流れる外の風景。
青い空と白い雲。
何故か私は神奈川県に戻って来ていた。
ゴールデンウィークは何だか気不味いから実家帰りをする予定はなかったが、土曜日の朝から県外遠征する破目になってしまった。夏には戻る決心を付けようとしてたのに、これじゃ無駄になってしまった。
「せ、せ、せ……せせ先生。あのその、いやぁその、何処との合同合宿って言いましたか」
「フレ女と北小町よ、羽咲さん」
「―――ヒ!」
「………ひ?」
「いや、なな何でも無いです。本当に、本当に何でもないんです。もう本当に」
「いやいや、顔がゾンビみたいに真っ青。大丈夫って聞く必要もないくらい、何だか死にそうだわ。問答無用で保健室行きね」
「いや、大丈夫ですから。いや、本当に大丈夫です。それでそのー……もう一度聞くのですが、何処との合同合宿って言いましたか?」
「フレ女と北小町」
「―――ヒィ!」
「伊達眼鏡じゃ誤魔化せないレベルで、目付きヤバいわよ。今の貴女」
流石にその一言は無視できない。
「生徒になんて事を言うんですか、山崎先生」
「あ、ごめん。神藤の娘って聞いてたから、ついつい恨み節が。しかし、あの喪女街道一直線だった高校
あぁ……憎い。純粋にヤツが憎いわ。
教職就いたのに浮気されて、挙げ句バツ二子持ちになった私をそんなに苛めたいのか」
「うわぁ。そう言う愚痴、生徒には溢さない方が身の為ですよ」
「神藤の子供だから別に良いわよ。特別扱いする気満々だから」
「それ、悪い意味での特別扱いですよね?」
「当然よ。貴女と話すのは、もうそりゃすごくメンタル使うもの。これは税みたいなもん。つまり、神藤税よ」
なんじゃそりゃ。母さんどんだけ恨み買ってるの?
「いや、いやいやいや。そう言う個人的感情も隠して下さいよ」
「嫌よ。私、人間だもの。貴女は悪くないけど、貴女のお母様が悪いの。ついでに貴女って精神完成してるし、私の思考も裏読み出来る怪人だから、別にこんな程度の感情なんて隠しても仕様も無いわ」
「怪人――……え、怪人?」
それはまぁ、そうだけど。先生の思考回路も人間性も感情も理解してるけど、そこまで開き直られると私のアドバンテージが消えてしまう。数時間観察すれば表層の人格は分かるし、数日あればその人の過去を知らなくても、どんな体験を摘んで来たのか予想は出来る。先生が男に裏切られて男嫌いになって、実は結構な子煩悩で、私を恨んでいるのに憎まないように努力しているのも知っている。先生として、内面は先生らしい人格者なのも分かっている。けれども、私のそんな異常性を加味して対話されると面倒臭い。
だから、頭が良い馬鹿は好きじゃないんだ。この脳筋め。しかも怪人だなんて、小学校の時に三浦さんから言われた以来だよ。
「ええ、怪人。後はあれね、羊たちの沈黙とか、ハンニバルとか、レッドドラゴンとか」
「全部レクター博士じゃないですか!?」
なんて、そんな事をホワンホワンと思い出した。大型バスの中で居眠りをしていた際、ちょっと思い出したくもない記憶が夢で掘り返されてしまった。意味も無く山崎先生の衝撃の過去が告白されるわ、合同合宿で神奈川に戻る事になるわ、あれだわ。もうマジで、この事態はアレでしかない。
フレ女にはアレが居て、北小町にもヤツらがいる。
私、多分今日死ぬ。ストレスがマッハで胃がやられて死ぬ。
「北小町……北小町……ふふふ。奴が、ついにヤツが来よるでぇ」
生方さん、目が完全にイっちゃってる。ブリッ子口調が消え果てている。あれか、藤沢ママから連絡があって、姉さんが入部した上で藤沢さんとデーモン閣下がマネージャーになったので、ジュニア大会で私の姉さんと戦った事があるって言ってた生方さんに姉さんが北小町高校でバドってると言った所為か。それで突然、その北小町と合宿なんて事になってから、生方さんは結構な頻度で関西人に戻っていた。
……しかし、山崎先生も何を考えているのやら。
フレ女と北小町の合宿を計画するとか、これ完全に私に対する嫌がらせだよな。と言うか、山崎先生みたいに頭が良い大人なら、雰囲気何となくで私と生方さんが
「おい、カルナ。あれ、何とかして下さい。窓から外を見ながらぶつぶつと完全にヤバいですよ」
「ハ、おまっ――……ヤダぜ!
