亡霊が見た夢   作:うゆ

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夢を叶えるのは、彼でなくても良い。

否、彼であってはならないのだ。


不可能の象徴、開花
黎明


 俺のパーソナリティが形成されたのはいつか、と聞かれると決まって「あの日」と答える。

 

 だってそうだろう? 自分の未来を、価値観を、命の意味を、絆の虚しさを、血縁の弱さを知り、全てを失くしたんだ。

 

 世界の残酷さを知って、平等なんか何処にもないって痛感して、誰にも祝福されない生命を知った。

 

 闇の悍ましさに怯え、光の狂気に震え、人の醜さに恐怖した。

 

 これこそ誰にも祝福されぬ至星三界(トリニティ)

 

 逆襲劇(ヴェンデッタ)にも、英雄譚(ティタノマキア)にもならなかった。否、なれなかった。その上、人の迷いすら放棄し、唯堕落と失墜にのみ生きることを選択した愚か者。

 

 世界を呪う。未来を憎む。過去を拒絶する。現在を否定する。生命を嘲笑する。運命を愚弄する。

 

 お門違いだって事は嫌と言うほど分かっている。こんな事をしても何も戻らない。あぁ、そんな事とっくの昔から知っている。

 

 でも、俺は選んだ。この道の先に、地獄が待ち受けている事を知りながら。故にこの選択は今更どう足掻いても覆らない。

 

 なら、往くしかないだろう? 

 

 約束された末路に堕ちる我が身に、後悔と諦観のみが存在するとしても。この行為に、なんの報酬がなくとも。

 

 俺の死滅により、耳障りな鎮魂歌(レクイエム)を奏でさせてくれ。俺はその為だけに今まで生きてきた。あの日からずっと。

 

 自殺を考えなかった日は1日たりともない。いつもいつも、自殺願望で始まり、自殺願望で終わる日々を送っていた。この場で死ねれば楽だと、何度だってそう思った。

 

 だが、違う。そんな綺麗な死に方は赦されない。俺は可能な限り苦しみ、嘆き、悲哀に生き、痛みを受け入れ、絶望に浸り、傷を剥き出しにし、愛を知らぬ敗北者として生きなければならない。

 

 それが無駄に命を浪費してきた俺への、当然の報いだ。

 

 

 ◆

 

 

「メンバー候補が一人見つかったわ」

 

 一日の授業が終わり、生徒は部活に精を出すか帰宅するかの二択の時間に友希那は晴人の元にやってきてそう告げた。

 

「……なんで俺に言うのかは知らないが、よかったな」

 

 パラパラとめくっていた参考書を閉じ、友希那の方を向きながら彼はそう言う。声音には何処と無く安堵が籠っており、先ほど言った内容が嘘ではないことが分かる。

 

「パートはギター。素晴らしい腕前だったわ。不断の努力と才能によって裏打ちされたほぼ完璧な演奏、テクニックも申し分なかった。ネックなのは表現力だけど、それくらいは幾らでも改善できる。私が要求しているスペックの水準をほぼ全分野で上回っているわ」

 

 少し語気を強めて言う彼女の姿は、とても純粋に夢を追っているバンドマンのようであった。恐らく、自分の理想形とも呼べるような人間がいて嬉しいのだろう。そんな彼女の姿を見て、彼も少しだけ頬を緩める。

 

「そうか……上手くスカウト出来るといいな」

 

 そう優しく微笑む彼を見て、友希那は驚いたような表情をした後に笑顔を浮かべる。その笑顔に込められた感情は、安堵。

 

「……晴人、初めて私の前で笑ったわね。いつも仏頂面か何かに苦しんでるような表情しか見せてくれなかったけど、そんな顔もできるのね。安心したわ」

 

 何を隠そう、晴人と友希那が出会って約2週間ほど経ったが、彼は一度たりとも笑顔を見せなかったのだ。そう、唯の一度も。彼の凍った仮面は笑みを浮かべる事を許さず、苦悶に喘ぐ事のみを許可した。

 

 その契約を守るべく彼は鋼のごとき自制心で苦悶以外の感情を堰き止めた。だが、その決意が無意識的に緩んでいたようで笑顔を零してしまった。人間の分際で完璧を謳う彼は、無意味と分かっていながら自責の念を抱く。

 

「……やめろ、見るな。俺に笑顔は相応しくない」

 

 簡潔に、端的に伝えるのは拒絶の意。頼むから自分の醜い笑みを見るな、自分よりも笑顔に相応しい人間はこの世界には幾らでもいる、故にやめろ、と。

 

 そんな懇願するような拒絶に対して、友希那はどこ吹く風だ。 彼の話を欠片たりとも聞いていない、又は聞き流している。

 

「いつもの表情よりは随分マシよ。それに晴人の笑顔は貴重だもの、もっと見せてほしいわ」

 

 貴重、というよりはバグや不具合と言った方が正しいかもしれない。正常に働き、その役目と機能を十二分に果たしていた仮面(システム)が内的要因により、突然致命的な笑顔(エラー)を生み出してしまったのだから。

 

「やめてくれ……」

 

 力無く言う彼には疲労や諦観の念が強く現れている。対して友希那は面白い玩具を見つけた子供のように琥珀色の瞳を輝かせている。何処までも対照的な二人を、赫く焼けた空か照らしていた。

 

 

 ◆

 

 

