シンドウの最高傑作   作:サイトー

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二話 敗北者の山

 あれは心が折れているなぁ……何て、冷徹に判断する自分を下衆女だと思った。しかし、それは仕方がないこと。相手と対戦するスポーツにおいて、人の心を摘むのは必然となる選択だ。自分も次の試合の為に、たったそれだけの為に、対戦相手の戦意を根こそぎ砕いた。尊厳をラケットで打ち砕いた。姉さんがそうならば、私も全身全霊で大会優勝を目指すだけである。完璧な母さんを超えるにはこの程度、何も感じずに実行出来ないとバドをやる価値がない。コートで向かい合う誰かの思いを真摯に、丁寧に、木目細かく踏み躙る。

 ああ、でも……藤沢さんと三浦さんは、来なくて良かった。

 姉さんのあんな姿、バドミントンと関係無い彼女達に見せなくて良かった。彼女達まで姉さんを避け始めてしまえば、もう姉さんは母さんに近付くことも出来なくなってしまう。

 それは駄目だ。彼女達には、姉さんの日常を守って貰わないといけない。

 私が姉さんと出来る事はバドミントンだけ。姉さんが私に求めているのはバドミントンだけ。勿論、私が姉さんに欲するのはバドミントンだけなのだから。

 今は、本気で戦っている今は、それだけで構わない。

 

「……でも―――――」

 

 姉さんと戦ったあの人が、私の友達と同じくらい強ければ、もっと強くなれると思う。精神とは、仕組みを考えれば筋肉と同じだと私は考えている。

 ―――自分で砕いて、作り直して、前よりも強靭で柔軟になる。

 ―――無茶も無理も無謀も可能になって、更に強くなり続ける。

 でも、あれはもう駄目かもしれない。芹ヶ谷さんみたいになれるかどうかは結局のところ、敗北に繋がる今までを肯定できるか、否かだ。

 価値なしと思えば、そこまでだ。

 価値を見付ければ、これからだ。

 何て―――素晴しいバドミントンであろうか。

 戦って、戦って、人を侮辱して、人の熱意を否定し尽くして、尊厳が欠片も無い敗北を与え、自分の同胞を作り出す本性。貪欲にまで、相手が持つ強さを求める純粋な欲望。私の母さんはとても素晴らしいバドミントンを姉さんに教えてくれた。そんな姉さんは、凡愚で塵屑な私にバドミントンの才能を与えてくれた。

 これこそ、私が求めた強さなのか、否か。

 でも、間違っていようとも、私が努力を間違えなければ本物になる。天才に、自分自身を作り直せる。

 

「本当、おぞましいですわね。敵を見ず、相手を視界に入れず、自分だけしか見ていない―――羽咲さん。まるで可哀想な迷子の子供じゃないですか。

 あの姉を見て、貴女は何も感じないのかしら、羽咲織乃」

 

「何故ですか?

 あれが羽咲のバドですよ?

 ……ああ、でも今は、姉さんは神藤でありますからね。羽咲で在るのは、この大会では私だけですね」

 

「―――そ。

 なら、私から言うことは何もありませんわ」

 

 子供に失望した親のような、路上に転がる浮浪者を見る成り金のような、冷徹な目を芹ヶ谷さんは私に向けていた。だけど、仕方がない。同じような事を私達姉妹は芹ヶ谷さんに味わわせ、あのコートでバドミントンに失意している彼女と同じ思いを強要した罪がある。

 本当、勝利しても楽しくない。

 倒すなら、やっぱり根性がある敵じゃないと面白くない。

 私は姉さんみたいに、相手に技術や能力を求めている訳じゃない。

 何時か強くなって、負けても強くなって、凡愚でしかない私を打ち砕く天才であれば、それで良い。

 だから、どうか、どうか―――この大会でも存在して欲しい。芹ヶ谷さんみたいな人が居て欲しい。私が襤褸雑巾みたいにした選手達の中に、私を倒そうと志せる天才が居て欲しい。でないと、凡愚風情の私が天才に勝てる程に努力した価値がない。私の賭した努力の時間を上回る人が居ないと、完全無欠な母さんに届く為の努力が出来ない。