声掛けた瞬間、独り言の関西弁から急に何時ものギャル口調に戻るじゃんか。あれを目の前でされるとかなりゾワってするんだよ!」
バスの真ん中の通路を挟みながら、私は雑賀さんに押し付けた。周りに聞こえないようヒソヒソ話をするも、私の隣に座る人には聞こえてしまっていた。
「そうだよ、雑賀。これは先生からの命令だ。ダブルスのコンビなんだから、こう言う時もちゃんと交流しなさい」
「あー、はい。分かりました、山崎先生」
「……………」
「なんだ、羽咲」
「いえ、別に」
糞が。隣に先生が座った所為で、全然長距離バス移動中なのに気分が楽に出来ない。こう言う時、普通は先生が一人で座るのが普通じゃないのか。でも、バスに乗るのが生徒で最後だった為に、私が一番前の席になってしまったのが最大の原因かもしれない。
それかもしかして、あれ……まさか、私の隣に座ろうとする部活仲間がいないと思ってるとか?
ボッチ化している私を気遣って隣に座っているのだとか?
……いや、いやいや。それはない。無い筈だ。そこそこ皆とは仲良くやっているし、私を嫌っている人は生方さんと雑賀さんしかいない。不可思議なのは、何故か一番私を敵視している雑賀さんと面白可笑しく寮生活をし、嫌うのを超えて私をかなり憎悪している生方さんと気が合う友達になってしまっている事なんだけど。まぁ生方さんの場合、姉さんそっくりな私の顔が嫌いってだけだと思うけど、私が行う姉さんそっくりなバドも憎んでいるように見えた。だけど、生方さんは結構割り切る大人な女なので、それはそれこれはこれって雰囲気で私を友人として受け入れてはいるので、私も生方さんの友人で在る事を楽しんでいる。傍から見ると意味不明な交友関係なんだろうけど。
そんな事を考えつつ、ふと遠い目になってしまった。本当、なんでこんな複雑な人間関係が構築されているのやら。高校の部活動って結構闇が深いみたいだ。こんな事が全国で普通にやられているって事を考えると、生徒や先生がストレスでメンタルがやられてしまうのも否定出来ない。教育委員会なんとかしろ。て言うか、そもそも生方さんの隣にとっとと雑賀さんが座るからこうなったんだっけ?
雑賀さんは女子を気遣うイケメン様で、むしろ男には基本塩対応。合同合宿が決まってから病み始めている生方さんを放っておけないのは分かるけど、出来れば私の事も気遣って欲しい。この先生、私をいじるのが好きなようでかなり苦手なんだから……ってか、完全にストレス発散に使ってる。初めて会った時より、明らかに顔色が良くなっているものな。
「それで羽咲。貴女は貴女で結構思い悩んでいるようね?」
「そりゃまぁ……その、悩むのが至極自然では?」
「そうね」
「………」
「………」
「………」
え。それで会話終わり?
「……はぁ。神藤ちゃん、いや今は羽咲だったな。貴女の母親、結構グローバルに動き回ってるみたいだけど、今何してるか羽咲は知ってる?」
終わらなかったか。まぁ、先生は有益な情報を持っているので、こう言う時に喋って貰うのが吉だ。
「いえ、知りません。私の方が知りたいくらいです」
「そうなの。ふぅん、あの子。自分の子供にはあんまり語らないタイプの母親なのね……で?」
「はい?」
「私が貴女に教えた事だけど、フレ女に入学したあの留学生と母親を通して今までで会った事は?」
そもそも、その手の情報網を私は持ってない。ネットや雑誌が精々で、あの女が日本に来たことも先生からの世間話で初めて知ったくらい。そして、先生がその事を私に教えたのも、先生が学生時代の時に母さんとバドをしていた仲間だからだ。なので、あの泥棒猫が母さんの教え子だったから噂話程度で知っていて、バドの学校関係者として持つ情報網から留学生として日本の高校に入学したと聞き、生徒である私に老婆心から教えたから私も知る事が出来た。
しかも、しかもだ。フレ女には天使様がいる。
ヤツは厚かましくもあのメンタル天使な先輩と一緒にバドミントンを日本で楽しんでいる事になる。もはや何もかもが許せない。
「……いえ、一度もないです」
「そうか。成る程。じゃあ、あの娘とは初めて会うのね」
「はい。そうなります」
「じゃあ、これからバドするのも楽しみで仕方ないって感じかしら」
「―――ええ。それはもう。先生にはとても感謝していますよ。
彼女が居ることも先に教えて頂けましたし、私の方も心の準備を終わらせてから会う事が出来ますから」
しかも、その場には姉さんも居る。良いバドミントンをしよう。それしかない。
「黙ったままにしてサプラァイズゥ……――なんて、ドッキリも良かったんだけど。まぁ、それは人としてちょっとアカン奴だと思ってな。やっぱり生徒のメンタル管理で手抜くのは、仕事を請け負った社会人として許されないからね」
