少しフェアになったかもしれない第四次聖杯戦争   作:L(・◇・)┘

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ACT.4

 

 

 一つの家で惨劇が起きた。幸せな家庭は、一夜にして悪逆の限りを尽くされたのだ。

 別に彼らは、何か悪いことをしたわけではない。強いて言えば──そう、運が悪かったのだ。

 一家惨殺である。その民家に忍び込んだ殺人鬼の青年は──雨生龍之介は、呼吸をするように家の住人を殺めていった。

 何一つ気兼ねすることなく、何一つ悪びれることなく、一人一人丁寧に壊し、殺した。 

 リビングは噎せ返りそうなまでに血みどろになっていた。凄惨な殺人現場に成り果てた空間に、酷く場違いな声が愉しげに響く。

 

「みったせー、みったせー、みったしてみたせー!」

 

 軽い調子で、龍之介は歌うように呪文を諳んじる。手拍子さえしてみせながら、彼はこの状況を最大限に満喫していた。

 

「繰り返すつどに四度? 五度? ただ満たされるときをはきゃくするー!」

 

 適当にそこまで唱えた龍之介は、振り返りながら身軽な動作でしゃがみ込む。

 彼の見下ろす先にいるのは、一家の唯一の生き残りである少年だった。血の染み込んだ絨毯の上で蹲る彼は猿轡を噛まされ、縄で縛られたままどうすることもできないでいる。

 いや、戒めがなくとも果たして少年が動けたかどうか。無表情のまま涙を流し、絶望に染まった瞳からは既に生気が感じられない。もう少年は、何もかもを諦めていた。

 だが龍之介はどこまでも対照的だ。

 

「ねえ坊や。こういうオカルティックな魔法陣を描いてさ、こういうカッコイイ呪文唱えたらさ、本当に何かが来てくれると君は思うかい?」

 

 朗らかに笑顔で、龍之介は活き活きとしながら語りかける。反応を示さない少年に、ただただ一方的に語りかける。

 

「悪魔だったり、モンスターだったり、クトゥルフ的なモノたったり、他にはまぁなんか凄い感じの何かが来てくれるって思ったりしない?」

「……」

「無反応だしいちいち説明するのもめんどくさいから省くけど、召喚の方法をなんやかんやあって知ることができたなら、呼べるかどうか試したいと思うじゃん?」

 

 つまるところ、龍之介の今夜の犯行はその為だ。なんらかの超常の存在を召喚する為の魔方陣を描くのに、彼は人間の血を必要としたのだ。

 少年が一人だけ生き残っているのは単純な話、他の住人の血液だけで事足りたからだ。要は殺す必要がなかっただけである。

 もっとも殺す必要がなかっただけで、このあと生かしたままなわけがない。龍之介が少年に課した役割は別にある。

 

「──で、君はもしも何かが出て来た時の為の生け贄ってわけ。もしも何かが出てきたらさ、一つ殺されてみてくれない?」

 

 少年の眼元が僅かに歪んだ。恐怖か絶望か、怒りか哀しみか。なんであれやっと反応らしい反応を示した彼に、龍之介は満足して立ち上がった。

 

「……よし、それじゃあちょっと真剣にやってみますか」

 

 その言葉のとおり、龍之介は意識を切り替えた。苦労して描いた魔法陣に向き直る。

 手を翳す。瞼を下ろした。集中力を高める。

 

「──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのならば応えよ」

 

 先程までとはうって変わって、龍之介は暗記した詠唱を真摯なまでに諳んじる。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者」

 

 続く数節の詠唱も淀みなく、一語たりとも誤りなく口ずさむ。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!」

 

 そうして最後に、龍之介は締めの呪文を謳い上げた。

 果たして血で綴られた赤色の魔方陣は────特になんの反応も示さなかった。

 魔法陣が光り輝くようなこともなく、不意に風が吹き荒れるようなこともない。

 召喚はものの見事に失敗した。

 そう。それも当然だ。雨生龍之介の手には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 令呪もなしに、サーヴァントの召喚は叶わない。元より七騎のサーヴァントが既に出揃っている以上、雨生龍之介が聖杯戦争に参加する余地も、その席もないのである。

 

「……」

 

 痛々しいまでの沈黙だった。龍之介のテンションは急降下していた。無言のまま、つまらなげに魔法陣を見下ろしている。

 

「……まー、何かが起きるわけないんだよねー」

 

 龍之介はこれ見よがしに肩を竦めて苦笑した。仕方がないと、この結果を彼は速やかに受け入れたのだ。

 