 ―――今の姉さんは、怒っている。

 私達の母さんをコートの中で求めているのに、影さえ何処にも見出せない。

 

「荒垣なぎさ―――……ですか。

 筋は良く、体に恵まれ、才もあるのに、姉さんに破れた敗北者。

 出来れば、姉さんみたいに誰かを恨んで強くなるか、芹ヶ谷さんみたいにバドを愛して強くなって欲しいものです。同じ神奈川県みたいですし、高校生になった私達の良い強敵に成長して頂ければ、何も言う事はないのですけどね」

 

「それは、バドの選手としての言葉ではありませんわ。人として最低だわ、織乃さん」

 

「……何故?」

 

 まるでコートの中に居る時と同じ烈火の視線だ。理由は理解出来ないが、芹ヶ谷さんは私に悪意を向けている。母さんの事を考えている時の姉さんと同じ、何か許せない人を見詰める瞳だった。

 

「理由は……―――いえ、今の私では言っても仕方ありませんわ」

 

「そうですか。頭が良い芹ヶ谷さんでも、バドの事で分からないものがあるのですね」

 

「―――ふん!

 敗北者の言葉なんて聞く玉でもない癖に」

 

「怒らないで下さい。貴女の仇は、この私がちゃんと取って上げたじゃないですか」 

 

「それが悔しいのです……っち!

 ムカつきますわ。こんな感情、貴女みたいな人間じゃ理解出来ないでしょうけど」

 

「悔しがる必要はないと思いますけどね。芹ヶ谷さんを倒した選手、基礎も応用も姉さんよりも強かったですよ。まぁ、幾ら私より全ての能力が上回っていようとも、その類い稀なるセンスを潰せば、好きに料理出来て良い試合でしたけどね。

 ……無敗の天才少女。

 全く、実に姉さん好みな敵でしたよ。

 あの人は私と同じで、バドを苦しみながらやっている様でしたから……ふふ。ああ、隙が多過ぎて、折角私より遥かに磨かれた技が曇って勿体無かったです。何より私に何を見て失望したのか知りませんが、急にメンタルが崩れてしまいました。

 あれ、明らかに芹ヶ谷さんと戦った時より弱くなってましたから。

 なのでですね、そう言う意味でも私はとても幸運でした。どうも芹ヶ谷さんと戦った時から、メンタルが不調になっていましたし、好調には程遠かったですから。多分貴女が何かをして、私の何かが止めになったのでしょう」

 

「―――っち、あ~……本当にクソッタレですわ」

 

 後悔とも懺悔とも言えない友達の姿だ。私は何時も通りニコニコしながら見守るように努力したが、こんな芹ヶ谷さんは初めて見た。勝っても負けても真っ直ぐ下衆い彼女が、私を見ながら涙が流れ出そうなのを堪えている何て、本当にどうすれば良いか分からない。何をすれば良いのか、分からない。

 だから、そうだ。何時もみたいに笑っていれば良い。

 負けた人の痛みなんて理解出来ないけど、負けて何も私は感じないけど、芹ヶ谷さんは違うのだろう。悔しいのか、悲しいのか、それとも虚しいのか知らないけど、分かった様に笑っておけば何時通り私は無敵の心を保てる筈だ。

 

「……それで、芋咲さんは準決勝は勝てそうかしら?」

 

 笑っている私を不愉快そうに見ているけど、どうやら何時も通りの芹ヶ谷さんに戻ったみたいだ。良かったと、私は子供のようにに安心している。

 

「勿論。あの人、もう体力もメンタルも尽き掛けそうだから。ちょろっと止めさして、あっさり力を温存した私が勝利する―――何て、有り得ないですから。

 真摯に、丁寧に、勝ちますとも。

 一つ一つ技を潰して、力を削って、気力も擦り減らします。

 例え私がケアレスミスをしても良い様に、点を取られてもリードされても問題がないように、保険を作って優しくゆっくり倒します」

 

「―――強いですわよ」

 

「はは、何を今更。この大会に出ている人、そもそも全員私より強いじゃないですか?