「……だったら普段からも、そのくらい生真面目に接して下さいよ」
「生意気な教え子だなぁ……だけど、無理。教師は接待業じゃないからな。バドを教えるのは好きだが、サビ残をそこまで真面目になれんさ。
そもそも子供なんて勝手に成長する。私じゃお手伝いにもならないよ。精々が部活関連でのお悩みを解消させてやるのが関の山。それ以上は保健室の先生にでもご相談を」
「そんなものですか?」
「そんなものさ。それに私が熱血教師するタイプに見える?」
「まぁ、全く見えませんね」
「そういうこと。なので、貴女は話のネタが豊富そうだし、神奈川までの話相手に任命する」
「えー、寝たいです。横暴です」
「駄目」
などと世間話をしつつ、気が付けば先生は隣で居眠りを始めていた。なんでやねん、と生方さんみたいに小言で突っ込みを入れたくなった。とは言えお疲れなようだし、仕方なしか。そもそもこうやって、先生の金にならない合宿活動を何だかんだで計画実行してくれるだけ有難い。自分の土日休みも潰して、私達の為にバドミントンをしてくれているのだろう。それなので、バドが好きで部活員思いなのは間違いないのだから。
はぁ……ま、良いさ。何だかんだで、先生にはお世話になっている。バドミントンの指導の授業料だと思えば、この程度はかなり安い。良いコーチなので先生の指導力を私の技術に取り込めば、もっと自分自身を思う儘に作り上げる事が出来そうで喜ばしい。とは言え、やはり自儘に日々バドを楽しんでいるだけなんだけど。
「あれま、先生寝ちまったの?」
等と、脳内で趣味の自分対自分の妄想会話を楽しんでいると、横から雑賀さんの声が聞こえた。
「うん。お疲れみたいですね」
「しっかしこの人、マジで見た目若いよな。これで四十超えてるってどういう事なの?」
「見た目もそうですが、声も若いですよね……―――で、そっちの相方はどんなご様子ですか?」
「寝た」
「ふぅん……まぁ、興奮が落ち着いて良かったですね。生方さんにラケット選びに連れ回されたし、ちゃんと合宿前に体調もメンタルも整えて貰わないと歩き損になってしまいますよ」
「ありゃ酷かったぜ。て言うか、アンタもちゃっかり買ってたじゃん」
「予備ですよ。一本シャフトが金属疲労でちょっと不自然でしたから……ふわぁ、ん。眠い」
「しかもアンタって、全部同じラケットだよな。普通なら数種類か持ってるもんだけど」
欠伸をしてしまったけど、会話はそのまま続行しよう。雑賀さんも気にしてないし。
「個人的にラケット変えて戦うの好きじゃないです。私みたいなのだと、体幹運動の誤差が命取りになるんですよね。なので、ちょい軽めでオールラウンドに使えるのが一番でしたから。むしろ、それ以外不必要なので」
軽くなく、重くなく。そこそこスマッシュが強く、しかし体力も使わず。中途半端で使い難いが、ラケットによってスタイルが偏らない。そして、ショットの狙いはとても良い。
「そう言う雑賀さんはゴリゴリのマッチョスタイルでしたね。2Uとか良く使います」
「重いトップヘビーじゃないとシャトルが気持ち良くないんでね。イーブン派のアンタら二人にゃ分からないだろうけど」
「はぁ。そうですか。でも、私は生方さんよりも更に軽いですけど」
「そうか」
「はい」
「…………」
「…………」
生まれながらアルビノで病弱なのに、根性で体力馬鹿になる人だからな。しかも、スタミナ増加中となれば、筋肉もまだまだ成長期だとか。羨ましい。体格的に雑賀さんはまだまだ筋肉付けても許容範囲だろうけど、自分はこれ以上筋トレしたところで無意味だからな。ラケットによるスピードとパワーを上げるには、根本的なテクニックの進化と、純粋に今よりも更に早い反射神経が必要になるだけだ。
それにラケット、そもそも高いし。同じ種類のに慣れておかないと、いざ試合中に壊れて交換なんて場合でも、バランス感覚を一切変えたくない………ふわぁ、眠い。考えると、何だか……眠くなるな。会話が途切れた所為か、一気に眠気で脳が泥みたいに重くなる。
「あ、おい。羽咲……羽咲、もう寝るんか?」
「ぁ……うん、寝る………」
……………ぁ。
「…………ん――――むぅ?」
意識が覚醒する。どうやらバスは停車し、周りが五月蠅くなって来たから自然と私も目覚めたようだ。
「おはよう、羽咲」
「……ぁ。はい。おはようございます、先生。起きました」
「よろしい」
瞬間、意識を完全覚醒させる。声優にも負けない先生のイケボを目覚ましにし、これから先の予定を思い起こし……はぁ、鬱だ。死のう。
―――死にたい。
もう死んでいるのではないかと思いたい。
そりゃ何時か戦い、倒し、証明するべき怨敵だ。
だけど正直な話、何でこんなタイミングで合宿が重なる悪夢を見てしまうのか?
