シンドウの最高傑作   作:サイトー

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 タイトル詐欺です。


三話 神藤vs羽咲

 私の姉さんは、羽咲綾乃じゃない。今の姉さんは―――神藤綾乃。

 子供を捨てた母さんの名前を名乗って大会に臨み、まるで母さんみたいに相手選手を蹂躙する。対戦相手の心を根っこから切り倒し、母さんみたいに最強を観客全てに刻み込む。

 強かった。どうしようもなく、姉さんは強過ぎた。

 敵が持つ才能も努力も消すような、圧倒的な熱量をラケットに宿していた。私みたいな似非スポーツマンのゲーマー視点で例えるなら、格ゲー初心者を遠慮なく煽る無限コンボを習得した廃人。ブラボで例えるなら、選別聖杯血晶狂いの地底人。ダクソで例えるなら、アヴェリン持ちの仮面巨人先輩。ハンターで例えるなら、一目でヤバいと分かるゴンさん。機動戦士で例えるなら、時が見えそうで見えないシャアだ。

 そんな風に頷いてしまえる程姉さんの強さは、はっきり言ってその他の選手と比べて余りに卑怯だった。妹の立場として姉さんの試合を見ていると、スポーツ漫画で良く出て来る解説キャラに成りきって、意味も無く独り言で実況したい気分になる。何だろうか、努力不足な奴が相手だと無双系バドミントンの一種に見えてしまう。

 この度の大会でも、その有様は十分以上に示された。

 誰もが置き去りにされる反射神経。それによって許される誰も追随出来ないネット前でのショット、ヘアピン、カウンター。視界から振り切れるワイパーショット。何よりネット前での高速戦だけではなく、離れていようとも彼女にはクロスファイアと言う左利きに許された武器がある。まぁ、姉さん以上のクロスファイアを打つ人もいるが。私と同じくパワー不足でスマッシュはトップクラスに届かないのだが、スピードで敵を圧倒して素早く倒す人だ。

 問答無用でコートを支配して蹂躙する。

 正しく―――神藤。

 出来そこないの私では名乗る資格は全く無いが、姉さんなら十分その権利がある。羽咲織乃では絶対に届かない天才の領域に行ける羽咲綾乃だけが、母さんが育てた作品の中で神藤を名乗っても良いと思う。

 なのに―――

 

「―――――――――――――――――ぁ?」

 

 ―――有り得ない。

 どうしてなの。何で、どうしてどうしてどうしてどうして、何故何故何故何故何故!!!

 

「―――勝ち。勝ち、不戦勝。

 わた、私が、こんな、無価値に勝って……!!」

 

 姉さん。姉さん……いや、羽咲綾乃!

 捨てたのか、棄てたのか、ステタノカ。あの姉さんが逃げる訳ない。だからきっと、母さんみたいに、私をバドミントンごと捨てたんだ、捨てたんだ、捨てたんだ!?

 ―――意味が分からない。私は何も分からないよ、母さん。

 私のこれは、こんな下らない優勝トロフィーは……あれ、これって現実なの。母さん、母さん。母さん……姉さんが、私の姉さんが、私を捨て、捨てて、捨ててぇ!

 

「糞。クソ、この、こ、こ……この―――裏切り者!!」

 

 伊達眼鏡を両手で握り潰して、握ったままの右手で壁を何度も殴った。壊れた眼鏡を床に投げ棄て、足で踏み潰した。

 踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。足で踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。足で踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰した。踏み潰し――――

 

「―――羽咲織乃さん」

 

「……誰」

 

 気分が悪い。ここは更衣室で、優勝のトロフィーを貰った後で、もう着替え終わっていて、誰もいない筈なのに、誰かが私の八つ当たりを見ていやがった。

 ああ、正気はもう保てない。

 糞、糞、気分が悪い。同時に、胸糞悪くて死にたくなる。

 誰か、私を誰でも良いから、本当に殺して欲しい気分になる。

 でももはや如何でも良い。まず家に帰って、姉妹で戦うことになる筈だった優勝決勝戦を逃げたあの弱虫を、卑怯者を、堕落した姉さんを問い正さないといけない。教えないなら強引に聞き出さないといけない。

 約束していたのに―――この大会で、どっちが勝つか、ちゃんと決めていたのに。

 だから私は、詐欺のような薄汚い技も使って格上の天才も、怪物も、魔物も、無才の身で打倒したっていうのに。姉さんを大舞台で倒す程の技と心も準備したっていうのに!?

