少しフェアになったかもしれない第四次聖杯戦争   作:L(・◇・)┘

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ACT.5

 

 

 倉庫街におけるアーチャーとアーチャーの戦い。第四次聖杯戦争の緒戦を飾ることとなったそれは、いま幾つもの視線に晒されていた。

 どこまでも堂々と敵を待ち受けていた巌の英霊。この男の存在に気づいたのは、何も騎士王だけではなかったのだ。

 それも当然であると言えるだろう。彼の気配は、サーヴァントであることを考慮に入れても尋常ならざるほどに鮮烈だった。冬木市街に繰り出していた全てのサーヴァントやマスターが、およそ無視できぬほどの存在感であったのだ。

 アルトリアのマスターである衛宮切嗣も、その内の一人である。

 もっとも、彼は元より、発信機を持たせたアルトリアを陰ながら追っていた。戦闘が始まる頃には倉庫街を一望できるポイントを見繕い、そこに身を潜ませていたのである。

 岸壁間際の集積場に積み上げられたコンテナの山の隙間から、切嗣はワルサー狙撃銃を覗かせる。

 スコープ越しの彼の視界に映るのは、無論、いまなお戦闘を繰り広げている二騎のサーヴァントに他ならない。

 が、ほどなくしてその視線は別の方へと向けられた。

 己のサーヴァントが充分な戦闘能力を有しているのを、彼は自身の眼で確認できたのだ。最大の懸念が晴れた以上、あとは両者に好きに戦ってもらうだけである。その間に切嗣は、自分の役割を果たすべきだと思考を早々に切り替えたのだ。

 夜の闇の中を暗殺者の瞳がゆっくりと巡る。隠れ潜むのに最適な場所を虱潰しにし、やがて彼はその標的を見咎めた。

 一棟の倉庫の屋根の上に、片膝をついて戦場を俯瞰する人影が一つあった。ほぼ間違いなく、敵のサーヴァントのマスターだ。切嗣は静かにほくそ笑んだ。

 さっそく仕留めよう、と切嗣は狙撃体勢に入りかけ──しかし思い留まる。

 暗視スコープ越しに、切嗣は敵のマスターをじっと見つめた。

 ──あの長布はいったい……。

 敵のマスターが肩から下げている長布。判りづらいが、よくよく観察すると男の服装にそれだけがそぐわないでいる。

 なんらかの魔術礼装と見るのが妥当だろう。だが生半な装備ならば、ワルサーの銃弾で貫くことは容易である。

 切嗣が懸念したのは、それがサーヴァントの宝具である可能性だった。

 もしも装備した者に絶対的な守りを付与する類の宝具なら、敵のマスターの暗殺は切嗣と言えど難しい。

 無論、ただの杞憂である可能性は否めない。撃てばあっさり仕留められる可能性も充分ある。

 ──撃つべきか、それとも、現状は保留とするか……。

 切嗣は熟考の末に、ひとまず狙撃を断念した。

 彼にそう判断させる要因がもう一つあったのだ。

 狙撃の際に、切嗣の位置が別の陣営に察知される可能性についてである。倉庫街での戦いを見物しているのは、何も切嗣と敵のマスターだけではないだろう。十中八九、アサシンはこの場に潜んでいるに違いない、と彼自身は読んでいた。

 確実性を重視する切嗣としては、狙撃に失敗したうえに自分の位置を特定されるなどという展開は避けたかった。あの強力なサーヴァントを早々に排除できるリターンについては惜しくはある。が、失敗した時のリスクは、切嗣を思い留まらせるには充分すぎる判断材料だったのだ。

 眼下の戦況によっては狙撃を行うのも視野には入れつつ、切嗣はとりあえず静観に徹すると決めた。

 アルトリアは巌の英霊に対し劣勢気味ではあるが、少なくとも絶望的な状況には陥っていない。事前に渡してある()()の存在を鑑みれば、敗北の可能性は極めて低いと言っていい。