コニー・クリステンセン―――……貴女は何故、何時も何時も私を唐突に苦しませるのだろう?
「ふぅ……」
ああ、嫌だ。体育館まで来てしまったよ。出来ればもっと長引かせたかったが、出会ってしまえば緊張も消えるだろう。会ってさえしまえば、どんな人間なのか知ってしまえば、未知じゃなくなるから、それまでの辛抱だ。挨拶もそこそこにケースを置き、自分はラケットを取り出した。
「やったるでぇ、マジ神藤しばき倒すでぇ」
「キャラ違い過ぎじゃん。アンタ、やっぱりウザい陽ギャル口調じゃないと違和感凄いな」
「どうでもええわ。育ちの方言無理に隠してる訳やない。ウチがいるこの場所にあの神藤がおるんや、陽キャを気取る必要もないんやし……――んー、でも、やっぱり今は大人しくしておこうなぁ。
素の自分を曝け出すのは、まだまだ取っておこーっと」
「テラ不気味」
「雑賀っち、きもーい」
「あぁ?」
「はぁ?」
生方さんは首領パッチ並に弾けて元気になっていて羨ましいな。時々関西弁になるのは分かっていたが、あっちはギャグでもノリでもなく思わず出た素で正しかった訳だな。私も自分の憎悪にあれくらい素直になって感情的になれれば、今みたいに無様に思い悩む必要もないのだろう。
だから、準備体操をとっとと始めよう。折角の合同合宿なので、普段は練習出来ない人と試合が出来る。むしろ、大会の試合のように初見の人と戦う事が目的なので、試合をすればするほど経験を積み、試合に対する適応力を見に付ける事が出来る訳だし……おっと。ついに来てしまったか、フレ女。
考え事をしていたら、体育館に団体客が到着した。してしまっていた。心臓がちょっとヤバいくらい鼓動している。豆腐メンタルの自分が憎い。
「おはようございます」
「おはようございます」
部長と部長が挨拶している。何時もお世話になっている我らバドミントン部の部長と、やって来たあのフレ女の部長――志波姫唯華。つまり、天使様。
ああ、天使様。相変わらずお美しい。
もう存在が擬人化した天からの光。美の輝き。
慈愛に満ちた微笑みは地面を抉り、容易く体育館を崩壊される破壊力に満ちていて、発生した竜巻はこの世全てを掻き混ぜる神のスプーンの如き万能さを……おっと、気色悪くにやつくのを我慢しないとな。後、ちょっと今は例のクリステンセンと会った時の脳内予行練習でメンタルが狂い回ってるので、天使様と会話する余裕がない。自然に流れる様、激流を制する静水の如き達人の動きでそそくさと人の影に隠れないと。それに私は部活内で最強の選手であるが、所詮は入ってたった二ヶ月程度の一年生。先輩方を盾に後ろにいるのも不自然じゃない。
ふぅ……さて、フレ女の皆様を俯瞰的に見てみる。
人数は私ら赤堀と同程度。しかし、こっちは男子部員もおり、あっちは女子校。男は一人もおらず、女生徒だけで構成されている。ヤツを探すのは別段そう難しくは……―――あれ、いない?
いない。居ない、居ない居な居ない!
姿形はもう知っている。長身金髪の眼が覚める様な美女で、分かり易いスターの筈。なのに、見当たらない。何処へ行った!?
「あら。久しぶり、羽咲さん」
「……っ―――!」
ほがぁ死ぬぅ!
背後からの奇襲で、ちょっとヤバい。私の糞っ垂れめ。ヤツが居ないのに動揺して動き回り過ぎた、見付かった。
「―――……お。お、お、お久しぶりです、天使様!」
「そうね……―――ん、天使様?」
何と言うことでしょう。言い間違えてしまった。ヤバ過ぎる、このままじゃちょっと頭の螺子が足りない人だと思われる。
駄目だ、早く何とかしないと!
誤魔化さないと、天使様の視線が生暖かくなってしまう!?
「すみません。かみまみた。志波姫先輩」
馬鹿の振りをするしかない。人の事を天使なんて内心で呼んでる痛い子だと思われるくらいなら、ちょっと精神が抜けてると思われた方がまだマシだ。
「そ、そう。まぁ、そうよね。私は天使なんてキャラじゃないから」
「そんなことありませんよ!」
「―――え?」
やっちまった、畜生。私、動揺し過ぎ。落ち着け、落ち着け。まだ大丈夫だ。挽回可能なミスの筈だ。
「そのー……」
だが、どうする。どっち方面で誤魔化す?
