少しフェアになったかもしれない第四次聖杯戦争   作:L(・◇・)┘

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ACT.6

 

 

「グ──ご、ぉ……っ、は、あぁ……ッ!」

 

 血反吐を零す。激痛に喘いだ。何度も意識が飛びかける。それでも雁夜は使い魔である視蟲を通し、下水道から倉庫街の戦いを見つめ続けた。

 単独行動のスキルがあるとはいえ、トリスタンはランクAの宝具である“痛哭の幻奏(フェイルノート)”を使用しているのだ。それによる魔力消費は少なくなく、その分雁夜は魔力を搾り取られていた。

 トリスタンを戦いに向かわせるべきではなかったか。刻印虫の活性化による地獄のような苦痛を味わいながら、そんな後悔が雁夜の胸中で湧いてきた。

 いや、と痛みに耐えながらも頭を振った。

 ──これで、いいはずだ。間違ってはいないはずだ。あの大男は、俺たち単独じゃまず勝てない相手だ。

 そう。あの巨躯の英霊はステータスがおかしい。ほぼ全てがAランクの性能だというのに、宝具らしき帯を用いてからはさらにその数値が上昇している。

 逆にトリスタンは雁夜がマスターであるせいで、ステータスが本来のそれよりダウンしている。フェイルノートを用いて遠距離で戦う分には問題ないが、接近戦に持ち込まれれば敗北は必至だ。トリスタン自身が、あの英霊の戦いぶりを見てそう分析したのだ。

 そんな相手を倒すには、他の陣営との共闘は必要不可欠と言ってもいい。

 当然迷いはした。雁夜自身の負担と消耗を考慮すれば、極力戦闘は避けるべきだろう。雁夜たちは巨躯の英霊に手出しせず、別の陣営が打倒してくれるのを待つのも方針の一つではあったのだ。

 だが、それは雁夜には悪手のように思えたのだ。

 そもそも他の陣営ならあの英霊を打倒できるのか、という疑問が最初に浮かんだのだ。他の陣営が倒してくれるのを待ったとして、けれど逆に他の陣営を根こそぎ討ち果たされでもしたら、それこそ雁夜たちが勝ち抜く道は断たれてしまう。

 ゆえに他の陣営に全てを任せるのは楽観的すぎる判断であり、リスキーすぎる選択だと考えたのだ。

 どうするか迷いに迷って、雁夜の選択を後押ししたのは、巨躯の英霊と戦っている少女の正体を知ったからだ。

 トリスタン曰く、あの少女はアーサー王だという。即ち、彼の生前の主君である。

 サーヴァント同士が知己の間柄であれば共闘もしやすい。トリスタン自身も、アーサー王の助勢に行きたそうにしていた。

 ならば、と雁夜は意を決して命じたのだ。援護に行け、と。

 これは今後を見据えての判断だった。これ以降の戦いの推移によっては、アーサー王の陣営との同盟を狙えるようにしておきたい。そういう打算が雁夜の中で働いていたのだ。

 雁夜にとって、魔術師など信用の置ける相手ではない。しかし単独で聖杯戦争を勝ち抜けるなどとは思い上がってもいないのだ。

 魔術師としての力は他のマスターより遥かに劣り、体は既にぼろぼろだ。そんな雁夜が最後まで戦い抜くには、相当巧く立ち回る必要があるだろう。

 トリスタンの加勢を、アーサー王やそのマスターがどう受け取っているかは判らない。だが巨躯の英霊を排除できるまでの間は、少なくともあちらにとっても不都合はあるまい。

 何せ巨躯の英霊はあれほどの強さだ。この戦いを見ている他のマスターやサーヴァントの全員がこう認識していてもおかしくはない。

 あの英霊は強すぎる。真っ先に脱落させねばならない、と。

 そこまで考えて、雁夜は一つの懸念について顔をしかめた。

 アーサー王のマスターが、遠坂時臣である可能性だ。

 前もって聖杯戦争への準備をしていたであろう彼ならば、さぞ高名で強力な英霊を召喚しているに違いない。アーサー王はずばり、その条件を満たしている。

 だが雁夜はアーサー王のマスターが時臣である可能性を弁えた上で、トリスタンを戦いに向かわせたのだ。

 時臣は確かに憎い。それは決して誤魔化せない、間桐雁夜の心の奥底の闇である。いまなお彼を殺したいと願っているし、この憎悪こそが雁夜を、一年間蟲蔵で耐えさせた要因の一つであるのは間違いない。

