三尋木咏は日本代表の先鋒に選ばれる、つまりはプロ界でもトップクラスの実力を持つ雀士である。
145cmという低身長と起伏の少ない体に童顔も相まってどう見ても24歳には見えない、中学生と間違われそうな容姿。
しかしその打ち筋は『迫りくる怒濤の火力』という異名に相応しい高打点で派手さが顕著に表れている。
また着物姿と扇子をトレードマークにしておりその見た通りお淑やか、なはずもなくずぼらで適当かつ飄々としたつかみどころのない性格と思われがちである。
口癖が「わかんねー」「知らんし」あたりなのも拍車をかけてるといえよう。
そんな彼女が何を考えて『京ちゃんと一緒』なるアプリを求めたかといえば
「京太郎、次の予定は?」
『えっと1時間後に麻雀会館で取材、それが終わったら雑誌用の撮影ですね』
主にスケジュール管理及びカンペ代わりとしての仕事が『京太郎』の活躍場所だった。
完全にマネージャーの仕事ではあるが、本業が雀士であるため専属をつけるほどではないのである。
あと気ままな咏にとっては張り付いて回られるのが苦痛だという面もある。
『というかお昼もおにぎり食べながら牌譜見るんですか』
「国麻の選抜もそろそろ決まる頃だかんね、知らんけど」
この三尋木咏、人に見せるのは適当極まりない態度なのにその裏ではしっかり下調べや分析をするタイプであった。
解説で明言を避けるのは選手への不利益を避けるためであり、基本的に能力の詳細や弱点も看破している。
というかその程度は頭を使えなければ国家代表になどなれるわけがない。
才能だけではなく努力もしているがそれを見せたがらない、そういう性格なのだ。
『咏さん、お弁当ついてます』
「ふーん、どこ?」
牌譜が片手を塞いでいるため横着すると『京太郎』は唇の端をつんと突く。
『ここですよ』
「漫画みたいに『ひょいぱく』しねえの?」
『出来ません、物理的に』
いくら再現度が高く触れる感触もあるとはいえ物体に干渉できるわけではないので不可能だった。
「はっはー、出来たらするかい? 間接キス」
『し、しませんよ!』
「ちょっとどもったところが怪しいねぃ」
長野には優希や咲にすることもある本体がいるため一瞬迷いつつ、自分のしていた行為が周囲からはどう見えるのか思い至ってしまった『京太郎』は顔を赤くする。
咏はそんな高校男子を見て機嫌よく笑いながら米粒をとって舌で舐めとる。
指が舌先に触れて唾液に濡れ吸い付いた空気音に横目で『京太郎』を見つめる仕草は幼げな容姿に反することで背徳的な妖艶さを醸し出し、しかし次の瞬間には何事もなかったようにペラペラと牌譜をめくり束ねる。
「じゃ、お仕事行くかね。取材とかめんどいから代わりに出てほしいくらいだけどさ」
そして取材は終始けむに巻いたり期待感を煽っておいて肝心の中身を言わなかったりと自分のペースに持ち込み、逆に取材陣から情報を引き出すなどと好き勝手に振る舞いそのまま終了した。
『……俺は取材側に同情しますよ』
「冷たいねぃ、私の味方だろ」
『いや流石にあれはないです』
軽口をたたきながら撮影スタジオに歩を進める姿は余人が見ることができれば仲のいい兄弟のようにも思われたかもしれない。どちらが年上かは間違えられること請け合いであるが。
『それにしてもCMの撮影とか珍しくありません? 咏さんってそういう活動はあまりしないと思ってたんですが』
「和装に合う傘ってことだから他に候補がいなかったんじゃね。出来がどうなるかはわかんねー、全てがわかんねー」
けらけらと扇子を振る様は妙に慣れていて、人によっては癇に障るかもしれないが『京太郎』にはなんてことはない。ただ一応釘をさすのは忘れない。
『承諾したなら出来には責任持ってくださいよ、大人なんだから』
大人の何たるかを年下の男子高校生に説かれるという珍妙な図もこの二人の関係では慣れっこになりつつあった。
掛け合いをしながら撮影スタジオに入って、人目につきそうになった段階で今度は黙ってそっと寄り添う。空中に話しかける電波女性にならないための気遣いである。
プロである以上スキャンダル方面には気を付けなければならない。
撮影場所には既にスタッフと京都を思い起こされる古風な橋と街並みのセットがされている。
咏は軽い挨拶を交わした後、監督から絵コンテを見せられ説明を不真面目そうな顔でその実内心は真面目に聞いている。
(ああいう損をしそうな場面でもキャラを貫くのは何のこだわりなのか)などと『京太郎』が思案していると、咏が集音マイクでぎりぎり聞こえる小声で話しかけてくる。
「京太郎、橋の向こうで立っとけ」
意図は分からずとも言われたことにはとりあえず従う性をもつ『京太郎』はお安い御用と指定された場に位置どる。
雨粒の代わりに機材から小雨と呼べる水滴が降る中、咏は製品であろう傘を顔が半分隠れる程度にさしてしずしずと橋を渡る。
その最中、何かに気がついたように傘の角度が上がり咏の顔が見え、京太郎の目をしっかりと見あげてこそばゆい様な少し照れたような表情で眩し気に見つめる。
そして咏の傘を持っていない手が日差しを掴むかのように京太郎に向かって伸ばされ――
「はい、カット! 一発OKです、初恋の表情すごく良かったよ!」
監督の号令に合わせて咏は傘で再び顔を半分遮り、そのままスタッフに歩み寄って製品の傘を渡してひらひらと周囲に手を振ってそのままスタジオを後にしようとする。
置いて行かれそうになった『京太郎』は慌てて咏の元に走り寄って並び、声をかけようとして
「知らんし」
ただ一言、告げて咏はふいと京太郎と逆方向に顔を向ける。まるで顔を見られたくないように。
「知らんし」
大事なことであるかのように2回目の言葉を口にしたその横顔と首は微かに色づいているように見えた。
言及されたくないなら仕方がないと判断した『京太郎』はそっと寄り添い、二人はただ黙って家路についた。
『三尋木咏の場合』、終了。
恋心を隠そうとする相手との空気感とか、関係成立の前のこっぱずかしい感じをやってもらうには「わかんねー」「知らんし」の咏さんが最適だと思った次第。
スタジオ撮影は戒能さんとどちらに与えるか迷ったものの、向こうははやりん乱入やその肢体に京ちゃんがノックアウトされそうな危険からこちらのシチュエーションに導入。
次回は『戒能良子の場合』。はるる・はやりんとの関係者、大会中は郁乃の招集に応えると割と接点多いよね彼女も。
執筆時間なかなか取れなくて遅くなったのは申し訳ない。3月中盤まではちょこちょこ忙しい日々が続きます。
ところで読者さんたちはどの『~~の場合』や閑話が一番好きなのだろう?
作者的に良く書けた話と評判は一致しないことも多いから少し気になる次第。
白糸台生活の菫は京ちゃんのどこが好き?
-
面倒見のいいところ
-
自分を女扱いするところ