天使発言を認めるか、否か。しかし、天使様は頭が良い。私のように人の頭の中身を覗き見る。人格と感情を偽ることで精神防壁を構築しているので、私のメンタルを覗かれる事はそうそうないが、今は例のクリステンセンの所為で自我が崩壊しつつあるので、殆んど丸裸も同然状態。天使様がちょっとでも疑問に思えば、サイコ入ってるのがバレている事を加味し、完全に痛い厨二病患者だと悟られるだろう。
駄目だ。それだけは駄目だ。恥ずかしくて死ぬ。
何時もみたいに思考回路だけじゃ判断付かない。
良し。もう全てを激流に身を任せよう。勢いが正義な時もあるだろうし、もうこの壊れた脳味噌は直るまで使い物にならん。
「……志波姫先輩って、天使みたいに素敵な女性だなーって」
う、嘘臭。こんな褒め言葉を言う女とか、私なら絶対信用しない。だが、この場面だとこれが最適。リアルで天使だと信仰してるなんて、言葉にすると重過ぎて引く。私が天使様の立場だったらドン引きする。関わり合いになりたくない。
ならば、極限のマイナス印象を、ちょいマイナスに抑えるべき。
完璧な嘘を付くと矛盾が生じて絶対にバレるから、この程度のダメージが丁度良い塩梅のコラテラル。そして、こんな程度のマイナスなら冗談っぽい雰囲気を作り上げれば心象からも消え果てる。完璧だ。
「ありがとう?」
ほら。めっちゃ困惑した目で私を見てるよ……あ、疑いを探る目付きに一瞬で変わった。ヤバい、選択ミスだったか。更に言葉を重ねて誤魔化さないと、私が天使様を内心で何時も天使様って呼んでるレズ手前の変態だと露見してしまう。感情が読まれてしまう。
だがしかし、会話を操るなんて容易い。
相手の頭の良さは余り関係ない。同じ良識が根底にあるのだから、その論理を逆手に取れば良いだけのこと。心情を察したところで、感情がある限り印象は拭いされるもの。
「―――ところで、志波姫先輩!?」
「な、なにかしら?」
少し大きい声で不快にならない程度の丁度良い感じで吃驚させる。
「あのー……そう、あれですよ!
例のクリステンセン君って言う人がバドミントンをフレ女でしていると思うんですけど?」
「レイノクリステンセン君……って、ああ。なになに、コニーのこと?」
「そんな雰囲気の名前出したね、確か。そのコロニー・クリステンセンで合ってると思います。けど、チラっと見た感じどうも居ないようですけど?」
「コロニーじゃなくてコニーね。そんな宇宙から地球に降って来そうな名前じゃないよ。
彼女は……はぁ、本当に何をやっているのだか。まだ姿を見せないのよ」
「―――え”……来てないんですか、コロスケ・クリステンセン君!?」
「キテレツの最高傑作でもないから。コニーだからね?」
「大丈夫です。問題ないです。覚えました。それで、そのクリステンセン君は神奈川には一人来ていないって事なんでしょうか?」
良し。話題転換終了。偶には役に立つな、コロスケ。キョドってしまった原因を使い、不信感を失くす。相手の意識を逸らすには、自分も逸れてしまうような共感出来るネタが必須だ。
しかし、クリステンセンはクリステンセンで充分だ。
意地でもコニー等と親しそうに呼ぶものか。絶対にノーである。クリステンセンさんはクリステンセン君呼びが限界ラインだろう。もう思考でも君呼びになりつつある。むしろ、マイマザーを母親として本当に慕っているのか、そもそも私達を家族と思っているのかさえ会わないと分からない。何よりも、私が彼女の立場なら、実子に対して良い感情など持たない。初見じゃ絶対に家族なんて感じないし、そう在りたいを思う事はなくもないが、所詮は独り善がりな未来予想図。会って、一緒に生活して、一人の人間といて信頼を積み重ねれば家族と想うことも充分に有り得るけど、会った事もない人間に思い煩うことさえ本当なら有り得ない。そして、クリステンセンが私達姉妹に敵意を持ってバドを挑む方が人間感情として至極普通。
あの年齢でプロ選手として大成する器ならば、もはやバドミントンが人生である。
そこまで偉大なバドの先輩は尊敬に値し、バドと言う文化を盛り上げる立役者として敬愛するが、それとこれとはやがり別。恐らくクリステンセンは、私以上にバドミントンが好きで、この文化を愛している故に、最後に互いを合否は別として認めるならバド以外に有り得まい。
だから、まず―――会わなくては。
クリステンセンと私の関係はそこから始まる。良くも、悪くも、だ。何時か自分もプロとして成功してからバドでバトル予定だったが、むしろ決着が早まったのは僥倖。
「あ、やっと見付けたぁ。何処行ってたの、羽咲」
「何ですか、生方さん。そんな不気味にニコニコッニーな笑顔して」
久しぶりに再会した天使様と会話をしていると、横から異常なまで可愛らしい笑顔をした生方さんと、何か私をにやにやしながら気色悪く微笑む雑賀さんが来た。
「そんなことないですぅ……って、もう。不気味って酷いよ、羽咲。ちゃんと笑えてる筈だもん。そんなことよりも―――神藤まだ?
