亡霊が見た夢   作:うゆ

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俺達は自らの罪を知ろうとすらせず、小綺麗なつもりで、その醜さを撒き散らしている。






クロユリ

 君は、なぜ生きている? 

 

 ───知らないさ。

 

 君は、なぜ拒む? 

 

 ───嫌だからに決まっている。

 

 君は、なぜ死なない? 

 

 ───死に意義を感じないからな。

 

 君は、なぜ救わない? 

 

 ───他人を救える程高尚な人間じゃないんだよ。

 

 君は、なぜ笑わない? 

 

 ───罪人の笑顔程忌まわしいものはないだろう? 

 

 君は、なぜ救われない? 

 

 ───救われなきゃいけないのは被害者(◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎)の方だ。間違っても加害者()なんかじゃない。

 

 君は、狂うのかい? 

 

 ───既に狂っているさ。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その生き方をいつまで続けているつもりなんだ? 

 

 ───永劫回帰の果てまで続けるさ。

 

 彼女に話すつもりは? 

 

 ───彼女が誰を指しているのか分からないな。だが、誰に何を話したところで事態は決して好転しない。なら、話す必要も義務もない。

 

 では君に最後の問いを。

 

 君の嘯く被害者というのは一体この世界のどこにいるんだい? 

 

 ───それ、は……

 

 ほら、答えられないだろう? 君の罰は誰が望んだ? 君の罪の根源は何処だ? 唯の自己満足だろう? そんな行為では誰も救えない。

 

 ───黙れ。

 

 君の行為は無意味だ。無価値だ。無駄だ。無益だ。非生産的だ。下らない。

 

 ───黙れ。

 

 それに何故今更罰を望む? 君の過失はあの一件のみだと? 君はアレ以前には罪を犯していないと? 冗談も程々にしてくれたまえ。

 

 ───黙れ。

 

 君はあの一件だけが自己の運命を決定付けたと思い込んでいるだけだよ。君はこの世界に生まれ落ちた瞬間から常人とは言えない程に歪んでいる。

 

 ───黙れ。

 

()()()()()()()()()()()……その通りじゃないか。愛を示さず、愛を受け入れなかった人形。愛を知らず、愛を嗤った正真正銘のガラクタ。

 

 ───黙れ! 

 

 愛さえ理解できない人形が今更何を望む? 失敗作如きが誰かに触れられると思ったのか? 思い上がるなよ欠落者が。

 

 ───黙れ! 知った風に口を利くな! これは俺の罪だ! 俺だけが識っていなければならない罪だ! 他の誰かに共感も同情も理解も示されてたまるか! 

 

 否、知っているさ。分かっているさ。理解しているさ。しかし同情の余地は一切無い。共感するつもりは欠片たりとも持ち合わせてはいない。罪を罪たらしめる原因はお前にあり、その報いは必然だ。

 

 お前は美しくない、優しくない、強くない、醜くない、非道ではない、弱くない。お前は半端者だ。あらゆる意味で中途半端だ。出来損ないだ。

 

 ───俺を何処まで知っている……! お前は……誰だ……! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はお前だよ、花崎◼︎◼︎

 

 

 

 

 

 ◆

 

「そういえば、なんでこんな時間に出歩いているんだ? 日付は変わってないが、それでも時間としては遅い。見たところ学習塾へ行っていた訳でもなさそうだが」

 

『本題が終わったのでじゃあ帰ります』などと切り出す事はせず、彼は無難な話題をチョイスする。対人コミュニケーション能力が平均よりも大幅に下回っている彼でも、この程度の事は出来る。この会話が続くか否かは彼の話題拡張能力に掛かっているのだが。

 

「ライブハウスよ」

 

「あー……そういえばあったな……どんなアーティストが来てたんだ?」

 

 彼は街を流離っていた時に、『Circle』というライブハウスを見つけたのを思い出す。

 

「私は観客じゃなくてステージに立つ側よ」

 

 それを聞いて彼は少し目を丸くする。部活などにも入っていないであろう同年代の人が、ライブハウスでパフォーマンスを行なっているとは思わなかったのだ。

 

