シンドウの最高傑作   作:サイトー

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二十一話 思考の瞳

「1―13!」

 

『うぉおおおおおおおおお!』

 

『なんなんだ、あの子!?』

 

『あのクリステンセンが手も足もでてないよ。やっと一点だもん!?』

 

 外野の声が聞こえる。しかし、どうでも良い。この女、もう私の戦い方を学習し始めていやがる。

 

「マジかぁ……」

 

 私が費やした数カ月を、たった数十分で心身に取り込み始めている。この女、才能だけでも感覚だけでもない。バドにおいて、脳の作りも姉さん並に天才だ。

 最初は圧倒出来ていた。

 作戦勝ちと言う状況だった。

 ダクソで例えるなら、パターンを読み切ったボスキャラに過ぎず、パリィで封殺出来るグウィンのような相手だった。

 だが、立場が逆になりつつある。私の動き、呼吸、仕草を学習されている。才能と感覚が脳とリンクし、私の戦術に対する戦術を構築し続けている。そのクリステンセン君の戦術も私は読み返し、絶え間なく試合中に潰してはいるが、一点取られてしまった。

 

「…‥はぁ。どうしたもんか」

 

 唇を動かさず、口の中で独り言を籠もり殺す。一点取られた程度で動揺する可愛らしい精神構造をしてはいないが、

 相手のサーブ。クリステンセンの姿を視界に納める。しかし、何故かヤツはラケットを構えていない。シャトルも握ったまま、明るい笑顔で口を開いた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん?」

 

「ん。なんですか?」

 

「天才って、何か分かる?」

 

 そんなことを微笑みながら、クリステンセンが私に問う。

 

「ふぅん……それはまた。と言うより、此処で聞くことですか?」

 

 別に構わない質問だが、話せば長くなる回答でもある。てか、それは厭味か。バドミントンが好き過ぎてバド狂いになってる私にとって、一番欲しい才能を持っているのが目の前のこの女だ。そいつが天才について唐突に聞いて来るとか、嫉妬の余り殺意の波動に目覚めそう。

 

「良いから。簡単に纏めてちょろっと言ってみてよ。お姉ちゃん?」

 

 もぅ仕方が無いなぁ。素直に答えてやるか。その方がクリステンセンもやる気出しそうだし。

 

「そりゃまぁ簡単に言えば、自分の才能と他人の才能を理解して、自分の才能を使いこなせる人が、世間一般だと天才って呼ばれてるんじゃないですかね。人間が一人一人別の生き物で、平等なんて阿保らしい夢を見ないで、同じ能力など無い事が分かっていれば、自然と何かしらの天才性を誰でも発揮するもんですしね。

 とは言え、それが出来ないから天才は一握り。

 なので天才と言うのは、自分で自分を理解出来る能力とでも言いましょうか」

 

 誰しも自分が人間で相手も人間なら、生まれ持った根底の能力は同じなのではと言う幻想を持つ。だが、それを葛藤なく捨てられるのが天才。努力では埋まらない差は確かにあり、そんな事は誰も彼もが当然なのだ。勉強で勝てない、運動で勝てない、遊戯で勝てない、賭博で勝てない、色々だ。そんなこの世の色んな分野で、自分の才能を見付けて上げて、大切に育てて努力することが重要。自分と人間を区別し、初めて自分自身の才能と見つめ合う事が出来る訳だもの。まぁ、それが出来るのは他人との共感を不要としたまま、且つ孤独のまま自由気儘に練習に打ち込める人間だけに限られる。

 結局のところ、才能を活かすメンタルを持つ者が天才となる訳だ。

 なのでスポーツに強いメンタルは必要不可欠。それを考えれば、このクリステンセンが紛うことなき天才だろう。

 尤も私が鍛えたこの力は、更に天才的なのだと今日この瞬間に証明するんだけど。

 同時に、不得意なバドミントンを足掻き続ける私は、徹底的に無才の無能であることの証明でもある訳だ。私はぶっちゃけ頭は良いけど、その頭脳を不得意なバドの為だけに使い潰すと決めた時点で、無能の権化に成り下がった。

 その上で―――天才になる。

 バドミントンと言う生まれ持つ才能がない分野を克服し、生まれ持った一握りの才能を武器に鍛え、偽りの天才に成り上がるんだ。自分のこの才能こそ、バドミントンにおける一番の天才なんだと母さんに教えてあげないとならないんだから。