 だから私は、此処にいる誰よりも巧くバドを演出するだけに過ぎません。何時も通りの私の、母さんと姉さんから学んだバドを芹ヶ谷さんにお見せしましょう」

 

「余りヤル気がないように見えますわ。まぁ、貴女の場合は何時も通りなんですけど」

 

「はい、無いですかね。でも、私のメンタルは何時も通り万全です。何も間違えずに勝ちますとも」

 

「相変わらず、コートの外だと嘘が下手ですわね。間違えれば勝てないの勘違いでしょう?」

 

「鋭いですね。勿論、その通りです。でも私、ちゃんと予習して来ましたので、ある程度は間違えても大丈夫なんですよ?

 保険の為に、そもそも前より強くなりましたので」

 

 凡愚だから、私は成長し続けられる。人より強くなるのが遅いから、丁寧に完全無欠の技を一つ一つ身に付ける。天才になる為に妥協は許されず、才能を得る為に時間を惜しまない。最初から自分に絶望しているから、失意したまま強くなれる。

 所詮、相手が天才だろうと赤の他人。自分ではない。

 重要なのは敵の強さでも、巧さでもない。どれだけ真摯にシャトルを打ち合って、どれだけ丁寧に技術と思考を封殺するかだ。

 これは、選手として積み上げた技術の比べ合い。メンタルの強度を計り合って、心を摘んで壊し合う。

 

「だから見ていて下さいね、芹ヶ谷さん。まるで崩れ落ちるジェンガのように、相手を負かせて来ます。凡愚で才能がなくて誰にも強さで勝てない私は、そうしないと試合で自分を証明出来ませんから」

 

「ええ。応援しているわ。私を倒した相手を倒したのですから、せめて優勝くらいはして来なさい。

 ――――羽咲さんも、そのまま倒しなさい」

 

「ありがとうございます。本当に……何時も、芹ヶ谷さん」

 

 後少しで試合が始まる。後一勝で、姉さんを大舞台で倒すチャンスが訪れる。何より、私がこれから戦う相手が有り得ない程に相性が良い。姉さんの天敵とも呼べる選手だけど、逆に私はあの人の天敵と言えるプレイスタイルなのだから。

 ……弱点なんて、あるものか。

 私に、そもそも癖なんて存在しない。

 利き腕も効き足もなくて、才能の力で得意とする分野がない私は、全部を思う儘鍛え上げた。バドの何もかもが苦手な私は、不得意なんて意識に隙間を作ったまま練習する事が許されなかった。頭脳戦と心理戦しか取り柄がなく、不屈であらねば誰にも勝てないのだから、そうやって勝ち続けて巧くなった。

 誰かに勝てるほど強くなれないから、巧くなるしかなかった。

 筋力もなくて、でも少しだけ補う為の細工を肉体に訓練で施した。無茶と無理を通して、神に愛されない肉体で才能を手に入れた。反射神経も、姉さんを真似て巧くなり、鍛え上げた。それでも追い付けない速度は、思考速度を上げて、脳が焼き付く程試合を考えるように訓練して、相手の動作と思考と感覚を予測して、誰よりも早い初動の差で打ち砕く。近くに姉さんがいた私は、この基礎能力を得られた事に歓喜した。

 だから、全くこれで構わない。

 相手に勝つ為に必要な最低限度の強さは、この肉体に覚えさせた。

 後は如何に巧く思考して、この鍛えた肉体を操作するかと言う一点のみ。

 私は何時も通り間違えず、完全無欠の奇跡を演出し、勝率一割もないこの試合で100%の絶対勝利を獲得する。

 

「……―――――――」

 

