少しフェアになったかもしれない第四次聖杯戦争   作:L(・◇・)┘

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ACT.8

 

 

 数多の宝具を持つ英雄王ギルガメッシュは、自動防御宝具(オートディフェンサー)すらも所持している。複数の円盤からなるそれはあらゆる攻撃に対し、稲妻を以って迎撃する。ゆえに何処から狙撃されたとしても、彼が射殺される道理は欠片もない。

 だがそれは、自動防御宝具を展開していればの話である。

 よくよく慢心する彼が、自動防御宝具を最初から用意しておくことなどおよそない。おそらくは彼の朋友たるエルキドゥが、聖杯戦争に参加しているような状況でもなければあり得ないだろう。

 そして、ケイローンは類稀なる洞察力の持ち主だ。ギルガメッシュの様子を観察していた彼は、標的が本当に油断し、慢心を極め、完全に無防備な状態であると正確に認識していた。

 ゆえにこその天蠍一射(アンタレス・スナイプ)だった。第三の不確定要素が絡んでこなければ、この狙撃は確実に成立する。そう読んだうえでの宝具発動だったのだ。

 果たして、その読みは正解だった。狙撃対象であるギルガメッシュは、現状天蠍一射を防ぐ術を持たなかった。そも、己が頭蓋に矢が迫っていることにすらまったく気づいていないのだ。魔力の装填も真名解放も必要としないケイローンの宝具は、事前に察知することが不可能に近い。

 そんな宝具を頭上という完全な死角から放たれたなら、およそのサーヴァントが反応することも適うまい。それこそ、直感や心眼(偽)といった自身の危機を察知するスキルを有していなければ。

 ギルガメッシュは、未来を見通すことのできる千里眼を所持している。もしもそれが力を発揮していれば、彼は問題なく狙撃を察知することができただろう。

 が、彼の千里眼は常時力を発揮しているかというと否である。彼が未来を見ようとしなければその力は働かない。咄嗟の際の危機回避能力にはなり得ないのだ。

 よってギルガメッシュは、自身への狙撃を防ぐどころか、気づくことさえできなかった。

 ──だからこそ、第三の不確定要素が行動を起こした。

 そう。言峰綺礼と契約している、双剣使いのアーチャーである。

 アーチャーとアーチャーとアーチャーとアーチャーがいた戦場からある程度離れて観戦していたアーチャーは、戦場に独り残っていたアーチャーに目がけて、天空から一条の矢が放たれたことにいち早く気づいた。

 天蠍一射が上空、視界の片隅に映った瞬間、彼は即応した。

 すぐに斬り込めるように双剣を携えていたアーチャーは、己の傍らに一振りの魔剣を出現させ、それをすかさず弾丸の如く射出したのだ。

 咄嗟の行動ながらもその狙いは絶妙だった。天蠍一射が黄金の王の頭蓋を撃ち抜く寸前で、虚空を駆け抜けてきた魔剣が見事にそれを撃ち落としてみせたのだ。

 そうしてアーチャーに向けてアーチャーが放った天蠍一射は、アーチャーのフォローに回っていたアーチャーによって防がれた。

 

「おや、仕損じましたか」

 

 跡形もなくなってしまった倉庫街のその区画を、冬木大橋から俯瞰していたケイローンはさして失意も感じずに呟いた。

 

「いや、なんでそんな平然としてるんだよ!? 宝具の一撃が防がれちゃったんだぞ!?」

 

 焦燥や動転を露わに隣のウェイバーが咎めた。

 その慌てぶりに幾ばくかの微笑ましさを覚えながら、ケイローンは返す。

 

「落ち着いてください、ウェイバー。まず第一に、こちらの狙撃が失敗したからと言って、我々の居場所があちらに特定されることはありません。なぜなら狙撃はこの位置からではなく宇宙から。つまり、いまの狙撃から我々の位置を割り出すことは不可能だからです。それに私は神授の智慧でAランク相当の気配遮断も使用しています。なので、索敵による発見もまず不可能。だから報復を恐れて怯える必要はありませんよ」

「そっか……よかった……あ、いやっ、こ、怖がってなんてないぞボクは!?」

「おっと、そうでしたか。これは失礼」

「む……ぐ、ぅ」

 

 微笑を浮かべたケイローンにウェイバーが不満げに唸った。それから彼は咳払いをして気を取り直す。

 