 いざという時の令呪の発動にも備えながら、切嗣は薄く笑みを浮かべた。

 

「お手並み拝見だ。かわいい騎士王さん」

 

 

   ◇

 

 

 ──そして彼らもまた、倉庫街での戦いを観測する者たちに他ならない。

 即ち、プレハブ倉庫の影から戦いを眺める言峰綺礼。そしてその傍らに佇む二騎のサーヴァントである。

 二騎のサーヴァントとは無論、綺礼が召喚したアーチャーと、時臣が召喚したアーチャーだ。

 両者のアーチャーは互いに殺気をぶつけ合いながらも、とりあえずはアーチャーとアーチャーの戦いに注視している。

 とはいえ、間に立っている綺礼としては堪ったものではなかった。何せ両者の遠慮のない殺気に板挟みにされている構図であるのだから。

 綺礼はアーチャーとアーチャーの戦いを観察しながら、傍らのアーチャーとアーチャーにも留意しつつ、手に握る水晶玉に語りかけた。水晶玉は綺礼が戦場と化した冬木市で行動するにあたり、前もって師より渡された通信用の魔導器具である。

 

「導師。未遠川河口の倉庫街で動きがありました。アーチャーとアーチャーが交戦しています」

『なに、アーチャーとアーチャーが!?』

 

 語りかけた言葉には、すぐさま声が返ってきた。返答の主である時臣は倉庫街には赴かず、自身の魔術工房にて座している。もっとも非常に慌てた声であったので、もしかしたらいまの応答で立ち上がっているかもしれないが。

 

「導師、誤解なさらぬよう。我が陣営のアーチャーとアーチャーの仲違いではありません」

『む……そうか。コホン──それで、戦いの運びはどうなっているのかね?』

 

 ぎしり、と椅子に座り直すような雑音を耳にしてから、綺礼は答える。

 

「アーチャーはどういうわけかアーチャーであるにも拘らずアーチャーに対して白兵戦を仕掛けていますが、アーチャーの方もまたアーチャーであるにも拘らず白兵戦を仕掛けてきたアーチャーに対してアーチャーであるにも拘らず真っ向から白兵戦に応じています」

『待て綺礼、その二騎は本当にアーチャーなのか? どちらも弓を使わず白兵戦を行っているのであれば、それはもしかすると、双方ともにアーチャーではないのでは?』

「……言われてみれば、仰るとおりかもしれません。もしやこれは、霊器盤がただ壊れていただけなのでしょうか?」

 

 むしろ、そう考えた方が自然かもしれない。綺礼はいまにしてその可能性に思い至った。

 

「──それは違うな。霊器盤とやらに不具合などあるまい。弓兵であろうと白兵戦くらいは出来て当然というもの」

「……アーチャー、その言い草だと、お前も白兵戦をこなせるということか?」

 

 不意に口を挟んできた自らのサーヴァントに、綺礼は尋ねた。

 

「無論だ。剣には多少なりとも覚えがあるぞ? なんなら、奴らの戦いに割り込んでみるか?」

 

 不敵な笑みを伴ってアーチャーが言った。

 意外な申し出である。自身のサーヴァントの性能を確かめるという意味では、それも一つの選択ではあろう。

 しかし、逡巡の末に綺礼は告げる。

 

「いや、その必要はない。他の陣営が潰し合っているのなら、これほど楽な話もないだろう。それにこちらの情報を、徒に敵へ渡してやる義理もない」

「ふん、興の乗らんマスターだ」

 

 肩を僅かにすくめてアーチャーが笑う。

 

「なんにせよだ、綺礼」

 

 と、今度は反対側から声が上がる。

 これ見よがしに挑発的な笑みを口元に浮かべ、黄金の王は続けた。

 

(オレ)とそこな偽物は、間違いなくアーチャーであろうよ」

「……」

『……』

 

 綺礼も時臣も押し黙っていた。端的に言って、これはまずい事態だ。

 

「偽物とは言ってくれるな。いますぐ貴様を此処で葬っても構わんのだぞ?」

「ほう。言うではないか、アーチャー」

 