「へぇ……意外だな。何ピースのバンドを組んでるんだ?」

 

「1人よ」

 

 その返答に彼は少しだけ目を細める。その瞳に在る感情は憐憫か、同情か。どちらにせよ、プラスの感情は欠片たりとも篭っていなかった。

 

「ふーん……ずっと1人で活動を続けるつもりなのか?」

 

 何故彼女に深入りするのか、その答えは誰も知らない。

 

「私の実力に見合う人が居るならバンドとして活動するのも吝かじゃないわ」

 

 ここまで彼女が頑ななのは恐らく目指すべき目標や夢があり、その為に妥協や諦観はしたくないのだろう。

 

「……いつか見つかるといいな、メンバー」

 

 だから、そんな在り来たりな言葉で締めくくる。それ以外に何て言葉を向けたらいいか分からないから。

 

「別に1人でもいいわ。私1人でもメンバーが居ても、やる事は変わらないもの」

 

 その態度に彼は少し不満に思ったのか、彼女の美学に無粋と分かっていながら水を差す。

 

「孤独っていうのは前を向いているときには感じない。"勝利"や"栄光"はそういった負の感情を消し去る効果がある。だが、些細な事に躓き立ち止まった人はふと思う。"自分の行為は正しいのか"

 

 その正しさを証明する為、人は過去(うしろ)を、足跡(そくせき)を振り返る。そして気付く。自分の周りには一切の人間がいない事に。賞賛を、喝采を浴びた。勝利を、栄光を、名声を手に入れた。だが、それがなんだ? その喜びを共有する他者がいないじゃないか。正しさを証明する友がいないじゃないか。

 

 人は、自分の正しさを愚直に信じられるほど強くない。故に、その正しさの決定権を自分以外の誰かに委ねる。だが、その"誰か"すら居なかったらどうすればいいんだ? 自分の行為が、時間が、努力が、才能が正しいという事を信じたい、無駄ではないと言ってもらいたい。しかし、信じるに値する証拠も、言ってくれる他者も存在しない。

 

 誰でもいい、拠り所を、宿り木を見つけてくれ。独り善がりの独奏曲(アリア)なんて悲しいだろ? 人には(他者)が必要なんだ」

 

 あぁ、なんて滑稽なんだろうか。愛を知らぬ欠陥品が、他者に愛を説くなんて。だがそれでいいと彼は思う。彼女にはこんな敗北者と同じ運命を辿って欲しくないのだ。動機なんてたったそれだけ。彼自身でも知らない深層心理が働いただけだ。

 

「……忠告をありがとう、晴人」

 

「礼なんていいさ。この行為はただの自己満足であり、独り善がりでしかない。たとえこれによって君の運命が良い方向に流転しても、君が俺に感謝を述べる必要はない。悪い方向へ転換したならば、俺を()()()()()()があるがな」

 

「そう……晴人は1人なの?」

 

「……どうかな。もし仮に俺が孤独でないとしたら……誰かに祝福され、抱き締められる日々を送っていたのなら……それはなんて罪深い(美しい)んだろうな」

 

 それは縛鎖、それは呪い、それは原罪、それは神罰、それは失落、それは忘却、それは焼却、それは消滅。

 

 狂い哭く邪悪な獣は鳥籠の小鳥に、自らのたった一つの真実を告げる。

 

「だが、俺にはその感情を抱く機能がない。だって俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡霊だからな」

 

 呪わしい現在(ユメ)を忘却の彼方へ、忌まわしき過去(マボロシ)を轢殺の車輪へ押しやった彼は正しく生者ではない。未来を捨てた彼は死者でしかない。慟哭する冥府の使徒たる彼は凡ゆるものを諦観している。

 

 人肉を貪り、底なしの我欲に溺れる傲岸不遜な畜生王は闇に吼える。

 

 ああ、どうしようもなく全ての時間が忌まわしい。

 

 

 




星9 (●´ϖ`●)様、漆塗り様

星8 永遠になれない刹那様

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