神藤まだなの、ねぇまだ?
羽咲ちゃんが考案した神藤を倒すための作戦、早くしたくて堪らないの。だから、まだ?」
「壊れた喋る人形みたいになってますね」
まぁ、メンタル最初から罅割れてたのである意味可笑しくもないけど。しかし、心が壊れている人なんて別に珍しくもないので気にしても仕方ない。人間、何かしら悲劇を抱えているものだ。そこに大小があるだけ。とは言え、生方さんがメンタルちょっと壊れて接するのは雑賀さんと私だけなので、まだ何とか分別は付いているので大丈夫だろう。
きっと、多分、メイビー。
「ああ、さっきからこんな感じでな。困っちまうぜ……で、そちらさんは?」
「フレ女の部長の志波姫さん」
「あ、それはそれは。どうも初めまして。赤堀の生方です」
「こちらこそ。今日から宜しくね、生方さん」
「いえいえ、こちらこそ。お願いします、志波姫先輩」
「私は生方ですぅ。こっちも宜しくお願いしまぁーすぅ」
「はい、宜しくね」
良かった。流石にある程度の世間体を守る良識はあるようだな。スポーツマンなら守るべき礼儀が一定ラインあり、それがないとちょっとアレな奴になる。これから戦う相手だから敬意なんて欠片もなくても、そんな雰囲気があると偽って接するが人間性というものだ。
私はそもそも、天使様には敬意しかないのだけれども。尊敬に値する聖女だし。
「けど、今年の赤堀は凄いね。あの羽咲に、生方と雑賀も入ってるなんて」
「いやぁ……本当、いやですよぉ先輩。そんなことを言われると照れますからぁ」
「生方アンタ、マジチョロいな。本気で照れてんじゃねぇかよ。部長さんもお世辞を普通に受け取られて、素で困惑してるようだぜ」
「はいぃ~……だから、それがなんですか?
良いじゃないですかぁ別に。バドで有名になるのが好きなの。私は褒められて、讃えられて、偉くなりたいんですぅ。
称賛は全て素直な気持ちで受け取るだけだしぃ」
「単純なことだ。羨ましい」
「複雑に考えても意味ないし。戦って、勝利する。私のバドはそれだけって感じ。雑賀さんは好きなだけウジウジしてればぁ?」
「何処が。なぁ、アタシの何処がウジってるって?」
「存在そのものでぇーす」
「あ?」
「は?」
おい貴様ら。マジで今は止めろ。
「はいはい。そこの醜き心を持つ二人よ。今は志波姫先輩もいますから、何時もみたいに醜い言い争いは止めて下さいね」
「醜い……羽咲に、醜いって言われた。それはないな、うん。ないない、有り得ない。アンタ、アタシの人生で出会った人間で二番目に醜悪な人間性の持ち主だよ。
……一番は私のオヤジで、あれには流石に負けるけど」
「やだぁもぅ。織乃っちが一番醜いよ。私の場合は、羽咲は三番目に邪悪に醜い女かなぁ。あの冤罪屑女が一番で、二番目は裏切り者のマイマザーかもね」
何だと。ふざけるな。私ほどスポーツマンシップを尊ぶ淑女はいないぞ。と言うか、私よりも醜い心の持ち主とか、相当なアレだな。うん、アレな部類のド外道だな。
「すみません、天使先輩……――あ、間違いました。志波姫先輩、この哀れな醜きモンスター二人衆は無視して構いませんので」
「あ、あはは。ええ、そうする……――うん、本当」
良かった。馬鹿二人の御蔭で何とか危機は脱したか。しかし、私も何故か阿保を見る目で天使様から見られている。理由が分からないな。私以上の知能犯はそうそうこの世に居ない筈なのに。
「あーでもぉ、確かに。志波姫さんって羽咲が言ってたように、天使みたいにとっても美人ですねぇ……――雑賀っちよりも」
「そりゃそうだ。アタシはそこまで容姿優れてねぇーもん」
自分の容姿に興味がない無自覚魔性。それが雑賀瑠奈だった。いや、自分が美形に属するのは理解しているが、彼女は本気で自分が私や生方さんよりも可愛くないと錯覚している。そう言う所が同性として苛立つポイントであり、スルー出来ないと友達なんて出来ないんだけど。
「はぁ。殺意マックスですぅ」
「え、なんで?」