「……で、もう一回訊くけどさ。狙撃が失敗したのに平然としすぎじゃないのか? こっちは天蠍一射っていう切り札を晒しただけになっちゃたんだぞ?」

「そうですね。確かに私は切り札を晒しました。天空からの狙撃を射手座と結び付け、私の正体に辿り着ける者もいるかもしれません。ですがそれは、ヘラクレスがこの戦いに参加している時点でいまさらな話です。私の真名など、そのうち他の陣営に知られますよ」

「それは、まぁ、そうだよな……」

 

 納得した様子のウェイバーにケイローンは続ける。

 

「それに宝具を晒したのは、何もデメリットばかりではないかと。なぜなら相手は天空からの狙撃の存在は知り得ても、一夜につき一回という発動条件までは知りようがありませんからね。よって相手は常に、天空からの狙撃を警戒しなくてはならなくなります。……もっともあの英霊ならば、自動防御宝具のようなモノを持っていても、おかしくはないでしょうが」

「えぇ!? やっぱり失敗したのはまずかったんじゃ……」

 

 微笑を崩さず、ケイローンは頭を振った。

 

「いいえ、そんなことはありません。自動防御宝具など好きに展開させておけばいいのです。それとて不必要に展開していれば、魔力を無駄に消費します。魔力というリソースの浪費は、むしろ私たちにとっては好都合と言えるでしょう」

「つまり、別に失敗したのはこっちにとってそんなに痛手じゃないってことか?」

「確かに最上の結果は望めませんでした。いまの狙撃であの英霊を討ち取れていれば、この戦いがどれほど楽になったことか。そういった意味では、私も惜しくはありますよ」

「そう言ってるわりには、全然残念そうじゃないよなアーチャー?」

「判ったこともありますので、何も収穫がなかったわけではありませんからね」

「収穫?」

 

 首を傾げたウェイバーに、ケイローンは頷いた。

 

()()()()()()()()()()()()と、既に同盟を結んでいるサーヴァントがいるという事実が判明しました」

 

 そう。ケイローンは既に黄金のアーチャーの真名を見抜いていた。

 神授の智慧を用い、芸術審美を初めとした宝具を鑑定するスキルを総動員したのだ。それにより黄金の王がヘラクレスとの戦闘で射出した宝具は、可能な限り解析したのだ。

 それらを観察し続けて判ったことは、それらには偽物が一つとしてなく、その全てが本物の宝具ということだ。

 さらに言えば、黄金の王はケイローンが見知ったことのある宝具すらも幾つか使用していた。そして彼の持つ宝具の方が、ケイローンの知る本物の宝具よりも本物らしく感じたのだ。

 ──宝具の原典かもしれない。半ば直感でそう推測したケイローンの脳裏に、一人の英雄の名が過ぎったのだ。

 それこそが、英雄王ギルガメッシュだ。

 全ての英雄譚の原典たる存在。当時の世界の全てを支配したという彼ならば、宝具の原典を湯水の如く所持していても不思議はない。

 王としてのその威風。神性を覗かせるその威光。暴君そのものの立ち居振る舞い。合致する情報は幾つもあった。

 

「英雄王ギルガメッシュ……あらゆる宝具を持つがゆえに、あらゆる英霊の弱点を衝ける。英霊である限り、彼には常に不利を強いられる。そんな彼に同盟者がいるなら、戦力的に見ても、やはり彼らが現状で最も脅威のある勢力と言えるでしょう」

 

 残念ながら同盟者であるそのサーヴァント自体は、ケイローンは確認できなかった。

 ランクはBとそこまで精度は良くないが気配感知による索敵と、天蠍一射を撃ち落とした魔剣の軌道とでそのサーヴァントの位置自体はほとんど特定できている。しかしケイローンの位置からでは手前の建物が幾つか邪魔で、その場所を直接目視できないのだ。

 とはいえ、そのサーヴァントの武装は一つだけだが視認することができたのだ。天蠍一射を撃墜した魔剣から、そのサーヴァントの正体について推理できることもある。……それが示す一つの推測はケイローンにとって、俄かには信じがたいことではあったのだが。

 ──だがやはり、あの宝具は()()だとしか思えない。だとすると……いや、そんなことが本当にあり得るのですか……?

