それは新道寺高校のインターハイが終わった結果の必然だったのだろう、少なくとも白水哩にとっては。
「姫子、コンビはこれで解散ばい」
「どうしてそがんことば言うとですか? まだ国麻だって」
だが、鶴田姫子にとっては受け入れられない事実でもあった。
今まで姫子と哩はその絆を力に変えて勝ち上がってきた。リザベーションというオカルトの繋がりで。
「姫子もわかっとーやろ。来年は私はおらん、姫子1人の力で勝ち上がらなならん」
だが卒業という現実は必ず訪れる。1年という年の差はどうにもならない。
そして高校から大学への変化は、中学から高校へのそれと重みが違う。
「私に縛られて大学ば決めることはなか。姫子は姫子ん道ば歩まないかんとよ」
「ばってん、部長!」
「部長はもう私じゃなか、姫子ばい。姫子が率いなならん。
人ば追うだけん人間に誰がついてくると?」
強豪を背負うものには責任がある、逃げは許さない。哩は誰よりも姫子を認め、信頼する故になおさら。
「姫子、コンビは解散ばい」
だから、その決定は覆らなかった。
「っ、はっ、はっ」
夢、それも悪夢に相当するものから必死に逃れるように姫子は眠りから覚める。
しかしその夢は実際に体験した出来事。哩がすでにいないという現実から逃げることなどできない。
「きょう、きょうたろ……」
震える手で姫子は自分のスマホを握り、助けを求めるようにアプリを立ち上げる。
『ふわ……おはようございます、って姫子さん顔色』
「抱きしめて。きょうたろ」
縋る目つきで言われて拒否できるはずもなく、『京太郎』は照れに頬をかきながらも自分の腕の中にすっぽりと姫子を納める。
姫子は自分の中にフィードバックされる温かさと男特有のごつごつしながらも頼りになる腕を抱いて少しずつ息を整えていく。
「……ん。ありがと、もういいとよ」
姫子はもう少し感触に浸っていたいという思いを抑え、寝汗を気にしながら体を離して立ち上がる。
そんなものを気にしなくても『京太郎』には嗅覚は存在していないのだが、乙女心的に気になってしまうのだろう。
「シャワーば浴びたかけん」
『はい、動かず待ってます』
悲しいかな女所帯に慣れてしまっている『京太郎』はちょっとあせあせしつつも敬礼のポーズで不動を表明する。
そんな年下男子の純情に可愛さを感じた姫子は微笑をもらし、からかいの言葉を突きつける。
「見てよかばってん責任は取ってほしかよ」
『見ませんからっ』
「見とうもなかと?」
『え、それはその、いやでも』
顔を赤くして姫子の体のラインをなめるように『京太郎』の視線が動く。
知りもしない男から向けられたら怖気すら感じる性的な目に、しかし姫子は安堵する。意識されてる、自分に興味を持ってもらえてると。
「冗談ばい」
今までのやり取りで寝起きの悪さを払しょくできた姫子は常の小悪魔風な雰囲気をまといなおし、機嫌よく浴室へと向かう。
温水の粒を裸体に浴びながら姫子は『あの日』以来のことを思い出す。
哩から一方的に告げられた別れ、心が千々に乱れ部活どころか学校に行けずにいた日々。
崩れた心をどうにか繋げなおして部活に出、部長という立場に収まったプレッシャーと『部長』と呼ばれる度によぎる哩との記憶。
あまりにも重くのしかかる現実から逃避するように『京ちゃんと一緒』などというアプリをインストールした自分。
恋愛なんてただのお遊びだと思っていた。ゲームなんてただの逃避手段にすぎないと。
だが『京太郎』は自分の周囲にいる人間で唯一哩との関係がなかった人間。
親友の花田煌すら後ろに哩の影を気にせずにはいられず気づかいのある態度だった。決して新道寺のみんなが悪いわけではない。ただ、白水哩という人間はそれほど影響力があった。
『京太郎』はそんなことを何一つ知らない。だから姫子を、姫子だけを見てくれる。その裏に誰かを探したりしない。
ひび割れ乾いた心にゆっくりと優しさという水を注いでくれた。だから姫子はこうなってしまった。
「京太郎だけは離せん。私んだけん人、裏切らん、一生傍におってくるー人なんや」
哩に向けていたそれよりも根が深い依存、しかも一度大事な人を失った経験がさらに拍車をかける。
「京太郎とん仲ば邪魔する奴は誰でも許せん。もう二度と離さんばい」
そんなヤンデレの素質を図らずとも開花させてしまった『京太郎』は、思春期の少年らしく脳裏に姫子の裸体を想像しては打ち消すというこっぱずかしい煩悶と戦っていた。
既に取り返しのつく状態は過ぎてしまっている自覚などこの男には全くなかったのである。
新道寺の次期部長を襲名する鶴田姫子さんの出番です。
いやね、姫子って哩という優れたエースと組んでるから異常に強いわけで、哩いなくなったら一気に弱体化するよねっていう。
哩さんとしては親心、道を誤らないようにという善意からの忠告なわけですが、それが相手に受け入れられるとは限らんよね。
そしてそんなときに優しく慰めて親身になってくれる男の子を手に入れれば現実逃避も後押しして依存するわ。
そういうわけで姫子さんは重い人間グループの中でもヤンデレ、しかも独占・排除型に近いタイプ。
これで危険人物は何人だ(遠い目
次回は少し時間がかかるかも、羊先輩かすばらですね。少なくとも姫子ほどやばくはならん。もっと健全なお話なので安心しよう。