「召喚には失敗しちゃった。しょうがないから、君は俺がおいしくいただいちゃうよ」

 

 爽やかな笑顔でそう告げて、龍之介はあっさりと少年の命を刈り取った。ナイフで串刺すその手つきは、いつもよりも酷く乱雑だ。まるで内心の苛立ちをぶつけるかのように。

 気晴らしのアートを手早く済ませた龍之介は吐息を吐いた。少年を殺めた余韻もほどほどに、彼はさっそく隠蔽作業に取り掛かる。

 ここ数日、彼は派手に動きすぎていた。警察やマスコミ、近隣の住人やその他諸々に嗅ぎつけられるのは面倒極まるだろう。

 冬木市でやるべきことは全て済ませた。ならば犯行や工作が察知されないその内に、冬木市を後にするのが得策である。

 そう考えた龍之介は証拠をできる限り隠滅し、密やかにその民家を後にした。

 深山町の住宅街を、鼻歌を歌いながら歩いていく。だが時折、彼の口から溜息が零れた。

 どんなに凝った魔法陣を描いたところで、どんなに気合いを入れて召喚の詠唱を行おうと無駄である。そんなことは試すまでもなく、彼も判ってはいたのだ。けれどこうも寂しい結果になると、その落胆は如何ともしがたかったのだ。

 気を紛れさせようと、龍之介は歩きながら鼻歌を歌い続ける。

 そうしてしばらくの間、深山町の住宅街を歩いたところで──

 雨生龍之介は、とある男とすれ違った。

 男は龍之介のことをまったく意識していない。龍之介の方も、最初はその男のことなど何も意識してはいなかった。

 けれど龍之介は、すれ違いざまに()()に気がついたのだ。

 

「…………」

 

 ふと立ち止まり、龍之介は振り返る。すれ違った異国の男を凝視した。正確には彼の手の甲を、である。

 

「ねぇアンタ」

 

 ゆったりと歩いていくその男へと、不意に龍之介は声をかけた。

 男が足を止めて振り向いた。

 男は純白の制服と、同じく純白のマントを纏っていた。その手に携えるのは、アメジストをはめ込んだ杖である。

 青年のような風采でありながら、何処か老練な雰囲気を漂わせてもいる。

 龍之介の頭の先から爪先までを、男は観察するようにじっと見つめていた。

 それから、作ったような微笑を浮かべた。精巧な仮面のような笑みである。

 

「私に何か用かな?」

 

 問いに対し、龍之介は男を指差した。男の、手の甲の赤い紋様を。即ち、令呪を。

 

「手のそれ、COOLなタトゥーだね」

 

 笑顔でそれだけを言って、龍之介はそのまま夜道を歩いていく。

 

「…………」

 

 残された男は、凝然と龍之介の背中を見つめていた。

 

「──アーチャー。いまの男の近くにサーヴァントの気配はあるか?」

「いや、ないよ?」

 

 虚空へ投げかけれたその問いには、すぐに軽い調子で答えが返った。

 男の背後が揺らめき、徐々に人影が浮かび上がる。

 姿を現したのは軽装の青年だった。その青年こそが男の質問に答えた者であり、男が此度の聖杯戦争でパートナーとする英霊に他ならない。

 

「さっきの彼、別にマスターとかじゃないんじゃない? 手の甲に令呪もなかったよね」

「令呪は手の甲に宿るとは限らない」

「そうだっけ。よく知ってるね」

「……まぁいい。行くぞアーチャー」

 

 男もまた歩き出す。それを実体を保ったまま青年は追いかける。

 

「いいのかい? さっきの彼、マスターじゃないにしてもなかなか強烈な血の匂いだったよ?」

「言うとおりだ。だが、見たところ魔術師ではなかった。ならば脅威もなく、警戒に値するような者でもないだろう」

「……だといいけどね」

 

 微笑を絶やさず呟かれた言葉は、しかしいっさいの油断が含まれない真剣な声だった。

 男が足をとめる。

 

「含みのあるような言い方だな、アーチャー?」

「確かにマスターの言うとおり脅威は感じなかったよ。だけど、危険な気配は感じたね」

 

 男が顎に指を添えて思考する。しかし結局は詮無きことと判断し、すぐに再び歩き出した。

 

