シンドウの最高傑作   作:サイトー

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九話 倶楽部

 部活はせず、放課後はそのままバドミントンクラブに向かう。学校ではもうしないので、荷物も常に持ち運んでいる。

 

「………………――」

 

 しかしながら、まだクラブに芹ヶ谷さんはいないだろう。神奈川県女子最強となって全中出場し、そのままバド部女子中学生女王に輝いた彼女は、コミュ障な私達姉妹と違ってしっかりと部活動を継続している。中学校の部活に参加せず、クラブの大会で優勝と準優勝を互いに繰り返したことで協会の推薦枠から全国ジュニアに参加した私達と違い、芹ヶ谷さんはきっちり世代最強の名の下に全国ジュニアへ参加した訳だ。

 なので実は私達と同じ重度の廃人体質な癖して、芹ヶ谷さんは結構コミュニケーション能力が優れている。先輩とぶつかることはあるものの、最終的にはただのツンデレで生意気なだけだと思われ、そう言うキャラクターとして部活では愛される運命にある。後輩からも頼られる上、文武両道な優等生な鋼の淑女だ。逆に私は姉さんに合わせたところもあり、姉さんが部活をしないなら姉さんとバドミントンしていた方が利益になると思って部活をしていなかったが、そう言うゲーム廃人ならぬバドミントン廃人なので、コミュ障である事は否定出来ない。

 何より他人の風評を気に出来ない時点で、少しばかり難のある人格だ。

 要は母さんの娘としてスポーツマンを徹底しているだけ。世間体をちゃんと整理整頓し、選手としての印象も完全無欠に謙虚な可愛い子供を演出するも、本性はただの下衆い糞女に過ぎない訳だ。ああ、本当……あれだったな、雑誌に載った私と普段の私があんまりにもあれだったので、姉さんと芹ヶ谷さんにはキャラ違い過ぎって爆笑された。

 ……良し、母さんと父さんには見られていないことを願っておこう。

 発狂していた所為で朧気だけど、姉さんが棄権して不戦勝した後も、確か何処かの雑誌からインタビューを受けた覚えもあるし。

 なのでクラブに芹ヶ谷さんがいないのは寂しいが、仕方なし。

 同世代の相手は大切だけど、ちょっと可笑しい人が多いクラブなので、練習相手自体はとても豊富で問題はない。本当、練習だけは問題ないと思う。

 

「―――だけどなぁ……」

 

 キャラ、めっちゃ濃いんだよな。絶対漫画のキャラだったら劇画チックだし。

 

「……こんばんは。失礼します」

 

 とは言え、挨拶は大事。古事記にもそう書いてあるらしい。クラブに使われている施設の扉を開け、バドミントンを楽しんでいる皆さんにきっちり挨拶をしなければ、スポーツマン云々以前に世間体も守れない頭が可哀想な子供に成り下がる。そうなってしまうと、大人からはそれ相応の駄目な糞餓鬼として扱われ、練習の相手をして貰っても真剣にシャトルを打ち合うことが出来なくなってしまうことだ。こう言う点は先輩後輩が面倒臭い部活と違ってクラブの方が緩い様に見えるけど、人間関係が学校よりも遥かにシビアである。

 まぁ、どちらも面倒だが、クラブの人は子供の自分達が強いことを喜んでくれた。自分達よりもバドが巧いことに嫉妬もせず、ただただ頑張ってるねと素直に大会を応援してくれた。何よりクラブにいる同世代の子供も自分が強くなり、巧くなることを望んでいるので、強い姉さんと私と練習出来ることを大切にしていた。

 結局、子供も大人だった訳だ。

 大人の眼が常にあるから、練習も自然と真面目になる。何よりも、学校の部活と違って自由に練習出来るのが良かった。

 そんな事を考えながら、すれ違う人に挨拶しながら頭を下げる。あるいは、私よりも先に相手が挨拶をして、それに私が応じながら施設の奥まで進んで行く。

 