 

「貴女が倒した志波姫だよ」

 

「ああ……―――あぁ、貴女か」

 

「ふぅん。そっちが本当の喋り方みたいね」

 

「だから何。見ての通りこっちは荒れていてさぁ……何て言うの、そっちが空気読めないんだから、無礼を詫びる気はない」

 

「良いわ。それより、血が出てるよ」

 

 右手が確かに、べっとりと血塗れになっていた。伊達眼鏡を握り潰した時、破片で皮膚が深く切り裂かれ、その部分に爪が抉り込んでいたのだろう。左の掌も爪が喰い込んで血が流れて―――でも、全く痛いと思えていない。

 ……糞が。破片が肉に食い込んでる。

 でも何ら問題はない。ちゃんと取り除けば、ラケットを握っても痛いだけ。次の日から始めるバドの練習には何も問題は―――……ない、けど。一体、私はこれから、何を倒す為に、誰を超える為に、バドを続けるんだ。母さんを作れなかった塵屑以下の凡愚駄作が、たかだか姉さん以外の雑魚を、凡愚の私を倒せない程度の有象無象を蹴散らして優勝した程度で、こんなので私は何を得たんだろうか?

 

「……問題ない。別に、明日からも直ぐバドの練習できる。問題ない、問題ない、問題ない……」

 

 ハンカチでまず血を拭いて……いや、もう面倒臭い。病院に行くのも面倒だから、破片だけは取ってしまえば良い。手の平の肉が抉れてしまうが無理矢理、傷口を広げる様に―――ああ、痛いな。とても痛いなぁ……本当、私は何でこんな痛い目に合っているんだろうか?

 

「ちょっと!」

 

「……痛いんだけど」

 

 手首を掴んで来た五月蠅い女を睨む。何だんだ、こいつ?

 

「それ、どうする気だったの?」

 

「どうするって、別に何も。取らないと体の中に残るし。ああ、だからさ、危ないから取らないと」

 

「良いから! 本当、貴女ちょっと錯乱してるでしょ!?」

 

 錯乱とは失礼な。至って生真面目に現状が見えて、見え……見え――――あー駄目だ、凄く錯乱してる。思考が纏まらない。何をしたいんだか分からない上に、何を考えているのかも分からない。

 

「あー―――……うん。申し訳ない」

 

 この人、何か良い人っぽい。私みたいな糞面倒な女、普通は見て見ぬふりするのが賢いだろうに、御節介を焼こうとしてるのが見て取れる。絶対に私だったら更衣室で独り言を呟いて、眼鏡を無表情で踏みながら、握り締める手から血を流す女になんて何が何でも関わらない。

 ……あ、糞が。こいつの所為で冷静になってしまった。

 怒りが消えたからか、何か凄く悲しくなってきた。勢いの儘、憎悪を発散出来ない。気が付くともう自然に涙が流れてるし、冷静になってるから人前で泣くのが恥ずかしくて、更に涙が流れ出そうなんだけど。

 あ、これ駄目。もう駄目。

 手が痛い上に眼鏡の破片の所為で神経が刺激されて腕が震えてるのに、その所為で更に破片が震えて傷口が痛い。しかもあの伊達眼鏡、目付き悪いの中和したいって父さんに頼んで買って貰った大事な誕生日プレゼントだったのに、恨み辛みのまま砕いてしまった。何で、そんなに姉さんに憎悪して、父さんの眼鏡を割ってしまったんだ。

 馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。死ね、ホントもう私死ね。母さんに殺されてしまえ、姉さんに失望されて自殺してしまえ。

 

「あ、うん。申し訳ないんで、私もう帰るがら。本当、ずみまぜんでしだ。も”うホンド、す、すずみまぜん”……でじだ」

 

 何やってんだろうか。あー、本当に何やってんだろう。私は一体、今まで何やって来たんだか。バドミントン、母さんが消えても死ぬ気で命削って努力してきたの、姉さんと一緒だったから頑張れただけなのに。姉さんが好きだから始めて、けど今はもう自分の為にやってるし、自分の将来を考えて母さんの理想を夢にしたけど……けどさ?