「……おそらく先程の青年は、いま冬木市を騒がせている連続殺人鬼だ。魔術師でもなく死の臭いを漂わせているとなれば、現状その線が最も濃厚だろう」

「え、そんな物騒な奴なの? なら捕まえて警察にでも引き渡した方がいいんじゃない?」

「聖杯戦争とは無縁の話だ。従って、私には関係がない」

「そう。まぁ、マスターがそれでいいなら、サーヴァントとしてその方針に従うよ」

「一般人に気を配るのは結構だ。だがくれぐれも我々の目的を忘れるなよ、アーチャー」

「聖杯戦争に勝ち残って聖杯を得る。だね?」

 

 アーチャーの言葉に満足げに男が頷いた。

 

「そう、今度こそだ。今度こそ、聖杯を我がユグドミレニアの手に──」

 

 男の右手が拳を作る。野望を湛えた瞳は、幾らかの狂気と執念さえ帯びていた。

 アーチャーが実体化を解き、霊体へと転じる。

 マスターであるその男も──ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアもまた、冬木市の闇の中へと溶けこんでいく。

 そうして、本来参戦するはずだった陣営に代わる者たちが、聖杯戦争へとその身を投じた。

 

 

   ◇

 

 

 夜の帳は既に下りきった。冬木市の街は、凍てついたような静寂に支配されている。

 人気の絶えた新都を、アルトリアは誰も伴わずに一人で練り歩いていた。

 彼女の姿は水着という、聖杯戦争にあまりにそぐわぬ格好からは一変している。その身に纏うは闇夜そのもののダークスーツだ。アイリスフィールの意見を取り入れ、舞弥が日中の内に仕入れてきたブランド品である。それを彼女は、ものの見事に凛と着こなしていた。

 アルトリアはその特殊な事情から、霊体になることが不可能だった。それもあって、現代の装いを用意してもらえたのは彼女としてもありがたい。手配してくれた舞弥には頭が下がる思いであるし、いの一番に舞弥へとその指示を出してくれたマスターにも感謝しかない。

 そのマスターについて、アルトリアは周囲を警戒して歩きながら思案する。

 彼女と衛宮切嗣の会話は必要最低限だけである。召喚の時と、先程武家屋敷を発つ前に交わした二回のみだ。

 余計なやり取りはいっさいない。それに関して、アルトリアは特に不満もない。

 というよりだ。自分はそんなことを言える立場にはないとさえ彼女は思っていた。

 あのような奇異極まる格好で召喚されたサーヴァントを見限らないでくれたのだ。それは望外のことだったと言ってもいい。

 彼女とて自覚はあったのだ。召喚時の自分の格好は、あまりにふざけたものだったと。

 およそ戦う者のそれではない。何かの間違いだと思われて、即刻令呪で自害を命じられていてもおかしくはなかった。切嗣ならば他のマスターを暗殺し、新たにサーヴァントと再契約することも難しくはあるまい。だからこそ、なおさら彼女はそう思う。

 それに実際問題、本当にアルトリアに不満はないのだ。数回だけの会話であるが、それでも切嗣の人となりも少しは判った。

 衛宮切嗣は機械的である。流石に最初こそアルトリアの水着姿に面食らっていたが、それ以降の彼は徹底していた。

 サーヴァントはあくまで道具。そういう認識の下にアルトリアを運用しようとしているし、そういう態度を隠そうともしていない。

 そしてそれを、アルトリア自身も当然のものだと認識している。聖杯戦争を勝ち抜いていくうえで、サーヴァントはマスターの道具であるべきだ。

 切嗣ならば、己を最適かつ合理的に運用できる。そんな確信がアルトリアにはあった。

 こうして単独で新都を歩いているのも切嗣の指示だ。

 切嗣は当初、アルトリアにアイリスフィールと行動をともにさせるつもりだったらしい。それによってアイリスフィールをアルトリアのマスターであると他の陣営に誤認させ、切嗣は影から敵のマスターを屠る。そういう悪辣な戦略だ。

 だが実際に召喚されたアルトリアの性能を考慮した結果か、切嗣はその戦略を破棄した。

 いま現在アイリスフィールは、護衛兼後方支援の舞弥とともに、武家屋敷で待機している。切嗣自身はというと、発信機を隠し備えたアルトリアを密やかに追っている。

 アルトリアが切嗣から受けた命令はシンプルだった。新都で索敵を行い、敵サーヴァントと遭遇し次第戦闘に入れ。それだけである。撃破及び撤退の判断も一任されていた。

 信頼しているがゆえの委任、というわけでは断じてあるまい。むしろ切嗣は、アルトリアの性能に猜疑的と言ってもいい。そしてやはり、それを隠す素振りもない。

 その疑問も態度ももっともだと言えるだろう。マスターに付与されている透視能力でアルトリアの性能を把握できていても関係はない。なにせ水着だったのだ。あんな馬鹿げた格好で召喚されたサーヴァントが本当に戦えるのか、実際にその眼で確認するまで疑念は晴れまい。