 けれど、違うのだ。それはただの願望であり、断じて目的などではない。

 雁夜がしなくてはならないこと。それは桜を助けることだ。時臣に固執して、本当に大事なことを見失ってはいけない。

 大丈夫だ、と雁夜は自分自身に言い聞かせた。冷静さを自分は見失ってなどいない。それは正直なところ、雁夜としても不思議なくらいだった。

 胸のうちの冷たい憎悪を、暖かい光が溶かしているのだ。

 それはもしかすると、トリスタンのお陰なのかもしれない。彼の奏でた音色がいまも耳に残っている。だから憎悪に惑わないのだ。

 ……もっとも雁夜は、自分が“あることから”眼を逸らしていたのも、しっかり自覚してしまった。

 ──いや、切り替えろ。それと向き合うのはこの戦いが終わってからでいい。いまは眼の前の戦いのことだけを考えろ。

 深呼吸をする。喘鳴は相変わらず抑えられないが、気持ちはだいぶ落ち着いた。

 体内で暴れる刻印虫に耐えながら、雁夜は戦いの成り行きに注視する。

 

「……ありえない」

 

 己の視界に広がるその光景に、知らず苦々しく呟いた。

 巨躯の英霊は冠絶した強さを誇っている。それでもアーサー王もトリスタンも、一流かつ強力な英霊であるのは間違いない。

 そんな二騎と相対すれば、どちらが優勢になるかなど論ずるに値しないはずだった。

 だというのに。

 にも拘らず。

 アーサー王とトリスタンは、巨躯の英霊に圧倒されていた。

 

 

   ◇

 

 

 虚空を駆け抜ける幾条もの矢。真空によって編まれたそれは不可視であり音速だ。ならばそれは真実魔弾であり、回避も防御も到底適わぬはずである。

 それこそがトリスタンの宝具である“痛哭の幻奏(フェイルノート)”だ。“無駄なしの弓”とも称されるそれは、物理的な矢ではなく空気を撃ち出す。

 弦を弾くだけで射出されるそれは角度調整も矢の速度も、何より装填速度も尋常ではない。ゆえにどれほど速さに長けた英雄だろうと、その全てを回避し尽くすのは不可能に近い。

 ではそれを悉く対処しきる巌の英霊は何者か。

 見えぬはずのその魔弾を、驚異的なまでの勘の良さで察知していた。中るとトリスタンが確信を懐いたその瞬間、ぎりぎりのところで躱し、ぎりぎりのところで弾いている。

 巌の男が騎士王と似た類の危機回避能力を備えているのは明白だった。それを以って中る寸前で反応しているのだ。不可視の矢を射かけ続けながら、トリスタンは戦慄を催さずにはいられない。

 いや、ただ対処されているだけであれば、彼は称賛の念を懐くだけで畏怖を覚えるようなことはなかっただろう。並の英霊ならば防戦一方になった末に果てるだろうが、この巨躯の英霊が尋常でないことは初めから判りきっていた。