「ああ、こんばんは。今日は君一人か、織乃さん」

 

「はい、()さん。こんばんは。姉さんは……その、色々ありまして、バドミントン辞めました」

 

 あー、糞……はぁ、嫌だなぁ……本当イヤだな。こうやって姉さんがバドをやっていた事を知る会う人会う人に、これから姉さんがバドを辞めたことを説明しないといけないのか。姉さんがバドミントン辞めたと言う度に、メンタルが酷く震えて気持ち悪くなって、吐きそうなくらい気分最悪になるけど、姉さんの妹として我慢しなくてはならない。ゲロを吐きたくなるからって今まで一緒にバドに協力してくれた人を無視するなど、余りにも人格が塵屑過ぎて自分自身を嘲笑いたい気持ちになるもの。

 しかし、そんな自分の感情をこの人は見抜いているように見えた。

 表情は変わらない鉄面皮だが、この人は私以上に他人の感情や思考を読み取る事に優れているようだ。

 

「そうか。君にとって、それはとても辛かったみたいだね」

 

「……………はい。そうですね」

 

「いや、すまない。どうも若い子を前にすると、気が効いた台詞が思い浮かばなくてね」

 

 だが私みたいな女と違って、()(ハク)御爺さんは優しい人だ。クラブに参加してからは李さんと呼んでいるが、私にとってこの御爺さんは料理が滅茶苦茶美味過ぎる中華料理店の店長さんで、姉さんを肉まん狂いに転生させた張本人でもある。なので小さい頃から通っていた個人経営の料理店の店長さんが、こうしてバドクラブのリーダーをしていたのは驚いた。

 あの肉まんは、良い肉まんだ。肉汁が皮の中で蒸され、皮にも風味が染み渡っている。味も別格で本格中華以上と言うよりも、単純に完成度が高い味の芸術だった。まぁ私は肉まんよりもカタ焼きそばとか、炒飯とか、麻婆豆腐とかの方が好きだけど。まだ母さんが家にいた頃、家族皆でご飯を食べに行く時、姉さんはこの李搏御爺さんのお店を喜んでいたものだ。稀に暇な時、姉さんと私で行ったり、芹ヶ谷さんとも行ったり、あるいは藤沢さんや三浦さんとも行くこともある。

 しかし、今日は李搏御爺さんが居る日か。お店を経営する店長なので毎日クラブにいる訳じゃないし、居ても夜遅くの場合もある。しかし、今日は何故かこんな夕方からいるようだ。

 

「それで、今日はどうしたい?」

 

 数多い言葉では語らない御爺さんだ。そして、私が声に出されない言葉を理解していることを察し、もう姉さんのことには触れないと決めたようだ。

 

「取り敢えず、今まで通り試合方式でバドミントンがしたいです」

 

「今日の相手は、まず私で良いのかな」

 

「はい。お願い致します、李さん」

 

 クラブの大人に強い人がいるが、全員が選手ではなく遊戯として楽しんでいる。バドの選手としてならば、私と、もう辞めた姉さんと、芹ヶ谷さんの三人が最もクラブで強い。しかし、やはり体格と体重の差は自分達では覆せない生物としてのアドバンテージである。筋力とリーチでは成人男性とは大幅に差が生まれるのも仕方がないが、ここのクラブの人は何故か筋トレや武術が趣味な人が多い。スマッシュの速さだけならば、プロ以上の人間辞めてそうな化け物が何人かいる。