 笑みさえ浮かべながら二騎のアーチャーの殺気が高まった。これ以上高まれば、戦っている二騎のアーチャーにも気づかれよう。

 

「やめてもらおう、二人とも。我らは同じ陣営だ。仲良くしろなどと言うつもりもないが、仲違いされてはこちらが困る」

『英雄王よ、どうかお静まりください……!』

 

 二人のマスターの諫言を受けてなお、無言のまま両者は睨み合いを続けている。

 そう。この二騎のアーチャーはすこぶる険悪なのである。どうやら互いに互いの存在を許容することができないらしい。いまにも殺し合いが始まりそうなほどである。いや、放置すれば間違いなく殺し合いに発展する。

 ──仕方がない。ここは令呪を使うしかないだろう。

 綺礼は時臣の代わりに渋々決断した──が、その直後、不意に殺気が収まった。

 

「……まぁよい。アーチャー、貴様を殺すのは最後にしてやろう。無論、それまで生き残っていればの話だがな」

「それはこちらの台詞だぞ。慢心も過ぎれば痴呆も同然。せいぜい油断しないことだな、英雄王とやら」

 

 皮肉を投げ合いながらも、ひとまずこの場はそれで収まったのだろう。

 マスター二人に義理立てしてくれた──わけもあるまい。恐らくはただの気まぐれである。気が向けば、ギルガメッシュはいつ相手を殺そうとしてもおかしくはない。そして殺意を向けられた方もまた、遠慮なくそれに応じることだろう。

 初っ端から二騎のアーチャーがこうも最悪な関係になるとは、時臣としても想定していなかっただろう。共闘などもっての外である。

 

『…………』

 

 無言の時臣であるが、水晶越しでもその安堵と疲労感が伝わってくるようだった。

 

『綺礼、アーチャーとアーチャーの戦い、君はどう見ている?』

 

 空気を換えるかのように、ふと時臣が尋ねてきた。

 

「見たところ、アーチャーが有利です。アーチャーもアーチャーと思えぬほどの白兵戦の凄まじさですが、私の眼から見てもアーチャーはアーチャーのさらにその上を行っているかと」

『綺礼、いま戦っているアーチャーを両者ともにアーチャーと呼称するのは、非常にややこしい』

「そうですね」

『なので、ここは一つ別の呼称を考えるべきではないかな?』

「呼び方など、女の方をセイバー、男の方をバーサーカーでよかろう」

 

 またしても不意に口を挟んだ自らのサーヴァントに、綺礼は言う。

 

「アーチャー、お前の言い分だと奴らもまた紛れもなくアーチャーなのだろう? 彼らはセイバーでもバーサーカーでもないはずだが?」

「なに、セイバーとバーサーカーという呼称の方が、奴らにはしっくり来よう。この響きの方が、奴らには実に合っている」

 

 そうして、アーチャーは心底おかしそうに口元を歪めた。

 

「──まったく、よもやこんな巡り合わせがあろうとはな。また随分と、致命的にずれたものだ」

 

 

   ◇

 

 

 闇夜の中を颶風が舞う。それは()()()()()()が一呼吸のうちに繰り出す数多の斬撃。その途方もないほどの剣圧に因るもの。

 

「……ッ!」

 

 斬撃を完全に回避してなおも、強かな衝撃波が()()()()の躰を打ちつけた。全身が握り潰されるかのような尋常ならざる圧力を受け、彼女はその表情を苦痛に歪める。

 だがその程度のダメージで怯むセイバーではない。反撃は即座に翻る。大木めいたバーサーカーの首めがけて聖剣が鋭く弧を描く。その剣速と勢いは正に疾風のそれ。

 初撃と同様につつがなく斧剣で往なされた。

 のみならず、返礼と言わんばかりの間髪入れぬカウンター。それは豪快でありながら流麗。力の極致と技の極致。その二つを以って織りなされる轟雷の如き剣閃だ。

 地面すれすれの下段から、這い上がるように急襲してくる斧剣の一撃。セイバーはそれを躱しきれぬと判断し、真っ向から聖剣で受けとめる。

 