 ああ、実に良い気分だ。今このコートに立っているプレイヤーは、私と同じく勝者だけ。努力の比べ合いに敗北した弱者は、無慈悲に淘汰されて選別される。敗北者の山を築くことで、私はこの勝利に酔う権利を得ている。

 だからこれは、ただのテストだ。

 今までの自分自身で相手の問い掛けに、ラケットから放たれるシャトルに、この技と心で解答する何時もの作業。

 

「―――ふぅ。はぁ……ふぅー」

 

 深呼吸を数回。それでもう意識は充分覚醒する。後は伊達眼鏡を外して、ラケットを握れば精神構造は完成する。そうやって歩いて辿り着いた会場に入る扉の前で、私はやって来たテスト用紙(対戦相手)を見て、何時も通り微笑もうと心掛ける。

 

「初めまして、先輩。御活躍の程は良く存じてます。私、羽咲と申します。これからの一試合、どうぞ宜しくお願い致します」

 

「ええ、宜しくね。羽咲さん」

 

「はい」

 

 本当は言葉なんて不必要だけど、挨拶は誰にも欠かさずしなくてはならない。そう母さんから教わって、相手に失礼がないようにするのが日本の大会の基本だ。

 なので、これで良い。手短で良い。相手の名前を聞く必要はない。姉さん以外は努力を試す問題集で、一々名前なんて知らなくて問題ない。敵の強さと巧さだけを覚えれば良く、名前なんて問題集のタイトルのようなものに過ぎないのだから。なので、名を言わせる気も無い。私はただ、母さんの娘として、母さんが育てたプレイヤーとしての建前が作れれば、それで良い。

 ……何て思いつつも、姉さんに負けない美人さんだった。

 と言うよりも、前の試合の人も凄い美人さんで、その人にもこの先輩は負けていないようだ。

 それを考えれば会場の観客は、私じゃなくて対戦相手を応援するだろう。多分あっちの方が有名であろうし、会場の空気は私の敵になることだ。自分みたいななんちゃって生真面目系似非文学少女な見た目より、ああ言う清楚美少女ルックスの方が色々と受けが良いのだろう。男と女の両視線で、何故か私は受けが悪い。特に笑ってないと目付きが姉さんよりもかなり悪いチンピラもどきなので、日常生活ではそれを隠す伊達眼鏡をしているのだけど、バドミントンの時は相手を威圧する良い表情のアクセントになると考えている。

 だがしかし、今回の相手はそう言うのは意味がない。

 あちらもあちらで、色々と考えているらしい。扉から会場に入った後は言葉を交わさず、それぞれのコートへと進むのみ。

 

「―――さて、勝つとしますか」

 

 後は流れのままコートに立って、審判の合図を聞いて、シャトルで答えを描くだけ。何故だか分からないが、最近は戦う前に私は自分の勝ちを確信している。だって姉さんや私と違って、この人はまだ発展途上のように見える。強いけど、これからもっと新しい強さを手に入れられる人だ。

 同時に理解しているのは、多分この人―――芹ヶ谷さんと同類だ。メンタルがとても良さそうだ。

 苦しめて良い相手で、敗北させ甲斐のある未来への資金源。絶望させて負けさせれば、とても素晴らしいバドミントンを成長してから試す事が出来そうだ。私の姉さんが少しでもバドを愉しめるように、また大会に参加して良かったと思えるように、こう言う相手は潰した方が有り難い。

 出来れば、その才能溢れる能力を努力して磨いて欲しい。

 この先輩が今よりも強くなれるように、丁寧にその素晴しい才能をラケットで叩き砕こうと、私は楽しそうに感じながら思う。そして、私が砕いた才能が甦り、もっと努力で磨いて素晴しいバドが出来る武器となるように、今から私は相手を何時も通り倒さないと。

 

「ラブオールプレー!」

 

 いけない。考え事をしながら試合に集中し過ぎて、もう試合が始まっていた。思考回路とはまた別に、肉体は肉体で別物みたいに勝手に動き出す。思考するまでもなく練習で刻み込んだ動作を自動的に、完全無欠にシャトルを打つ為に稼動を開始。