 

「へぇ、面白い考え方だよね」

 

「そうですかね。ま、才能が有る事と、天才で在る事は別物ってだけですけど」

 

「そうなの。だったらお姉ちゃんって、才能ないのに天才になった鬼才って雰囲気よねぇ。私達のママだったら、頭の良い“だけ”のお姉ちゃんだと態々こんな辛い世界に、自分の娘だからって無理矢理入れようなんて考えないと思うのよ。

 だからさ―――」

 

 成る程。私の才能を掴み取ったか。なら、君の才能と私の才能を比べ合うとしよう。スポーツも勉学も、他人との比較なくして優劣は存在しない。それに、クリステンセンはどうやら私の底の浅さも見抜いた様だ。所詮、私なんて勝てる準備をしなければ、天才に勝てる底力もない。地力だけじゃどうにもならない無能の輩。

 クリステンセンの先輩である女神志波姫様は私と似通った戦い方をして、しかし地力や才能は私以上の素晴しい選手。天使様と戦い慣れているクリステンセンなら私の事を頭でっかちに感じるのも無理はないけど、私には姉さんから盗み取った感覚(センス)がある。理論と感覚が、私が拠所にする似非才能。

 だから、それで良いんだ。

 人より優れ、誰かに勝る。

 私はただそれだけで良い。

 コニー・クリステンセン。

 早く、早く早くサーブを打て。私達のバドミントンを始めて、速く迅く終わらせよう。

 

「―――ここからが、私の本番よ!」

 

 ああ、けれどもね、そんな程度で私の才能(ロジック)を悟ったと勘違いしてくれるのは有り難い。

 

「―――勿論ですとも。

 さぁ、バドミントンを愉しみましょう」

 

 私とクリステンセンを別つ白帯(ネット)を超えて、ヤツがサーブで放ったシャトルが落ちて来る。集中して、敵を凝視しながらコート全体に視野を広げ、瞳と思考を繋ぎ合せ、自分の戦術が視界に投影される。少し先の動きを幻視し、十手後のクリステンセンを封殺する。

 ―――脳の思考回路が加熱した。

 結局のところ、根底にした基礎思考はボードゲームやテレビゲームと同じ。

 対戦相手の心理を読み取り、感情も共感して、何を思考しているのか同調した上で、行動パターンを解析する。そうすることで先手を奪い取り、後手に回ろうともゲーム展開を先取りする罠を張る。

 ……とは言え、それをクリステンセンに先読みされて、先程は一点奪われた。

 

「―――ほぉ」

 

 思わず、感嘆の溜め息を出してしまった。

 ネット前で私の打ったクロスファイアがプッシュされてしまった。どうやら、完璧に私の動きを読み切ったらしい。拾いに飛び込むのも面倒なので、ここは一か八かに賭ける事もせず見逃そう。

 

「2-13!」

 

 だって―――計算通りだったしな。

 

「ははは! また私の勝ちだったね、お姉ちゃん!?」

 

「そうですね……」

 

 漸くかな。私の脳味噌に、クリステンセンの思考回路が追い付いていると判断して良いだろう。こうして、私の戦術にも対応し、動きを先読みすることに成功している。

 うんうん。素晴しい。

 思った通り、クリステンセンは私の行動を先読みし始めたか。

 そうじゃないと今此処で戦う意味がない。ここで私そのものを学習して、もう一段階今よりも強く、巧く、速くなって貰わないとならない。無論、それは選手と選手の先読みの思考合戦でも同じことだ。

 

「……どうやら、私はちょっとだけ思い違いをしていたようですね」

 

 嘘だが。しかし、もうちょっとテンション上げて貰う為、私の作戦がクリステンセンの頑張りでズレたを思わせたいのも事実。

 

「ふぅ~ん、そ。で、ちょっとは私を見直したって?」

 

「はい。勿論ですよ」

 

「ふん、何だか嘘臭いわね」

 

「ま、良いじゃないですか。試合を再開致しましょう」

 

「当然よ!」

 

 先程と同じサーブ、ではない。私を走らせる為、ラインギリギリを狙った厭らしい軌道。無論、既に膝を軽く曲げて準備し、軽い動作で体力を使うまでもなく落下地点に移動済み。

 さて、どうしようか?

