VRアプリ『京ちゃんと一緒』正式リリース版   作:風見猫

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滝見春の場合

滝見春が『京ちゃんと一緒』というアプリに興味を持ったのは自分が仕える姫様がねだり、霞に袖にされているのを見たからだ。

別段どちらかに加担しようというのではない。ただ姫様がそんなに固執するのだから何か特別なんだろうと考えた。

 

付け加えるなら他人が欲しがっているものは妙に魅力的に映るというのもある。

基本的に口数が多くなく表情も少ない春だが同学年で対等という関係は初めてであり、姫様には内緒という背徳感を楽しんでしまっていた。

 

「明日は出かける」

 

『外出か? 珍しいな、春は休日は黒糖を食べ続けるイメージだった』

 

少しからかうような『京太郎』の言葉に春は頷く。

 

「間違ってはいない。明日は黒糖スイーツを買いに行く」

 

『黒糖スイーツ? 聞き逃せないぞ。黒糖は単体で独特の風味がある。あれを他の材料と組み合わせるのは難しいって言ってなかったか?』

 

当然、春が普段話すことの大半は黒糖についてであり『京太郎』の中にも黒糖の知識が現在進行形で降り積もっていた。

 

「職人は不可能を可能にする。当日を楽しみにして」

 

『ところで春、これはデートの範疇に入るのか?』

 

疑問を口にした『京太郎』に対し春はしばし目を閉じて考え

 

「黒糖デート」

 

『……そうか、黒糖デートか』

 

明らかに造語であるが、こういうものは深く考えてはいけない。黒糖を楽しみつつデートもしたい、春の特殊な乙女心が作り上げたのだと納得した方がいい。

オリジナルが『図書館デート』などと言われて幼馴染に連れていかれたことがあるから諦めも早かった。少なくとも8割の時間を本を読むことで費やしたそれに比べればずっとデートらしいに違いない。

 

『この体では味わえないのが残念だ』

 

「機能を拡張してもらうといい」

 

『そう簡単にはできないと思うんだけどな』

 

「できたらお弁当作ってあげる」

 

手作り弁当は非常に魅力的だが、そのために技術的ブレイクスルーは可能なのか『京太郎』には理解できない分野だった。

 

 

そしてデート当日、場所は鹿児島中央駅。

 

「ここのみやげ横丁は鹿児島素人さんにぴったり。京太郎でもいける」

 

『その言い方素人童貞っぽく聞こえるのでやめてくれませんかね、春さんや』

 

苦情を春は可愛らしく首を傾げてまばたきで返してくる。どうやら素で意味が分からないらしい。

そういう純真なところは持ち続けてほしいと『京太郎』は願い、話を変えることにする。

 

『黒糖ばかりかと思えば意外と色々だな』

 

全体的にお菓子が多いものの、黒豚の顔をした肉まんや角煮もあるし、お酢も並んでいる。お菓子の中にも黒糖を使ってなさそうなものもある。かすたどんというカスタードクリームを中に入れた饅頭もある。

 

「鹿児島は芋や豚も名産。でも私の推しは黒糖」

 

『ブレないな』

 

「ブレる理由がない」

 

真面目な顔で一つの箱を春は取り上げる。

 

「『薩摩じねんや』の抹茶花梨糖饅頭」

 

『茶色い、饅頭? 抹茶要素なくないか?』

 

「外側の茶色は黒糖、中に抹茶餡が入ってる。黒糖は主役だけじゃない、名脇役もできると証明した王道系和菓子。ついつい手が伸びて姫様は叱られる」

 

『抹茶は生地のイメージが強かった。逆か、これは知らずに食べさせてびっくりさせるのにいいな』

 

「『とわや』のチョコ黒糖。抹茶チョコ黒糖もある。喜界島の黒糖を使っているこれは外せない、私の中のメジャーオブメジャー」

 

『春の出身地の味か。確かに地元のは慣れ親しんでるから心がほっとするよな。黒糖は柔らかい味だし』

 

「ん、私の自慢」

 

ふわりと春の顔に花がほころぶような笑顔が広がる。それに見惚れているうちに春はカートに3つ入れる。購入決定だ。

傍目にも分かるご機嫌な春は『京太郎』の腕にむにむにとおもちを無自覚にあててくる。黙って感触を噛みしめる『京太郎』をよそにさらなる黒糖スイーツを春は目ざとく取り上げる。

 

「焼きかりんとうも外せない。『とわや』は1袋400円だから懐にもやさしい」

 

『高校生的にありがたいな。チョコと合わせて洋菓子にもする漸進さの逆にシンプルなのも扱ってるのか』

 

「温故知新、黒糖には無限の可能性がある」

 

多少盛りすぎな感はあるが春が次々に勧めてくる黒糖スイーツの嵐にふと『京太郎』は思いつく。

 

『なあ、着払いでいいからどれか郵送してくれないか?』

 

「別にいいけど、何人分?」

 

『6人分でお願いします』

 

「なら『奄美きょら海工房』の黒糖カステラは? はちみつとたんかんの2種類が3個ずつ入ってるから2箱買えばちょうどいい」

 

龍門渕とオリジナルの分、食べた感想をもらえば春も『京太郎』も喜べる。単に食べたくなって我慢できなかったというのもあるが。

それはそうと疑問はあったので『京太郎』は返す。

 

『たんかんってなんだ? 聞いたことないけど』

 

「柑橘類の一種。ゆずやミカンの親戚だけど風味が違う。東京に行ったとき売ってなくてショックだった」

 

食の文化は地方により全く異なる。こうした違いを楽しむのは中々に趣があるものだ。

 

「まだまだお勧めはたくさん。今日はたくさん回る」

 

心なしか弾んだ声の春との黒糖デートはこの後も続いたが、それは省略して後日談を一つ。

 

 

龍門渕家に届けられた買った覚えのないお菓子の箱、それを前に眉を吊り上げる少女たちがいた。

問題はお菓子そのものではなく、ついていたメッセージカードに記された挑発。

 

「『鹿児島でおいしそうなお菓子を見つけたので送ります。6人で食べてください 将来は滝見姓になる京太郎より 代筆:滝見春』ですって!? 何を考えてますのこの女!?」

 

「あはは、これは喧嘩を売ってると考えていいよね? この人のスマホだけウイルス感染させよっか、智紀ならできそうだしさ」

 

「透華、国広くんも落ち着けって。向こうは本物の京太郎が存在することも知らないんだ。勝負が終わった後で知らせてやればいい」

 

「純に同意する。結果で教えてあげればいい」

 

「さらに衣が手ずから心を折ってやろう。身の程を教えてやる」

 

良かれと思ってしたことが闘争の火種を生んでいたなど『京太郎』には想定外にもほどがあった。

滝見春はその情熱の程が表からは分かりにくい人間の1人であったという。




軽い話といったな、あれは嘘になった。

はるるは絶対黒糖と切り離せない&どうせならオリジナルに食べさせて還元すればいいや的発想によりこうなった。

(安手で)人から(あがりを)かっぱらう麻雀スタイルが悪い。
はるるは黒糖ばっかり食べてるからおなかの中まで黒く……やだこの子怖い。

永水には常識人はいないのか?
次回『狩宿巴の場合』or『薄墨初美の場合』、どちらかを待ってください。

なお黒糖スイーツは実在します。黒糖カステラは美味しかった、ちょい高いけど。

白糸台生活の菫は京ちゃんのどこが好き?

  • 面倒見のいいところ
  • 自分を女扱いするところ
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