少しフェアになったかもしれない第四次聖杯戦争 作:L(・◇・)┘
セイバーにバーサーカーにトリスタン。三騎のアーチャーは、新たに出現した黄金の英霊に注視したまま動かない。
同時に、残りのサーヴァントの挙措にも当然意識は割いていた。
この場に四騎の英霊が集った以上、迂闊な動きは取れなかった。もう既に共闘しているセイバーとトリスタンはまだしもであるが、バーサーカーは他の三騎から集中砲火を受けかねない状況だ。いよいよ彼にとって、形勢は不利になってきたと言えるだろう。
だがバーサーカーの面持ちには、いっさいの焦燥も恐怖もありはしない。
元よりこの英霊は、他の六騎全ての英霊を同時に敵に回す覚悟ができていた。ゆえにこの状況でも、彼を動じさせるには至らなかった。
対峙する相手は例外なく強敵だ。黄金の王もまた、難敵であるのは間違いない。
それでも男の瞳に湛えられた色は揺るぎない戦意であり、燃え滾るほどの闘志である。
──三対一になるのも、それもまた良し。その極限の試練、悉く踏破しようぞ。
さながら巍然たる山の如き佇まいであり構えである。巌の英霊は再び戦端が切られるのを、ただ静かに待っていた。
しかし、である。
セイバーとトリスタンも、次なる一手は決めあぐねていた。
新たにその姿を現した黄金の英霊。彼ともバーサーカーに対する共同戦線を敷けるかというと否である。
先刻バーサーカーが発言したとおり、これは生き残りを賭けた闘争なのだ。騙し討ちなどされて当然だと、本来そう弁えていなければならないだろう。
セイバーは、自分を助けた者がトリスタンでなければ共闘しようなどとは思わなかっただろう。
トリスタンとて同様だ。バーサーカーと戦っていたサーヴァントが騎士王でなければ、おそらく彼が援護に入ることはなかっただろう。
セイバーとトリスタンは生前の主従であり、それゆえに互いに信頼しあえるという確信があったればこその共闘だったのだ。
セイバーもトリスタンも、黄金の王をじっと観察した。
そしてすぐに理解する。彼から滲み出るその威風。極めて傲岸なる気質であると。
容易に信用できる相手ではない。両者がそう結論を出すのは早かった。
ゆえに、三騎のサーヴァントはやはり動かない。黄金の英霊の出方を待つ以外に術はないのだ。
そもそも、いったいこの英霊は何が目的で戦いに割り込んだのか。
やはり、巌の男に脅威を覚えたからこその参戦なのか。
疑問が彼らの中で渦を巻く。
そうして、三騎のアーチャーを睥睨する王がその口を開く。
「そこのアーチャーを討ち取ることは罷りならん。それは、
遠坂時臣は先刻、己がサーヴァントがいい男の尻にホイホイ釣られたと解釈した。
それは半分間違いだが、半分は正解だったのだ。
そう。この黄金の王は、セイバーの尻にホイホイ釣られて出てきたのである。
──なんとも見事な尻よ。これほどの美尻は我がウルクですら見たことがない。さらには金髪で碧眼でスレンダーな肢体とは、我の好みにドストライクではないか。
だがそんな彼の心情を知る由もない三騎のアーチャーは解せないと言いたげに、一様に怪訝そうな表情を浮かべていた。
「判らぬか? 我はそこのアーチャーに価値を見出したと言っている」
黄金の英霊はさらに続けた。
「そこなアーチャー。我が妃となる栄誉を許す」
「すみません。私に男色の気はありませんので他の男性を当たってください」
「貴様ではないわロン毛ッ!」
不快感を露わにして即答したトリスタンにギルガメッシュが一喝する。
「私は男もイケる口だが、如何せん貴様は好みではない。せめて少年の頃にまで若返ってから出直してくれ」
「貴様でもないわ肉達磨ッ!」
「……」
「……」
──いや、だってお前アーチャーって言ったじゃん。
理不尽に怒られた
「ええい、揃いも揃ってアーチャーとはややこしいわっ! 我が言っているのはそこの見事な尻のアーチャーだ!」
「私の大臀筋は誰にも引けを取らぬ見事なものと自負している。なんだやはり私のことでは──」
「ないわ戯けッ!」
先程までの緊張感は何処かへと吹き飛んでいた。白けた空気が漂いつつある中で、トリスタンはふと気づいた。
揃いも揃ってアーチャー。その発言が示すのは、この場に集う英雄が全員、アーチャーのクラスを戴く英霊だということなのか。