 

「なぁアーチャー」

 

 沈思していたケイローンにウェイバーが声をかけた。

 

「なんでしょうか、ウェイバー?」

「ギルガメッシュが強いのは判るし、同盟者がいるならなおさら脅威だ。けどそれは、ヘラクレスを差し置いてなのか……? さっきの戦いを見た感じだと、ボクとしてはギルガメッシュの猛攻を凌ぎきったヘラクレスが一番ヤバいように見えたんだけど……」

 

 冬木大橋から倉庫街の戦いを見物するにあたって、ケイローンはウェイバーと視覚を共有していた。

 そもそも人間の動体視力では、サーヴァントの高速戦闘を正しく認識することなど通常であれば不可能だ。けれどウェイバーは、ケイローンの千里眼越しの視界を通して眼下の戦いを見ていたのだ。それゆえに倉庫街での戦闘は、ウェイバーにも理解可能な感覚で認識することができたのだ。

 ウェイバーが恐る恐るとさらに続ける。

 

「なぁアーチャー、ボクたちが狙うべきは、ギルガメッシュじゃなくてヘラクレスだったんじゃないのか……?」

「ほう。そう思った理由は?」

「だってヘラクレスはギリシャ神話最大最強の英雄だろ? しかもオマエの死因のヒュドラの毒矢だって持ってるんじゃないのか?」

「でしょうね。最初はアーチャーでないなら、毒矢は持っていないだろうとほっとしましたが」

 

 倉庫街で戦うヘラクレスを見た瞬間、ケイローンは驚愕と懐かしさを同時に覚えた。

 次にヘラクレスが敵という事態に、とんでもない困難が待ち受けていたものだと苦笑を零さざるを得なかった。

 それでもだ。自分がアーチャーなのだから、ヘラクレスはアーチャーではない。彼はヒュドラの毒矢を宝具としては持っていないかもしれないと安堵したのだ。

 だがその安堵も、戦いの成り行きを観察しているうちに消え去った。

 エクスカリバーを振るうアーサー王は、何やら水弾も掌から放っている。

 その彼女に臣下としての振る舞いを見せた弓兵──トリスタンと目されるサーヴァントは真空の矢を撃ち出している。

 ライダーあたりかと推測していた愛弟子は、そのうち弓を使いだした。

 挙句、英雄王が宝具を弾丸として雨あられの如く大盤振る舞いだ。

 皆が皆、偶然とは割り切れないくらいに遠距離攻撃を備えていたのだ。

 ──あ、これ全員アーチャーですね。ケイローンは否応なくそう悟ったのだった。

 

「サーヴァント全員がアーチャーって、正直まだ信じられないんだけど……というか、矢撃ってる奴なんてほとんどいなかったし」

「アーチャーは必ず弓矢を使わなければならない、という決まりはありませんからね」

「話脱線したけどともかくだ。ヒュドラの毒矢があるなら、ボクたちにとって一番の脅威は、どう考えてもヘラクレスだろ?」

「ヘラクレスは間違いなくヒュドラの毒矢を宝具として持っているでしょう。──しかしそれは、ギルガメッシュも同じことです。ヒュドラの猛毒の原典にあたる宝具を持っていても、なんらおかしくはありません」

「あ……」

「そう、ギルガメッシュはどんな宝具を持っていても不思議はなく、どんな宝具を持っているのか想像もつかない。そう言った意味で、如何に途方もないほどに強くとも、十二回殺さないといけなくとも、私としては手の内を知っているヘラクレスの方が戦いやすい」

 

 無論、手の内を知っているのは、ヘラクレスの方からしてもそうだろうが。

 ウェイバーが大きく溜息を吐いた。

 

「わかったよ。なんかもう、めちゃくちゃとんでもない奴が敵に複数もいるんだな。ヘラクレスとギルガメッシュか。どうやったら倒せるんだよ。……しかもヘラクレスのマスターはケイネス先生みたいだし……」

「両方を我々が倒す必要はありませんし、我々だけで挑む必要もありません。一番の理想はやはりヘラクレスとギルガメッシュが戦って、疲弊した方を倒すという展開でしょうか」

「ギョフの利って奴か。バトルロイヤルなんだから、それを狙うのが当然なのかもな……」

「ええ、それが最も理に適った戦略です。……ただ、私としては」

 

 ──ヘラクレスと、一対一で真っ向勝負をしてみたい。

 口を衝いて出そうになったその言葉を、ケイローンは飲み込んだ。

 それはあまりに勝算に乏しい愚挙である。勝ちに徹するならば、絶対に選択してはいけない行動だ。

 ケイローンとて聖杯に託す願いはあるのだ。それにマスターであるウェイバーを聖杯戦争の勝者へと導くのも、サーヴァントとしての務めだろう。

 それを考えれば、胸の内側から湧き出る熱のような闘志と想いは、自制するべきものだった。

 

「アーチャー?」

「……いいえ、なんでもありません」

 

 小首を傾げるウェイバーにケイローンは微笑してそう返した。

 

