小走やえは奈良の強豪晩成高校のエースだった。
だが予選1回戦で予備知識もない阿知賀のドラ爆娘にあたり辛酸をなめた。それでも+収支に持って行けたのがやえの強さを証明している。
他家がインハイ本戦のような対応力を持っていたなら集中砲火からの逆転も狙えただろうが、持っているはずもなくそのまま他家は毟られ続け大量の点差を開けられた。
結果、晩成高校はわずか予選一回戦で消えた。最悪の運勢だったといっていいだろう。
そして個人戦、雪辱を果たすべく臨んだその道で阿知賀女子は誰1人個人戦にエントリーしていなかった。
個人戦において奈良1位、代表として選ばれても虚しさがあった。まるで眼中にないと言われているようで。
しかも後輩には「にわかに負けんよ」などと大口をたたいておいてこれだ。
それでも、一対一でなら負けないという自負はあった。他家のレベルが全国区なら勝てると。
しかし誰一人出ていない。証明の手段そのものがないという現実。
そして全国の舞台では、団体戦の阿知賀の実力が急速に上がっていくのを目の当たりにした。
にわかであるということは、逆にいえば伸びしろがあるということだった。
もはや決勝まで上がった阿知賀に今のやえ自身が勝てるか、その自信が揺らいだ。
個人戦のみ出場を決めている人間に声をかけ阿知賀が特訓していたという噂も聞いた。
自分に声がかけられたならその力を見極めようと、受ける気でいた。
だがかからない、完全にスルー。また一つ機会が奪われた。
『流石あの晩成高校を抑えて出場を決めただけのことはある』という風評から『阿知賀は晩成より強い』というイメージへとシフトしていく。
それでもなお、個人戦で孤軍奮闘してみせればという細い望みに縋った。いや縋るしかなかった。
だからこそだろう。目の前の敵を見ずに臨んで容易く勝てるほど全国の舞台は甘くはない。
かみ合わない歯車のように、やえは本来の実力を発揮することすら難しかった。
そして地元に帰れば『今年の晩成高校が弱かった』という声すら上るようになった。
自分のせいだと、やえは責任を強く感じた。せめて個人戦で結果を示せればこうはならなかっただろうと。
そして最悪の事態が起こる。国麻の奈良のシニア代表に松実宥が上がり、そしてそれを本人が固辞することでやえに決まったという事実。
宥としてはみんなと一緒でないことに意味を感じられなかっただけだが、周囲は『そこまで麻雀に興味がない人間に負けた』とやえを捉えた。
事ここに至り、やえの心は折れかけた。自分が奈良代表と胸を張れず、自分も辞退すべきではないかとすら思い悩む。
一種の現実逃避でやえは普段の自分ならしないだろうアプリへと逃げた。架空恋愛は張りぼての王者に相応しいだろうと。
そして――そのアプリによって小走やえは王者へと復活を遂げた。
アプリの中の住人である『京太郎』は言った。
『代表になるって、色々背負うって思うんです。俺なんかは中学の県予選で負けたから敗者側の視線ですけど、自分が負けた相手には活躍してほしいって勝手に思っちゃうんですよ。
もちろんやえさんにとって負担でしかないなら辞退するのも仕方ないです。麻雀が好きじゃなくなったなら、無理に続けるのは苦しいだけですから。
だけどやえさん、棚ぼたであってもこれはリベンジのチャンスです。多分一回こっきりの。奈良高3最強は松実宥じゃなく小走やえだって、王者晩成は死んでないって。それを証明できるのは――』
余りにも真剣な表情の『京太郎』を見て、「自分も県予選で負けた」と述べる彼に自分を重ね、自分よりも報われなかった彼の悔しさに共感して。
『俺にはもうハンドでは出来ません。でも今は麻雀やってます。
全然勝てないけど、みんなに追い付きたいから。その先の舞台を今度こそ見て見たいんです。そしたら初めて胸を張って「自分はみんなの仲間だ」って、そう言えるようになると思うから』
その言葉にまだ初心者でしかない少年の志を感じて、やえは思い出す。
自分は何のために麻雀をずっとやってきたのか、その初心を。自分が背負い続けたものの本当の大切さを。
何より今のやえの仲間たちは誰一人やえを責めず、心配すらしてくれているという現実にも優しさがあるのだと気づいて。
ただの高校1年生が、初心者のくせに「絶対高3までにやって見せる」と吠える姿はじりじりとやえの心を炙った。
「ふっ、京太郎もなかなか言う。だけど――私はにわかには負けんよ」
かつて言った言葉、それは慢心だった。だが今の言葉は相手をリスペクトし、それでなお負けてなるものかと競い闘う者としての言葉。
王者とは結果を残すだけの人間ではなく、その心も含めて初めて王者足り得るのだという信念が形作られる。
『俺もやえさんに負けませんよ』
小生意気なこの『京太郎』を見て、やえはただ一分野においては王者にはなれなさそうだと心中だけで苦笑した。
なぜなら――恋愛は惚れた方が負けだといわれているのだから。
『小走やえの場合』、完。大変お待たせしてしまい申し訳ありません。忙しさと中々いいアイデアが浮かばず。
唸ってる最中ふと気づいたのは(あれ? ひょっとして王者先輩ってレジェンドと立場似てない?)という事実。
最後まで悩んだのは依存や病み方向にもっていくかいかないかという点でしたが、国麻って県での選抜っぽいと有珠山の発言を想起、(宥って選ばれても行かなそう)と。
それでまあ、王者先輩ワンチャンあるな、と。
そして王者先輩は完全に恋愛にわかです。「にわかには負けんよ」がブーメランで何度も返ってくるという非常においしいキャラ。
まあ実際の「にわか」発言は不安がる後輩の初瀬を元気づける意味合いが強かったとは思うんですが、この話では少しは慢心があったという設定になっております。
追記:
よく誤字指定されるところがあるのですが、京太郎がやえに「もう俺にはハンドではできません」と言ってる場所ですが、これは『あの中学の皆とのリベンジはできない』という意味合いなので『では』となっています。
『ハンドはできない』になると怪我で故障したっぽいので。
京ちゃんの性格として『俺はやりたくてもできない、あなたは出来るでしょ?』みたいにとれる言い方はしそうにないかな、とも思いますし原作でもその辺不明なので。
紛らわしい文章で申し訳ありません。
白糸台生活の菫は京ちゃんのどこが好き?
-
面倒見のいいところ
-
自分を女扱いするところ