松実宥は寒がりだ。ただの寒がりではない。真夏にセーターとマフラーと手袋が手放せないレベルの寒がりだ。
6・7月ならばストーブにあたっていたいとすら思っている。
無論、周囲からは確実に浮いている。家族や仲間の理解があるのが救いである。
しかし、いくら理解があってもそれに付き合えるかは別の問題だ。
たとえば今サウナにこもっているが、最愛の妹の松実玄でさえ長時間一緒にいれば倒れるだろう。
どうしても暖をとるために大切な人と離れた場所にいる時間が必要になる。それは生来寂しがりな宥にとって悲しいことだった。
だからこそ、そのアプリの説明を見て宥は即座にインストールした。
『宥さん、流石にサウナだと暖房服外すんですね』
「うん。その代わりにいつもより高めに設定してもらってるの」
宥の視界には上半身裸でズボンだけの『須賀京太郎』の姿が映っている。
それは実体ではない。だが宥自身にはそこに人がいるとしか思えないように感じている。
龍門渕財閥の技術の賜物である。その細密な再現度もそうだが、スマホから5m離れた場所にいる持ち主にまで効果が届くという部分において。
この機能のため本来熱気に弱いスマホ本体を涼しい場所に置いたまま利用が可能になっており、松実宥にとってそれがダウンロードの決め手だった。
無論、この機能はこのような使い方を想定してはいない。本来は見失いどこに行ったか分からなくなった時にスマホの位置を教えられるようにという親切設計である。
「一緒にいれて、嬉しいな」
『そうですね。あ、ちゃんとこまめに水飲んでくださいよ』
根が面倒見がよく心配性なところが妹の玄に似ていて、宥が親近感を抱き気を許すまでの時間は短かった。
だがその一方でこのサウナでの一時は刺激的でもあった。
大事な部分はタオルで隠されているとはいえ、同年代の、正確には2つ年下の男性の裸体を目にするわけである。
特に鍛えられた胸板と腹筋に宥は密かにセクシーさを感じていた。大きくてごつごつした手もセットで見ると、なんだか変な感じを覚えるなど誰にも言えない。
「京太郎くんはスポーツしてたの?」
『ええ。中学の時はハンドボールを。まあ3年間県大会の優勝もつかめなかったんで威張れはしませんけど』
宥はハンドボールという競技について詳しくは知らない。あとでこっそりと調べておこうと心にメモをしておく。
仲良くなった相手の趣味を知りたいと思うのはごく普通の心情だろう。
『でも宥さんはすごいですよね。全国の決勝にまで行っちゃうんですから』
「私は玄ちゃんたちに連れて行ってもらった結果だから。えへ、恥ずかしいな」
こそばゆい気持ちで身をよじって、宥はふと疑問に思う。
「私、京太郎くんに麻雀部だって言ったっけ?」
宥は数日前に『京ちゃんと一緒』をインストールしたばかりであり、その間部室には行っていない。
3年でインターハイが終われば基本的に引退であり、受験勉強にも力を入れなければいけないからだ。
『ちょっと耳にしたんですよ』
「そっか。コーンポタージュ美味しいな」
サウナにまで暖かい飲み物を持ち込むあたりに彼女の体質がよく表れている。
本人は幸せそうに飲みながら「玄ちゃんに聞いたのかな?」などと考えていたが、それは外れ。
実のところこの『須賀京太郎』が知ってるのは、オリジナルの所属していた清澄高校麻雀部が女子団体戦決勝での対戦相手になっていた故にである。
まさかそんなニアミスをしていたなどとは思いつきもしないため、宥は緩く受け流していた。
「サウナでたら一緒にこたつに入ってテレビ見ようね」
『ミカンも一緒に食べたら最高ですね』
松実宥は一緒に暖かいところに付き合ってくれる相手ができた今がとても幸せで、できる限り一緒に過ごしたい気持ちでいっぱいだった。
それを異性に向ける恋心なのかどうかなんてことを疑問に思うのはもっと先のこと。今はただこの時間をかみしめる。
「京太郎くん、これからよろしくね」
『ええ。一緒に色々楽しんでいきましょう。宥さんのことたくさん教えてください』
「うん、私も京太郎くんのことたくさん知りたいな」
二人の恋物語は始まったばかり。未来はいまだ見えずとも、織りなす糸は彼女の大好きな赤色で繋がっている。
そしてわずか数日後
「おねーちゃんをスマホなんかに盗られた~~!」
「大丈夫だから、私は今も玄ちゃんのこと大好きだからね」
『いや盗るつもりは、落ち着いて玄さん! ってああ、所有者にしか声が届かないんだった! こんな時に力になれないなんて!』
ガン泣きする妹を相手に散々苦労することになるのだが、それも過ぎれば笑い話の一つだろう。
のんびりゆったりな恋愛が宥には似合うイメージ。ただ玄への説得は必須。
阿知賀コンプリートで一区切りのつもりですが、レジェンドの出番はあったとしても大人組編まで持ち越されるかと。
白糸台生活の菫は京ちゃんのどこが好き?
-
面倒見のいいところ
-
自分を女扱いするところ