 あぁ―――駄目だなぁ……私、本当に駄目な女だな。

 芹ヶ谷さんだったら、こんな程度の出来事笑って終わりで、どうせ数年経てば唯の笑い話になるっていうのに、そうしてしまえば良いって分かってんのに―――何で、こんな痛いんだろう?

 

「はいはい。良いから、ちょっと付いて来なさい」

 

 何なんだろうか、この人は。何で私みたいな気持ち悪くて目付きが悪い糞女を、問答無用で試合で痛めつけてきた敵を、こんな風にしてくれるんだ。あー、人に抱き締められたのって何時以来だっけ。

 そう言えば、人の体温って安心するって事、今までずっと忘れてた。

 バドが巧くなった時、母さんから抱き締められた事を思い出してしまった。

 吃驚して思わず両手で押し退けようとして、自分の両手が血塗れなのを思い出して、もう今はこれで良いと思う。

 

「あ”-、はい”ぃ」

 

 もう良いや。甘えてしまおう。どうせ他県の人だし、会うこともないし、こんな醜態を見せてもそこまで羞恥心は―――駄目だ。凄く湧く。けど、知人に見られるよりかはまだマシだ。そう思うしかない。ここは泣き疲れて頭が馬鹿になった十代の女子中学生を演じ切るしか―――ない!

 

「おほほほほ、ほほほほ―――へぇ……可愛いですわねぇ。

 へぇへぇへぇ、人に何の関心も向けないプチサイコの織乃さんが、へぇぇぇええええ?」

 

 糞が、やっちまった!

 

「あら、確か貴女は芹ヶ谷薫子さん?」

 

「そう言う貴女は志波姫唯華ですわね?」

 

 ヤバい。なんてことだ、芹ヶ谷さんに見知らぬ女に抱き付いているのを見られた。しかも泣いてる状態で、こんな糞無様で情けない姿でだ……死にたい。人生で、ここまで死にたくなった事はない。

 あれ、もしかしたらもう私はとっくに死んでいて、これは夢なのかも。あー、本気でもう脳味噌が駄目になってきている。冷たくしてる筈の無感情が、どんどん熱を発して理性を溶かして、自分で自分が幼児退行しているのが分かる。

 糞。だったらこう、本気で理性が消えて思考回路がショートして欲しい。羞恥心も一緒に消えて無くなって欲しい。と言うより、感情がめっちゃ幼児退行してるのに思考は変わらない自分が恐ろしい。もしかしたら、私って幼児の頃からこんな風に可愛気がない奴だったんだろうか。

 

「…………ッ――」

 

 隙有り。二人の会話と見せ掛けた睨み合いは見逃せない。憤怒と憎悪で濁っていた意識は晴れて来たので、ここは冷静に行動しなくてはならない。志波姫先輩の母さんホールドからも抜け出たので、まずは私の泣顔公開処刑場から脱出しなくてはならない。また姉さんの事を深刻に考えて負の感情が湧いてくる前に冷静さを維持しなければ、面倒な心的外傷(トラウマ)が今日だけで自分の過去に二つも刻まれてしまう。

 ……もう遅いかもしれないけど。絶対、人生が続く限り芹ヶ谷さんから揶揄されるネタにされる。

 

「あらぁ……あらあら!

 何処に行こうというのかしら、芋咲さん。そんな血塗れな手ですと、他の人に迷惑だってお分かりにならないの?」

 

「へぇ……―――ふふふ。

 貴女もしかして、この志波姫のハグから逃れられる何て思っていたの?」

 

「―――ヒィ」

 

 何だと言うのだ、如何すればいいんだ。なんで私はロズウェルの宇宙人みたいに腕を拘束され、足を引き摺られながら持ち運ばれているんだろうか……あ、ヤバい。更衣室から出された。この更衣室は公開処刑場だったけど、二人はそれだけじゃ飽き足らず、私を市中引き回しの刑に処するみたい。

 

「あ、あ”あの、あのざ。ねぇ、ぞのふだりとも”……」

 

「今は黙ってなさい。私だって羽咲さんに思う所はありますけど、貴女を見ていれば冷静になりましたので」

 

「羽咲さん? うん? でも羽咲さんって、この宇宙人ッ子のことでしょ? でもニュアンス的に違いみたいだけど、芹ヶ谷さんは誰の事を言ってるのかな?」

 

 宇宙人っ子!?