突然のプロポーズを拒否したトリスタンだったが、違うと怒られた。巌の男も同様だった。それは彼もまたアーチャーだったからであり、されど黄金の王の言うアーチャーではなかったからか。
それならば確かに、黄金の王の発言の違和感にトリスタンは得心が行った。
であれば黄金の王が“妃となれ”と告げた相手とは、この場にはあと一人しかいないだろう。
「……アーサー王。彼が言っているのは、もしや御身のことでは?」
「なに?」
騎士王が意外そうな表情を浮かべた。
「私も先程から何度も何度も御身の尻を拝見しておりましたが、王の美尻はまこと至高というほかありません」
「……そういえば、私のクラスはアーチャーだったな」
思い出したようにセイバーは呟いた。
彼女は本来セイバーのクラス適正しか持たない英雄だ。それゆえに彼女自身、アーチャーとしての自覚が薄かった。先程までセイバーと呼ばれていたことも相まって、そのことを完全に失念していたのだ。
黄金の王の話をいまのいままで自分には関係のないことだと思っていたセイバーは、それが自分に向けられた言葉だったのだとようやく理解した。
アーチャーが複数存在するという異常事態も気に懸かったが、ともあれ彼女は頭上の男を鋭く見据え、改めて冷然と告げる。
「黄金のサーヴァントよ、この身は既に故国へと捧げた身だ。貴様の世迷い言を受け入れるつもりはいっさいない」
その拒絶に、黄金の王はむしろ愉快そうに嗤う。
「これは我の決定だ。貴様に拒否権などあるものか」
その倨傲が過ぎる言い分にセイバーが顔をしかめる。そして、それはトリスタンも同様だった。
「そこまでにしていただきましょう。王の尻に眼を奪われるのはいいとします。それは仕方がないことゆえ。ですが我が王に対する無礼千万なその振るまい──万死に値する」
「雑種如きが、この我に物申すか」
底冷えするような声。トリスタンを見下ろす赤い双眸が、怒気も露わに細められた。
赤髪の騎士へと向けられた純然たる殺意は、いまにも形を持とうとしていた。
が、その寸前である。
「──袖にされたのなら早々に失せるがいい、黄金の王」
トリスタンに次いで、バーサーカーが鋭い眼差しを以ってその口火を切っていた。
「これは我らの真剣勝負だ。下らぬ茶々を入れてくれるな」
「貴様……」
トリスタンへと向けられていた視線と殺気は、そのまま巌の男へと移された。
その殺気を平然と跳ね除けたバーサーカーはなおも告げる。
「私の言葉に従えず、なおもこの場をその妄言で掻き回すというのならば是非もない。まずは貴様から消えてもらおう」
「──吠えたな、雑種風情が」
黄金の王が酷薄に嗤う。
そして突如として、彼の背後に幾つもの黄金の波紋が生じていた。
金色の泉の奥より姿を現す何十もの宝剣、宝槍の数々。その武器に籠められた神秘のほどが、それら全てが宝具であると否応なく物語っていた。
サーヴァントの宝具はどんなに多くても四つ五つが精々だろう。その常識の埒外にある光景に、三騎のアーチャーが愕然と眼を見開いた。
「丁度良い。どいつもこいつもアーチャーなどと、この我と同じクラスに座するとは不敬が過ぎる。──いま一人、此処で間引くか」
瞬間、裁定を告げる王の勅令に従って、数多の宝具が爆ぜるように射出された。
夜の空気を突き破る機銃さながらの轟音。一つ一つが必滅の威力を伴って、それはバーサーカーに殺到した。
避けきらなければ、あるいは捌ききらなければ、如何な英霊であれど致命傷を免れられないほどの破壊の嵐。隕星さながらに重く鋭く飛来するそれは、ありとあらゆる死の具現だ。
「……」
その死の豪雨を、バーサーカーは迎撃する素振り一つ見せず、漫然と棒立ちのまま受け入れた。
爆音が辺り一帯に轟いた。倉庫街を蹂躙する破壊と衝撃。無防備でその攻勢に晒された敵は原形を留めていることすら許されまい。
果たして惨憺たる爆心地に佇むバーサーカーは、しかし健在である。
数多の死の奔流をその身に浴びたはずだった。だというのに、まったくの無傷ですらあった。
セイバーもトリスタンも驚愕を禁じ得ない。黄金の王もまた、無言でバーサーカーを見つめている。
「──ふ」
不意に笑みが零れた。巌の男の口許が僅かに歪む。