 何と言うか、体感的には時速200kmを超えるボールが遅く感じる程だ。

 スマッシュが凄まじい選手と試合をすると、バドミントンが人類最速の球技だと大変良く実感出来る。

 なので、間接の準備運動はきっちりと行っておく。反射神経で戦い抜く高速スポーツなので、筋肉も同時に柔らかくバネのようにしておいた方が良いだろう。

 そして、ネット越しにコートに立つ李搏御爺さんを見た。一言で言うと、御爺さんはマッスル過ぎた。

 何でも八極拳などの拳法以外に娯楽が欲しく、まだまだ仕事の中華料理店を続ける為のボケ防止の一環としてこのバドクラブに入ったらしいが、そんな有り触れた理由でクラブにいるとは思えない威容だ。身長2メートルに近い長身であり、まるでハンマー投げで有名なあの選手の如き完璧な筋肉と骨格。拳法で鍛えたらしく、実践一辺倒の人を倒す為だけの筋肉だと雰囲気だけで見ている者に強く訴え、威圧感が白帯を貫通して私の弱いメンタルを振わせる。

 まぁぶっちゃけバドミントン用の衣装に着替えていると、H×Hのドッチボールが大好きなゲームマスターっぽい。何とも言えないアンバランス感があり、ここまでバドのユニフォームが似合わない老人はそうそういないだろう。しかも料理人なので清潔感を保っているのか無精髭などは生えておらず、短く整えた白髪は渋く格好良いダンディズムが尋常ではない程に溢れている。

 うん、女子中学生が相手にして良い人物じゃないな。

 だけど李搏御爺さんは恐ろしく強い。それこそ最も重要な要素。バドミントンとか拳法とかに関係なく、その反射神経と筋力が人間の限界値に近いのだろうと思う。何よりもその集中力は遥かに私を超えた領域で、あの人の体感時間では時が止まっているのではないかと疑ってしまう位だ。そして李搏御爺さんは女子中学生とバドをすることに遠慮せず、全身全霊を私みたいな小娘の為に出して戦ってくれる。感謝しかなく、私が強くなる為に力を貸してくれる生粋の武道家だった。

 

「それでは、始めよう」

 

「はい」

 

 サーブはこちらから。相手は女性選手にはない筋肉のパワーと、体格によるラケットを振う広い範囲があるので、それ相応に自分が不利。

 まず自分のバッグハンドのショートサーブから右利きである相手のバックハンド側で、更にネット手前に誘い出す。恐ろしい事に打った瞬間にはもう李搏御爺さんは移動しており、もうラケットを構えてフォームによるシャトル襲撃を整えている。

 パワーでは勝てず、反射神経も相手が上となれば、やはり思考で相手の機能を封殺するのが一番だ。

 さてはて、今回はどうやってこの超人を攻略するかと楽しみに思ってしまう。試合ならば感情を放棄して思考に没頭するが、これは練習の打ち合いだ。バドミントンが巧くなる作業はやはり楽しく、この世のどんなゲームよりも面白くて、学業よりも遥かに難しくてやり応えが十分以上。考える事を楽しめるから、バドミントンの練習は止められない。

 ―――と、早速ネット前での潰し合いか。

 ふむ。ヘアピンとプッシュの巧さなら負ける気もなく、それを更にカウンター気味に即座に打ち返すのも出来なくはない。まぁ、バレーのブロックみたいにラケットをカウンターの為に構えれば反則行為で相手の得点となるので、打たれた瞬間に脱力状態からラケットを一気に振い、反射神経を全力で使うことがネットで敵を制圧する基礎となる。

 

「……――――――」

 

「――――――……」

 

 やはりこの御爺さん、おぞましい強さだ。バドの技巧自体は私が上だが、動きそのものは御爺さんが格上。並の選手なら無呼吸で繰り返すシャトルの応酬に息が荒くなり、動きが乱れ出し、隙を作り出せるのだが、一切乱れずラケットを制御する。ネット前なら尚の事。

 だが何より、迷いも揺らぎもない完全無欠の精神性。

 老人の武術家故に読み合いそのものに慣れているのだろう。

 だからと言って、私がバドミントンでの思考戦で劣るとは欠片も思っていない。年齢も性別も、思考は何も関係ない。何事にも狂わないメンタルさえ維持できれば、より脳味噌をバド専用に適応させている方がコートの支配者となる。

 そう分かっているのに、李搏御爺さんは完璧である。

 このままでは何時も通り勝機はなく、徹底して鍛えた自分の速度と反射なんて塵屑と同等。李搏御爺さんの方がありとあらゆる身体機能と、運動神経と、反射神経と、行動範囲が上なんだ。同世代だと絶対的とも言える私の兵器が、まるで戦車と竹槍みたいに通じない。

 あは、ははははは!