「くっ──!」

 

 悪手だったか。内心でセイバーが悔いたのは弾き飛ばされた後だった。聖剣越しに彼女の躰へと殺到した壊滅的なまでの斧剣の威力。それは一瞬の拮抗すらも許さない。

 いっそ痛快なまでの勢いでセイバーは上空に打ち上げられた。だがその最中でも、彼女は直感を頼りに、半ば無意識のうちに空中で再度防御の構えを取っていた。

 ほんの一刹那の直後、セイバーの視界に広がる夜空が人影によって塗り潰される。彼女を弾き飛ばしたバーサーカーは、瞬時に跳躍して追撃を加えに来たのだ。

 

「■■■■■■■■■■──ッ!!」

 

 狂戦士めいた怒号とともに、斧剣が轟然と振り下ろされる。真上から無慈悲に迫るそれは断頭台の刃そのもの。

 聖剣を盾に、辛うじて防御は間に合った。だが再び彼女の視界は暴力的な速さで流れていく。

 容赦なく地面へと叩きつけられ、灰塵が轟音とともに派手に散る。背中に走った痛烈な衝撃に、セイバーは口から僅かに血を零す。

 

「っ……でたらめな」

 

 苦々しげに吐き捨てて──セイバーは直後、慄然と眼を見開いた。

 敵は上空。ならば即座の追撃は早々ない。

 否。あまりに甘い。この敵を前にしてその思考は浅はかだ。

 

「ふん──ッ!!」

 

 己が得物である斧剣を、バーサーカーは上空からセイバーめがけて全力で擲ったのだ。

 音の壁を突き破り、炎熱を纏って堕ちてくる斧剣は正しく隕星。その威力、並みの対軍宝具をも凌駕しよう。

 回避など間に合うまい。いまだ身を起こせぬセイバーは防御の姿勢すらも取れはしない。通常であれば不可避の死であり敗北だ────されど、

 

「侮るなよ、ライダー……!」

 

 されどその必滅の一投は、左手を翳したセイバーによって阻まれた。余波で地面が罅割れるほどの激しい鬩ぎ合いの後に、斧剣は明後日の方へと弾かれる。

 上空のバーサーカーが瞠目した。斧剣を寸でのところで遮断したのは超高圧力の水の膜。即ち、水の魔力放出による鉄壁の防御結界だ。魔力消費を度外視して全力で展開されたそれは、対軍宝具級の一撃さえも防いでみせたのだ。

 そして危機を転ずれば好機である。理不尽なまでの強さを誇るバーサーカーではあるが、流石に空中での移動手段は持ち合わせていなかった。

 いまこの瞬間、上空から落下していく巨躯の英霊に回避の手立てはあり得ない。

 セイバーは即座に跳ね起きた。身に纏うダークスーツは既に襤褸であり、躰へのダメージも累々と溜まっているが全て無視した。そんなものはどうとでもなる。

 ウォーターガンを出す手間が惜しい。そのまま左手を頭上遥か先のバーサーカーに向ける。同時に体内の魔力炉心を全力全開で稼働する。手のひらに収束させた魔力を、水の弾丸として超速で撃ち出す。

 

「ぬ……ッ!」

 

 まともに被弾してバーサーカーが呻いた。セイバーと認識していた相手からの射撃など、想定していなかったのだろう。奇襲と成り得た超高水圧の弾丸は、バーサーカーの躰を確かに抉った。

 セイバーは立て続けに間断なく水弾を撃ち放つ。元々アーチャー適性がない以上、射撃が得手とは言い難い。ならば魔力の出し惜しみなどいっさいせず、徹底して乱れ撃つのが最適解だ。