それは、明らかな嘲弄の笑みだった。
「……何がおかしい」
不愉快そうに問うた黄金の王に、臆せずバーサーカーは言ってのける。
「──
そんな侮蔑の言葉とは裏腹に、バーサーカーの胸中にはいっさいの油断も慢心もありはしない。
むしろ、最大限の警戒を懐いたからこその挑発だった。
そう、眼前の英霊はあまりに得体が知れなかった。宝具を湯水の如く持ちながら、だがその宝具の出典には統一性が欠片もない。
黄金の王のその正体も、その奥底も計り知れない。
ゆえにこそ、逆上させてでも眼前の王の力を暴くしかあるまい。
アーチャーとして召喚された巌の彼は、とりわけ騎士道にも近しい礼節を重んじている。だが、殊更傲岸に振る舞う敵に対してまで紳士的に応じるつもりもなかった。
何より眼前の相手はかつてない強敵である。挑発程度の手段は講じて当然というもの。
これほど気位の高い男である。この挑発を受けて、即座に激昂してもおかしくはない。
だがバーサーカーの思惑に反し、黄金の王は怒気を見せず不敵に笑うのみだった。
「その肉体──貴様の生き様を宝具として昇華したものか。そやつらの攻撃を通しながら、いまの斉射が無傷とは……なるほど
いまさらながらにセイバーとトリスタンが瞠目した。
「──よかろう。ならば貴様には、最上級の宝物をくれてやる」
王の背後が再度揺らめいた。虚空に待機していた幾つもの宝具が姿を消し、代わりに別の新たな宝具が展開される。
そのどれもが、尋常ならざる神々しさや禍々しさを伴っていた。即ち、最上級の宝具の数々。
そしてその物量はあろうことか先程の倍以上。優に百を凌駕する。
「不遜にもこの我に対し、弱いなどと宣ったのだ。この程度、よもや凌げぬはずはあるまいな?」
閃光が奔る。嗜虐の笑みとともに撃ち出された数多の宝具。今度こそ罪人を刺殺せんと迸る魔弾は──しかし、
「無論」
大弓が荒々しく弧を描く。ただそれのみでバーサーカーは、初撃の魔弾をまとめて十数と打ち払った。
瞬間、第二波の魔弾の群れが即座にバーサーカーへと殺到していた。初撃を迎撃した直後を狙い澄ました必殺のタイミングである。
されど侮ることなかれ。巌の彼に限って言えば、それは決して必殺になど成り得ない。
「フン……ッ!!」
閃光さながらの速さで腰に佩いていた斧剣が抜き撃たれた。第二波のそれを、バーサーカーは持ち前の剣速を以って容易く打ち落としていく。
だが黄金の王の攻勢に終わりはない。百を超える宝具の雨を凌いでも、虚空に続々と次弾が用意され、瞬時にそれらは射出された。
迫るそれを、バーサーカーは右手の斧剣と左手の大弓で打ち払い続ける。変則的な二刀流を駆使し、一撃たりとも己が躰に通さない。
とはいえそれは全て、黄金のアーチャーの背後に整然と展開された門からの攻撃であり、所詮は一方向からの攻勢だ。つまり、
「──ッ!」
迎撃を続けるバーサーカーの後ろに、不意に無数の波紋が生じた。
すかさず射出される宝具の弾丸。その数およそ三十。バーサーカーは心眼を以ってそれを寸前で察知した。痛撃となり得るモノのみを振り向きざまに切り払い、その刹那に側面へと素早く跳ぶ。
浅手を負いながらも奇襲のほとんどを回避した。だがその行動は読まれていたのか、跳躍した先にも新たな波紋が広がっていた。
殺到する剣群。避けたはずが、逆に魔弾に飛び込む形となっていた。
が、どの位置、どの角度からでも射出可能なのは、背後からの奇襲を受けた瞬間にバーサーカーとて理解している。
「フ──ッ!!」
ゆえに彼は、動じることなく平然とそれら全てを捌いてみせた。
死角からの怒濤の砲撃はなおも続く。だがやはり、それでもバーサーカーを撃ち抜くには至らない。
「──いい加減、
やがて余裕すら見せながら、バーサーカーがそんな言葉を投げかけた。
「エアの気配を感じ取ったか。目聡いぞ、雑種」
不意に砲撃が止んだ。それは、バーサーカーの挑発に乗ったからか。巌の彼が言う、物置の最奥にある宝具を抜く為か。
否。次の瞬間、暗い夜空が金色に満ちた。いままでとは比較にならぬほどの波紋が倉庫街を埋め尽くす。
虚空に浮かぶ宝具の数は千を超えた。四方八方、三百六十度隙間なくバーサーカーを包囲する。
