東横桃子、自称ステルスモモは存在感が非常に薄く他人になかなか気づかれないというかなり厄介な特性を有している。
見えないながらに桃子を求めてくれた恩人加治木ゆみと、嗅覚でいるかどうか程度は判別できる蒲原智美はともに3年生、今年度にはお別れが待っている。
清澄高校の応援という理由で最後の夏を一緒に過ごすことができたのはいい思い出だが、いかんせん鶴賀の麻雀部は零細。来年また団体戦に出れるかもわからない。
秋になり憧れの先輩は受験勉強に集中し始めて、その邪魔をするのはいけないと分かっていたので抱きつきにいかず見守ることも増えた。
結果、桃子の心には隙間風が吹くことになる。一度温かさを知ってしまった以上、それがない状態への恐怖は深まってしまった。
だから桃子はそのアプリの存在を知った時は運命だと思った。その開発元が長野予選決勝で戦った龍門渕財閥の一つだと判明した時はあまりの皮肉に苦笑することになったのは仕方がないことだろう。
そして桃子の予想通り、アプリによって生み出された『京太郎』は桃子の存在をあっけないほど簡単に認識してくれた。
機械を通せば桃子は普通にそこにいるように見える、だからステルスは『京太郎』には全く効かない。当然ではあるが寂しかった桃子にとってそれは救いだった。
それだけではない。『京太郎』は桃子を優先し、いつも桃子を見ている。それが仕様上そうなっているのだとしても甘美すぎた。
『京太郎』は胸の大きな人が好きだという理由がその行動に含まれていると知らない以上、自分だけを見てくれているという実感は桃子の心を人生で初めてというレベルで喜びに満たした。
そしてその喜びを与えてくれたのは異性。ならば桃子が『京太郎』に恋心を抱くのは自然な成り行きであった。
時が重なるごとに加治木ゆみへと向けていた好意を超え、深い愛情へと変化していく。
別に加治木ゆみへの思いが減ったわけではない。ただそれ以上に『京太郎』が大事で離れることを考えられないほどに絡めとられただけ。
「京さん、映画見に行かないっすか?」
『いいな、今話題作ってなんだっけ』
「現地で決めるのも一興っすよ」
桃子は『京太郎』の腕を抱きしめながら身長差ですぐ横にある顔を見上げる。歩くたびに抱きしめた腕に胸が当たるのもわざと。
(これで京さんも意識してくれるっすよね?)
顔が赤くなっていくのを自覚しながらも自分でも大きめだと思う胸の感触を押し当てる攻めの姿勢。
当然おもちが好きな『京太郎』にはクリティカルヒットなのだが、彼はにやけそうになる顔を必死で抑える。
結果として『京太郎』の顔は無意味にキリっとした風に外からは見えるのだが、桃子はそれを(かっこいいっす)などとプラスに受け止めていた。恋する少女とはかくも盲目という一例である。
この姿を誰かに見られていたら「ママー、あの人変な姿勢でどこか見てるよ」「しっ、見ちゃいけません」などという定番の会話がなされるかもしれなかったが、その心配はない。
『京太郎』は桃子にしか見えない仕様であるし、桃子は他人から認識できないステルスモードが基本。人目を全く気にせずイチャイチャできるのがこの二人の利点であった。
映画館に着いてあーだこーだどれを見るか話し合うのも幸せの一つ。ポップコーンをもって座席を指定、当然のように係員は桃子を見てくれないので桃子自身が半券にしてすれ違いざまに受付に置く。
『なあ桃子、これ実はチケット払わなくても入れないか』
「ダメっすよ、犯罪はしちゃいけないんす」
矜持の問題か節度をわきまえてるのか、その辺りはしっかりしている桃子だった。
『だったら俺の分のチケットも買わなきゃいけないんじゃ』
「それは――京さんは私と一心同体みたいなものっすから」
ただのスマホアプリだから、という理由が桃子の頭をよぎりもしないあたり桃子の日常に『京太郎』が欠かせなくなり始めている兆候だった。
向かったシートは当然空席、そしてその隣も空席。
「ちょうどいいっすね、京さんも座ってみましょう」
わざとである。中央から離れた場所で一つの空席を挟んでカップル、ここなら誰かがチケットを購入しないだろうという桃子の思惑。
しかし『京太郎』はあまり行動の裏の意味などを追求しないため、あっさり頷いて横に座る。
そしてブザーが鳴り映画が始まる。だが桃子の思考は映画には向いていない。手をポップコーンの置いたひじ掛けに置いておいたらその上から京太郎の手が覆ってきたのである。
(きょ、京さん積極的すぎっすよぉ)
見所シーンでは京太郎の姿勢が前のめりになり手が微かにすれてこそばゆさを感じる。その柔らかなタッチに桃子の心は映画を放り出して京太郎のことばかり。
(もしかするとこの後ホテルに)などと桃色全開の妄想をしていた桃子は、周囲が明るくなったことで映画タイムが終わったことに気づく。
自分が映画を全く見ずにいたことで『京太郎』から降ってくる言葉に相槌しか打てず、先ほどまで覆われていた手を抱えるくらいしかできない。
「伏線すごかったなー。それに一番なのは最後の『希望も絶望も超える人間の最も深い感情、愛よ』ってのが」
「そ、そうっすね。私もあそこが好きかなって」
見てないなどと言えるわけもなく桃子は視線を漂わせて、
「あれ?」
当然立ち止まった桃子に反応して京太郎も止まる。
『どうした?』
「いや、さっき京さんに似た金髪が見え――」
『き、気のせいじゃないか?』
東横桃子は長野在住である。清澄高校も長野である。田舎に分類されるわけで、成り行きとして娯楽施設はある程度集中するものであり、その意味するところは
「そうっすよね。誰かと一緒にいたみたいだったし京さんはここにいるっすから」
笑顔に戻った桃子。嬉しそうにちょんと手をつなぐことを催促してくる仕草は可愛らしい。
言えるわけがない、「近くにオリジナルがいるかも」などと。そもそも本体が桃子を認識できるかどうかも不明なのだから。
もし希望から絶望へと桃子の心が振れたなら、その時はもしかして
『京太郎』は先ほどまで見ていたアニメの劇場版を重ね、冷や汗を流す機能が自分に搭載されてなくてよかったと心から思っていた。
鶴賀のトップバッター『東横桃子の場合』、でした。
最後に持ってくるべきかなとも思ったのですが、あえて最初に出そうと。
番外の前後からのヤンデレラッシュ、その方がインパクトは強いかなって。
あと桃子はとても書きやすいので番外までお待たせした分早くに供給したかった。
次回はワハハかむっきーになりそうなのだが、どういう恋愛しそうかのイメージが中々できなくて苦戦中。
さすがに時間かかるかもです、ごめんなさい。
次回はたぶん『蒲原智美の場合』になる予定、順番的に。
白糸台生活の菫は京ちゃんのどこが好き?
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面倒見のいいところ
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自分を女扱いするところ