姉さんと違って、私はどうも性格が素で悪いらしい。人に優しくするのも社会生活における建前だからであり、人助けに興味は欠片もなく、その人が自分にとって利益があるなら意欲が湧くだけだ。ボランティアなど吐き気がする行為で、自分がした所で全て偽善になってしまうことだろう。
母さんが優しい人だから、私も優しい人を演じているだけ。
いや、まぁ、そんな建前がなくては、善人を装う事も出来ないので誰にも言わないが。
ああ言うのは大事なことだと理解はしている。幼稚園の頃から一歩も成長しない自分のメンタルだけれども、そんな処世術だけは年齢相応に成長しているとは思ってはいる。
「あら、羽咲さん妹。略してサンイモ、バドの練習は良いのですか?」
「イモ……あの、それ止めて下さい。私が芋臭い女に聞こえてしまうのですが?」
「違うのかしら? だって貴女、良い所のお嬢様風を装った中身おっさんじゃあないですか?」
しかし、どうやら、目の前のバドミントン馬鹿には通じなかったらしい。しかも建前を見破っただけには飽き足らず、自分のガサツでズボラな人格も看破している。
姉さん大好きツンデレのフレンドな彼女だけど、頭はとても良い人だ。
性格がとても悪い自己中だけど、何だかんだで友人思いなので会話は苦ではない。むしろ、話すだけでストレス発散になる。
「私はそんな全く駄目な女、略してマダオじゃないですよ。と言うよりも、普通に良い所のお嬢さんになれるよう、自分なりに努めて生活しているのですけどね」
「そう言う所ですわよ。貴女のオッサンリティ」
私の事をおっさんだと言うのは芹ヶ谷さんだけ。でも、彼女がそう言うならそうなのだろうと思っている。バドに費やす今までの人生だけれども、体を休ませる時間の暇潰しがおっさん臭いと呼ばれても仕方がない。やっぱりオタク趣味が過ぎるのだろうかと悩んだが、母さんはバド以外にも趣味がある方が安心していたようにも見えた。
なので多分、男に好かれる女として間違ってはいるのだろうけど、多趣味なのは間違ってはいない筈。
自分で作った鶉の卵とチーズの燻製を食べながら、オンラインゲームで煽りプレイをして下衆い自分に酔うのは可笑しくない筈。
まぁ確かに、オンゲで相手を待伏せキルして、死体蹴りしていた私を見ていた芹ヶ谷さんの目は中々に忘れられないモノではあったけど。アレ以来、ゲーム部屋で遊び相手に中々なってくれなくて、私は悲しい。
「ツンデレツインテールに言われたくはないのですけど。いえ、芹ヶ谷さんのその髪型は、見た目も中身も似合っているので異論はないですけどね」
「ほら、直ぐにツンデレとか言います」
「…………だって、オタクヒッキーだって知ってるの、姉さん以外だと芹ヶ谷さんだけですし。そう言う単語、引かないで合槌してくれるの貴女だけだもの」
「はぁ~。私も充分ドン引きしてますけど、もう慣れただけですわ。
それに……」
それは確かにと頷くしかない。姉さんを相手に何が何でも一度だけでも絶対に勝利すると決めた芹ヶ谷さんとは、今はそうでもないが前はずっと一緒にシャトルを追い駆け、夜遅くまでバドミントンの練習をしていた。もう私の訓練を自分のモノにして、自分なりの練習方法を自分で開発したので私に師事してはいないが、前まで芹ヶ谷さんは私の生徒みたいな友人だった。
慣れてしまえる程、彼女は私の
親友なんて良く分からないし、何処から何処まで友人なのか知らないけど、彼女はずっと私の狂気に付いて来てくれた。姉さんと母さん以外に、私のバドミントンを必要としてくれた私の初めての人で、自分でも如何かと思うくらい芹ヶ谷さんに入れ込んでいる。姉さんは気付いていないけど、私の練習は気が狂わないと出来ないモノで、多分ど根性体質な芹ヶ谷さんみたいな人種にしか、私とのバド生活は耐えられないだろう。
……けれどもう、偶に戦えば分かるけど、彼女は私を必要としていない。
今の私が母さんを必要としていないように、誰も必要としないで強くなれるメンタルを手に入れた。その手段と思考回路も備わっている。必要なのは得点を奪い合う練習相手なだけで、後はもう技と力を鍛える程度で良いのだろう。
孤独なまま強くなれる人は、それで良いと思う。
だって私がそうなるように芹ヶ谷さんを鍛えたし、姉さんに勝つ為に必要な事だと教え込んだ。試合とは人生の比べ合いで、研鑽の計り合いに過ぎない。スポーツで一番重要なのは、試合に臨むメンタルなどではなく、日々の練習に対する熱量だ。努力を怠らず、自分に妥協しない根性だ。大会なんて学校のペーパーテストと本質的には全く同じで、積み上げたもので対戦相手と言う問題を解答する作業である。だから母さんが私達にしたように、私も芹ヶ谷さんにそうしただけだった。