 なればこそ、その疑念を今夜晴らす以外の術はない。アーチャーとして召喚されたがゆえの切嗣の不信は、己が剣にてそのいっさいを払拭する。

 そんな意気込みと昂揚を鉄面皮で覆い隠し、アルトリアは地道に探索を続けていた。

 そうして、どれほどの時間を索敵し続けていただろうか。

 アルトリアは、敵のサーヴァントの気配を感知した。

 

「些か遠いが、確かにいる」

 

 油断なく見据える先は、未遠川河口付近の倉庫街の方である。

 アルトリアは僅かも迷わず疾駆した。敵サーヴァントとの交戦は切嗣からの指示であるし、彼女自身、敵を速やかに撃破するのは本懐である。

 

「──っ!」

 

 だが、その足が不意にとまった。

 アルトリアは知らず息を呑んでいた。倉庫街へと近づくにつれて、尋常ならざる死の気配が次第に色濃くなっていたのだ。

 肌で直に感じられるほどの闘気が道の先から漏れていた。冷たい夜気の中で、されどそれは熱気さえも帯びている。

 行く手は間違いなく虎穴である。生半な覚悟で踏み入れば、容易くこの身を滅されよう。騎士王たるアルトリアをして、そう確信するほどの何かが待ち受けている。 

 些かの躊躇が彼女の中で生まれ、けれどそんなものは覚悟とともに即座に打ち消す。

 この先には間違いなくサーヴァントがいる。それも、強力無比な英霊に他なるまい。

 だが逃げていては聖杯戦争に勝つことなど不可能だ。それでは聖杯を勝ち取れない。それを得ることこそアルトリアの責務なれば、なぜ退く選択肢があるだろう。

 星の聖剣をその手に携え、アルトリアは決然と倉庫街へと踏み込んだ。

 果たして、その先に佇む一騎の巨躯を目視した。

 まだそれほどの距離を詰めたわけではない。それでも、眼前間近に立っていると錯覚するほどの巨漢であった。

 

 ──そう。それは、巌のような男だった。

 

 その全身から充溢する、濃密なまでの神気。

 その全身から立ち昇る、鮮烈なまでの闘気。

 男は石の斧剣を携えていた。その巨大かつ鈍重な得物は、男の尋常ならざる膂力を明白なまでに物語っている。

 極限まで鍛え抜かれた質実剛健の肉体は、鋼と喩えることすらその男への侮辱になりかねない。それほどまでに完璧であり、窮極とさえ言えるほどの躰であった。

 おそらくは、いずれかの神話の頂点に君臨するほどの大英雄。アルトリアは初見で、戦慄とともにそう理解させられた。

 

「──来たか。我が戦意に触発された猛者が現れたのは幸いだった」

 

 男の口許が僅かに歪む。歓喜と、そして絶対の自信を湛えた雄々しい微笑だ。

 ふと男の視線がアルトリアの剣に向けられた。貴いものを見るかのように、その眼が眩しそうに細められる。

 

「黄金の剣……そしてその輝き、星の聖剣に相違あるまい。ならば、貴様が彼の騎士王か」

「……っ」

 

 一目で真名を看破されたアルトリアは、僅かにその表情を厳しくした。

 ──“風王結界(インビジブル・エア)”がないのは、やはり痛いか。

 風の魔術によって光の屈折率を歪め、エクスカリバーの刀身を視えなくする。それが風王結界の能力だ。相手に彼我の間合いを不明とさせる、白兵戦において優れた対人宝具であるが、その本質は聖剣の正体を覆い隠す鞘である。

 エクスカリバーは聖剣のカテゴリーの中で頂点に位置する。ゆえにそれは、英霊ならば一目で剣の正体を見抜けるほどの代物なのだ。そして聖剣の正体は、そのまま担い手の真名に直結する。

 アーチャーで召喚されたがゆえの不具合は、早くもアルトリアを苦しめていた。

 

「アーサー王であり、聖剣を担うとなれば、なるほどクラスはセイバーか」

 