「さぁ、帰りましょうかウェイバー。ひとまずは今夜だけで、それなりに情報を集められました。聖杯戦争の初日としては、充分な収穫と言えるでしょう」

「そうだな。帰って今後の作戦会議をしよう!」

「ええ、いいですね」

「……そういえばケイネス先生、急に顔色青くして逃げていったように見えたけど、何かあったのかな?」

 

 歩きながらウェイバーが不思議そうに首を捻った。

 

「ああ、それはですね」

 

 ケイローンは先程の戦いを思い返す。

 激しい戦闘だった。熾烈を極めていたと言ってもいいだろう。強敵を相手に、ヘラクレスは思う存分自らの武技を曝け出していた。

 あんなにも心躍っている様子のヘクラレスを見たのは久しぶりだった、という気がする。実際、戦いを心底楽しんでいたのだろう。ケイローンは容易にそう推し量れた。

 だからこそヘラクレスもついうっかり、少し配慮を忘れてしまったのだろう。自分がマスターに使役されるサーヴァントであるということについて。

 

「……あまりに強すぎるというのも、ある意味で考えものということですよ」

 

 苦笑しながらケイローンは言った。

 そうして、二人は帰路につく。

 

 

   ◇

 

 

 倉庫街の離れの区画まで逃げ延びた。

 セイバーは追撃がないのを確認し、深く一息吐き出した。

 強敵だった。倉庫街へと足を踏み入れる前から、その先に待ち受けている英霊が強いであろうということは判っていた。だがあれほどまでの規格外が相手だったのは、想定の遥か上だったというほかない。

 ついぞ優勢に立てなかった悔しさは当然ある。が、無事に生還できた安堵はそれを上回るほどであり、それがなおセイバーの悔しさを駆り立てていた。

 

「とてつもない英霊でしたね……」

 

 ともに撤退してきたトリスタンが、疲労著しい面持ちで呟いた。

 

「……トリスタン。あの巌の男の正体だが、あれはおそらくギリシャ最大の英雄──」

「ヘラクレス、でしょうね。あれほどまでの英霊は、私としては他に思いつきません。黄金の英霊の方は……わけがわかりませんね」

 

 厳しい表情で答えながら、トリスタンが何やら一つのマンホールへと歩みを寄せる。

 

「確か、ここでしたか」

 

 片膝をついて呟くと、トリスタンがマンホールの蓋を開けた。

 暗い穴の中へと彼の手が差し伸べられる。奥から這い上がってきた白髪の男がその手を掴むと、地上にぐっと引き上げられた。

 

「ご無事でしたか、雁夜?」

「あぁ……なんとか、お前の全力の戦闘に、耐えられたよ……」

 

 呼吸を荒くしながらも、笑みを浮かべる余裕がその男にはあるようだ。顔の半分が麻痺しているせいか引き攣ってはいるが、気力自体は萎えていない様子である。

 

「もしや彼が貴方のマスターか、トリスタン?」

 

 ふらつきながらも立ち上がろうとした己のマスターを支えつつ、トリスタンがセイバーの投げた問いに頷いた。

 

「紹介しましょう。我がマスター、間桐雁夜です」

「君がアーサー王か。………………本当に、アーサー王、なんだよな……?」

 

 疑念と困惑がありありとその表情に浮かんでいた。

 

「女の身である私をアーサー王だと信じられないのも無理はない。ですが私がブリテンの王であるのは真実です」

「そ、そうか。いや、トリスタンが君のことをアーサー王だって言ってたから、信じていないわけじゃないんだ。ただ、その……水着だと流石に、俄かには信じられなかったというか……」

 

 言葉が次第に尻すぼみになる。雁夜の視線が気まずそうに逸らされた。

 

「なあ、俺のパーカーでよければ貸そうか……? その格好だと寒いだろ?」

「気遣いだけで結構だ、トリスタンのマスター。見たところ貴方は病人だ。体を冷やすのはそちらの方こそ毒だろう」

「い、いや、でも女の子がそんな格好をしているのは、君だって恥ずかしいだろう?」

「私は女である前にサーヴァントだ。なぜ恥じる必要があるのです?」

「えぇ!? なぜってそりゃあ……」

「雁夜、そこまでにしておきましょう。これ以上は善意の押し付けになりかねません」

 

 なおも食い下がろうとした雁夜にトリスタンが口添えした。

 

「トリスタン……いや、だけどこの格好はまずいだろ?」

「まずくなどありません。私は王がこの格好でも一向に構いませんとも。それによって私の士気も向上しております」

「……おい」

 