 だがあろうことかこの英霊、フェイルノートによる射撃を処理しつつ、平然と騎士王と斬り結んでいるのだ。これを怪物と言わずなんと言う。

 極限まで研ぎ澄まされたがゆえの迅雷の反射神経。暴風すらも巻き起こすほどの桁違いの剣速。それらを駆使し、巌の男は回避、迎撃、防御、攻撃をほぼ同時に行っている。

 その一連の動作にはいっさいの淀みも隙もありはしない。荒々しくも美しさすら感じさせるそれは掛け値ないほどの流麗な剣舞であり、他者の追随を許さぬほどの神技である。

 自らの射にそれなりの自負を持っていたトリスタンは、だがこの現状と己自身への歯噛みを禁じ得ない。後衛として騎士王を支えきれていないのだ。

 援護を始めた直後はまだ対処に手間取っていた。だが巌の男はもうフェイルノートを見切ったのか、既にトリスタンの攻撃を歯牙にもかけていないのだ。

 かつてこの英霊と対峙してきた者たちは、およそその全てが挫折という文字を刻みつけられてきたことだろう。この男には決して勝つことなどできないと。

 そんな思いがトリスタンの中でも、微かに呪いのように湧いてきた。

 それでも、彼は折れなかった。そも騎士王の前で、そんな無様は許されない。

 何より騎士王こそが、劣勢に立たされながらも不屈の魂で巌の男に立ち向かっているのだ。

 死の奔流。暴風の具現とも言うべきその男に圧倒されながらも、彼女は死に物狂いで食らいついている。

 そんな彼女がいっさい音を上げていないのに、なぜトリスタンが先に諦めることができようか。

 ──だがこれ以上、攻勢を強めてもいいものか。

 トリスタンの懸念は雁夜である。

 フェイルノートの連射を限界を超えて速めれば、あるいはこの最強の敵にも届くかもしれない。だがランクAの宝具を全力で使用すればマスターへの負担は多大である。果たして満身創痍の雁夜が、それに耐えることができるかどうか。

 いや、耐えられたとして、刻印虫の活性化は確実に彼の命を削っていくのだ。フェイルノートを全開で使ったとしても、優勢に持ち込める保証は何処にもない。そんな状況で全力へとシフトするのは、あまりにリスクが大きかった。

 ──どうすれば……このままでは、幾らアーサー王でも……。

 ──トリスタン、俺に遠慮するなっ! 好きなだけ、俺の魔力を、持っていけ……ッ!

 不意にマスターから思念が届いた。苦痛が滲み出たその声に、トリスタンは余計に躊躇を覚えずにはいられない。

 それでも彼は迷いを振り切り、雁夜の覚悟を汲み取った。

 そも雁夜は、初めから覚悟などできていたのだ。地獄のような痛みも、遠からず待ち受けている死でさえも。

 覚悟ができていないのはトリスタンの方だけだった。全力を出せば、彼を死に追いやってしまうと恐れていた。

 違うだろう、トリスタン。そんな雁夜の言葉が、トリスタンの胸中に自ずと響いた。

 必ず勝ち残ると誓ったのだ。その最大の障害は、目下眼前の敵である。ならばその障害を全力で排除せずになんとする。

 ──リズムを上げます。耐えてください、雁夜……!

 意を決した。トリスタンは魔力消費を度外視し、弦を高速で爪弾いた。真空の魔弾は群れとなって巌の男へと殺到する。

 

「──ッ!」

 

 その途方もないほどの物量を確かな脅威として受け取ったのか、巌の男が眼を見開いた。

 豪快な一撃で騎士王を大きく後退させ、その間に魔弾は素早く打ち落とされていく。

 痛撃となる矢は全て迎撃された。中った真空の矢はその全てが掠り傷だ。

 だが中りはした。巌の男が迎撃に手間取っている間に騎士王も立て直せた。

 一気に攻勢へと転じる。接近しながら騎士王が聖剣を振り被る。トリスタンは跳躍し、空中から再度真空の矢を群れとして射る。それは点ではなく、面による絨毯爆撃──!

 今度こそ回避不能。今度こそ防御不能。この最強の敵をして、無傷で済むなどあり得まい。

 

「フ──ッ!!」

 

 裂帛の気合いが夜気を裂いた。全力を込めて振るわれた斧剣は途方もないほどの剣圧を巻き起こし、あろうことか真空の矢の全てを吹き飛ばした。

 

「馬鹿な……ッ!?」

「いや、よくやったトリスタン──!」

 

 愕然とするトリスタンを余所に騎士王が馳せる。

 回避不能、防御不能のはずのその攻撃。それを防いで見せたバーサーカーにはセイバーとて戦慄を禁じ得ない。

 それでもだ。いまの攻撃を対処するには、この男をして隙を生じさせるものだったのだ。

 風のように駆け抜けたセイバーが、バーサーカーの胴を確かに深く斬り裂いた。

 

「ぬ……ッ!」

 

 苦悶の声。とはいえ急所は寸前で逸らされた。いまの一撃では致命傷には到らない。

 だからこそ、セイバーは間髪入れず切り返した。身を反転させた勢いのままに聖剣を鋭く水平に薙ぎ払う。

 前方への即座の跳躍。背後からのセイバーの一撃を見もせずにバーサーカーが回避した。先程のダメージも彼女も無視し、そのまま怒濤の勢いで疾駆する。

 その先には着地したばかりのトリスタン。つまるところ前衛を躱して、後衛を先に潰そうという魂胆だ。

 射手が剣士に肉迫されれば不利である──確かに一理あるだろう。ステータスがダウンしているトリスタンであれば、なおのこと接近戦では分が悪い──されど、

 

「甘く見るな、大英雄……!」

 

 稲妻の如く閃く斧剣の一撃。無策で受ければたちまち両断されるそれを打ち払ったのは、同じく稲妻のように抜き撃たれたトリスタンの剣である。

 そう。トリスタンとてその剣腕はランスロットやガウェインにも匹敵する。一撃凌ぐ程度ならば造作もない──!