 ……さて、相手は思った通りの戦術。

 本当に厭らしい戦略を練って、私を叩き潰しに来たようだ。

 だけど、いけないなぁ……いけないんだ。私を倒したいならさ、それじゃあ駄目なんだ。ほら、シャトルを打ち合っている内に、気が付き始めている筈だ。

 

「3-5!」

 

 思考回路に余裕を保たせ、冷静にさせ、弱点と演出して、相手が組み立てた策を打ち崩す。そして、何度も何度も、相手が考え付いた策を打ち破る。頭が良いから、弱点を突いてくれるから、本当に貴女とのバドミントンは面白い。例えるなら、学校の友達と結果が出たテストの点数を比較する時のような、見せ合うまで勝っているのか負けているのか、テスト用紙を表に捲る直前みたいなドキドキを与えてくれる。

 今回のラリーは、どんな策を用意して打っているのかな?

 私が鍛え上げた母さんのバドを、貴女はどの程度見抜いているのかな?

 どんなシャトルを見て、私が振うラケットから何を感じて、今何を思って思考を灼熱に走らせているのか、とても気になるな?

 ―――素晴らしい。

 貴女はついに、私が訓練で用意した無敗の策を打ち破ってくれる。何百と脳味噌に覚えさせた作戦を見抜いて、貴女は私のバドを理解してくれる。こんなのは天才の姉さんにだって出来ない。貴女は私以上の才能を持ち、私の心を把握しようと蜘蛛の巣を張り巡らせる選手だ。

 本当、死にたくなる……―――楽に、勝ちたい。

 せめて貴女の半分でも才能がある天才なら、血反吐をリアルに吐いて、気絶してコートで眠るような努力をする必要もないのに。でも私みたいな凡愚が、貴女のように煌く天才に勝つ奇跡―――そうだよ、奇跡が必要だ。だけど、起こらない事を奇跡と呼ぶ。ならさ、何処までも泥臭く、足掻いて足掻いて、私は奇跡を演出しないといけない。凡愚であるならば、努力で天才を打倒する奇跡を手に入れる必要がある。

 

「19-19!」

 

 ああ、何も思わず此処まで来てしまった。死ぬ気で戦うのが普通過ぎて、息が出来ないのが当たり前で、自分の体力を減らさず相手の体力を削り取ってしまった。

 ……最近は、何も思わない無の状態になり易い。

 その癖、バドをする思考回路は早く成長し続ける。

 経過する時間を気に出来ない。肉体に溜まった疲労を認識出来ない。

 目の前で私の思考回路に喰らい付く煌く天才が、夢で垣間見る蜃気楼のように感じてしまう。汗だくで苦しそうな表情をしているのは分かるけど、この人の顔を思い出す事が何故か出来ない。こうして苦行のラリーを続けているのに私が戦っているのは、自分が想像して組み立てた脳味噌の中の情報の塊だ。

 

「22-24!」

 

 このゲームは私のもの。点数以外に聞くべき情報はなく、他は全てバドの戦術で思考回路が塗り潰れる。ゲームはマッチポイントの奪い合いにまで長引いたが、貴女は私の心に指先を引っ掛ける事が出来なかった。だけど、そんな事で私は油断しないし、貴女も私のプレイの情報を得て必勝を思い付いていることだ。次の試合で、神に欠片も愛されないこの肉体の機能を見抜き、私より遥かに優れたその肉体で点数を奪い取ることだろう。

 ―――無理だけど。

 でも、貴女だって無理だと分かっている。

 能力任せで無理矢理抉じ開けられないと判断したならば、躊躇わず私の心を壊しに来る。だからさ、私はバドの思考回路を戦型ごと常に切り替えよう。攻撃型と防御型をラリーの中で交換し、思考型とも言える私だけの悪質な罠を仕掛けさせて貰う。派手な技を演出し、ネットとラインを使って奇跡も同時に演出する。

 

「………ぁッ――――!」

 

 そうだよ、そんな顔が見たかった。こんなゲテモノ、今まで貴女は戦った事がなかったでしょう?