 良いね良いね、楽しいね!

 だからこそ、私が全力を超えて死力を尽くして苦しめる!!

 練習を重ねてに重ね、鍛錬を繰り返し尽くし、身に刻んで感覚化した私のバド理論を愉しめるんだから!!?

 

「………ふ」

 

 そうだとも。御爺さんも楽しいでしょう?

 努力の計り合いは面白くて、人生の比べ合いは選手にとって愉悦に等しい。

 だって母さんと姉さんが私に教えてくれたバドミントンなんだもん。試合は空っぽになって完全無欠にならないとしても、これは楽しんで良い最高の娯楽としてのバドミントンなんだから。だから、私も笑ってしまう。

 良し、そうだ。ここは相手の得意技を粉砕してやろう、そうしよう。

 挑発を込めて、そして自分自身への挑戦も込めて、思いっ切りネット前での潰し合いの最中でクリアしてやった。ロブでシャトルを高く上げて、コートの後ろのラインぎりぎりちょい手前を狙ってみた。流石の私でもあのラリーの最中だと何時も通りに正確無比なコントールは難しいが、それは少し難しいだけ。感覚的なシャトルの操作感からすれば、正確無比が的確に落ちて程度の雰囲気だ。だから、少し余裕を持って狙い場所をラインから手前に引っ張っておいた。他の選手なら急激なシャトルの移り代わりで体が強張り、重心移動とバランスが崩れ、コート奥に移動するのに時間のロスが生じるが、御爺さんはやっぱり何の迷いもない。バックステップを一歩踏み込んだだけで、もうシャトルの落下地点に下がって―――膝を曲げ、スマッシュ(砲撃)の準備を整えていやがった。

 いやもう、楽し過ぎて可笑しくなりそうだ!

 だって稼動スピードと移動スピードは私を超える姉さん以上!

 しかもあの体格と跳躍力で、まるで重力を操るが如き絶対的なステップを可能。しかも、圧倒的体幹機能とバランス感覚と重心操作で、あらゆる体勢でラケットを振い、一瞬でステップを踏み込んでコートの何処でも移動する。

 そして―――来る。

 ラケットが振われてシャトルが衝撃する瞬間、私はその刹那を感覚する。2mの巨躯が更に飛び上がり、もはや高台から狙いを定める狙撃手のように私のコートを何処でも狙えることだろう。だけどね、飛び上がった時に私はもう貴方のスマッシュが見えてしまっているんだ。貴方でイメトレしたスマッシュ対策だから、その速度と軌道も思い描く事が出来る。感覚化した理論で思考回路が全自動で演算し、私のコートからネットが防壁となり、角度からしておよそ後ろから四分の三がスマッシュの落下範囲。

 ―――あは!

 予想通りの場所だった。バックハンドのライン近く。しかし、それも大凡で判別しただけで、後の細かな微調整は全て鍛えた反射神経で如何とでも攻略出来る。例えあれがストレートスマッシュに見せ掛けたカットスマッシュだろうと、捩れ曲がる弾道程度なら私の神経が容易く振り砕く!

 良し、成功だ。

 ――――何時も通り、一切のミスなく間違えなかった。理論も感覚も、私は百点満点を作り上げられた。完璧なタイミングで距離も切り詰めて打ち返したから、ドライブによる返球で吃驚させてやる。なのに、なんで私の戦術を先読みして、もうネット前に移動しているのか!?