それに―――人は、捨てられた方が強くなる。
私みたいな凡愚とずっと一緒だと、芹ヶ谷さんみたいなとっても熱い人は直ぐ冷めて、技も心も腐ってしまうだろう。姉さんも昔はそうだと思ったが、母さんのおかげでメンタルが完成したので何も問題はない。そう考えれば、母さんは私が姉さんと一緒にバドミントンを強くなれる様にする為、子供を親として捨てたとも考える事も私には出来た。
「……貴女は何時もニコニコ、綺麗に誰にも笑いますわよね。どれだけ、鏡の前で練習したことでしょうね?」
「毎朝です。歯磨きしながらですけど」
「うわぁ……え、うわぁ……怖いですわ。そこまで良く執念が続きますわね」
「女にとって笑みって言うのは、化粧と同じ仮面だと思ってます。芹ヶ谷さんはバドミントンにしか興味がないでしょうから、そう言う他人受けはまだ気にしてないようではありますが」
取り敢えず、意味も無くフッとだけ笑ってみる。あ、芹ヶ谷さんの顔が歪んで面白い。人を煽る癖に煽られるのは相変わらず嫌いみたいだ。
まるで、もう一人の姉さんみたいだ。
彼女は姉さんに良く似ている。性格は全然違うけど、人格の根っこがとても瓜二つ。そんな芹ヶ谷さんだから、私もかなり彼女には献身的に接してしまうのかもしれない。純粋に人として好きなのだろう。
「他人受け―――ハッ、あの貴女が?」
「姉さんが和菓子屋の家を継がなければ、私が父さんから代を引き継いでも良いと考えてます。客商売をします上で、愛想と笑顔は商売道具なのですから」
「じゃあ……」
何処か不安そうな芹ヶ谷さんを見て疑問に思ったが、直ぐに心当たりを思い出した。
「……ああ、バドミントンですか。いえいえ、心配しないで下さいな。金メダルを取って、世界一に何度もなって、選手として死んでからの人生計画ですので。
言ってしまえば、余生……みたいな、そんな選択の内の一つです」
「ふーん……そうですか。しかし、貴女が金メダルを目指しているのは知ってましたけど、実家も継ごうだなんて初めて言いましたわね」
「いやぁ、姉妹揃ってバド馬鹿ですから。子供の内は我が儘言いますけど、爺さんと婆さんも、バドばっかな私達をそりゃもう心配し過ぎていましてね。姉さんはあんなんだし、大人になれば落ち着くかもしれませんけど、今はもっともっと母さんに近付いて貰わないと私、困ります。
それに別に私は、実家を継いでもバドを辞める訳でもないですから。
結婚して子供が出来て、私の子供にバドを教える程度で、多分私は満足できると思うのですよ」
そう自分は自分で思っている。母さんみたいに子供を育てれば、私は自分のバドミントンを完成させられると考えている。
何も、間違いではない筈だ。
世界で最も優れたプレイヤーにまずなって、多分それからだ。何時か誰でも良いけど、私のバドを教えてみたい。コーチをしてみたい。出来れば私のように、運動神経が未発達な幼児の年齢から、零の段階から完全無欠の身体を作ってみたいと思っている。
だからこそ、芹ヶ谷さんは私にとって良い友達だ。私のバドを必要としてくれた大事な
才能が足らずとも、間違えなければ―――努力する天才さえも、超えられる。
重要なのはメンタルだから。母さんは私達を捨ててでも、それが必要だと母親を辞めたんだ。だから、誰よりも心を鍛えないといけない。私も、私が作品にしてみたいプレイヤーも、何一つ妥協しない鍛錬を継続する熱量がなくてはただの塵だ。
だけど、試合の時に弱気になるのは勿論構わない。点を取られれば当たり前だ。
人間だもの、そんな事態になるのは当然。
「将来を考えているって言えば聞こえはいいですけど、貴女のそれは殆んど妄想ですわね」
「勝てば、妄想が全部真実になります。勝ち続ければ、間違わなければ、私は妄想の中の登場人物になれます。
私が間違わなければ、それで良いのですから」
「貴女も貴女で、羽咲さんとは違った意味で化け物ですわね」
「と言う事は、その姉さんに一度は勝てた芹ヶ谷さんは、理解出来ない化け物を倒した英雄なのでしょう。
後、そもそも私は芹ヶ谷さんより自分が強いとも思っていませんが。いえ、弱いとも考えてもいませんけれども」
「実の姉に酷い言い草ですわね。でも、それもまた貴女らしいと言えば、そうなのかもしれませんが。
……でも本番の試合で、私は貴女に一度だって勝てた事はありませんわ。練習試合の時と強さが変わらないのに」
「何を当たり前な事を言っているのですか、芹ヶ谷さん。本番で間違えるのでしたら、それは今までの自分に対する裏切りでしょう?