 

「あー、はいはい。そうでしたわね、本当に面倒臭くて、説明がややこしい人ですから、あの羽咲さんは。

 まぁ……その、アレですわ。簡単に言いますと、この芋娘の姉のことでしてね」

 

 芋娘!?

 

「姉……姉? でも、トーナメント表に羽咲の名前はこの宇宙人ッ子だけだったよ?」

 

 もう宇宙人で良いです……

 

「それはですね、この自虐大好き芋娘の姉の残虐超人が、違う姓で登録したからですわ」

 

「あーそういう……ふぅん、家庭の事情ね。私ったら、少し無神経だったかな」

 

「家庭の事情もありますけど、そこまで深刻ではないちょっとした家出かしら。と言うよりも世間で言う所の、仕事上の単身赴任みたいなものでしかありません。私から見たらですけど。

 羽咲さんは多分、唯単に拗らせているだけですわ。情けない」

 

 芹ヶ谷さん、何好き勝手言ってるのかな?

 

「成る程ね。部外者の私が口出しするのは、確かにこれ、不躾よね」

 

 私、こう見えても傷心中の思春期女子で、この世で最も面倒臭い生き物の筈なんだけどな。こんな暴言吐かれると暴れ出すって思わないのかな?

 ……思わないんだろうなぁ。

 そんなに私って分かり易い性格しているんだろうかぁ……してるんだろうな。

 でも、志波姫さんは私以上に絶対腹黒だから見抜かれてそうだし、芹ヶ谷さんはそもそもブレない鋼鉄淑女だし。

 何て事だ。もしかして、本当にもう逃げられないのかも?

 あ! ほらぁ、通り掛かった人にギョッとした顔を向けられたじゃん!

 いい加減離しやがれ、馬鹿力どもめ―――おい、何で二人とも腕が動かないよう、間接キめてやがる!

 

「あら、暴れ出しましたわ。でも、口では反撃してきませんわね。変な芋咲さん」

 

「多分だけど、まだ泣き声なんだと思うよ。この宇宙人さん、かなり意地っ張りみたいだし、他の人に聞かれるのが嫌なんじゃない?」

 

「へぇ、へぇへぇへぇ―――もっと聞きたいですわ」

 

「―――――」

 

 良し、死のう……

 此処から先は記憶に残らない様、無心の境地で呼吸しよう。

 

 

◇◇◇

 

 

 救護班の人から、凄く凄く、死ぬほど怒られた。こんなに怒られたのは幼稚園の頃、勝手に庭で冷蔵庫の中身をBBQした時以来だ。姉さんがおやつに肉食べたいとか急に言い出したから、じゃあ父さんが家族サービスの為に買ったけど物置に結局死蔵したキャンプグッツで肉フィーバーして、風向きが悪くて和室をスモークして畳を燻製風味にしてしまった時位かもしれない。

 

「貴女、志波姫先輩には感謝しなさいな」

 

「……はい」

 

「手、ちゃんと後で病院行くのですよ」

 

「……はい」

 

「羽咲さんとしっかり話し合うのですよ」

 

「……………………へ」

 

「ああ、本当にもう……面倒ですわね。滅多に怒らない癖して、いざキレると誰よりもウザったらしいほど拗ねるのですから。

 でも私、助けません。何が原因で棄権したのか分かりませんけど、私も今会ったら貴女以上に羽咲さんを追い詰めてしまうでしょうし」

 

「うん、そうですね。それが良いと思います」

 

 でも、確かに今はそれが良い。バド馬鹿で姉さんも私もちゃんと理解してくれる芹ヶ谷さんにとって、助けない事が助ける事に繋がると考えるなら、多分その方が良いのだろう。

 けれども、冷静に考えれば、何があって姉さんは棄権したんだろう?