 力説するトリスタンに、雁夜が若干白い眼を向けていた。

 溜息を吐いてから、雁夜が改めてセイバーへと向き直った。

 

「そもそもなんで君は水着なんだ? まさか……マスターに強要されているとか……?」

「そうなのですかアーサー王!? もしそうなら貴方のマスターは大変すば……いえ、けしからん輩というほかありません」

「二人とも、それは誤解だ」

 

 何やらマスターである切嗣に対し、あらぬ風評被害が及んでいることに気づいたセイバーはすぐに否定した。

 

「私は本来、アーチャーのクラス適性がなかった。にも拘らずアーチャーで召喚された為に霊基が歪み、その結果のイレギュラーでこの姿になっているだけなのです。ちなみにアーチャーの武装として、聖杯にはこれを付与されてました」

 

 説明しながらウォーターガンを具現化して、セイバーは二人に見せる。

 先の戦いでは手にする手間が惜しかった武器でもある。というより、水弾を放つ能力は魔力放出(水)に由来しているのだ。実のところウォーターガンは必要なかった。ただエクスカリバーの真名解放を行う際には使用しなくてはならないのだ。それがアーチャーとして召喚されたセイバーには一番堪えた不具合だった。

 

「聖杯に水鉄砲付与されたって……いや、それ聖杯大丈夫かよ? 全員アーチャーなのも明らかにおかしいし、もしかして聖杯壊れてないか……?」

「何かしらの不具合はあったのでしょう。ですが私がこの時代に召喚された以上、願望器としての機能は失われていないはずです」

「……? アーサー王、それはどういう意味──」

「待て、トリスタン……ではなく、アーチャー」

 

 トリスタンの言葉をセイバーは遮った。

 

「両名とも、私のことは真名ではなく、以後セイバーと呼んでほしい」

「え、セイバー? なんか意味不明なことになってるけど、全員クラスはアーチャーなんだろ?」

「ゆえにだ、雁夜。全員が全員、アーチャーという呼称では識別に難があるだろう。かと言って、真名で呼び合うのは聖杯戦争のセオリーから(もと)る。だからこそ私としては、セイバーという呼び名の方が望ましい」

 

 たとえ風王結界(インビジブル・エア)がないせいで自身の真名が他者にほとんど筒抜けでも、秘匿できる情報は可能な限り秘匿したい。それがセイバーの主義であり、切嗣の主義でもあるだろう。

 合点が行ったのか雁夜が頷いた。

 

「わかった。じゃあセイバーと呼ばせてもらう。トリスタンのことはいままでどおりアーチャーと呼ぶぞ。……で、早速だがセイバー、一つ提案がある」

「提案?」

「さっきの戦いで、ヘラクレスと黄金のアーチャーの強さがデタラメなのは君も理解してるだろ。なんで率直に言おう。手を組まないか?」

「なるほど」

 

 トリスタンが味方にいれば、それはセイバーとしても心強い。特にヘラクレスが相手では、一対一では分が悪い。……もっとも二対一でも厳しかったのだが。

 

「すまないが雁夜、それは私の一存で決められることではありません」

「まぁ、それもそうだよな。だったら君のマスターに、間桐雁夜から同盟の申し出があったと伝えてくれないか? これは君のマスターにとっても都合の悪い話じゃないと思うんだ」

「──悪いが僕としても、その申し出はいますぐには受けられない」

 

 明後日の方から、唐突に返答がもたらされた。

 

「何者ですか?」

 

 トリスタンが誰何した。

 闇の中から三人の方へと歩み寄り、姿を現したのは衛宮切嗣その人だった。

 

「……察するに、アンタがセイバーのマスターか?」

 

 雁夜の言葉に無言で首肯し、切嗣が自分のコートをセイバーへと無造作に投げ渡した。

 

「マスター、これは……?」

「別にお前が水着なのを不憫に思ったからじゃない。僕としても、サーヴァントを水着で戦わせている頭のおかしい奴と思われるのは癪だからだ。それに他の陣営と同盟を組もうとした際、そう思われたのが理由で、同盟を躊躇われる可能性もあるかもしれない。理解したなら羽織っておけ」

 

 視線も合わせず淡々と答えた切嗣に、しかしセイバーは彼らしい合理的な理由だと納得してコートを羽織った。

 

「……おいアンタ、そうは言うが、いまこっちの同盟の申し出を断ったばかりじゃないか」

 

 雁夜の指摘に、切嗣は頭を振る。

 