 並の英霊ならば、既に蜂の巣になっていてもおかしくないほどの怒濤の連弾。空中で防御の姿勢を取るも、バーサーカーはその一身に水弾を甘んじて浴び続けている。

 だがその大英雄の肉体は鎧よりも遥かに頑強だったらしい。幾度も水弾を食らいながらも当然のように耐えている。僅かずつ着実にダメージを与えているが、まるで致命傷には至らない。

 ──構わない。この乱撃はあくまで、この英霊に空中での次なる行動に移らせない為の牽制だ。討ち果たせずとも、その動きを制限できればそれで充分。

 セイバーは左手で水弾を撃ち続けながら、右手で聖剣を構え直した。

 不意に聖剣が水を纏う。黄金の刀身を軸として、水流が超速で螺旋を描いた。

 水流は激流となりて、稲妻をも帯びた。頭上間近まで堕ちてきたバーサーカーへと、セイバーは聖剣を鋭く突き出す。

 

「水よ、貫けッ!」

 

 裂帛の気合いとともに、セイバーは凛と吼えた。聖剣に纏わせた激流を渾身を以って放つ。

風王鉄槌(ストライク・エア)”ならぬ“水王鉄槌(ストライク・アクア)”がバーサーカーへと襲いかかる。迫る水の螺旋は魔槍の一突きにも匹敵しよう。この巌の男をして、下手を打てば痛撃となり得るそれを──

 

「■■■■■■■■■■──ッ!!」

 

 大地が震えた。狂戦士さながらの再度の怒号。必殺を期してセイバーが繰り出した水の奔流は、しかしバーサーカーの手刀によって強引に四散させられた。

 

「な──」

 

 速やかに距離を取りながらもセイバーは愕然とする。仕留めきれずとも、無手なら多少の痛撃は与えられると見ていた。だが、まさか素手の状態で対処されるとは。

 いや、驚愕はそれだけには留まらない。いつの間にかバーサーカーの右腕に巻かれていた一条の帯。その宝具より迸る凄絶なる神気のほどに、セイバーの全身が総毛立った。

 

「マスター、このセイバーは難敵だ。勝手な判断だが宝具を使うぞ」

 

 油断なくセイバーを見据えながら、虚空に向けてバーサーカーが宣った。

 

『……よかろう。軍帯の使用を許可する。速やかにそのセイバーを仕留めよ』

 

 幻覚の魔術ゆえか不自然な反響を伴いながらも、何処より受諾の言葉が返ってきた。

 それを受け取り、バーサーカーが厳かに願い奉る。

 

「──軍神よ、我が身に力を」

 

 帯から発せられた神気がバーサーカーの全身を駆け巡る。途端、体内で爆発的に膨れ上がり、外界へと放出される激烈なまでの魔力と気炎。

 その途方もないほどのエネルギーゆえか、大地が悲鳴を上げるように揺れ響く。重力にさえ狂いが生じたのか、辺り一帯の小石や瓦礫が宙に浮かんだ。

 眼前の大英雄の威圧感がさらに増大したのを感じ、セイバーはその面持ちを厳しくする。

 ──笑えない冗談だ。既に冠絶しているというのに、この英霊はまだ強くなるのか。

 気と力を存分に高めたバーサーカーが馳せた。近づいてきたと、セイバーがそう認識したのも束の間だった。既に眼前。セイバーの知覚能力をして反応が遅れるほどの電光石火。振るわれる拳は光速と見紛うほどの鋭さだ。

 

「──ッ!!」

 

