シンドウの最高傑作   作:サイトー

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 今回はタイトル詐欺ではありません。こんな感じにほのぼの要素多めです。


四話 タコタコ肉まんMAX

 いなかった。姉さんは家に帰って来ていない。

 芹ヶ谷さんと別れた後、色々考えながら家に帰った。でも爺さんと婆さんは姉さんが帰って来たけど、また直ぐ出て行ったと言われて、仕事で忙しい父さんが居間に戻って来る時間になっても、姉さんは家に帰って来なかった。

 だから私は、自然と全部分かってしまった。結局のところ、皮肉なことに双子の妹である私よりも、多分芹ヶ谷さんの方が姉さんを理解していた。母さんよりもバドミントン選手として、芹ヶ谷さんの方が姉さんを理解していた。母親として、姉妹として、何て言う家族の立場よりも勝っていた。あの人は姉さんの宿敵で、怨敵で、姉さんが母さんの次に憎んでいる相手で、隠しているけど私と同じ位信頼しているバド仲間の方が、羽咲綾乃の心を悟っていた。

 ……なんて、無様。

 笑い話にもなりはしない。

 まさか私が最初から間違えていたなんて。ここまで下らないバドミントンで、母さんのバドを壊し続けていたなんて。そんな道化を、死ぬ気で毎日続けていたなんて。

 私はバドミントンをする以前の問題だ。

 一体何の為に、何を理由に、この半生を燃やし続けていたというんだろう。

 

「………………はぁ」

 

 溜め息を吐いて、でも何も気持ちは晴れない。藤沢さんと三浦さんにも居場所を聞こうとしたけど、それも止めた。まずは私が姉さんと最初に話がしたい。

 だから玄関から黙って出て行こうとしたけど、やっぱり私がしようとする事はお見通しみたいだ。

 

「織乃。行くんだね?」 

 

「うん。父さん……爺さんと婆さんには、私も姉さんも心配ないって言っておいて」

 

「僕に出来る事はあるかい?」

 

「あー……うん。あるけど、良いです。私がしたいから。ちゃんと深夜になる前に帰って来ます。それに私の携帯にはGPSもあるから、父さんには悪いですけど……」

 

 そんな便利な機能あるのに、何で姉さんは携帯持たずに家を飛び出てしまうのか。

 

「良いよ、いってらっしゃい。優勝して疲れているんだろうから、気を付けて」

 

「はい、父さん……いってきます」

 

 父さんは、何時も父さんだ。本当に、娘にも……―――母さんにも甘い。優しいけど、皆を甘やかし過ぎる。確かに私は優等生だけれども、姉さんも見た目だけは非行に一切走らないけど……まぁ、それは良いか。悪いことや、危ないことをすれば、今も子供だけど、もっと子供な頃は凄く怒られていた。

 多分、私や姉さんが、それなりに怒られない程度には成長したってことだろう。

 

「織乃!」

 

 家から飛び出そうとした私を大声で父さんが止めた。何なんだろうか?

 

「へ、な……何ですか?」

 

「これ、使いなさい。偶には親の金を、夜に遠慮なく使って見ると面白いよ」

 

 理由はよく分からないけど、父さんは何故か私に五千円札をくれた。これ、今夜使っても良いんだろうか?

 ……多分、良いんだと思う。大会から何も食べてない姉さんは凄く空腹だろうから、もし見付けられたら何かこれで食べさせて上げよう。

 

「うん、父さん。ありがとうございます……」

 

「じゃあね……あ、家の鍵はまだちゃんと持ってるよね?」

 

「あの、持ってるから、その私……」

 

「……ああ、ごめんごめん。綾乃を頼むよ」

 

「はい。いってきます」

 

「いってらっしゃい、織乃。それと似合ってた眼鏡なくしたみたいだから、今度一緒に買いに行こう」

 

「うん、父さん」

 

 それを聞いて家を出る。やっぱり父さんは優し過ぎて、本当に甘い。親馬鹿じゃないけど、放任主義なようでいて、娘にバレない程度に過保護な人だ。

 本当、母さんは馬鹿だ。マジで馬鹿だ。私とっても激オコです。

 ランニングの訓練として道路を軽く走りながら、町で姉さんが居そうな場所を探しながら、私は母さんを何度も心の中で罵倒する。あの人はこれでもかって言う位、完璧超人のバド選手だけど、コーチとして天才だけど、女としては全く尊敬出来ない駄目人間だ。

 あんな母さんと真摯に結婚出来るのは、もう本当父さんくらいしかいないって言うのに、母さんは何で娘も捨てて、父さんも置き去りにしてしまうのか?