 

「甘く見てなどいない。貴様が剣にも秀でていたことは承知している」

 

 そんな言葉を置き去りにして巌の男はトリスタンと馳せ違った。それによってそのまま間合いを自ら大きく取っていた。

 弓兵を相手に距離を作る。明らかな悪手だった。何故。そんなトリスタンの疑問は、男が新たに実体化させた武装を見た瞬間、驚愕とともに氷解した。

 ──弓……ッ!?

 斧剣を手早く腰に括り付け、代わりに大弓へと流れるような動作で番えられる一条の矢。豪快に力強く引き絞られ、それは轟然と放たれた。

 迸る閃光さながらの一射。中れば心臓を、五体諸共に砕かれかねない威力のそれ。

 

「──っ!」

 

 側面への無意識の跳躍。戦士としての嗅覚がトリスタンの躰を勝手に反応させた。その必殺を間一髪のところで免れる。

 だがトリスタンが己の失策に気づいたのは躱した後だった。

 いまの一射はトリスタンの心臓を粉砕せんとして迫った一撃だ。だが同時に、その射線上の後方にいた騎士王の眉間をも穿たんとする一撃だったのだ。

 この冷徹な一手の恐ろしさは、射る瞬間を騎士王に視認させていないことである。トリスタンが壁となっていたがゆえに、彼女からすれば矢は突如急襲してきた魔弾と化した。

 それはセイバーの未来予知めいた直感をも凌駕した。矢への反応が一瞬遅れ、防御を満足な体勢では取れなかった。

 

「く……ッ!?」

 

 ぎりぎり聖剣で受けとめたものの、その尋常ならざる威力にさらに体勢を崩される。

 そこへ容赦なく射かけられる第二の矢。そして先程の回避の際、同じく体勢を崩したトリスタンへと間髪入れず放たれた第三の矢。

 二騎を同時に襲うその必殺。体勢を崩しながらもフェイルノートの弦を弾くことは容易であり、ゆえにトリスタンは辛うじて迎撃に成功した。

 だが第四の矢の存在に気づいた彼はその肌を粟立たせた。

 そう。騎士王を狙い澄ました第二の矢。そのすぐ真後ろに隠れるように追随するもう一矢があったのだ。第二の矢を打ち落とされた瞬間に奇襲を加える第四の矢。さらなる必殺の王手である。

 

「アーサー王ッ!」

 

 トリスタンが声を張り上げた。セイバーは再び()()を使うと覚悟を決め、そして──

 

「そこまでだ、雑種」

 

 虚空より豪速を以って飛来した魔剣が、バーサーカーの放った矢を撃ち落とした。

 

『──!?』

 

 三騎のサーヴァントが一様に驚愕する。彼らの視線が、突如投げ落とされた声の方へと向けられる。

 その先には街灯を足場に腕を組んで佇み、彼らを傲然と見下ろす黄金の王の姿があった。

 

 

   ◇

 

 

「導師、緊急事態です」

『む、何があった?』

「導師のアーチャーが、アーチャーとアーチャーとアーチャーの戦いに乱入した模様です」

『なんだと……!』

 

 ガタッ、と水晶越しに慌ただしい音が響く。序盤は自らのサーヴァントを温存しようと画策していた時臣としては、正に不都合極まる状況だろう。

 苦々しく唸ってから時臣が尋ねる。

 

『いったいなぜ、英雄王は突然そのような行動を……?』

「“あのアーチャー、尻が良い。実に我好みだ”と呟いておりました」

『尻……?』

「確かにあの巌の男の筋肉を見れば、大臀筋すらも引き締まっているのは腰巻の上から見ても明らかです。しかしまさかアーチャーが、筋骨隆々の巨漢の尻が好みとは思いませんでした」

『くっ、なるほど……要はいい男の尻にホイホイ釣られてしまったということか』

「おそらくは」

「戯け、奴が言ったのはバーサーカーではなくセイバーの方だ……」

 

 げんなりとしながらアーチャーが訂正した。

 