 紙一重で避けた。未来予知めいた直感がなければ、セイバーの頭は豆腐同然に容易く砕け散っていただろう。だが避けようとも、やはりその拳の余波だけで頬が裂けた。

 圧倒的なまでの剛力である。水の結界もなしに食らえば、耐える余地なくその瞬間に勝負が決まる。もうセイバーは、撤退を視野に入れるべきだった。

 だが、と彼女はより一層気勢を上げた。

 アルトリアとて本来は最優のクラスを担うべき英雄だ。なればこそ矜持があり、意地がある。

 そう。まだ戦える。この程度で逃走していて、なぜ聖杯戦争を勝ち抜けよう。

 一撃一撃が必殺の死の拳。濁流さながらに乱打されるそれを、セイバーは己が持ち得る全てを総動員して耐え忍ぶ。

 水の結界で拳の威力を減衰してなおセイバーは傷を負っていく。だが躰はまだ持つ。ダメージは受けた端から治っていた。

 本来であれば、既にセイバーは骸を晒していただろう。いまだその命脈を保っているのは彼女の剣技と直感と、水の結界と切嗣より渡された()()があったればこそだ。

 致命となり得る拳撃を直感で躱し、痛打となり得る蹴撃を水の結界で阻む。だがそう何度も水の結界を展開すれば魔力消費も著しい。()()による魔力量の大幅な上昇を加味しても、枯渇の瞬間は遠くない。

 ぎりぎりのところで食らいつくセイバーであったが、劣勢から抜け出せなかった。いや、次第に追い詰められていく。持久戦は明らかに不利だ。なればこそ、

 ──活路を拓く……!

 大気を根こそぎ吹き飛ばすが如く放たれた拳。いままでなら魔力の消耗を考慮して回避していたそれを、セイバーは敢えて全力の水の結界で受けとめた。少なくない魔力を消費しながらも、それによって強引に反撃の瞬間と隙間を抉じ開けた。

 激流を再び瞬時に聖剣へと纏わせる。セイバーはもう一度水王鉄槌を放った──だが、

 

「その技は既に見切った」

 

 容易く手刀で受け流された。完璧に処理してみせたバーサーカーは、そのまま流れるような動きと速さで回し蹴りを繰り出した。

 死神の鎌とも思えたそれを聖剣を盾にして受けとめる。大きく後退させられながらも辛うじて耐えた。だがその最中、セイバーの視界に都合の悪いモノが映った。地面に突き刺さっていたそれをすかさずバーサーカーが引き抜いた。

 瞬時の疾駆。神速を以って一気に距離を詰めたバーサーカーが、改めて手にした斧剣を横一線に薙ぎ払う。その一撃に籠められた膂力はいままでの比ではない。

 水の結界で減衰してなお壊滅的な威力が有り余る斬撃。受けにいった聖剣をセイバーは弾き上げられた。

 

「く──ッ!?」

 

 辛うじて聖剣は手放さなかったもののセイバーはたたらを踏む。絶対的な力を以って抉じ開けられた致命の隙。なおも増幅するバーサーカーの気炎。迸る殺気の全てが斧剣に乗り、いま正に()()が解き放たれようとしていた。

 

「良き戦いだった。だがこれで終わりだ。“射殺す(ナイン)──」

 

 ──来る。ならば使うしかない……!

 敵の秘奥の発動を感じ取り、セイバーもまた奥の手を切ると決意した。

 だが、

 

「──むッ!?」

 

 不意にバーサーカーが素早く後方へと退いた。同時に幾重もの音色が闇の中を響き渡り、虚空を真空の刃が駆け抜けた。それは一瞬前までバーサーカーが立っていた空間を通過する。

 第三者による奇襲だった。セイバーとバーサーカーの死闘に、別のサーヴァントが乱入してきたのだ。セイバーの姿を視界の隅に入れたまま、バーサーカーの警戒が周囲へと向けられる。

 そんな中でセイバーは、動揺も露わにいまの不可視の射撃に懐古と既視感を覚えていた。

 

「この音色……そして、真空の矢──まさか、“痛哭の幻奏(フェイルノート)”……!?」

「──アーサー王よ、恥知らずにも、再び御身の前にこの姿を晒す無礼をお許しください」

 

 優美な声音が荒れ果てた倉庫街に凛と響いた。セイバーはその聞き覚えのある声にはっとする。

 

「貴公は……」

 

 艶やかな赤髪と純白のマントを夜風にそよがせながら、その騎士はおもむろに歩み寄ってきた。

 そうして円卓の騎士が一人“悲しみのトリスタン”は、当然と言わんばかりにセイバーを庇う位置でバーサーカーと対峙した。

 