 よし、今度会ったら父さんが居間で酒を飲みながら眠っちゃって、寝言で母さんの名前を呼んで泣いてたって嘘吐いてやろう。どうせ私や姉さんがバドについて、ああだこうだ言うよりも、絶対にその方がメンタルにダメージが入るに違いない。

 私は、人の心を傷付ける天才だもの。

 母さんにだって、姉さんと同じトラウマ級のクリティカルを与えてやる。

 

「……ああ。もしかして、もしかするかな」

 

 蛸坊主の場所かもって、母さんの事を考えていたら思い出した。多分姉さんあの公園で黄昏続けて、そのまま夜になっても居座り続けそうだ。姉さん少し頭の中があれだから、ずっと遊具の中に引き籠ってそうだ。直感だけど、多分大当たりな気がする。カラオケや漫画喫茶にでもいたら探しようもないし、最後の候補で此処に賭けよう。それでもいなくて、まだ家にも帰っていなければ、父さんに連絡するしかない。

 となれば、今の私がすべきことは唯一つ。

 

「いらぁしゃませ~~」

 

 軽快な電子音と一緒に、やる気がごっそり抜けた店員の挨拶が耳に入った。この時間帯でもまだ残ってれば良いなって思いつつレジ前まで行くと、まだかなり残っていた。蒸している最中でもないので、購入に問題は何もないだろう。

 ふむ。後はあれだな、多分結構な脱水症状にもなってると思う。ついでに自分も汗をそれなりに出している。

 

「……はぁ、ロックマンダッシュ3欲しい」

 

 ランニングをしていたからか、好きなフリーランニングゲームを思い出してしまう。私は何時になったら、デコイを救うためエデンに取り残されたロックを助けに行けるのだろうか。気が抜けた所為で絶望の余り考えないようにしていた欲望が口から出たが、意識しない様にする。それに私以外の客は周りにいないので、独り言が聞かれる心配はない筈。

 何て事を考える内に、コンビニの奥にある冷蔵コーナーに到達。姉さんには無難にこのスポーツ飲料で良いだろう。何種類かあるけど、肉まんを考えるともう一つくらい炭酸系も有ると良いかもしれない。私は勿論、この激甘缶コーヒーのマックス様を選ぶ。イチゴミルクやコーヒー牛乳も捨てがたいが、夜の公園で飲むならば缶コーヒーの方が雰囲気に浸れることだろう。

 単純な嗜好の問題で普段食べる朝昼晩の三食以外の間食だと、私はどうも刺激を求める性質みたいだ。あるいは、辛い食べ物なら辛いほど脳味噌が刺激されてテンションが高くなってしまう体質だ。

 

「すみません」

 

 まぁ、買う物は決めた。後は店員に金をぱっと払って公園に向かおう。

 

「あ、は~い。お客様、お会計で宜しいですね?」

 

「はい。後、すみません。そこの中華まんコーナーにあるもの―――全部、下さい」

 

 ふふ。わかってるよ、父さん。この五千円は肉まんに使わせて頂きます。

 

「わかりあしたぁ……ん? え、お客様、すみませんがもう一度お願い出来ますか?」

 

「蒸し器にある中華まん、全部です」

 

「その……全部ですか。普通の肉まんだけではなくて、ピサまんとか、あんまんとか、カレーまんもですか?」

 

「はい。全種類、全部です」

 

 イラッとしたんで、つい睨んでしまった。あ、そう言えば、今は伊達眼鏡してないんだった。私は姉さんと比べると目付きが悪いから、ちょっと目を細めるだけで、心底怒っているように見えるらしい。

 

「わ、わかしましたぁ……」

 