 まぁ、知ってたけど。とのことで、私もなるべく前に踏み込んでおいた。ラケットの向きからシャトルを予測し、その上でフェイントにも対応出来るよう思考を柔らかく、肉体も脱力させて何事にも動けるようにしておいた。

 プッシュと予測して、それも正解。

 いやはや、ここまで思い通り。正しく言えば、思い描いた展開の一つに当て嵌まってくれた。既に私はプッシュの軌道にラケットを割り込ませ、空中に飛び出した状態のままワイパーショットを叩き込む。

 

「うはぁ……凄く、キツイです。でも、これで一点」

 

「素晴しい動きだった、織乃さん」

 

「あり……がとう、ございます……―――すぅ……ふぅー」

 

 ここまで捻じ曲げて不意打ちをしないと、李搏御爺さんから一点取るのも厳しい。勝ち目がなさ過ぎて、だからこそ何時も私は勝利の為の術理を学ぶ事が出来る。こう言う相手がいて、用意しておいたイメトレの戦術を試せる事が、私がバドミントンを真剣に楽しめる絶対の秘訣である。

 ああ、楽しい。何で姉さんは、こんなにも愉快な遊びを捨てちゃんだろう?

 スポーツそのものは苦痛だらけで面白くはない。でも、こうやって楽しく遊べる練習相手がいれば、どんなに苦しくとも面白いに決まっている。だから李搏御爺さんだって絶対に、絶対に、姉さんとバドミントンで遊べないことを悲しんでいる筈なのになぁ……はぁ。本当、何から何まで無念で、残酷な現実だ。母さんの事と、自分がバドに狂ってる事は別だと、早くメンタル直して気が付いて欲しいものだ。

 

「織乃さん、思い悩んでいるね?」

 

「すぅ……はぁ……分かりますか。でも、李さんなら何でもお見通しなのかもしれませんね?」

 

 李搏御爺さんの選球眼は、それはもう銃弾だって見抜けると思える変態的鋭さだ。超人的と言って良い。そんな彼からすれば、私が普段の練習以上に燃え上がっていることをあっさり見抜いてしまえても何ら不可思議じゃない。

 だって死にたくなるほど、今の私はバドに溺れたい。溺死したい。

 楽しんで楽しんで、苦しみながら遊びたい。もうそれで良いし、それだけで良い。

 

「らしくないからね。まぁ、それも今は兎も角、クラブ活動に従事した方が良い」

 

「はい。きっちりきっかり真面目にバドを私、愉しみますので」

 

 さて、私が得点を入れたのでまたサーブだ。今度は反対側のコートから対角線に打つので移動して、そのまま用意してある脳内の戦略一覧を整理し、李搏黄爺さんに有効で且つ試してみたいものを選び、それに必要な戦術を頭の片隅に準備する。

 はぁ……余り、良い手がないな。基本、この人相手だとちょっとした迷いが悪手になるし。

 シャトルのラリーをする度にガリガリとメンタルが切削され続けるの、本当に嫌になるくらい実感してしまう。

 何せ、そもそもパワーが桁違い過ぎる。私と御爺さんは子供と大人だが、あれはそう言う次元の差じゃないし。慣れたから打ち返せるけど、まぁ良いさ。相手が持つパワーとスピードが既にどれだけの領域だろうと、もはや私のバドにおいて別に問題はない。自分が練習で作り上げた数多の選択肢を間違えずに選べば、李搏御爺さんの超人スマッシュにも対応し、シャトルの破壊力に負けることなくコートへ叩き返せる。

 ……滅茶苦茶な威力でエグイ程、腕と肩の体力を酷使してしまうけど。

 だが、それさえ今の私からすれば問題にもならぬ。あのスマッシュも打ち方を工夫すれば弾く様にシャトルを飛ばし、グリップをきっちり握って反射させるように打てばいい。体が痛まぬように温存出来る技術を私は手に入れている。

 

「……………」

 

 ならば、今度はもう少し遊んでみるかな。何時も通りバッグハンド側を使い、シャトル軌道が安定したロングサーブを打つ―――む?