必要なのは強さではなく、今の自分の強さで問題を処理する巧さです。
だから、間違えなければそれで良いのです。その辺、まだまだ皆さん、日々の練習が不足しているように私は思いますよ。
間違うから、姉さんに誰も勝てないだけです。自分が出来る事と出来ない事をちゃんと分けて、出来る事で出来ない事を克服すれば、天才を手に入れられます。だから天才なんて成り上がるものだと、なんで誰も実践出来ないのか、私には余り理解出来ない弱さです」
だから、芹ヶ谷さんに教え込んだ。彼女が持つ強さを試合で一切間違わせずに、万全に100%使いこなして姉さんを倒す戦術を。ケアレスミスも、メンタルの不調も、間違いを犯すなんて私が私の作品に許すものか。
巧ければ、強さなど如何とでも処理できる。
人は技術と精神で以って努力をし、それを私は凡愚の身で完璧に証明し尽くすだけ。
「……羽咲さんの方が、貴女と私よりも強いですわ。能力だけで見ましたら、貴女は私と同じ程度だと思っていますわ。
けれども、貴女は……―――いえ、これは流石に不躾ですわね」
何処か深刻そうで、でも言わない事を決めたらしい芹ヶ谷さんの表情。
「私それ、気になります」
「黙らっしゃいな。それは兎も角、バドミントンをしましょうか」
そう言われて、まずはバドミントンの時以外は何時も付けている伊達眼鏡を顔から外す。その後、手に持つ携帯ゲームを手放した。休憩時間はもう終わり。外でするゼル伝はやはり良いと思い、サバイバル・ハイラルワールドから意識を抜け出した。
……何より、今作の御姫様は中々に共感出来る。
天才主人公に嫉妬するヒロインとか、自分の中では最高に楽しめるストーリー。
まぁ、前作の姫も良かったけど。前々作のマスコット兼ヒロインなんて、今の自分からすれば実に素晴しい。後、鳥も良かった。どうも自分は芹ヶ谷さんの所為で、少しだけツンデレ萌えになりつつあるのかもしれない。
とのことで、意識をバドミントンに切り替える。
気に入った鼻歌を歌いながらコートに向かい、ラケットをクルリクルリと手首で回転させて、充分に柔軟させておく。そのまま肘と肩も回し、腰を左右にゆっくり捩り、ラケットを鞭のように振えるよう充分体を解しておく。羽を吹き飛ばすのに私が大切にしているのは握りと振りで、誰よりも素早く打ち抜きながらも、ラケットがシャトルと衝突する瞬間、どれだけ素早く完璧にラケットを握り絞め、そのパワーを羽に伝えてシャトルの威力を重くするかだ。
その為に、指、手首、肘、肩、腰、両脚の回転こそ命。
限界なく加速する為に私が求めたのは、体を制御する圧倒的な神経伝達に他ならない。鞭のごとき速度をラケットで再現し、人類最速に近付く為に努力の素振りは毎日怠らない。一日幾度もフォームを繰り返し、筋肉と神経にバドミントンの型を馴染ませて、思考と同時に反射神経で動けるよう刻み込む。
「ワージッ! パーパパパパパッパパッパパー」
そして、アニメと音楽は素振りに必須。リラックスした状態で楽しむ為に、私は自分の堕落性とも戦わないといけないのだ。
「気にはなっていたけど……それ、一体何の曲を何時も口ずさんでいるのかしら?」
「ワージッ……て、これは師匠の名曲です。はっきり言って、あの人は音楽の天才ですよね」
「師匠……師匠、師匠。聞いた事がないアーティストですわね」
「嘘ぉ……じゃあ、もしかしてエンジョイ&エキサイティングは? 黄金時代が終わる十三巻の急展開も?」
「はぁ、知りませんけど」
「マジですか。人生損してますよ。あの作品、少女漫画よりも乙女回路がキュンキュンする傑作ですのに」
「え、おっさん趣味の貴女に乙女回路なんてものが―――…………うーん、気になりますわね。