 噛んでるし、私がそんなに恐いか。甚だ納得出来ないが、私は化け物を見る目を向けられた。失礼な、平均五個以上平気で食べる姉が悪いのだ。私は何も悪くない。悪いのはホエホエフリークで、全自動肉まん吸引機の姉さんである。でも今日は腹が空いてるだろうし、こっちも有る程度は拗ねさせないで機嫌を取りたいから、こうして多めに買っているだけ。本当は滅茶苦茶怒っているけど、怒ってないアピールをした方が話を聞き易いと思っただけ。

 本当に本当に、私は自分が姉の所為で嫌な目に遭った時ならば、姉さんに甘いだけの駄目妹じゃないのだ。

 

「……あ、あ、ありがとうございまっしたぁ」

 

 私って、そんなに怖い顔していたんだろうか。店員の人から、今度はチンピラを見る目で見送られた。睨んでしまったのはとても失礼だったけど、でも私の方が死にたい。父さんの眼鏡がないとお外出たくない。早く眼鏡欲しい。エンジェル伝説の主人公みたいなことにはなりたくない。彼と違って私の心はドドメ色だけど。

 でもやっと肉まんと飲み物買って準備万端。コンビニは立ち読みさえしなければ、用事が素早く終わって何時も便利だ。雑誌の誘惑さえなければ、本当に。

 

「はぁ……あー、はぁぁああ」

 

 でも、本当は会いたくないんだよなぁ。姉さん、機嫌悪い時、本気で怖いから嫌なんだよな。ああ、絶対私にも当たってくる。トゲトゲしていて、あそこまでキレた女子中学生とか滅多にいない。あんな所まで母さんに似る必要なんてないのに、機嫌悪い時の姉さんは母さんそっくりで本当に話したくない。こういう役目は父さんや、爺さん婆さんに擦り付けて知らんぷりしたいけど、やっぱり二人だけの双子の姉妹だから、バド関連は私がしないと駄目だろう。

 母さんが居なくなってしまったんだから、私がちゃんとやらないと。と言うか、こう言うのは母親がすることだと思う……って、そもそも思春期で気難しい姉さんを更に拗らせたのは母さんが原因だった。畜生、結局八方塞がりだ。マジで母さん許すまじ。

 糞。何か考え事していると、過去の出来事を思い出してしまう。

 こう言う厄介事、そう思えば基本的に私が解決していたような気がしてしまう。

 はぁ、本当にもう内の両親、子育てちょっと下手くそだよなぁ…‥いや、良いけど。どうせ双子の妹だし、困ってたら面倒見るけど。それとも私達姉妹が、バド以外だと甘え方が下手だったんだろうか。確かにそう考えると私なんて特に、良い子だったけど面白くない子供だったのかもしれない。

 ……いや別に、面倒事を起こす普通の糞餓鬼だったか。

 普段はスポーツマンとして良い子であろうとしてたけど、ぶっちゃけ私って結構タガが外れ易い人格だもの。

 

「はぁ……すー、ふぅ……」

 

 溜め息が止まらないまま道路を歩いて、ついに蛸坊主の公園に到達してしまった。ここからは心を引き締め、対姉さん用理論武装を脳内に準備し、姉さんの葛藤を問い殺す勢いで説得する必要がある。

 

「…………あー」

 

 姿は遊具に隠れて分からなかったけど、人の気配はしていた。呼吸音とか、物と物が擦れる音とか、色々な要素を感覚で一纏めにして、全ての情報を塊にして理解する事を私は直感とか第六感と呼ぶのだと思う。バドの時も初速400kmを超える新幹線よりも早いシャトルを何故か、空気を切り裂く軌道に乗る前に何故か、私が可能とする動体視力を超えた何かが捕える事で、初動の時点で全てを把握する言語化不可能な超感覚。人間ならば誰で持つまだ科学で今一解明されない脳の機能が、多分スポーツで言う所のセンスと呼ばれる力なのかもしれない。

 まぁ、これはバドとは余り関係はない。暗闇で人がいると雰囲気何となくで察せられるアレと同じもの。夜になって冷えてくれば、人間程度の感覚でも熱源をある程度は空気を媒体に伝達される。