「大英雄よ。我が無粋な横槍を、どうか許していただきたい。この方はかつての我が主君なれば、助太刀せずにはいられなかったのです」

「構わん。それはいらぬ呵責だ」

 

 バーサーカーが不敵な微笑を湛えて即答した。

 

「元より聖杯戦争は生き残りを賭けた闘争であり、一騎討ちの決闘ではない。他の六騎全ての英霊に同時に狙われるような事態も、私は初めから覚悟している」

 

 そしてそのような状況になろうと、この身に敗北はあり得ない。巌の男の堂々たる振る舞いは、言外にそう告げていた。

 

「それにアーサー王の配下の弓使いとなれば、自ずとその真名も暴かれよう。それを承知で貴様は姿を現したのだ。円卓の騎士トリスタンよ、その忠義を天晴れと思いこそすれ、侮蔑を懐くことはあり得ない。ゆえに──」

 

 斧剣を構え直し、バーサーカーが悠揚と微笑んだ。

 

「気兼ねせず、纏めてかかって来るがいい。その試練受けて立とうぞ。貴様らの武の総力を、我が武の総力を以って踏破しよう」

 

 大胆不敵なまでのその言葉。それは他者への侮りではなく、自らの力を驕っているからでもないだろう。

 男はただ英雄としての矜持から、最強であるという自負から、いっさいの気負いも躊躇もなく、ごく自然にそう言ってのけたのだ。

 その威風に、セイバーもトリスタンも息を呑んだ。

 眼前の大英雄はひたすらに大きく、ひたすらに強く、ひたすらに高潔だった。

 この第四次聖杯戦争において、この男こそ最大最強の難敵である。両者が確信とともにそう思い至った。

 

「共闘、よろしいですかアーサー王?」

「願ってもない申し出だが……よいのか、トリスタン卿? 貴方はかつて──」

「いいのです。それに、マスターからの許可も得ていますので」

 

 その言葉で、ようやく彼女の中で遠慮が消えた。

 今生において、セイバーとトリスタンは敵同士と相成った。されどいま相対している巌の男は、単騎で打ち破るのは至難極まる。

 なればこそ、力を合わせる以外の道はない。

 

「……わかりました。では──頼りにさせてもらおう、トリスタン卿」

「もったいなきお言葉です。このトリスタン、いま一度、貴方とともに戦いましょう……!」

「前衛は私が務める。援護を頼むぞ」

「承知しました」

 

 瞬間、トリスタンが奏で、セイバーがいっさいの躊躇もなく踏み込んだ。それをバーサーカーが真っ向から迎え撃つ。

 奏でられた音色が幾つもの不可視の魔弾を創り出す。見えぬまま飛来するそれを、バーサーカーが持ち前の心眼を駆使して察知した。

 セイバーがすかさず聖剣を振り下ろす。フェイルノートの迎撃に一手割かれたこの瞬間、こちらを防ぐのはまず不可能。

 轟然と閃いた必殺の斬撃を、されどバーサーカーはフェイルノートによる射撃の対処に手間取ってなお、紙一重で躱してみせた。

 即座に振るわれる斧剣の一閃。セイバーの頭蓋を砕かんとしたそれを、トリスタンが音の刃で弾き逸らす。

 トリスタンが再度奏で、同じようにセイバーも斬り込んでいく。そしてバーサーカーもまた退くことなく迎え撃つ。

 幾重にも響く音色。幾重にも轟く剣戟。互いの必殺を互いの必殺が相殺し尽くす。

 そうして、鳴り渡る残響に果てはなく、アーチャーとアーチャーとアーチャーが入り乱れた戦いはなおも続く。

 

 




アチャクレスなら十二の栄光の宝具もその中の幾つかなら素で持ってるだろうという独自解釈。
実際神獣の裘はアルケイデス化する前から持ってたっぽいので。

あと仕様だけどなんか色々ややこしくてしゅまん

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