「違う。“いますぐには”と受けられないと言っただけだ」

「じゃあ、いつなら同盟を結べると?」

「明日の夜、まだ同盟の意思があるなら、アインツベルンの城に来てみろ。そこでこちらの答えを聞かせてやる」

 

 露骨なまでに疑わしそうな視線を、雁夜が切嗣へとぶつけていた。

 

「……アンタそれ、罠って言ってるようなものじゃないのか?」

「かもしれない。だがお前としてはこちらとの同盟は是が非でも結びたいんだろう? なんせお前のサーヴァントの死因は毒だからな。ヘラクレスが持っているであろうヒュドラの毒矢は、さぞや効果抜群だろうさ」

 

 露悪的な笑みを浮かべてみせる切嗣に、雁夜が舌打ちした。

 

「……ああ、そうだ。ただでさえ最悪に強いヘラクレスに対して、アーチャーは最悪に相性が悪いだろう」

「決まりだな。明日、アインツベルンの城で待っている」

「いいぜ、行くさ。けど最後に一つだけ訊かせろ。アンタ、名前は?」

「名前なんて訊いてどうする?」

「同盟を交わすには最低限の信用は必要だ。名前を知らない相手を欠片でも信じられるかよ」

「なるほど、道理だな。僕は、衛宮切嗣だ」

「わかった。じゃあな衛宮。明日、同盟を結べることを期待する。だが、嵌めようってんなら覚悟しろよ」

「わかった。覚悟しようとも、間桐」

「名字で呼ぶな。雁夜でいい。……行くぞ、アーチャー」

 

 無愛想にそう告げて、雁夜が身を翻してよろよろと歩いていく。

 

「ではアーサー王。また明日の夜にお会いしましょう。……しかし、もし剣を交えることになればその時はお覚悟を。私も今生は雁夜へと忠誠を誓ったゆえ、この身に敗北は許されません」

「それでいい。だが真名では呼ぶな、アーチャー」

「失礼しました、セイバー王」

「王はいらない」

「……恐れ多いので、ご容赦を」

 

 一礼して踵を返し、トリスタンも雁夜とともにこの場を去った。

 二人が行ったのを確認してから、切嗣もすぐにその背中を翻した。

 無言のまま夜道を歩いていく切嗣に追随しつつ、セイバーは口を開く。

 

「結局のところ、彼らを罠に嵌めるつもりなのですか?」

「……これからヘラクレスのマスターを始末してくる。その結果次第で間桐雁夜と同盟を結ぶ必要性は薄くなる」

 

 セイバーに一瞥をくれてから、切嗣が歩きながら淡々と答えた。

 

「ヘラクレスのマスターの素性は、既に当たりがついていると?」

「ヘラクレスのマスターが撤退した際、舞弥の使い魔の監視網に引っかかった。辿り着いた拠点の先が、冬木ハイアットホテルとの報告がいまさっき入ったところだ。その魔術師の素性についてもすぐに舞弥が調べ上げてくれた。魔術師が宿泊しそうな施設については事前にピックアップしていたからな。そいつはケイネス・エルメロイ・アーチボルトという魔術師だ」

 

 その諜報能力にセイバーは内心で舌を巻いた。切嗣にとって一番の武器は久宇舞弥なのだろうとも同時に察する。

 

「しかし切嗣。ヘラクレスはアーチャーのクラスであり、即ち単独行動のスキルを有しています。ゆえに再契約は容易であり、マスターの暗殺は下策では?」

「通常であればそのとおりだ。だがヘラクレスだけは例外さ。あれほどの強さ、間違いなく燃費は最悪だ。だから再契約されても一向に構わない。あの英霊をまともに使役できる魔術師なんて今回の聖杯戦争ではロード・エルメロイが精々だ。マスターがこいつから代わればヘラクレスは弱体化を免れられない。そうなれば、付け入る隙はある」

 

 切嗣が足を止める。路上に停めていた自動車のドアを開けて、乗り込もうとする。

 

「待ってください、切嗣」

 

 それにセイバーは掣肘を加えた。

 

「近くにサーヴァントの気配を感じます」

「……ヘラクレスはマスターによって撤退させられた。トリスタンもいま行った。となると、黄金のアーチャーが追いかけてきたか?」

「いえ、彼のような鮮烈な気配ではありません。おそらく別のサーヴァントかと」

 

 セイバーは周囲を警戒しながら聖剣を構える。

 

「何者だ。姿を現せ」

 