 ドライブか。李搏御爺さんも私の戦略を崩しに来たようだ。

 走らせてリズムを崩してみるも、李搏御爺さんも私を走らせる為にエグイ場所を狙って来る。駄目だ、バテるの私の方が先だな。自分の選球眼を信じれば別にこのラリーは負けても良さそうだけど、多分相手はそう思わせる球を打っている。となれば、良い球とか悪い球とか考えされる事が、そもそも相手の心を摘む罠である。

 だから敢えて体を動かすが、一瞬の間を使い呼吸を深くし、肉体を定期的に休ませる。足首と膝と腰を柔らかく使い、肉体に掛る負荷を少なくする。

 私からは仕掛けず、待って、待って、ラリーを待って……来た!

 シャトルがヘアピンによってネット前に落ちて来る。だが、それを私を待っていた。全くもう、御爺さんそれは悪手なんだから……―――あ!

 そこでネットに引っ掛けるとか、どんな精度。追い付けるけど、このままだとコートに落ちてしまう。けれどもね、そんな可愛らしい無様を晒せるほど、私はバドミントンを舐め腐っていない。カットするラケットの振りを見たから、貴方の選択肢の一つしてその未来は見えていた。徹底して鍛えられた選球眼ってのは初速の段階で見抜いて、そのシャトルの動きを予知する技巧である。打ち出された後から見ていては、余りに遅いバドミントン。一歩足りずに届かない何て無様、私がするものか。

 しかし、シャトルはネット付近にある。このままラケットを振ればネットにタッチしてしまうだろう。だったらギリギリまで待って、シャトルがネットより下がってコートに落ちる直前、ラケットをスライスするようにヘアピンで打ち返す。

 いや、ヘアピンじゃ御爺さん相手に足りない。

 完全無欠なタイミングを見計らい、全力でラケットを振り、スピンネットで相手のコートへ捩り返す!

 ―――良し、完璧。

 何一つ間違えず相手が勝ったと錯覚した瞬間を狙い、この必殺技を繰り出してやった。

 今度は私がネットに引っ掛けてやる……―――って、あれま。引っ掛かんなかったか。狙ってやっても難しいし、安全の為に少しだけ強く上に打ち過ぎたか。でも乱回転するシャトルは空気抵抗で気持ち悪い動きで空を舞い、右ライン限界付近に落下することだろう。まだまだラリーが続いて残念だ……あ、ラッキー。

 御爺さんはシャトルに余裕で追い付いていたけど、どうも打ち所が悪かったみたいだ。先の玉じゃなくて、羽の部分にラケットの網が当たったかな。変な動きで跳ね返って、そのままネットでアウト。また私の一点だ。スピンネットとかクロスファイアとか、小さい時は名前が糞格好良いから頑張って修得して、それから何時も愛用してるけど、いやはや何だかんだで王道的強みがある技術だな。

 

「……………」

 

 何だか楽しそうな顔をした李搏御爺さんは身を屈めてシャトルを取って、それを私に向けてゆったりと投げた。それをまずラケットで上に打って、落ちて来た所を右手でキャッチする。

 ふふふ。やっぱり李搏御爺さんは面白いな。ここまで身体機能と運動神経が圧倒的格上だと、私は技術で上回るしかない。だけど、その技術だってそもそも別に私がそこまで上な訳じゃないし、体格差もあるから私じゃ出来ない事も平気な顔して大人気なく使ってくる。何よりも、相手の方が超感覚(センス)が鋭くでどうにもならない。となれば、頭を使うのみ。李搏御爺さんが持つ王道的万能性を一つ一つ長所を潰し、一点一点を戦略を振り絞って、毎回違う方法で倒さないといけない。

 つまるところ、最低でも私は何と―――42通りの戦略を試す事が出来ると言うことだ!