そりゃそうだ。生方さんが殺意を向けるのも無理はない。スラリとした長身、瑞々しい白い肌、青い瞳、胸は大きくなく小さくもなく、顔立ちは化粧要らず。モデル体型の理想形な上、すらりと程良い筋肉も付いている。私からしても、もはや殺意しかない。女としても、選手としても羨ましい。特にその手足が長いスレンダーな体型が死ぬほど羨ましい。生まれながらの美貌も、彼女を指して妖精とか精霊と呼ぶのだろう。ぶっちゃけ、ロード・オブ・ザ・リングのエルフっぽいのだ。しかし、それはちゃんと髪型と服装もそれっぽくすればであり、普段は男っぽいのでカルナさんなんだけどな。
つまるところ、イケメン無罪に、可愛いは正義。全く、姉さんには完敗だけど自分もそこそこ程度の可愛さはある自信もあるが、もっと可愛い人など世には腐るほど。雑賀さんは中でも別格だろう。とは言え、人には好き嫌いが存在する。私が理想とする女性像となれば、天使志波姫様しか有り得ない。この世で一番可愛いのは姉さんだけど、それは容姿や性格やら諸々を含めてであり、天使様は天使様なので性格も天使である。美しい。
「あー……で、で、コロッケ・クリステンセン君はどうしたんでしょうか?」
一歩近づき、阿保二人を天使様の視界から遮って聞いた。こいつら来るとマジ面倒。ほらぁ天使様、完全に変態兼不審者を見る目でこっち見てるから。
「さぼりよ。遅刻みたい。後で説教ね。どうせなら、一緒にネチネチ責めてみる?」
「―――喜んで」
遅刻か。あぁクリステンセン君、全てが許せない。そして、やはり天使様マジ天使。人の欠点を言葉で穿って、精神をズタボロの襤褸雑巾にするのは得意分野だ。フレ女バド部部長天使様のお墨付きとでもなれば、枷なく遠慮なくクリステンセン君を号泣させてやる。絶対にだ。ふぅははー。
「では貴重なお時間、ありがとうございました。合宿の間、宜しくお願い致します」
「ええ。こっちこそ宜しく、羽咲さん」
「はい。志波姫先輩」
そして、挨拶も終わり。久しい天使様との語らいで私のメンタルは全回復。エリクサーの補充にも成功したので、クリステンセン君と出会うのも、姉さんと再会するのも、何とか惰弱極まる我が豆腐メンタルでもギリギリHPが残ってくれる筈。
そうだと良いなぁ……はぁ、辛い。
天使様の後ろ姿を振り返ってもう一度見て、私は自分達赤堀のテリトリーへ戻った。本当はもっと話していたいし、傍に居て好きな人の雰囲気を味わっていたいが、そうも言っていられない。自分は自分がすべきことを成さないといけない。
なので―――そうだ、バドをしよう!
「……はぁ」
「……ひゃ」
「……ふぅ」
練習も始まり、体育館も賑やかになって来た。試合した相手をストレス発散に無駄に、無意味に、不必要にボコボコにした後、ベンチに座って休んでいた。しかし、フレ女、面白い人ばっかりで楽しそうだな。野生児っぽい先輩と試合してみたけど、何故か私を見た瞬間恐怖に慄き、試合中はビビりってたな。良く分からないけど。私みたいな凡愚の何処を恐れると言うのやら。怖いってだけなら、試合中でも平気な顔して思考回路を覗いて来て精神解剖を始める天使様の方が何百倍もヤバいと思うし、雑賀さんみたいに相手を甚振る事を楽しむ暴力の悪魔みたいなヤツの方が危険だし、生方さんみたいにチキンレースを楽しむ自殺志願者みたいなデッドリィなバドを仕掛けて来る暴走族とかまともに試合をしたくもない。そんな人達と比較すれば、私なんてまとも過ぎて平々凡々な凡愚ちゃんだもの。
そして、何で雑賀さんも生方さんも休んでいるのか。部活動しろよ。そりゃ自分達は一年生だから相手側の部長やら、主将やら、エースとは優先的に試合出来ないけど、団体戦のレギュラーとなら試合出来るんだから愉しまないといけない。
やれやれ、何て気取ったウザい溜め息を吐きたくなる。
それを抑え込むためにペットボトルからスポーツ飲料を一口。運動後の水分補給はサウナ後の一杯と同じで生きた実感が多量に味わえる。
「ポカリは美味いですね」
「アクエリこそ至高だぜ」
「塩JOYでしょ、普通ぅ」
生方さん、見た目ギャルなのに渋いの好きだよな。むしろ、雑賀さんの方が性根は女の子っぽい。口調だって真反対だと言うのに、趣味だって真逆だと言うのに、色々と正反対な人達だ。
「さて。皆さん、もう三、四試合とでも洒落込もうじゃないですか?」