 張り上げた声が街路に響く。するとすぐに、一騎のサーヴァントがその姿を実体化させた。

 羊飼いの杖を携えた、若草色の髪の男だった。端正な顔立ちの軽装の青年である。

 男はセイバーを見つめて嬉しげな微笑をたたえている。

 その表情にセイバーは困惑した。その面持ちに含まれた感情は、掛け値なしの情愛だったからである。断じて敵へ向けるようなものではない。

 

「貴様、何者だ?」

 

 セイバーは再度問いかけた。

 

「──アビシャグ」

 

 ぽつり、と青年が感涙交じりに声を漏らした。

 

「は?」

「やっぱり間違いない。キミはアビシャグじゃないか!」

 

 感極まって喜ぶ青年になおさらセイバーは困惑した。

 

「待て……本当に誰だ貴様」

「誰って──キミの愛しのダビデだよ?」

 

 髪をかき上げ、白い歯を見せてそのサーヴァントは微笑んだ。

 自ら真名を晒すという暴挙に出ながら。

 

 

   ◇

 

 

 そうして、今度こそ倉庫街から余人が立ち去った後だった。

 ギルガメッシュが綺礼たちのところへ戻ってきた。

 その表情は著しく険しい。刺すような視線は綺礼の隣に佇むアーチャーへと向けられている。

 歩み寄ってくるギルガメッシュの傍らに、不意に波紋が生じた。

 閃光が迸ったのはあまりに唐突だった。ギルガメッシュは味方であるはずのアーチャーに向け、なんの躊躇いもなく二振りの宝剣を射出したのだ。

 が、その奇襲を当然のように予期していたのか、アーチャーは造作もなく双剣で打ち払ってみせた。

 

「いきなりだな。味方を攻撃するとはいったいどういう了見だ?」

(オレ)を助けるなど小癪にもほどがあるわ。ゆえに、死をくれてやろうと思ってな」

「ほう。それはまた随分と物騒な返礼だな? 助けられながらこちらに牙を向けるとは、貴様の王としての器もたかが知れるぞ」

「──よく言った、アーチャー。ならば此処で死ぬがよい」

 

 嘲弄を浴びせられたギルガメッシュの殺意が振り切れる。再度王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から十の宝具が射出された。

 それを阻んだのは、同じくアーチャーの背後から射出された十の宝具である。

 それらは全て、ギルガメッシュが放った十の宝具と同じものだった。意趣返しでもするかのように、迎撃に使われた十の宝具は一つ残らず同一のものだった。

 アーチャーが放ったのは、ギルガメッシュに放たれた宝具を模倣して創りあげた贋作か。

 断じて否。放たれた十の宝具は偽物などではない。その全てが宝具の原典に相違なかった。

 そうして、双剣を携えるアーチャーが、()()()()がギルガメッシュへと告げる。

 

「は、凡百の英霊風情がよく吠える。英雄王を僭称するだけに飽き足らず、この(オレ)を殺そうなどとは度し難いにもほどがある。有象無象の英霊如きが、この()()()()()()()()()()に敵うものか」

「戯け、己を英雄王と思い違いをしている輩は貴様の方だ。英雄王とは天上天下にこの我ただ一人だ。断じて貴様ではない」

 

 空気がひりつく。殺意はまるで、夜の闇を針のむしろへと変えていた。

 

『く、やはりこうなるのか……っ』

 

 時臣が苦悶に満ちた声を水晶玉から漏らしていた。

 

「申し訳ありません、導師。全ては私が英雄王を召喚してしまったがゆえの状況です」

 

 そう。言峰綺礼が召喚したアーチャーは英雄王ギルガメッシュに他ならなかった。

 聖遺物を用意してなどいなかった。にも拘らず、綺礼はギルガメッシュを現世へと招来せしめてしまったのだ。それは要するに、アーチャーに該当し得る全英霊の中で、英雄王こそが綺礼と最も相性のよかった英霊だということなのだろう。

 これこそ、本来なら絶対にあり得ぬ事態だった。聖杯戦争において、一人の英霊が別のクラスで複数召喚される可能性はあるとされる。だが、同じ英霊が同じクラスで召喚されることはあり得ぬはずだったのだ。

 だがそれはきっとそもそもの前提として、聖杯戦争において召喚されるサーヴァントのクラスは重複しないというルールがあったればこそだったのだろう。その前提が最初から崩壊していたが為に、同じ英霊が同じクラスで召喚されるという異常事態が起きたのだ。

 あるいは、正確には同じ英霊ではないからなのか。時臣と綺礼が召喚したギルガメッシュは厳密には異なる。綺礼が召喚したギルガメッシュは、異世界のギルガメッシュだったのだ。おそらくは完全に同一の存在が、同じ時間軸に存在するという矛盾を世界が嫌ったがゆえのイレギュラーだ。