 確信を伴ったその呟きに、アルトリアは否定も肯定もしなかった。

 何も自分から欺いたわけではない。相手が勝手に勘違いをしているのなら、敢えて訂正する必要性を彼女は感じなかった。

 それに些か小狡い話かもしれないが、男がクラスを誤認してくれているならば都合がいい。

 セイバーと認識しているのならば、遠距離攻撃を相手がまったく警戒しない──などという甘い目算を立てているわけではない。だがそれでも、アーチャーと認識されているよりは、セイバーと認識されている方が、遠距離攻撃に対する男の警戒は俄然低くなるだろう。

 しようもない小細工とも言える。だがあるいはそれこそが、この場における活路となるかもしれなかった。何より小細工であろうと、このサーヴァントには打てる手を全て打つべきだった。

 

「戦装束を纏うがいい。鎧もなしに我が斧剣に触れれば、その矮躯、瞬く間に四散するぞ」

「忠告感謝する。だがこれで結構だ。いまの私に鎧はない」

「……私を侮っている、というわけではないようだな。よかろう」

 

 準備は万全。そう受け取った巌の男が斧剣を構えた。一分の隙もない盤石の形である。

 

「セイバーよ、私が名乗らぬ無礼は容赦願おう。マスターの命により、我が真名の開示は認められていない。クラスも他者に告げるなとの厳命だ」

「構わない。それに貴公のクラスなら、既に当たりがついている」

「ほう」

 

 一見して、男のクラスはセイバーだった。斧剣を担うその姿は、剣士としてあまりに堂に入っている。非の打ちどころなど一つもない。

 だが男がアルトリアのことをセイバーだと認識しているのならば、彼自身がセイバーというのはあり得まい。そして携えた得物が槍でない以上、ランサーというのも可能性としては低いだろう。

 加えて、男は狂気に染まっているわけでもない。雄々しい風采でありながら、極めて理知的な色がその瞳には備わっている。だが、だとしても魔術師というタイプには見えなかった。

 冬木の聖杯戦争において、暗殺者の英霊はハサン・サッバーハで確定している。ゆえにアサシンという線もこれで消える。

 アーチャーのクラスはアルトリア自身であるのだから、消去法で考えていけば導き出される解答はあと一つだ。

 

「行くぞ、()()()()

 

 確信を持って告げたアルトリアの言葉に、巌の男が肩を揺らして苦笑した。

 

「まぁ、そういうことにしておこう。──ではセイバー、心赴くままに、我らの武を競い合おう」

 

 瀬踏みのような軽口はそれきりだった。凄味さえ帯びた言葉とともに、男の表情が改められる。

 情け。容赦。それら全てうち消した、尖鋭なまでの武人の面持ち。獲物は必ず仕留めるという、狩人さながらの冷徹な眼光。男の闘気と威圧感が、爆発的なまでに膨れ上がった。

 対峙する者を圧殺しかねないほどのそれを受け、アルトリアもまた肚の底から気炎を振り絞って真っ向から跳ね除けた。

 呼吸すら許さぬほどの緊張感が場の空気を支配する。常人であれば、それに晒されただけででも絶命しよう。

 吹き荒ぶ夜風は無音である。五感からの余計な情報は、既に二騎の感覚からは遮断された。両者はともに、極限まで集中力を研ぎ澄ます。

 時の凍ったような静寂の中を、不意に潮合いが満ちた。二騎のサーヴァントが弾けるように疾駆する。

 一瞬にして彼我の距離を詰めあう弓兵と弓兵。

 刹那の間に幾重にも交差する星の聖剣と石の斧剣。火花とともに生じる轟音と衝撃波に間断はない。

 巌の男が繰り出す暴風さながらの斬撃の連打。それは圧倒的なまでの力の奔流であり、暴力的なまでの死の乱舞だ。

 殺到するそれら全てを、アルトリアは持ち前の直感と剣捌きを以って紙一重ながらも掻い潜る。

 死の乱舞のあるかないかの間隙に、すかさずアルトリアは報復の刃を滑り込ませた。必殺を期して繰り出した疾風めいた一撃を、だが巌の英霊は巨大な斧剣を器用に操って造作もなく受け流す。

 両者の剣が間髪入れず翻った。渾身を以って衝突しあう聖剣と斧剣。その余波が戦場である倉庫街を惨憺と崩壊させていく。

 そうして、剣戟の響きとともに、此処にアーチャー同士の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 




龍之介だと相性よさそうな英霊が皆無かつ英霊の聖遺物用意して出したいアーチャーを出すという手法が取れないので降板となりました。
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