「おう。いいぜ」
「うん。フレ女の人で愉しもうよぉ……あ、でもでも、大学生のイケメン君でも誘おうかなぁ」
「マジかよ。御一緒しても良い?」
「良いよぉ」
会話の流れ的に女が男を誘う逆ナンなのに、一人は生肉を貪る人喰い熊、もう一人は死体を啄ばむ禿鷹みたいな目付きをしている。可哀想に、どんなイケメン君が女子にバドでメンタル折られてしまうのだろうか。
「趣味悪いですね。男を、その男が得意とするモノで甚振るの、好きなんですか?」
「え、好きだぜ」
「好きぃ」
「あ、そですか。まぁ、あの、あれです。程々に」
悪趣味な奴らだ。類は友を呼ぶって言うけど、私はあそこまでド畜生な鬼畜女郎じゃない筈だ。全く以ってどんな人生を送れば、そこまで他人の感情に無頓着になって自分の悦楽を尊ぶことが出来るのか。根本的に人格が悪属性だな。周囲に排他的で、他人に対して最初から敵意マシマシな連中なので本気で面倒臭い。少しはボランティア精神溢れる善人(偽)の私を見習ってほしいものだ。
しかし、それは置いといてだ。中々に合宿と言うのも刺激だ。
バドミントンの合宿なんて、普段の練習と何も変わらないと思っていたけど、やっぱり普段と違う練習相手とバドの試合が出来るのは良いこと尽くしだ―――……あ、来た。なんか体育館の入り口にいるし、天使様も挨拶に行ったみたい。あれが終わったら、私も挨拶に行かないと駄目かな。
あぁでもさ、来ちゃったか。来ちゃったよ。マジ来ちゃったじゃん。
どうする、どうしよっかなぁ……あーぁ、まだ心の準備が出来てないんだけどなぁ……はぁ。
「―――姉さん、来た」
「姉さん……姉さん……羽咲の姉さんですかぁ―――あ、そいつが神藤や!?」
「おぉおおい!? 急に立つなよ!」
「すまへんすまへん、雑賀はん!」
「―――あ……どういう事ですかね。姉さん、走って外に逃げ出しちゃいましたよ」
「なんでやねん!!」
しかし、急に生方さんが素の関西弁出ると面白いな。ウザったらしい口調からの変化が激し過ぎる。だけど、姉さん消えたの本気で謎だ。全くもう、なんなのだ、どうすればいいのだ?
それは置いといてあの金髪の男、誰だ。姉さんに馴れ馴れしい奴だ―――殺すか?
手でも握ってみろ、去勢拳の餌食にしてやるか。ちゃんと後で藤沢さんと三浦さんから聞き出しておかないとな。しかも年齢を見たところ、学校の先生じゃないし、教師がパツキンに染めるとか論外だ。となると、北小町バド部の外部コーチか何かと言った人物だろうな。
挙げ句、あの野郎は姉さんの尻をマジ顔で追い駆けて行きやがった―――殺そう。
その気になれば私の体を使ってでも人生の泥沼に追い込んで……いやいや、考え過ぎだよな。うん。あの姉さんが男に惚れるとか有り得ない。私が男に一目惚れするレベルで有り得ない。
「仕方ないですね。生方さん、理由聞いて来てあげますよ。それとも二人共、一緒に来ます?」
「いや、良いや。別にアタシ、あの神藤にそこまで興味ないし」
「私も同じぃ。後、神藤と戦いたいけど、会って喋るのはちょっとヤだなぁ。あの女、ただの憎い敵だもん」
「オーケー。それじゃちょっと行ってきますね」
しかし、何が何だか。姉さんに何があったのか聞き出しおかないと。
山崎泰子先生は学生時代に有千夏さんを倒した事もありましたが、彼女が選手として完成した後は手も足も出ず、一度も勝つことが出来ませんでした。オリンピック選手にも大学生の時に選ばれた事もありましたが、その後に有千夏さんに惨敗してメンタルが完全に折れまして、教員免許取って選手として引退した人です。しかも、自分がバド止めた後に十連覇なんて偉業を達成したのを見ていたので、更に自分自身の限界に絶望した過去を持ってます。群馬の赤堀で教師をしているのは、スポーツでの実績を増やしたい学長がヘッドハンティング下からと言う裏設定です。
とのことで、主人公が純粋に大嫌いです。母親の事を抜きにしても、母親にそっくりなバド狂いなので普通に嫌いです。だが、自分よりもバドミントンを愛している姿勢は大人子供抜きにして尊敬していますので、きっちりきっかりバドミントンの為にコーチしている聖人君子となります。