バドミントンをした後、コーヒーを飲みながら釣りをするのを至福とするあの貴女が、乙女になるものがあるなんて!?」
むしろ、コーヒーを飲みながら漫画を読み、魚が引っ掛かるのを持つ時間が好きなのだけど。まぁ、芹ヶ谷さんに言った所で理解はして貰えないので諦めた。時間を贅沢に使うことが、人生を豊かにするのだと思うけど、多分そんな事よりバドしようぜって人だから。
どうせ理解し合えるのはバドミントンだけで、共通点もそれだけの大事な友人だ。つまるところ、このまま行けば長い人生で付き合い続ける知り合いであった。
「今度、貴女に貸して上げます。面白いですよ」
「そうですわね。確かに、貴女のお勧め品ですもの、偶には読んで上げても宜しくてよ」
「じゃあ、後で家に来て下さい。姉さんも喜びます」
「へ~、あの羽咲さんが?」
「勿論ですよ。だって姉さん、芹ヶ谷さんと罵り合った後ですと、バドの練習のテンション高いですから」
「あ、そう言う……はぁ、全く貴女と言う人はこう、本当にあれですわね」
「何ですか?」
「いえ、別に」
とは言え、楽しみではある。最初の一巻からあんなシーンで始まるダークファンタジー漫画なので、多分インパクトは程々にある筈だ。後、多分読んだ次の日から憂鬱な気分になれると思う。自分はそれはもう、かなり鬱な気分を擬似的に味わえた。
……ああ、愉しみだな。
今度は何とか暗黒ライトノベルを貸して読ませてみよう。
「まぁ……兎も角、バドの練習をしましょう。イモサキさん」
「ほらぁ、直ぐそうやって変なあだ名を私につける。本当、結構凹むので止めて頂きたいです」
「嫌ですわ。だって、あの可愛気が全くない羽咲さんと同じ顔をしてる貴女って、凄く苛め甲斐があって止められませんとも!」
「そういうのは姉さんに向けてやって下さい」
「―――……あぁ、まぁ、あれですわね。それはもう少しだけ、時間を空けてからにしますわ」
「ふふーん。芹ヶ谷さん、もしかして姉さんに気とか遣っちゃってますか?」
「誰が!?」
「はいはい。良いからバドをしましょうか」
「……クゥ。この人は、羽咲さんと違って楽しくありませんわ!」
その一声を聞いて、私はシャトルでラリーを開始した。休んだ後なので、ますは体を温める為に、軽い試しの打ち合いを繰り返す。だからフォアにバックに、前に後ろに、左右に振り回しながらも、全方位満遍なくコート内を動きまわる様にシャトルを飛ばす。
バドに必要な肉体箇所を適度に稼動させ、自分と言う人形を支配する。
脳味噌と神経で、肉体と言う操り人形を完璧に制御しなくてはならない。
そう思うことで思考と感情を切り離し、メンタルが疲労に影響されない状態に作り直す。
バドミントンは……いや、そもそもスポーツは苦行である。ぶっちゃけ、ただのマゾゲーである。中でも運動量がえげつなく、休みなく細かく動き続けるバドは地獄だ。試合における全力のラリーなんて、普段の生活じゃあ想像だってしたくもない。
だけど、ラケットを握れば違う。
軽いラリーをしている内に、芹ヶ谷さんの神経回路と思考回路を把握する。
天才の姉さんが私に言った事がある様に、バドミントンは会話に近い。他の人は知らないけど、私は日本語のあいうえおよりも脳に馴染み深い動作だ。だから私にとってラケットは精神解剖をする為のメスであり、シャトルは弱点を抉る為のドリルでもある。だから私にとってシャトルとは、ラリーする為だけの道具である。バドミントンは倒す相手がいて初めて成り立ち、共にシャトルで動き合う共同作業でもあるのから。
「―――フッ……!」
「――――」
鋭い呼吸音と共に芹ヶ谷さんがスマッシュを打つ。熱くなれば、言葉も無く好きにやり合うのが私達だ。もうとっくに熱が入り、練習に注ぎ込む為の膨大な熱量が無限に生み出され、これから数時間はバド以外の事など興味がなくなり、自分の疲労や苦痛さえ何の価値も無い。
