VRアプリ『京ちゃんと一緒』正式リリース版   作:風見猫

69 / 80
妹尾佳織の場合

妹尾佳織は鶴賀高校2年生の麻雀部員である。入ったのは幼馴染の蒲原智美に乞われてであり、数合わせという意味の強い麻雀素人であった。

なぜか一日一回は役満を上がるという豪運を持ち、これをビギナーズラックの一種だと捉えた部員の総意に基づき碌に麻雀を教えてもらえなかったという経緯を持つ。

 

たかが数ヶ月の生兵法で怪我をさせるより、相手に素人と認識させて警戒を甘くさせその隙に役満を上がるという確実な幻惑戦法が採用された結果である。

 

しかし佳織の性格は天然気味ではあるが真面目。来年最上級生になるということもあり、このままではいけないと奮起した。

 

奮起はしたが肝心の勉強の環境は整っていなかった。

適役の加治木ゆみや幼馴染の智美は受験、後輩の東横桃子はその存在の認識すら難しいため教わること自体が困難、残る津山睦月は寡黙、八方ふさがりである。

 

これはもう自主練しかないのかと寂しい結論に至ろうとしたとき、佳織はそのアプリに出会った。

同じ麻雀初心者、同じ金髪、見た目は中々格好いい、サンプルボイスは心惹かれるものがある、そして麻雀初心者。

 

三人いれば文殊の知恵というではないか、一人より二人の方がいいに決まっている。

挫けそうになったらお互いに励まし合えるし、これは神様がくれたチャンスかもしれないと佳織は考えた。

 

運営との因縁? 佳織はそこまでしっかり読み込んでないので気づいてもいない。

ぽやーっと、男の子ってどんな感じなんだろうといろいろ想像する方が重要だったのである。

 

その数日後、佳織は『京太郎』と一緒に教本を覗き込んでいた。

 

「えっと……こっち?」

 

『こっちじゃないですか? 三色狙えますし』

 

まだまだ基本のできていない二人の解答は一致しない。そしてそのどちらもが外れである。初心者は往々にして自分の手牌だけを見て判断しがち。巡目や他家の河の重要性まで気が行き届かない。

 

またある日はネット麻雀で上がれて2人で大盛り上がり。ただのリーチのみでドラも乗ってなかったが上がれたというただその事実が嬉しい。

しかしこれをどこかの電子の天使が見ていたなら「なんで手替わりまで待たないんですか」と怒られることになっていただろう。

 

また別の日は2人して真剣に話し込む。

 

「筋って聞きますけど、どのあたりから参考にしたらいいのか京太郎くんは分かる?」

 

『……とりあえずリーチの2巡前からじゃないでしょうか?』

 

引いた牌を切り続けてたら危険とか、そういう相手の切り出し方から読むという発想がない。そもそも筋は両面待ち前提の思考で、現物と違って確度や信頼性は一気に劣る。

佳織はともかく『京太郎』は悪待ち大好き人間を知っていてこれなのだからもうちょっと学ぶべきではないだろうか?

 

そうやって初心者同士の遠回りな努力が続く。間違っていてもそれを正せる人間の不在もたたり、三歩歩いて二歩下がるのごとき速度であったが少しづつ慣れていく。

 

そしてふと、集中力の切れ間や少し客観的になったころに気づくようになっていく。

それは覗き込んでいる自分たちの顔の近さだとか、ふとマウスに手を伸ばす手がかち合ったりだとか、視線が合ってしまい少し恥ずかし気に逸らしたりとか。

 

相手が異性で、こんなにも近くにいるのだと気づく。そして気づいてしまえば意識してしまい、意識すれば当然気恥ずかしさは増し反応が大きくなる。

あとは螺旋のように大きく広がっていく。時が経てば経つほど感情は育っていくのが止まらない。

 

そして、今までずっと一緒に頑張っていた相手が実は自分の好みのタイプだということに遅まきながら気づくころにはもう深みに入ってしまいその沼から出るつもりがなくなっていた。

 

まつげの長さや唇、手の大きさや肩幅に胸板、それらは何気なく見続けていたものでありながら急にセクシーなものなのだと印象が変わる。

一度変わってしまえばもうそうとしか捉えられない。一挙手一投足に気を払い、そんな自分の感情の名前も誤魔化せなくなる。

 

同時にどうしても逃れられない現実に佳織は直面してしまう。

どうして彼と本当の意味で触れ合えないのか、なぜただのアプリなのか、こんなにも心惹かれているのにどうして、と。

 

ままならない現実、不満は時に恋心を加速させる要因になる。佳織はもう自分が引き返すには遅すぎたという実感とともに思わずにはいられない。

『彼がもし実在するなら、自分はすべてを捧げられるのに』と。

 

自覚はさらに佳織を歪ませ元の純真な少女を想いに狂った女へと変えていく。

純粋だからこそ色に染まりやすかった。そして『京太郎』本人は(あー、こんな彼女がいたら幸せなのにな)などと惹かれはしていても暢気だった。

 

 

そしてその頃、清澄高校に実在する少年はいつものように買い出しに行こうとしていた。

彼は何も知らない。すべてを知らなかったのである。それは罪なのか見解の分かれるところである。




どうもお久しぶり、風邪を治すのに時間のかかった作者です。
体調管理も仕事のうちとはよく聞きますが、誰もなりたくてなってるわけじゃないし、皆勤賞みたいな手当くださいと思うのは自分だけだろうか?

『妹尾佳織の場合』はこんなになりました。
純真無垢な少女って堕ちるか浄化するかの二択が多い気がします。

長野が地雷密集地になっていく、まあ既に日本全域に地雷が埋められてる気がするので今更少し増えても変わらないはず。

次回、『津山睦月の場合』。

白糸台生活の菫は京ちゃんのどこが好き?

  • 面倒見のいいところ
  • 自分を女扱いするところ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。