたセーラはこの日布団の上で枕を顔に押し付けながら散々悶え、眠れぬ夜を過ごすのであった。
遅くなったけれどセーラ編はこんな感じで。
乙女セーラは普段を知っているからこそさらに可愛く見えると思う。
素に戻ったとき自分の乙女モードに恥ずかしがるのも可愛い。
両方合わせてお得パック的な何か。
IH後の設定だから京ちゃんが知ってるのも仕方がない。久が偵察にしたし。
次回は幕間としてオリジナル京ちゃんの初登板。
その後は初回アンケートの2番手だった宮守高校へと移ります。
トップバッターはその時の楽しみということで(アイディアが足りないともいう)