 

「―――――――」

 

 公園の中を進んで、蛸坊主の滑り台に近付いた。で、姉さんは其処に居た。見付けはした。でも、一切身動きしていない。滑り台で体育座りをして、顔を膝で隠している。何と言うか、実にあからさまに傷心している格好だ。

 ……母さんが消えてしまった日も、姉さんはこんな感じで心が死んでいたのを思い出した。全く、あの日は飯を食べさせるのも苦労した。

 

「……―――――」

 

 うーん、無反応。寝てはいないようだが、ずっと無心状態か。もう少し接近して、私は姉さんを攻撃する。本能に結構忠実な人だから、これでメンタルにダメージを与えて関心を寄せる。風上から近付くだけで拷問にも等しい欲望が今、姉さんを襲っているのだから。

 なのに、可笑しい……有り得ない。

 私は確かに姉さんがいる遊具の風上にいる筈。なのに、無反応だと。今私はコンビニの中華まんで完全武装し、食欲をそそる素晴しい匂いが空腹の姉さんを猛攻している筈なのに、そのままずっと無反応なままだった。姉さんを探して走って小腹が空いた私だってこの匂いは耐え難いと言うのに、あの肉まん大好きっ子が我慢し続けるなんて……本当、かなりヤバいみたい。

 とは言え、私がすべきことは変わらない。何通りか姉さんの状態は予想してはいたので、そのまま準備した策で対応する。

 

「ふぅ……ふぅ……んー、相変わらず美味いですね。コンビニの肉まんは良いおやつになります」

 

「………………」

 

 結局、何時も通りに意地の張り合い。黙っている姉さんに近付き、私は肉まん諸々が詰まった袋を見せつつ、適当に取った中華まんの一つに齧り付いた。それでも無反応なので、姉さんの精神の重傷具合を把握。

 

「ふぅふぅ……はむ、あむ。

 ふふ。外で食べる肉まんは良い物です」

 

 なので、次の段階に行動開始。見せ付けるように食べながら台詞を喋り、そのまま隣に座った。なるべく近くで、私の体温を感じられるように、肩と肩が触れ合うようにして私は姉さんに寄り添った。

 

「…………っ―――」

 

 流石に苛立ったのか、姉さんは少しだけ伏せていた顔を上げる。何と言うか、目付きが悪い私が言うのもあれだけど、こう言う時の姉さんは本当に怖い。怒った時の母さんそっくりで、もう本当に容赦がない。尤も母さんが消えて以来、そこまで珍しい表情じゃないので、もう慣れてしまったけど。

 でも、此方を見たのは良い変化だ。そのまま肉まんを食べながら姉さんを見続け、咀嚼して肉汁と一緒に飲み込んだ。その後、見せ付けるように中華まんを適当に一つ手に持って、その状態で姉さんと視線を合わせる。

 ……あ、更に目が死んでる。

 この状態だと、髪型を一緒にすれば私と姉さんの見分けはつかないことだ。

 

「そんな死んだ魚の目で睨まれても知りません。私を無視する姉さんなんてこうです」

 

「ほがぁ!」

 

 自分が肉まんを食べると見せ掛け、初動から最速の一撃を放つ。予備動作が存在しない一撃を至近距離から受ければ、優れた動体視力と反射神経を持つ姉さんだろうと反応は出来ない。

 

「―――アツっ! ちょ、織乃熱いんだけど!?」

 

「五月蠅いですね。熱いなら食べれば良いんですよ、食べれば」

 

 そのまま口元に肉まんを押し当て続ける。顔を叛けようとしても無駄だ。首の動きを予測して、それに合わせて肉まんも移動させ続ける。

 

「……む。あむ」

 

「ふふん。素直なのは良いことですよ、姉さん」

 

 攻防の末、姉さんに肉まんを食べさせる事に成功。死んだ魚の眼をしたハムスターみたいに咥え、直ぐに呆れたような仕草で片手で肉まんを持った。どうやら落ち込んではいるものの、会話をする程度の気力は湧いて来たようだ。