 いやはや、こんなにヤバい人はそうそういないよ。もうこの御爺さん、どんだけ私の為にバドミントンをしてくれるのか、良い人過ぎて困ってしまう。しかもちゃんと毎回真剣に打ってくれるから、私も戦略を披露するのが楽しくて仕方がない。

 良し良し良し、次は私からスマッシュを打とう。

 右手での吃驚スマッシュパフォーマンスもまたして上げてたいんだけど、ここは左手カットスマッシュのクロスファイアで楽しもうかな!

 ……あれま、今度は点を取られてしまった。

 ぶっちゃけた話、李搏御爺さんくらい体格が良い上、瞬発力がある選手だとカットによるカーブ程度の距離は誤差だ。それでも動体視力とセンスが抜群に優れてないとシャトルの動きを錯覚させられるんだけど、距離感を騙せないと打ち返される。ラケットが届かない何てことが起きにくい。だから態と打たせて、私のペースに持ち込みたかったけど……うん、持ち込めなかった。

 本当、体勢が崩れないとかインチキ。

 後、体勢が崩れても普通にラケットを振えるとかズルくない?

 私もあらゆる体勢でちゃんとシャトルを返せるセンス程度なら練習で身に付けたけど、それを相手がしてくるとどうにもならないな。もっと崩さないと駄目なんだろうけど、まだまだその段階まで追い込める試合展開じゃなかった。

 

「…………はぁ、はぁはぁ―――すぅ…はぁー………すぅぅ………ふうぅぅぅぅーー」

 

「ふむ。中々強くなったね、織乃さん」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 息切れしなてないその姿、マジで絶望感半端ないですね!

 抗え、最後までってことか。でも最後まで戦っても待ってたのは、私の絶望ってオチなんだろうけど。

 こっちはもう一点取るのに必死だって言うのに、体力無尽蔵お化けはだから嫌なんだ。でもま、呼吸法を毎日きっちり練磨したので、ちょいとした時間で深呼吸すれば私も一気に疲労回復するけど。正確に言えば、誤魔化せるだけなんだろうけど、メンタルの消耗はかなり抑えられるし、体力そのものが一気に低下するなんて阿保みたな無様になりはしない。

 良し。頭スッキリ、元気溌剌っと。

 これで11-7か。良し良し、勝ってる。少し休憩してから再開しよう。何度かラリーを繰り返したけど、ペースは私側のようだ。李搏御爺さんとは何度も練習試合をしたけど、母さんが消えて練習しまくってこの強さを手に入れてから、もう私が安定して点が取れるようになったかな。

 最初の頃、本当に李搏御爺さんは強くて怖かった。あの人は見た目渋いのに大人気ないんだもの。

 始めてあんな化け物スマッシュを味わった時はもう本当に、超次元ドッチボールしてたゴレイヌの気持ちが凄く良く実感出来た。心とか、あっさり折れますよ。

 ついつい私も姉さんとダブルスした時、強……! 速……避……無理! 受け止める!! 無事で!?

 否、死―――“双子の姉さん(マイシスター)”!!

 とか内心で絶叫しながら、思わず姉さんを盾に使ってしまった事がある程だったもの。

 

「では、再開としよう」

 

「………はい」

 

 休みが終わる。11点取ったので、サーブはこっちから。でも、うーん……ゲームメイクは良い雰囲気だけど、御爺さんも慣れて来てるな。此処は思い切って戦略を変えてしまおう。しかし、それならどれにしようかな。やりたいのが多いので迷ってしまうから……じゃあ、思い切ってパフォーマンスを演じてみよう。奇跡っぽく点を取るのもまた、相手の心を抓って傷める大切な精神攻撃だ。

 どうせ、その心理を掴んでしまえば自分のゲームだ。

 尤も李搏御爺さんのメンタルなんてゲテモノ、一度だって摘み取れたことなんて一度もないけどさ。

 とのことで、相手に思い切った選択をさせずにラリー戦に持ち込む。けれどもドライブで打ち合ってペースをこっちに引き摺り込む。まぁ、込めたらの話だけど。

 だからドライブと見せ掛けて、フェイントでネット前でスピンネットを打つ。

 急激に前に出させて、私もネット前に態と陣取る。そうすれば―――やった、来た。ロブで後ろにクリアしてくれた。それを待っていたから、体勢を整えておいたから、一気に後方まで飛ぶようにバックステップ。着地と同時に膝を曲げ、溜めてからのジャンプスマッシュ。