 ネット前でやり合うか、ドライブで返すか、スマッシュで削り合うか。

 取り敢えず、ネット前に誘い出すか。ドライブやスマッシュよりも、ぶっちゃけ基礎能力が足りない私だと反射神経が主力となる接近戦の方が不得意ではない。ま、得意と言う訳じゃないけどな。とは言え、小回り自体はクリステンセンより私は効く。バドミントンだと初動の違いは結構大きいものだ。

 

「……っく!」

 

「……………」

 

 しかし、良く粘る。私も執念深い性格の御蔭で戦術的に諦める時以外、ずっと執着してシャトルを追い続けるけど、後先考えずにクリステンセンは熱中しているように見える……いや、確実にそうなのだろう。どれだけ私が厭らしく動かし回しても、寸分違わず軌道を読んで追い付いてくる。

 ははぁん、成る程。

 面白い上に楽しい。

 となると、私の戦術を学んだクリステンセンに対する戦術を学ぶ必要がある。

 正確に言えば、クリステンセンそのものの思考回路をこの場で出来る限り自分の脳内に投影する。

 

「8―13!」

 

「―――……ふぅー。ま、こんなもんでしょ!」

 

 さて、八点連続で点を取られた。しかし、実際に戦ってみると想像と細部が違うものだな。しかも、私を学習して戦術に適応し、その技術を盗む天賦の才能さえも備わっている。

 良い感じだ。

 脳味噌がどんどん加熱していくのが実感出来る。

 行動パターンと思考パターンの組み立ては完了。

 重要なのは、圧倒することじゃない。全パターンを封殺し、絶望を与える事。

 しかし、良い雰囲気で追い付かれてきた。なのでクリステンセン、私も後少しでちょっと嫌がらせを始めまくては。

 それに私、鬱展開とか鬱エンドとか、そう言う倒錯的な話が好きなんだよなぁ。それを作り物じゃなくて、ちゃんと現実でストーリーで作り出すとなれば、違う意味でもバドミントンに熱が入って来るものだ。悪趣味なのは重々承知で、且つ下衆い悦楽もまた否定する気は更々ないが、逆転劇とは意図して演じる人工加工物。クリステンセンのアンハッピーな未来が、私にとってのハッピーセット。

 勝てると光の道筋が見えたクリステンセンを、崖から突き落として上げたい。

 段々とバドミントンが巧くなって、思考もより冴える様になったけど、その所為で神聖極まるバドミントンで邪念を脳裏に浮かべるようになってしまった。

 どうせなら、愉しみたい。対戦相手に私が楽しめるように頑張って貰いたい。ただただ勝つ為に効率的に機能する機械装置(システム)に徹するのは、私が私で在ることを示す大会で良い。それだけが私の人生の存在証明である。

 だが、今はクリステンセンに私を刻み込むだけ。

 ならば、全力の本気を出すのは都合が悪い訳だ。

 大切なのは、余裕を持って優雅たれ的な舐めプ。

 

「13―13!」

 

『うぅおぉおお! ついに追い付いたぞ!?』

 

『凄いよ、コニー!!』

 

 まぁ、だろうな。先程までの戦術設定だと、慣れたクリステンセン相手じゃ何の意味もなし。しかし、この状況に精神(メンタル)感覚(センス)を慣れさせる事が大事。それに私もまたこの度の練習試合じゃなく、本当の本番に備えてクリステンセンとはなるべく長くバドをしなくてはならない訳だ。

 重要なのは二点。情報収集と経験蓄積。

 それらを元に、更なる対クリステンセン用の戦略と戦術を作らないといけない。

 

「ねぇ、姉さん。貴女はこんなものなのかしら?」

 

「うぅーんと、まぁ、実際のところそうですかね。

 なので、負けるのも癪ですし、舐めプは嫌いじゃないですけど、態と相手に勝たせるほどバドに不誠実じゃないですし―――今から、勝ちますね?」

 

「―――上等よ!」

 

 癖も私の思考で見た。正確に言えば、体に染み付いた癖と言うよりも、彼女が持つ思考の方向性とでも言うべき方程式だが。

 これが、スポーツでは大切だ。

 特に対戦競技だと奥義とか、根源とか、本質とか言う、一種のゴール地点だとも考えている。結局のところ、如何に優れた肉体であろうとも、動かしているのは脳味噌だ。才能をどれほど巧く使いこなそうとも、その才能を使うメンタルを暴いてしまえば、私が、私だけがコートの支配者として君臨する。