 二人のギルガメッシュが同じ陣営にいるというこの状況。戦力的にはもはや過剰という他にないほどである。この二人を相手にすれば、如何なる英霊であろうと勝てるはずがない。

 ──しかしだ。この陣営は致命的な爆弾を抱えていた。

 そう。ギルガメッシュ同士の反目である。互いに我こそ唯一無二の英雄王と大言して憚らない。要は互いに互いのギルガメッシュの存在は断じて許容できないのだ。

 ふとしたきっかけがあれば、このように殺し合いは簡単に始まってしまう。だが、まさか助けられただけここまで激怒するとは綺礼の予測が甘かった。

 いずれにせよ、この陣営の空中分解は確約されていた。

 いっそ綺礼が召喚したギルガメッシュを令呪で自害できれば、この問題は全て解決する。戦力は大幅に減るものの、時臣も大変気が楽になるだろう。

 だがそれは、掛け値なしの愚挙である。

 二人の英雄王は互いを偽物と断じている。だが同時に、互いを等しく英雄王だと理解している。そうでなければ、両者がこれほどまでに反目しあうわけがない。

 ゆえにギルガメッシュを令呪で自害させるなどあってはならないのだ。

 なぜならそれは、英雄王に対する最大の不敬に他ならない。ギルガメッシュの眼の前でギルガメッシュを自害させるなど、叛逆以外の何物でもないからだ。そのような行動に出れば、ギルガメッシュは間違いなく綺礼と時臣を処断しよう。

 

「やはりどちらかが死ぬしかないようだな、アーチャー?」

「死ぬのは貴様だ、アーチャー」

 

 黄金の双剣を担うギルガメッシュに、酷薄な笑みを浮かべてギルガメッシュが答えた。

 

「この我に勝てるとでも? 貴様は戦士として脆弱だとバーサーカーも言っていただろう?」

「王の財宝の性能は我の方が遥かに上。それを理解していながらよくそこまで強気になれるな?」

奉る王律の鍵(バヴ=イル)の性能が、勝敗を別つ絶対の条件ではない。貴様にはない我の武技に刮目せよ」

 

 両者の闘気と殺気が高まっていく。殺し合いはいよいよ始まろうとしていた。

 

「師よ、ご決断を。私も令呪を使います」

 

 綺礼は水晶玉に語りかけた。

 

『……………………っ』

 

 長い無言が続いていた。時臣の心情を推し量るには充分だった。

 

「導師」

『……その前に、少し弱音を吐いてもいいかな?』

 

 繰り返した末に、時臣が疲れたような声を返してきた。 

 

「はい、なんなりと」

『バーサーカーのマスターが令呪を切ってくれたおかげで、こちらが令呪を使わなくて済んだと、そう安堵したばかりだったのだがね……』

「ですが、いまここで双方のギルガメッシュを止めなければ、最悪相討ちとなるでしょう」

『うむ。それは本当に最悪の事態だ。どうして君は英雄王を召喚してしまったのか……』

「申し訳ありません」

『私は英雄王を召喚する為に、とんでもない大金をはたいて聖遺物を入手したというのに……君はいっさいの出費もなかったよね……?』

 

 それが一番時臣に、精神的なダメージを与えたことなのだろう。そう綺礼は想像しながら、口元に知らず笑みを浮かべていた。

 

「重ねて申し訳ありません。特に聖遺物を用いず、無料で英雄王を召喚してしまい。……それでは導師」

『ああ、是非もないな……』

 

 そうして綺礼と時臣は同時に一画の令呪を費やし、二人の英雄王の気を鎮めることでこの場を収めた。

 これで残る令呪は二画である。時臣は最後まで一画の令呪を温存しなければならないことを考慮すると、ギルガメッシュとギルガメッシュの戦いを止められるのはあと一回だ。……明らかに足りないという事実から綺礼はそっと眼を逸らした。

 

『お腹が痛いよ、綺礼』

「心中、お察しします」

 

 知らず綺礼は、やはりその口元に愉悦の笑みを刻んでいた。

 

 




あらすじに書いてあるSNの第四次の設定を幾つか採用してるというのは言峰がプロトギルを召喚できた理由づけの一つです。SN時空だと第四次でギルガメッシュを召喚したのは言峰ですからね。こうしておけば聖遺物なしで呼べてもおかしくないという判断でした。他の理由づけは作中のとおりです。

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