桧森誓子は有珠山高校3年で麻雀部の部長である。爽を止めることのできる数少ない人物だ。だから常識人でありまともな人間だと目されている。
だがその実嫉妬深い。自分と爽が1年の時に爽が先輩と仲良くしているのが気に入らなくて1週間に一度は不機嫌になるほどに。
それが露呈しないのは爽と揺杏とは幼馴染で成香とは小学生からの付き合い、由暉子は自分たちが全員で拾い上げた後輩という、純然たる身内に囲まれているからにすぎない。
そしてそれが異性、ことに想いを寄せる相手であったのならどうなるかは自明の理である。
誓子は自室に戻ると持っていたスマホを机の上に置き、引き出しを開けて二重底を外してその奥に大切に置いてあるもう一台のスマホを取り出す。
こちらには誰の連絡先も入っていなければ誰にも教えていない電話番号、それどころか不要なアプリを全消去した『京ちゃんと一緒』のためだけに買い求めた代物。普段使いのスマホとは通信速度も処理能力も格が違うものだ。
持ち歩くことも誰かに話したこともないため家族すら知らない。諸経費も自分の口座持ちと徹底している。
『ん……おはようございます誓子さん』
「もうこんばんはの時間だよ、京太郎くん」
誓子の顔に浮かぶのは麻雀部の皆に見せる笑顔に柔らかさと艶を加えたもの。つまり素の自分に『こう見られたい』という女心が足されていた。
『あれ? 誓子さんちょっとご機嫌斜めですか?』
「そう? そう、かな」
そこは空気を読むどころかここのところ空気と同化することもできるのではないかとオカルトの可能性を見出し始めた『京太郎』、機微を察する。
ただ肝心なところで女心を読み間違えて地雷に突撃したり流れに押されることも多々あるのだがそれは置いておく。
一方で誓子は自分の機嫌の変化を改めて見返し、心の中にもやもやが残っていることに気づかされる。
それは今日の部活の終わり際に爽が顕わにした女としての反応。そしてその想いの先にいる存在に心当たりがあることでもたらされたもの。
限りなく近い存在に心を奪われたもの同士、相手が複数存在するという奇跡がゆえに直接問題にはなっていないがライバル心のようなものが燻っているのかもしれないという自覚。
もし『須賀京太郎』がたった一人だったら幼馴染や大切な後輩であってもどうしてしまうか――
『誓子さん?』
自分の内面へと沈み込んでいた誓子の眼前にはてな顔の『京太郎』が覗き込んでいた。培ってきた異性との距離感の差、思わず誓子は体をよじりそのまま体勢を崩して、
「きゃっ」
『危ない!』
誓子の体を抱きしめて助けようとする『京太郎』しかしそこは虚像であるがゆえにするりと通り抜け、誓子の上半身はベッドに投げ出される。
ぼふっと布団がたわみ誓子の体を受け止める。転んだ方向に救われ怪我はない。
その様子を見てほっと息を吐く『京太郎』、気が抜けたように自分もベッドに腰かける。
一方で咄嗟に目をつむってしまった誓子はというと全く別の図を想像していた。
抱きとめようと背中を支える感覚、そしてその直後にベッドに着陸した感触。その二つが混じって『転ぼうとしていたところを抱きとめてベッドに押し倒されてる』という認識に行きつく。
「い、いいよ」
目を閉じたままの誓子は現状を正しく理解していない。誓子の想像が現実だったならこの言葉を口にするというのはかなりの覚悟を秘めたもの。
だが実際の事実は違う。
『京太郎』は助けられず運よくベッドが誓子を救った形、隣に仰向けになっている状態の誓子がきゅっと手を握って顎をかすかに上げて何かを許可された、これは一体どういうことか?
『京太郎』視点では『(力及ばす助けられなかったけど気にしなくて)いいよ』という意味にしか捉えようがない。
だから必然、返す言葉はこうなった。
『ごめんなさい』
まだ目を開けていない誓子視点ではどうか?
かっこよく助けてくれてそのままベッドに押し倒されるという少女漫画展開で覚悟を決めてキス待ちをしていにも拘らずその感触はやってこず「ごめんなさい」という謝罪。
つまり「(期待させて)ごめんなさい」という意味か「(そういう目では見られないんです)ごめんなさい」という言葉、拒否にしか聞こえない。
つっと涙が誓子の目からこぼれる。
『京太郎』には安堵の涙、誓子には失恋の涙。行き違いもここまで行けば喜劇である。
当然、誓子が目を開いた際に出迎えた現実は誓子の想像と絶望からはかけ離れており、代わりに羞恥が押し寄せて布団にもぐって出てこなくなった。
次の日「チカセンなにか機嫌悪くね?」と年下の揺杏に探られる羽目になった。
そして幸福から絶望、絶望から現実と急速で情緒不安定を体験した誓子は後遺症でさらに『京太郎』へ依存。取り返しがきかない域に入りだしたのだが『京太郎』は誓子が学校に行っている間は専用のスマホで眠りについていたので打てる手はなかったという。
『桧森誓子の場合』でした。
1年の時の誓子が週1で機嫌が悪かったという爽の証言から類推の嫉妬説、それがきっかけでこうなってしまった。
勘違いの応酬は思いついたら入れたくなって、結果最終的な重さが増したが些細な問題です。
リアル京ちゃんに対する被害? もうバレたらごく一部除けばお持ち帰りされちゃうし今更ですね(開き直り)
次回は『真屋由暉子の場合』、有珠山も終わりに近づきました。
閑話も残り1人です。頑張れ初期メインヒロイン(仮)
なお鶴賀勢、キャップや池田、憩に王者と残ってるのでこの作品は続きます。
白糸台生活の菫は京ちゃんのどこが好き?
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面倒見のいいところ
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自分を女扱いするところ