 うーむ、空腹を満たせば心を開くかもと強引に好物の肉まんを食べさせたが、効果は想像通りで正解だった。母さんが拗ねた姉さんの機嫌を直させるなら、肉まん食べさせれば気を逸らせて楽ちんって呟いていたけど、本当にそうなので扱い易い。

 後はこう言う時、こっちが馬鹿をして鬱に入ってる精神を紛らわせると会話がし易い。やり過ぎると逆効果だけど、双子なので別段問題はない。

 

「……はぁ。もう良いよ、織乃。取り敢えず、肉まんありがと。でもさ、これはどうかって思うよ。貴女はもう本当、姉を姉とも思わない生意気な妹だったもの……ん?」

 

「ん、どうかしまたしか?」

 

「いや、包帯してるその手どうしたの?

 そんな怪我してなかったでしょ。それに何時も愛用してる眼鏡もしてないし」

 

 他人に鈍い姉さんでも流石にこの変化には気が付くか。素直に白状してもいいけど、今はまだその段階ではない。何より姉さんが試合をバックれたから発狂して自傷した上に眼鏡を壊しました何て、冷静になった今だとそもそも言うのが普通に恥ずかしい。

 とのことで、此処は無難な解答で凌ぐのが正解。

 

「まぁ、その……芹ヶ谷さんが変質者に襲われたのを助けて、その余波でついやってしまいました」

 

「え! ちょっ、それ大丈夫だったの!?」

 

「大丈夫でしたよ。芹ヶ谷さんの貞操は死守しましたので……―――ク。しかし、数発耐えて強かったです。でも所詮、男はケダモノです」

 

 すまない。芹ヶ谷さん、本当にすまない。多分今、姉さんの頭の中だと貴女はあられもない姿に剥かれてそうだけど、私は気にしないから芹ヶ谷さんも気にしないで欲しい。

 ……よし、この会話はなかったことにしよう。

 ちゃんと話の流れも逸らせたし、芹ヶ谷さん(脳内裸)は尊い犠牲になって貰う。

 

「そっちも大事だけど、織乃が過剰防衛で少年院とか……殺してないよね、内臓破裂で殴殺にしてないよね?

 ああもう、本当に大丈夫なんだよね!?」

 

「まぁ嘘ですし」

 

「嘘なの織乃!」

 

 あの芹ヶ谷さんがそもそも変質者に後れを取る訳がない。男の急所をブラボの狩人様みたいに、背後から一切躊躇せず内臓攻撃する鋼のメンタル大魔王だ。前から攻撃されても、多分パリィ&金的を華麗に決めて立ち去る事だろう。

 やるならば、体にも心にも後遺症が深く残るようにするのが芹ヶ谷さんだ。それはもう見た目通り男受けしてモテる癖に、自分の身は自分の手で守る実践派の凄く怖い女である。

 

「ええ。眼鏡は忘れただけで、手の怪我は家でちょっとガラスを割った際に」

 

「はぁ~……もう心臓に悪いよぉ」

 

 ふむ。姉さんの様子を見た限り、後ろめたさによる緊張感も大分解れた様子。やはり私はジョークの天才……なのかもしれないと考えておこう。私達姉妹はこの程度の距離感でグイグイ推し進めるのが丁度良い。段々と蒼褪めていた表情も興奮で甦り、常時死んでいる目にも光が戻ってる筈。

 こちらが質問が出来る状態になって来たので、取り敢えず一息入れたい。酷使した頭脳の原動力である糖分を吸収する為、私は缶コーヒーのマックス様を袋から取り出した。ついでに喉が渇いている筈の姉さんのために買って来たスポーツ飲料と炭酸飲料も、私達が今いる蛸坊主の滑り台の上に置く。そして、大量の中華まんが入った袋も姉さんと私の間に置き、この滑り台で話し合いをする準備は完全に整った。

 ……しかし、父さんは凄い。十中八九ここまで見通した上で、多分私に五千円を渡したのだろう。五千円と言う金額も丁度良い。あの腕白な母さんを射止めて結婚した手腕を考えれば、この程度の未来を予測する事なんて造作もないことだ。

 まぁ、ここまでの苦労は別に如何でも良い。やっと姉さんにも飲み物を渡せたし、私は遠慮なく缶コーヒーを空けて、そのまま一口。

 