 知らない戦術を、この試合だけで見抜けるか如何か―――……あぁ、けれども、貴女は天才だから見抜いてしまうでしょう。無能な私が作った嘘の才能なんて、貴女みたいな天才共からすれば薄汚い贋作に見えるだろう。

 だから、私は――諦めない。

 諦めてしまえば足が止まってしまう。それは駄目だ。熱くならないと、脳も体も稼動しない!

 

「17-21!」

 

 良し、勝った。眼鏡掛けよう。心に蓋をして、早く体を休ませよう。それ以上に、頭痛がして、吐き気がして、思考する度に眩暈がしそうな脳味噌を休ませないと、バド用の思考回路が断絶(ショート)してしまう。

 何も考えず、何も思わず、瞑想を超えて無想で呼吸を続ける。

 そう考え始めた瞬間、私の中身は真っ白に漂白され始めて、思考回路も感情も何もかも全部が空白に塗り潰れて………………………………………… 

 

「羽咲さん」

 

「…………はい。何でしょうか、先輩?」

 

 コートから出た瞬間、敵だった相手が私の隣に立っていた。笑みが似合う女性だったけど、今の私と同じく何もない無表情になっていた。

 

「顔が真っ青で倒れそうだけど、大丈夫?」

 

「大丈夫です。何時ものことですから。心配ご無用ですよ、ちゃんと次の試合にも出られます」

 

「ん~……そう。じゃ、私の名前言ってみて?」

 

 Why(何故)

 

「え、いや、何でですか?」

 

「だから、私の名前を言ってみて。ちょっとした意識の確認だよ」

 

 そう言われてユニフォームのゼッケンに視線を向けたが、何とラケットケースで隠していた。

 

「あー……その、えーと。うん―――田中先輩ですね!」

 

「違います。全く以って全然違います」

 

 糞、何て事だ。自分が倒した相手に試合以外で失礼なことをしてしまった。こんな無様を晒したら、母さんのバドミントンじゃない。私は姉さん以上の技巧を手に入れて、母さんみたいにならないといけないのに、これじゃあ唯の失礼な阿保プレイヤーだ。

 死にたい……もう、死にたい。殺して欲しい。

 対戦相手の名前とかどうせ聞かれないし、話す時はゼッケンや表を見れば良いとか考えていた自分が浅はかだった。

 

「やっぱり貴女、私に一欠片も興味がないのね。対戦中は何を考えているか分かりにくかったけど、バド以外の事は何も考えずに私を倒したってことか」

 

「そ、そんな事は有りません。スポーツマンとして、戦った人には失礼がないように――――」

 

「―――うん。貴女に失礼はなかった……何も無かった。

 ごめんね。会話をしないとどうしても納得できなくてね。

 私は羽咲さんと戦って、あんな風に負けて、何で勝てなかったのか分からなかったから、少し意地悪をしてしまったかな」

 

「そうですか。それで、何か聞きたい事でもあるのでしょうか?」

 

「……もうないかな。後は試合見せて貰えば良いし。だから、次の試合頑張ってね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「それじゃあね。さようなら、羽咲さん」

 

「はい。さようなら……先輩」

 

 去って行く先輩を見送って、ゼッケンを見れば名前が分かるのだが、私は敢えて見る事はしなかった。先程の会話で顔は覚えたから、今度会った時に名前を覚えるようにしよう。そうすれば自分の気分的には初めましてのバドミントン選手じゃなくて、面白そうな人を会話を楽しむ一人の学生として、何かしらの世間話が出来れば喜ばしいと思う。

 だから、後は―――姉さんを倒すだけ。













 タイトル的には、敗北者の山(トーナメント)みたいな感じでルビが振ってあるイメージです。
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