 私に黙って棄権するだなんて有り得ないと思うけど、そんな有り得ない事が起きてしまった。こんな大きな大会を欠場するとなんて、母さんに自分を証明したいと頑張っていた姉さんがする訳がない筈。決勝戦まで一気に突き進んで、もう一人の母さんの作品である私を倒さないと、姉さんの渇望は永遠に届かない。それこそ母さんに自分の強さを示す大事な決戦で、文字通り今までを削り合う死闘を演じる為の大舞台に丁度良かったのに。

 まさか……―――折れた?

 いや、それが一番有り得ないし、有り得ちゃいけないことだ。

 姉さんのメンタルは私がちゃんと管理していたもの。母さんが必要だと思ったから捨てたのに、それで心が摩耗してバドが出来なくなるなんて本末転倒だ。母さんは姉さんがこの憎悪と怨念と、ぽっかり空いた心の孔に積み重なる復讐心の澱に耐えられると判断したから、私達の家を出てずっとバドミントンを続けている筈なんだ。そうじゃないと、姉さんが耐えられないと、母さんがバドで間違えた事になる。

 ―――それが一番、あっちゃいけない。

 姉さんは私が倒すまで母さんの最高傑作でないといけない。

 例え私が倒したとしても、更に強くなり続けて、私を倒してまた最強にならないといけない。

 でないと姉さんが“シンドウ”の最高傑作に届かない。羽咲綾乃が、神藤綾乃(シンドウ)になることが出来なくなってしまう。

 

「私はここまでですわ。良いですか、寄り道は駄目ですわ。しっかり家まで一直線に帰るのですよ、織乃さん」

 

 駅からバスに乗り、またバス停から下りて暫く歩いた交差点。芹ヶ谷さんとはここまでだ。

 

「分かっていますよ。芹ヶ谷さんは私の母さんですか?」

 

「はぁ……ったく。考え事に集中して上の空なのですから、人格歪んでいる私だって心配の一つくらいしますわ」

 

「……そうですかね?」

 

「そうですわ!」

 

 包帯でぐるぐる巻きになった両手を見て、確かに芹ヶ谷さんが私を心配するのを否定はしない。しかし、こんなのは自業自得の怪我に過ぎない。精神が不安定になって世間一般で言う病んでる女に傾いていただけで……あ、確かにこんな状態に友人がなっていれば、心配になるのは当然か。

 糞だな。本当、私は糞女だ。人に心配かけるなんて、本当に母さんの娘なのか。情けない―――って、駄目だ。かなりナーバスになってて、心の中での自虐が止まらない。少し考え事しただけで感情が暴走してしまう。こんな風に自分の精神構造が壊れるのは人生で初めてだ。

 

「やっぱり貴女、駄目そうですわ。羽咲さんと話し合うのは明日にしなさい。まず寝て、それから冷静になりなさい。

 ―――良いですわね!?」

 

「はい。大丈夫ですよ、何も問題ないです」

 

「本当ですの?」

 

「本当です」

 

「ゴリラの学名は?」

 

「ゴリラ・ゴリラ・ゴリラです」

 

「便座に座った悪魔の名前は?」

 

「ベルフェゴールです。一般常識でしょう」

 

「まぁ、良いでしょう。上の空ではなくなったみたいですし」

 

 うん。その質問で正気を確認する辺り、芹ヶ谷さんが私の事をどう思っているのかは良く分かった。けれども、うんうんと何度も頷く芹ヶ谷さんを見ていると、何だか如何でも良くなった。

 

「じゃあ、また今度バドミントンを楽しみましょう。さようなら、芋咲さん」

 

「はい。では、さようなら。また今度ですね、去り際香る子ちゃん」

 

「アナタ!?」

 

「夜の町では静かにですよ、芹ヶ谷さん」

 

「……クゥ。可愛くないですわね!」

 

 でも、すみません。芹ヶ谷さん。今は早く、少しでも早く―――姉さんに会わないと。











 序章もそろそろ終盤に入りました。
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