「だが見てのとおり、英雄殺しの宝具など我の蔵にはあり余っている。貴様を仕留めるのに、エアを揮うまでもないわ」
その凄絶なる光景に、流石のバーサーカーをして苦笑を零した。
「……ふむ、流石に我が身一つでこれらを凌ぐのは至難であるか。マスターに裘を預けてきたのは失策だったかもしれないな」
──しかしその笑みはやはり、次の瞬間には不敵を帯びた。
「ならば仕方がない。
烈風すら伴って周囲へと爆ぜ広がる威圧感。突如、想像を絶するほどの魔力が大気を蹂躙し尽くした。
バーサーカーの腕に巻かれた帯から、より一層鮮烈な神気が発せられたのだ。
「我が体内を廻れ、
厳かに紡がれた宝具の真名。即ちこれこそが、軍神アレスの分体である軍章帯に他ならない。
その効果は使用者の筋力、耐久、敏捷、魔力、神性を大きく上昇させるもの。現代の神秘の薄さでは一定以上の強化は望めないが、それでも限界までその力を発揮させれば、もう一ランク程度の強化ならば可能だった。
「馬鹿な、まだ強化の余地があったのか……!?」
これで何度目かという驚愕がセイバーの胸中を支配する。
「……アーサー王」
そんな彼女に、同様の思いを抱えながらもトリスタンが密かに囁いた。
「ああ、判っている」
何も言わずとも、示し合わせたようにセイバーとトリスタンは摺り足でおもむろに後退した。
そう。このままでは黄金のアーチャーの攻撃に巻き込まれる。両者の強さを分析するという意味でもこの場に留まりたいセイバーであったが、ここはもう退くしかない状況だった。
幸いにも巌の英霊と黄金の英霊、両者の意識は完全に互いへと傾いている。
バーサーカーの方は意識の片隅にセイバーとトリスタンのことを留めていよう。が、彼をして、流石に二人の撤退を阻むことは適うべくもない。
「ふん、よくも我の前に忌々しいまでの神気を撒き散らしたな。その罪、死して贖え」
そうして、セイバーとトリスタンが戦場より離脱した瞬間、千を超える宝具の射出が始まった。
もはやいっさいの間断もなく、魔物の咆哮のようにその轟音は鳴り響く。
夜気を引き裂く幾条もの閃光は、全ての闇を白く染め上げんほどの物量だった。
八方より怒濤の勢いで降り注いでくる宝具の群れを、バーサーカーは静かに見据えていた。
それは、およそ如何なる剣速を以ってしても捌ききれぬほどの攻勢だった。
それは、およそ如何なる防御を敷いたところで防ぎきれぬ圧制の究極だった。
この宝具の暴風雨を前にすれば、もはや藻屑と化す以外の道などない。
──されど、それを踏破してこそ
「
静かなる呟き。眼先に迫る宝具の群れを前にして、その心気に一滴の淀みもありはしない。
斧剣に闘気が籠められた。斧剣に魔力が注がれた。斧剣に神気が満ちていく。
刀身が熱を帯びて光輝く。刹那、斧剣が轟然と水平に閃いた。
「────
裂帛の気合とともに紡がれた宝具の真名。片足を軸にその場でバーサーカーは旋転する。
その動作に合わせ、振るわれた斧剣より光の九頭竜が解き放たれた。それは螺旋を描くように彼の周囲を激走し、激甚なる竜巻と化して宝具の嵐を遮断する。
言うなれば、この九つの竜頭の渦は九層から成る守りであり牙である。殺到する千の宝具を悉く阻み、悉く砕く。
だが元より降り注ぐ宝具の総数は途方もない。終わりの見えぬ攻勢を前に、光の九頭竜は次第にその勢いを殺ぎ落とされ、刻々とその身を削り取られていった。
いまにも宝具の群れが九頭竜の渦を突破せんとし──
「■■■■■■■■■■────ッ!!」
力の限りに大英雄が吼えた。斧剣にさらに魔力が注がれる。それは弱まった九つの竜頭へと伝わり、再びその力を喚起した。
突破しかけてきた宝具を砕く。その身をさらに
──そうして、不意に轟音が途切れた。同時に、光の九頭竜もその姿を消失させた。宝具の嵐も止んでいる。
そう。バーサーカーは宝具の暴威全てを、此処に踏破し尽くしたのだ。
静寂の中を風が吹き荒んでいた。ほとんど更地と化した倉庫街に独り佇むバーサーカーを、黄金の王は無言で見下ろしている。
意外にもその表情に屈辱はない。怒りもなかった。
ふとその口元が僅かに歪む。それは紛れもなく、愉悦を含んだ笑みである。
幸か不幸か、黄金のアーチャーがバーサーカーに強い関心を示した瞬間だった。
