「う~ん、これが今人気のアプリなんやね~」
赤阪郁乃は自分のスマホを指で挟んでぶらぶらさせながらダウンロードしたアプリの説明文に目を通す。
「結構かわいい子やな~」
中性的とはまた違う、母性を刺激しそうな元気な男の子といった感じで撮られている写真を見て郁乃は笑みをこぼす。
郁乃からしてみれば麻雀部の皆の変化は分かりやすかった。
ある日を境に身だしなみに気を使う時間が増えたり、誰かから見られているような視線の動き、何より見せる表情が華やかで艶めいた空気を帯びた。
これが一人などであればすわ恋人でもできたかという探りが入るだろうが、全員がインターハイ後から少ししてそんな状況になるというのは不自然だった。
別に教え子がモテそうにないなどというつもりはない、磨けば光る素材を持っている。ただ磨きたいという意思をなにがもたらしたのか、それが問題だった。
郁乃は結構生徒との距離感が近い。だからこそスマホを覗き込むこともでき共通点を見つけた。
「うちの子をたぶらかしてるんなら許しませんよ~」
もはや生徒たちはゲームにはまったという次元ではなく本気で恋をしてしまっている。そこに悪意が潜んでいないか調べるのは大人の務め――という建前と、そんなにはまるほどすごいのかという興味が郁乃を突き動かした。
チロリと舌で唇を湿らせ郁乃はほわほわとした笑顔を浮かべながらインストールのすんだアプリを起動する。
その瞬間、郁乃の網膜にまるで最初からそこにいたかのような実在感を持った金髪の少年が投影される。
「はじめましてやね~」
『あ、初めまして。須賀京太郎です』
大体の人間が最初は戸惑うほどの現実感に対して郁乃はあっさりと緩い笑顔で受け止めてにこにこと挨拶をする。
むしろ『京太郎』の方が目の前の女性が完全に初見であるためによそいきの態度になっていた。
郁乃は姫松高校所属ではあるが表には出てこない監督、その代行という立場の人間なので『京太郎』に見覚えがあるわけもない。
分かることと言えば(年上かな?)と(なんだか親しげな感じの人だな)という2点くらい。
とはいえ『京太郎』も距離を縮めるのは得意な部類、笑顔で接してきている人間を拒むわけもない。
『えっと名前を聞いても大丈夫ですか?』
「ん~と、郁乃やね~。『いくのん』って呼んでくれてもええよ~」
どこかのアイドル雀士を思わせるあだ名しかも自分から提案という、口調からは予想できない中々にアグレッシブな姿勢にさしもの『京太郎』も目をぱちくり。
『じゃあ郁乃さんで』
年上は立てるべしという教えを海底使いに刷り込まれた『京太郎』はとりあえず名前にさん付けで軟着陸。
一方の郁乃は少し膨れたように口をとがらせる。
「呼び捨てでええのに~」
『あはは、さすがに初対面では恥ずかしいので』
照れたように笑う『京太郎』を見て郁乃はとりあえずナンパ男ではなさそうだと判断を下すと同時に可愛らしさを目の前の男に抱く。
「だったら~、仲良くなったら呼んでくれる~?」
にこにことした笑顔と甘えたようにも聞こえる声で郁乃は自分の下唇に指をあてる。人によっては媚びているとも捉えられる態度ではあるがこれが郁乃の通常運転。
『まあそれなら』
未来の約束なら別に問題ないだろうと軽く了承してしまう『京太郎』。物腰の緩さと積極性は必ずしも一致しないという事実を悟るにはあまりにも若すぎた。
「じゃあ~、練習で呼んでみて~」
『え?』
先送りにしたと思った瞬間には間を詰められているという荒業。しかも疑問の声に対して郁乃は小首を傾げて「なにかおかしいことある~?」と言いたげな態度。
『えぇ?』
渋ればどうにかならないかと足掻いてみせる『京太郎』だったが緩い笑顔を返されるのみ。逃げ場はない。
せめてもの抵抗に視線を逸らして恥ずかし気に名前を口にする。
『い、郁乃?』
「なに~?」
疑問形になった呼びかけに郁乃は『京太郎』の手を持ち上げてその手の甲に頬っぺたを当てる。
嬉しそうな笑顔に期待に応えなければ男じゃないと思い直し今度は自分の意志でその名を口にする。
『……郁乃』
名前を呼ばれて郁乃は頬だけではなく鼻も『京太郎』の手の甲に擦りつける。言葉よりも雄弁に満足さを示す行為。
ほんの少しの間を開けて郁乃は問いかける。
「京太郎くんは~、私といけないことしてみたい~?」
絨毯爆撃とでもいうべき破壊力を伴った発言。
郁乃の体は『京太郎』の好みからすると胸部装甲は足りないが、高校男子に年上のお姉さんに誘われて萌えるなというのは難事ではなかろうか。
しかしその心境を素直に言葉にできるほど人生経験を積んでいない『京太郎』は真っ赤になって宙を視線が漂う。
そのうぶな反応に郁乃は楽しそうに口を開く。
「う~そ~。そういうのはまだダメやよ~」
なにが「まだ」なのか、そもそもこのアプリではそこまでできないだとか、ツッコミどころはあるがそれを指摘する余裕は『京太郎』には残されていない。
できるのは羞恥が引くまで黙ることぐらい。
からかい甲斐のある男の子の反応に当初の目的を忘れた郁乃はこれからの日々を夢想する。
ある意味では彼女もはまってしまっているのだがそんなことは当人にとってはどうでもいいことだろう。
二人の未来に何があるのか、それはまだこの出会いの段階だけでは分からない。
遅くなりましたが『赤阪郁乃の場合』でした。
郁乃さんって気になる子にちょっかいかけたり、その反応で好意が加速したりしそうなイメージが。
ある意味で子供っぽく、ある意味では悪女にもなれそうな感じが出てればいいかなー。
副題をつけるなら『からかい上手の赤阪さん』かな。
次回はアラサー勢では出せなかったプロの出番です。中身はこれから考える。
リアルがちょっと忙しめになってきてるので少し遅れるかも?
白糸台生活の菫は京ちゃんのどこが好き?
-
面倒見のいいところ
-
自分を女扱いするところ