そして、私は基本的に無呼吸でシャトルを打つ。
凡愚の私に呼吸を行う余裕など、天才相手に持つ事は許されない。
息をしなければ、その間は疲れも忘れて動き続ける事が出来る。何かを捨てれば、身が軽くなるのは当然だ。心の方も同じく、迷いを捨てれば早くなる。姉さんよりも更に前で撃ち返し、思考回路をショートさせて、何も考えさせずにメンタルを打ち砕く。何よりも行動の取捨選択と、戦術の切り替えが誰よりも早く出来なくては、私みたいな凡愚では誰にも勝てない。
才能がないならば、才能に依らない機能で差を埋める。
私には延々と芹ヶ谷さんとラリーを繰り返して、息が出来ない程に繰り返して、気を失う寸前まで酷使して、その上で思考回路を正常なまま高速回転させ続ける苦行が必要だ。
身も心も―――ただ練磨する。
気を失うまで持久させる心身の体力が、私にとってバドの基礎。
それを母さんと姉さんが教えてくれた。姉さんに一度勝った芹ヶ谷さんが証明してくれた。
「はぁ……はぁ……ック。はぁぁ~……――ったく、相変わらず、体力馬鹿ですこと!」
「そんな事はないですよ。疲れそうになれば、動きを予感して初動さえ加速させれば、最小限の動作で羽根を拾えますのでね。大切なのはラリー中でも、ちょくちょく体を休ませる事なんですよ。
でも今回は練習ですので、芹ヶ谷さんに合わせて全力で動き続けましたけど」
「あっはいはい、そうでございますわね~」
「ほらぁ、そうやって直ぐ姉さんみたいに拗ねます」
「五月蠅いですわね! 喧嘩売ってますの!?」
「偶にはさ、喧嘩をバドじゃなくてゲームで決着付けませんか?」
「い・や・で・す・わ!
初心者相手に無限コンボしてくる人となんて遊べませんわ!!」
「あれ、トラウマですか?」
「あーもうっ本当に貴女も貴女で羽咲さんですわ!!」
「まぁ、それはそうですよ。私は姉さんの双子の妹なのですから」
しかし、本当に強くなっている。それ以上に、バドミントンが巧くなっている。身体機能も充分上昇しているようだけど、動作全てに切れが増し、動きを止める技術も見切り難い。私が教えたフットワークに加えて、どうやら才能に合わせた自分だけの足捌きに覚醒しつつあるようだ。
これならネットの前でも観察眼が備われば、姉さんの隙を穿つ事も充分に出来るだろう。
「あーーーー!!!!
私を抜け者にしてバド始めてる!?」
ガコン、と開いた背後の扉から聞き慣れた声が聞こえた。ネット越しで正面にいる芹ヶ谷さんも呆れているようで、でも少し嬉しそうな表情を浮かべている。
「あ、姉さん。小テストの赤点補習、やっと終わりましたか?」
「赤点……赤点ですって、おほほほほほほほほほ!!
羽咲さん、バドミントンと違って頭の出来は恵まれてないようでしてよ!!」
高笑いを聞いても、事実なので言い返せない姉さん。うん、やっぱり姉さんは可愛い。私が作り上げた傑作である芹ヶ谷さんに負け、その上で母さんに捨てられ、かなりバドのダークサイドに落ちてはいるが、それはそれでとても良い。
……しかし、バドのダークサイドって何だろうか?
自分で考えたことだけど、別段スポーツにダークもライトもない。単純にこれは、家庭の事情と言うヤツに過ぎない。ついさっきまで愛されていた筈の母親に捨てられて、精神が磨り減らない少女などいる訳がないのだから。
「なんで言っちゃうかなぁ……ねぇ、何でかなぁ―――織乃?」
「思わず、つい。姉さん、今度は私と一緒にお勉強しましょうね」
「嫌だよぉ……なんで、織乃なんかと勉強しないといけないの?」
織乃、かなり心が折れた。なんで姉さん、そうやって直ぐ私のメンタルをブレイクするの。世界とは、悲劇なのか。
「おっほほほほほほほほほ!!