「ふむ、己が武技のみでこれを凌ぐか。我が鑑賞するに値する芸ではあった」
されど微笑を浮かべながらも、殺気そのものに翳りはない。
「──が、我は死ねと言ったのだ。潔く果てるが道理であろう」
その理不尽な物言いにバーサーカーは苦笑する。そしてなおも不敵な笑みを改めて浮かべ、彼はさらに啖呵を切る。
「こちらこそ言ったはずだ。最奥の宝具を使えと。私を殺したくば、次こそは全力で来るがいい」
「は、この期に及んでまだ囀るか。不敬にもほどがあるぞ。……だが」
その再三の挑発に、黄金のアーチャーは残忍な笑みを返しながらついに応じた。
「よいぞ、
「……
油断なく呟きながら、バーサーカーは斧剣を地面へと突き立てる。
──そして代わりに、構えた大弓へと一条の矢を番えた。
果たしてそれは、構えていると呼べるのか。弓矢は地へとを向けられている。構えを解いたとも取れる、あまりにも自然体な構えだった。
だがバーサーカーの、その静かなる闘気はなおも増幅していた。その巨躯から立ち昇る威風は、黄金の王からおよその慢心を捨てさせるには充分だった。
金色の波紋が夜気を震わす。宝物庫より黄金の柄がその顔を覗かせた。
引き抜かれる。全容を現したのは、剣というにはあまりに異質なモノだった。
赤い紋様が刻まれた黒い円柱を、刀身と呼称していいのかどうか。
だがその武器より発せられるのは、凄絶なる神気と吐き気を催すほどの魔力だった。原初の地獄すら思い起こさせるそれに、バーサーカーをして全身の肌が粟立った。
「よもやお前を初戦で使うことになろうとはな。この気まぐれには、我自身もまるで予想だにしていなかったぞ」
我がことながら呆れ果てた。そう言わんばかりの自虐の笑みが浮かべられる。
だがそれも次の瞬間には掻き消えた。赤い双眸が大英雄を鋭く射抜く。油断なく構えた黄金の王は厳かに続ける。
「ともあれ──起きろ、エア。お前が食らうに値する敵だ」
乖離剣が唸りとともに緩やかに回転を始めた。
同時に、おもむろに大弓が引き絞られた。
──その瞬間だった。
『令呪を以って我がサーヴァントに命じる! ただちに撤退せよッ!』
不意に、バーサーカーのマスターが切迫した声を張り上げた。
「ぬ……!?」
驚くバーサーカーの姿が忽然と消失する。令呪による即時撤退の勅命は、即ちこの場からの空間転移となってその効力を現したのだ。
「────」
独り残された黄金の王は、しばしの間呆気に取られていた。
その表情が次第に憮然となっていき、白けきったものとなる。
「……おい、興ざめにもほどがあるぞ」
彼としては珍しくやる気を出したところで、その出鼻を挫かれたのだ。突然冷水をかけてきた敵のマスターには少なからぬ怒りも覚えた。
ギルガメッシュは周囲を一瞥してから舌打ちした。
この場に敵は既に誰もいなかった。セイバーもトリスタンも逃げている。傍観していたであろう他のマスターも、どうやら撤収済みらしい。
つまらなげに鼻を鳴らし、乖離剣が宝物庫へとしまわれる。
「まぁよい。此度に限り逃走を許す。だが次に見える時までに、他の有象無象を間引いておけよ。我と相対する敵は真の英雄のみでいい」
英雄王は虚空に向けてそう告げた。此処には既にもういない、バーサーカーに対してのものだった。
ギルガメッシュが街灯より飛び降り、地へと降り立つ。
踵を返した。彼もまた、倉庫街を後にしようとしていたのだ。
そう。敵は既に何処にもいないのだ。
ゆえにギルガメッシュは、気を抜いていた。
油断していた。
慢心しきっていた。
──だからこそ、そこへ。
「私の宝具は宇宙に浮かぶ射手座。それが私であるならば、私は常に矢を番えている」
ここではない別の場所で、彼は己がマスターへとその言の葉を諳んじる。
「つまり宝具は既に発動している。狙いは既に定められている。魔力を装填する必要もなく、真名を謳う必要もありません。狙い、構え、既に撃っているからです」
その、慢心しきった英雄王の後頭部に狙い定めた射手座が、いっさいの容赦もなく一条の流星を解き放った。
天空からの超距離狙撃。星を穿つという、弓兵が到達できる究極の一。
即ち、
賢者ケイローンの必中必殺の宝具である。
すみません、なけなしの書き溜めが尽きました。
次話以降の更新は間が空くと思います。ご了承ください。