 友希那の晴人弄りが一旦区切りが付いた後に、彼女は本題を問いかける。友希那は晴人にメンバーが見つかった事を告げに来た訳ではないのだ。偶然晴人が教室に居たから伝えただけで、本来の目的はそれではない。彼女はこのクラスに所属している人を探しているのだ。

 

「そういえば、リサを知らない? 」

 

 その問いに対する回答を友希那は特に期待していた訳ではない。ただ、近くにいたのが彼だったから聞いた。それだけだ。だが、彼女の予想に反し、彼は望んだ答えを持っていた。

 

「今井リサならお前が来る前に、『外の風に当たってくる』と言って出て行ったが……火急な要件か直接会って話さなければならない事以外なら俺が伝えるが? 」

 

 それはつまり、晴人とリサが先ほどまで共にいたという事を示している。その理由は気になるが、先に彼の疑問に答えておくべきだろう。

 

「ただ、一緒に帰ろうと思っただけよ 」

 

 たったそれだけ。ありふれた日常の繰り返しと延長線

 

 いつでも手繰り寄せられるように。いつまでも忘れないように。優しい刹那が永久(とこしえ)へ変わるように。当たり前の日々が何よりも大切ゆえ。

 

 それはいつぞやの彼が大切にしてたもの。"いつも"が"特別"に潰されない為に守り続けてきた信念。彼が信じ縋ってきたモノは最適な人に、最適な形で叶えられる。

 

 それを、諦めた者如きが邪魔することなんて出来ない。

 

「そうか……ならば教師の真似事もこれで終いにするか。続きはまた後日でいいだろう。お前を待たせる訳にはいかない」

 

 非日常は終わりだ。この続きは日常でいいだろう。時間は有限だ。彼の時間と彼女の時間、どちらが重要かなんて簡単に分かる。

 

「教師の真似事?」

 

「あぁ。教えを請われたからな。断る理由もなかったので受諾した。それだけだ」

 

 同じクラス、近い席、最初に話しかけてきた人間。彼に誰とも繋がらない生活を選ばせなかった存在。晴人が苦手意識を抱いている人間の1人。

 

 他には、たった数回の会話で彼の心を見抜いた天才(氷川 日菜)、彼の取り繕った仮面に気づいた演者(瀬田 薫)が挙げられる。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「まだ終わってないのかしら?」

 

「まあな。だが、この程度時間を見つければ幾らでもできる。お前の願いを優先しても問題ない。最も、今井リサが続きを望んだならその限りではないが」

 

 とは言ったものの、今井リサの性格や行動を加味すれば後者を選ぶ事は容易に分かる。こんな物は確認事項にすらなり得ない確定された事象だ。

 

「そう……なら、お言葉に甘えさせてもらいましょうか」

 

「あぁ。存分に甘えてくれ」

 

 誰かの善意に甘える事は必要だ、と彼は謳う。

 

 だが、本当にそれは本心か? 

 

 お前にあるのは外付けの偽善と凝った醜さだけだろう。そんな人間が善意や甘えを騙るなんて、あぁ、なんと浅ましい。

 

 でも、それでもと彼は逆説を紡ぐ。

 

「そういえばリサに何を教えていたの?」

 

 興味か、好奇心か。彼女は彼にそう問いかける。如何なる意図でこの問いを投げかけたのか、彼は理解できなかった。しかし隠す意味も理由もない故、彼は快く答える、

 

「ベクトルだ。今までの数学とは少し考え方が異なるからな。恐らく戸惑ったんだろう」

 

「……そう」

 

 その返答までの時間、およそ5.69秒。纏う空気、浮かべる表情。その全てで彼は彼女の言わんとする事を察した。

 

 ここまで来て放り投げるのは流石に忍びないので引き受けるが、以降は軽率に返答するのはやめておいた方がいいだろう。

 

「……次回の日程は必要か?」

 

 選択肢は2つ。だがこれまでの問答を加味すると、考えうる回答は1つのみ。

 

「お願いするわ……」

 

 力無く俯く彼女をなんとも放っておけなくて。柄にもなくこんな事をしてしまう。

 

「了解した。追って伝える」

 

 問いの意味は、問いかけた後にも発生する事を身を以て体験した晴人だった。

 

 ◆

 

 

 Omnia fert aetas, animum quoque.(時は全てを運び去る。思い出も、また)

 

 それは否だ。時は何も運び去ってはくれなかった。

 

 あの日の思い出も、あの日の傷跡も。

 

 何もかも在りし日のまま鎖となり、決して離してくれない。

 

 満ちては欠ける銀の月は、三相煌めき醜い我が身を妖しく照らす。

 

 夜天に散りばめられた数多の星々へと呪いの顎門を軋らせる。

 

 我が身の全てよ死に絶えろと、虚しく闇に吼える。

 

 決して届かぬ(たいよう)へ手を伸ばした蝋翼(イカロス)は、その伝承通りに翼を焼かれ地に堕ちた。

 

 過去と未来と現在はあの日の後悔(なみだ)を決して逃がさない。

 

 地獄を照らせ北極星(ポラリス)よ、無意味な独奏曲(アリア)を響かせろ。

 

 俺の(すべて)は、今此処に。




星9 Kiriya@Roselia箱推し様

評価ありがとうございます!

さて、今回からRoseliaの結成に入っていきます。次回は紗夜の話になるかと思います。無論、大元とかけ離れた展開になりますが。

そして年内更新はこれで最後になります。皆さま、良い年末年始をお過ごしください。

感想、評価お待ちしております!

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