VRアプリ『京ちゃんと一緒』正式リリース版   作:風見猫

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臼沢塞の場合

臼沢塞が『京ちゃんと一緒』というアプリをインストールすることになったのは、友人の小瀬川白望に煽られた結果だった。

 

曰く「恋を知らない」「女は恋をして変わる」「デリカシーがないのはそのせい」「堅物だと男にモテない」。

友人に向けるとは思えない言われように何もしないでいられるほど塞は弱気ではなかった。

 

かといって女子校では出会いがない。それに簡単に引っかかる男は信用できないし怖い。そんな気持ちがあったため、まずは架空彼氏で練習しようと考えた。

 

結果、

 

「京太郎、お昼一緒に食べよう」

 

『あれ? お友達と食べなくていいんですか?』

 

「いいのいいの、みんなと一緒だと京太郎と話せないし」

 

 

「手、繋いでもいい?」

 

『それはいいですけど恋人つなぎって結構照れますね』

 

「誰にも見られないから大丈夫。バレないかドキドキする方も楽しいけど」

 

 

「夕陽、きれいだね」

 

『そうですね。でも――「塞さんの方がもっときれいです」っていうのは流石にべた過ぎですかね?』

 

「京太郎が言ってくれるならべたでも嬉しいわ」

 

 

完全にだだハマっていた。

真面目な人間の方がタガが外れると一直線に戻れないところまで行くという典型である。

 

『えー、今日の議題はちょっと俺とは別の時間を作る、です』

 

「どう、して? 私のこと嫌いになったの?」

 

今にも泣きそうな顔で京太郎を見上げる塞からはしっかり者だったはずの矜持はなく捨てられる子猫のような佇まいだった。

 

『なんでそうなるんですか……そうじゃなくて、ちゃんと友達との付き合いも大切にしようってことですよ。最近塞さん、麻雀部のみんなすらほったらかしにしてるじゃないですか』

 

与えられた楽しみに夢中になって他をおろそかにしてしまうという経験は、誰しも大小の違いはあっても存在するだろう。

ただ塞はこと今このときに関しては極端だった。

京太郎を優先するあまり授業中ですらちょくちょく目線を合わせようと気もそぞろ。友達との会話中も京太郎を視界に収めようとするあまり話の内容をろくに聞かず適当に相槌をうつ。

 

このままでは早晩社会生活に問題が生じる。いや既に起こっているとさえ思える。

『京太郎』は塞が不幸になるなんて望みはしない。そういう性格はしてないのである。

 

『だからですね、少し距離を取る……いや違うな。時と場合をわきまえる、オンとオフで切り替える?

 まあとにかく、そんな感じが必要だと思うんですよ』

 

純粋な思いやり、厚意であった。だがそれを受け手が正しく理解するかは全く別の話である。

 

「京太郎は、やっぱりシロの方が、いいの?」

 

女性というものは視線に敏感である。それが好意を抱いている相手に関してはなおさら。『京太郎』が何とはなしに白望の谷間に視線が引き寄せられていたことなど当の昔にばれている。

 

『シロ、さん? ああ、あのいつもだらんとしてるおもちの人ですね。あの人がどうしました?』

 

ただ、本能的に視線が吸い寄せられるのと恋愛感情を持つことはイコールではない。塞の『京太郎』と白望は直接話すことなどできないのだからなおさらだ。

 

「シロの方が好きなんでしょ、私、より」

 

今にも泣き崩れそうな様子に『京太郎』は(何かをまずったらしい)と悟る。

 

『そんなことないですよ。塞さんのこと好きですから』

 

この時『京太郎』が思い出していたのは、数年前にペットと遊んでいたら「私よりカピちゃんの方がいいんだ、京ちゃんのバカぁっ」とか急に泣き出した幼馴染のことであった。

故にこの『好き』はLikeで、そこに深い意味はない。

 

「じゃあ、証明して」

 

『証明って……』

 

『京太郎』は考える。どうすれば塞を泣かさずに元の社交性を取り戻させるか、経験から導き出す。

 

『じゃあその、こういうのはこっちも恥ずかしいんですけど』

 

チュッと、頬にキスを落とす。そして間髪入れずに畳みかける。

 

『そう、外で塞さんがちゃんとできたら、ご褒美付けますから』

 

導き出したのはとりあえず褒めて餌をやるという対カピー用戦術である。本来女性に対して使うものではなかった。

 

「ご褒美……だったら、少し遠出して花巻に」

 

『あ、いいですね。そろそろ紅葉の季節ですし』

 

物見遊山のつもりである『京太郎』と、お泊りデート&混浴つきでアプローチ目当ての塞。

二人の間には温度差があったのだが実行に移すまで発覚しなかったため、塞の社会復帰はどうにか成功を収めることになった。

 

ただ代償に、とある週末に曲線美を披露されたことにより『京太郎』の理性削減がおまけでついてきたのだが問題ではないはずだ。

その日以来チラチラと『京太郎』が赤くなりながら塞を見るようになっていたとしてもそれは仕方のないことであり、塞の勝利への一歩といえたかもしれない。




世の中には恋愛することで成長する人もいればダメになる人もいるよねって話。
やはりそういう役にはしっかり者のリーダー格の方がギャップがあっていいと思う。
そして塞さんは十分恵まれた肢体を持ってるから十分勝ち目あるはず。

前話で煽った白望もまさか塞がダメになるとは予想できなくて、(なんか塞がおかしくなった。ダルい)とか思ってそう。


あ、R-18版についてのこちら側の結論は活動報告の方に載せておいたので気になるならどうぞ。

次回は『エイスリン・ウィッシュアートの場合』。
臨海女子が日本語ペラペラすぎてエイちゃんの片言&お絵描きが際立ってると思う今日この頃。

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