 ―――右手で。

 左右にラケットを持ち替えるなんてコンマ3秒も要らないからさ、後ろに下がりながらとっくに準備万端。こういうのされるとね、どうしても一瞬だけ体が硬直してしまう。左利きの私のバックハンド側にクリアしたから、ファアハンドでジャンプスマッシュするなんて考えてもいない筈だもの。良くてバックハンドのドライブ強打だと予測していたことだろうて。

 そして、予測外のショットこそ完璧な奇襲。一点ゲットに成功した。

 これを試合ですると相手の吃驚な余り絶望した顔を見れて、メンタル具合を測定出来るんだけど、御爺さんはもう鋼過ぎて何も思っていない。むしろ、私が心理戦も巧くなったことを喜んでいるように見えけど……いや、あれはもう孫の成長を楽しむ御爺さんの顔だね。

 まぁ、吃驚させられたんだから、成功って事で良いや。

 これで12-7になった。今日の練習試合はこのまま私が勝てそうだな。良し、余力を残して勝ってやるさ!

 

「25-23だったか……ふむ。私もまだまだ若い娘に負けないつもりだが、元気がもう足りないようだ」

 

「はぁ……はぁ……はぁ…‥はぁ―――ふぅ。そ、そうですかね。ものすごーく元気だと……すぅ、ふぅ……お、思いますけどね」

 

 無理でした。何とか一セット勝ち取れました。何でこの人、スポーツでプロ選手してないんだろう。これで中華料理店店長とか間違ってる。あるいは、料理人って運動神経が優れてないと成功出来ないんだろうか。

 

「そうかね。ははは、そう言って貰えると、老いた私も元気が出よう。では―――次のセット、いきますか」

 

「は、は……はい。頑張ります!」

 

 ―――辛い。

 このハッスル御爺さん、本気で強い上に体力お化けで不死身メンタルで、もう死ぬほど怖い。まぁだからこそ、家でずっと姉さんとバドミントンをして鍛えるだけじゃなく、このクラブに今も通い続けているんだけど。他にも李搏御爺さんよりかは弱いけど充分強い人もいるし、色んなゲテモノ系選手が揃っていて、色々と戦略と戦術が試せて面白い。姉さんも芹ヶ谷さんも、ここの変な大人と試合すると何時も死にそうな顔で勝っている。でも、昔はかなり負けていたものだ。

 でも何とか、次は28-26で粘り勝った。

 そんなに私に負けたくなかったのか、凄まじいスマッシュが雨霰と降り注ぎまくったけど、何とか点が取れそうなのは返してやった。

 はぁ……今は早く、座り込んで休みたいな。

 





























 神藤(母)が娘に進めたクラブは魔窟でしたの回。クラブの会長が現役のちょっとした人外プレイヤーです。他にも変態プレイヤーがちらほらといますけど、健全な娯楽としてバドを楽しんでいる一般市民の皆様なので安心して下さい。
 後、李搏さんですけど、これは偽名です。本名は捨ててまして、偽造国籍で作ったビザで日本に在住しています。ただのオリジナルなモブキャラなので余り説明はしませんけど、若い頃は中国の暗黒街で鬼哭街の主人公みたいな人生を送り、トレジャーハンターで一財産稼いだ後、老後で日本に来た無駄設定があります。なので主人公の織乃はバラバラにされた妹にそっくりなので色々と手助けしています。我流の八極拳を主人公に教えたのも、もし妹にちゃんと護身術を教えていたらと言う後悔から。


 GN-XXさん、誤字報告ありがとうございます!


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