今度は芋咲さんが姉に振られておりますわよ、最高ですわ!!」
「ねぇ。さっき完全に私の事を芋呼びにしましたよね、芹ヶ谷さん?」
「ええ、勿論でしてよ!」
「もぅ織乃、薫子ちゃんの性癖なんて、勉強と同じくらいどうでも良いでしょ。それよりもほら、大会も近いから私かなり練習したいんだよ!」
あ、芹ヶ谷さん、冷静にキれたみたい。
「羽咲さん。練習中にその顔面、シャトルで綺麗に吹っ飛ばして上げますわよ?」
「出来るものならしてみてよ、薫子ちゃん」
楽しそうな姉さんを見て、とても良い兆候だと思う。姉さんも母さんが消えた頃以上に、不気味に雰囲気が明るく、母さんに対する憎しみを全てバドに叩き付けることに成功しているようだった。毎日毎日絶望し続けていては、母さんを求め続けていては、心が休む間がなくて、私が思い通りに姉さんを成長させる事が出来ない。
姉さんには―――母さんになって貰わないと。
その為の芹ヶ谷さんだ。姉さんにとって芹ヶ谷さんは自分の弱さの象徴であり、そのメンタルは姉さんを強くする為の良い原材料になる。姉さんにとって、芹ヶ谷さんこそ理想的な精神力の持ち主だ。幾ら才能に溢れ、努力を惜しまず、毎日をバドに捧げられる狂気があろうとも、折れる時は折れるもの。
だって、人の心って簡単に壊れてしまう。
あんな脆いモノだなんて、私はずっと知ることが出来なかった。
「そうですね。では、始めますか」
中学校の部活は、実に下らない軟弱な塵しかいなかった。まず、心が弱い時点でお話にならない。はっきり言って、強くなれるのはクラブで出会った芹ヶ谷さん程度だ。元よりあんなキャラを恥ずかしがらず維持できる強烈な人格の持ち主なので、メンタルの強さは一目で理解出来た。身近な同級生で彼女以外、私のバドミントンに役立つ人材に出会った事はない。
バド部の部長なんて、たかだか姉さんに一回ぼろ負けした程度で駄目になった。
でもあれは、とても良い経験だったと私は歓喜した。だから私は、その後に――――バドミントンで、シャトルを通じて人のメンタルを解剖して、ラケットで感情を暴いて、試合を疲れず楽に勝てるのか如何か、色々と試す良い思考実験の機会を手に入れた。
トーナメントの試合で、雑魚相手に呼吸する回数はなるべく減らしたい。
勝てる相手に、どれだけ体力を残して勝てるのか。それは技術だけを高めるのではなく、諦観を味わせて人の心を摘む戦いでもあった。
可哀想だと傲慢に部長を見下してその後―――私が、思い付いた実験の為に倒してみた。
だから、やはり姉さんは素晴しい。私は新境地を手に入れて、バドで利用出来る選択肢をもっと増やす事に成功した。姉さんは何時も私を強くしてくれる。凡愚でしかない私を、姉さんは自然と才能を与えて強くし続けてくれる。
「そして、姉さん、芹ヶ谷さん。私達は清きスポーツマンです。良い青春を送る為、共に頑張りましょう」
「「は、アンタ誰?」」
「あー、酷い事を言いますね」
「私の織乃はそんな事はいわないよぉ……もっとこう、頑固なカビ汚れみたいな妹だもん」
「そうですわよね。珍しく気が合いましたわ、羽咲さん。彼女ほど薄汚いバドミントンをする人はおりませんもの」
「はい。良く分かりました。今日は本気出して、二人とも襤褸雑巾みたいにして上げます」
だから、母さん。海外にいるのか、国内にいるのか、分からないけど心配しないで下さい。私は姉さんと何も問題なくバドミントンを楽しんで、大事に作り上げた友達と一緒に汗をかいて、毎日笑えています。
……笑えていますから。
だから、母さんも―――私のバドを誇りに思って、笑ってくれますよね?
画風が変わった後の薫子ちゃん、とても可愛いと思います。