 ……さて、レシーブからやり直しだ。

 とは言えだ。私にとってもはや何一つ問題はない。

 とん、と軽い音を立ててゆっくり相手のコートへシャトルを返してやる。狙いはサイドラインとサービスラインの端の端。極限まで際を狙い、クリステンセンをネットから一番離れた位置に移動させてやる。

 ほら、やっぱりな。今のあいつは強きも強き。ロブで時間稼ぎをするつもりもなく、ドライブで返してきた。だが、打つのがクリステンセンとなれば流星のような鋭さだ。私は安全に打ち返す為に距離を取る―――など、無価値なことはしない。

 なにせ、もう分かっていたことだ。

 ジャンプすればネット前だとうとギリギリ届く上空のシャトルを、既に思考で黙認。

 シャトルが打ち返された刹那、私は既にステップを踏み込み、勢いそのままジャンプしていた。軌道を完全に呼んでいる故に、タイミングは完全完璧―――で、叩き込む。

 相手は油断し切っていた。問題なく、ダンと音を立てて球が落ちる。その光景を困惑したクリステンセンが見ている。

 ああ―――これだ。

 精神的にまた優位に立つには、必殺と呼べる程の一撃が好ましい。

 

「13―14!」

 

「―――え?」

 

 先読みとは、こうするんだ。単純に相手の行動パターンを理解するだけじゃ価値はない。メンタル状況を把握した上で、その精神さえもこちらの掌の上で制御してこそ。

 

「13―15!」

 

 さぁて、やはり私の脳は良い具合だ。良い具合に熱く煮え滾ってきた。

 人生で今この瞬間、最高最速でグツグツと頭蓋内が沸騰しているのを実感している。目から涙で出来そうなほど息苦しくて、鼻血が出ないのは不可思議なまで心臓がバクバクと鼓動している。

 

「13―19!」

 

 はぁ、視界全てが凍ってるみたい。コートが澱んで見える。鍛えた動体視力は無事何事もなくシャトルを追い、加速した思考回路は苦も無くクリステンセンを予測する。

 

「14―19!」

 

 ―――ああ、だけど、それでこそクリステンセン。

 もう私の脳味噌に対応して来たか。本来なら届かない場所で打ったカットスマッシュを拾い、それをドライブした返球をプッシュでカウンターする。

 成る程。成る程……ま、確かにな。

 一か八かの博打に打って出た訳だ。

 それなら、私も読めない。いや、先を読む必要もない。

 取られても良い一点だ。正直、規則性のあるボードゲームは得意だが、規則性のないギャンブルは不得意だもの。私は自分が先読みされないようにしてはいるが、勘で動かれたのであれば、最初の一手は手は出せない。尤も、今からこの直感的行動力も敵が行う選択の一つとして予測するので大丈夫。問題点は一つ一つ潰し、100パーセントに限り無く近付き、きっちりきっかり対処すれば良いだけの事。

 

「はぁ、疲れる。それでお姉ちゃん?」

 

「ん、何ですか?」

 

「ちょっと……本当に、お姉ちゃんってママの娘なの?」

 

 おん?

 

「ハ。凄く心外。どういう意味だ?」

 

「へ、へぇー。急に怖い顔になったね……」

 

 あ、いかんいかん。ついつい素の口調が出てしまった。相手が失礼な事を言って来たからと、こっちまで無礼者になる訳にはいかない。スポーツを愛する一般的な文化人として、スポーツマンシップは守るべき道徳精神な訳だしな。

 

「すみません。失礼しました。で、どう言った意味でそのようなことを?」

 

「あ、そのね……ってか、目コワ。あ、じゃなくて、そのバドの仕方、凄くママっぽくなくて……」

 

 目が怖いのは知ってるわ。

 

「……あー、別に。そう言うマジで長話になるのはですね、練習試合が終わった後にでもお願いします」

 

「うん、分かった。じゃ、仕切り直しで」

 

「はい。とのことで、再開しますね」

 

 だから、私は自分の勘違いに気が付いた。そう言う“意味”でクリステンセンは、私に母さんの娘じゃないと言った訳じゃなかった。

 ……仕様が無い。

 取り敢えず、一セット仕留めるか。

 

「ファーストゲーム、ワンバイ、羽咲。15―21!」

 












 隻狼がそろそろ発売してしまう!
 デビルメイクライ5はとても面白かったです。


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