「む、そちらだったか」

「当然だ。言峰、貴様はいったい何処に眼をつけている」

 

 呆れたようなアーチャーの言葉を受けて、綺礼は改めてセイバーの方へと視線を注いだ。

 熾烈極まる戦闘を経た為か、彼女が着ていたダークスーツは既におよそ跡形もない。手足に黒い襤褸切れが控えめに纏わりついている程度である。

 それゆえに、全身の肌はほとんど露出されていると言ってもいい。夜気にそのスレンダーな体躯が惜しげもなく晒されていた。

 なおも彼女の体を覆うのは、なんと白いビキニのみである。水着姿というのは、まるで戦場にはそぐわぬ格好だった。見る者が見れば、戦いを愚弄していると憤るだろう。

 どういうことだ、と綺礼は心底訝しんだ。そもそも鎧を纏っていないことも不可思議だったが、ダークスーツの下が水着とはさらに意味が解らない。

 英霊であるセイバーが現代の水着を元々装備していたとは考えにくい。となれば、それは彼女のマスターが用意したものと推測するのが妥当だろう。

 ……ならばセイバーのマスターは、よほど頭のおかしい人格の持ち主と言えるだろう。

 何せサーヴァントの少女に、あろうことか水着を着せて戦わせているのだ。これを頭がおかしいと言わずしてなんと言う。

 そして常識的に考えれば、セイバーがそれを承諾するとは思えなかった。もしかすると、令呪を用いて水着を強要している可能性すらあるかもしれない。

 セイバーのマスターは、それを眺めて悦に入っている変態なのだろう。正直なところ、言峰綺礼をして引く案件だった。

 

「ふむ、まぁ確かに、良い尻なのかもしれないが」

 

 セイバーの尻をまじまじと見つめながら、あくまで客観的な見解を綺礼は述べた。が、本心よりそう思っているわけではない。

 言峰綺礼は蝶より蛾の方にこそ魅力を感じる破綻者だ。ゆえにセイバーの美しい尻とやらにも、別段関心は懐かなかった。

 

「セイバーめ、あのような格好で戦場に立つとは何を考えている。騎士王と言えども乙女だろう。なんと破廉恥な。服を着ないか服を……!」

 

 綺礼の隣で妙にそわそわしているアーチャーだった。風紀の乱れは許せんとすら言いたげで、ともすればこのままではこの男まで乱入しかねない。

 

『ここは令呪を切って、英雄王を退けるしかあるまいか……』

 

 苦々しさと諦念の入り混じった呟きだった。

 

「お待ちください、導師」

『綺礼?』

「バーサーカーは強力極まりない英霊です。ゆえに、アーチャーが戦意を見せているいまのうちに仕留めてもらうのも、一つの手かもしれません。令呪を切るのはもう少し様子を見てからでも遅くないかと』

『うむ……一理あるな』

 

 迷いながらも時臣は綺礼の進言を受け入れた様子だった。

 綺礼は続けて、傍らのアーチャーへと視線を向けた。

 

「なんだ、言峰?」

「いままで戦っていた三騎のアーチャーの矛先全てが、師のアーチャーに向かう可能性は充分あり得る。加えてこの戦いを眺めているアーチャーは他にもまだいるだろう。それらが狙撃を行ってこないとも限らない」

「ふむ、それで?」

「万が一にも師のアーチャーが劣勢を強いられた場合は、お前にフォローしてもらいたい」

「ほう。よもや、あの男を助けろと来たか」

「不服か?」

 

 先程まで互いに殺気をぶつけ合っていた関係だ。アーチャーが綺礼の言葉を拒否しても不思議はなかった。

 しかしその予想に相反し、アーチャーは薄く笑みを浮かべた。

 

「不本意ではあるが構わんぞ。あの男に貸しを作るのも気分的には悪くない。だが援護は、奴からすれば屈辱ではないか?」

「かもしれん。だがお前の援護を嫌えばこそ、アーチャーも撤退を考えるだろう」

「仮にも味方の援護を厭うとは、あの男もつくづく面倒極まるサーヴァントだな」

 

 肩を揺らしてアーチャーが笑った。

 

「──いいだろう。ここは一つ、マスターの意を汲んでやるとしよう」

 

 そうして彼は、左右の手に一対の双剣を握りしめた。

 四騎のアーチャーが佇む戦場を見据えながら、五人目のアーチャーも己が参戦の機会をいまかと待った。

 

 


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