「あ~脳が甦りますねぇ……はぁ」

 

 やはり、夜の公園で飲む缶コーヒーは良い。ハードボイルドな気分に浸れる。

 

「お、オヤジくさ。綾乃、その見た目でそれってどうなの?」

 

「私は糖分がないと何も考えられない人なのです」

 

 脳味噌は神経の塊で、熱く速く思考回路を回転させると一気にカロリーが消える。他の人は知らないが、糖分が消耗されるほど私は残虐性が冴えわたる。ちゃんと小賢しく厭らしいバドの戦略を練り上げ、相手の思考と技術を封殺する戦術を構築するにも、物理的な栄養源が必要なのだ。

 そもそも思考力も体力と同じで、使えば使う程、思考回路は時間と共に疲弊する。試験でテストを続けて行えば段々と集中力が落ちて行くように、バドの試合はそれ以上に早く集中力を消耗するもの。

 

「練乳コーヒーとか、素直にコーヒー牛乳飲んだ方が美味しいと思うけど……」

 

「……それ、私以外に言うと戦争になりますからね。言っちゃ駄目ですよ、姉さん」

 

 きのこvsたけのこに比べればまだ許容範囲だが、練乳コーヒーとコーヒー牛乳は全く違う。何故なら、マックス様じゃないと夜の公園でハードボイルドは決められず、風呂上がりはコーヒー牛乳じゃないと熱湯の余韻を楽しめない。これは大きな差だ。後、釣りを楽しむのはブラックじゃないと魚を釣り上げた時、静かな達成感をより大きく味わうことが出来ないと思うフィッシュ。

 ……あー、糞。本音を言えば聞きたくないから、思考が大幅に外れてしまう。

 考えたくない事を考えたくないからと、如何でも良い事が思い浮かんでは思考に没頭してしまっている。

 

「―――で……その、あの……うん。肉まん、好きなだけ食べて良いですよ」

 

 駄目でした。まだ聞けませんでした。これも全て父さんの肉まんの所為だ……何て、責任転嫁しないと自分が嫌になる。

 

「……うん。食べる。ありがと」

 

「後、好きな方を飲んで良いですからね」

 

「………うん。織乃」

 

 糞。私って本当、もう本当にまるで駄目な奥手、略してマダオだ。相手は双子の姉なんだから、こんな風に戦略を立てて窺うじゃなくて、一気に斬り込んで聞かなくちゃいけない筈だ。スバっと何で私とバドを捨てて逃げ出したんだって言わないと駄目なんだ。

 ―――出来ないけど!

 私、自分じゃどうかと思う程、母さんと姉さんが前だと恥ずかしくて本音が言えなくなっちゃうけど!

 あの時は誰もいないから世間体とか気にせず発狂出来たけど、姉さんが前にいると狂気も奥深く成りを潜めてしまう。人の目がなくなった瞬間、一気に精神構造が崩れて理性がそのまま壊れて狂ったけど、今はもう正気を維持できてしまう。

 だから、芹ヶ谷さんに自虐性プチサイコとか呼ばれるんだ。

 自覚はあるのだけど、こう言う自我で形成されたのが私だからもう良いや。重要なのは、開き直るだけではなく、自分の感情を正確に相手に吐露する度胸だ。

 だから、良し―――聞こう。

 もうちゃんと聞いて、何で決勝戦から逃げたのか、その理由を姉さん自身から聞き出そう。

 

「それでですね、あの姉さん―――」

 

「―――良い。言わなくて、良い。私から喋る……あむ」

 

「はい」

 

 何処か膨れた仏頂面で肉まんを食べ、ジュースを飲む姉さん。話してくれるなら、この決意は仕舞っておこう。そして喋ってくれるなら別に時間なんて如何でも良いので、姉さんが決意するまで見守る事に決めた。

 まぁでも取り敢えず、素直にはなってくれたようだ……はぁ。自分に度胸がないから、こんな風に優しく遠回りしないといけなくなる。まずは冷静になって貰い、十分な思考力を取り戻して貰わないと真摯に喋れない。人の心を壊したり、暴いたり、折ったりするのは造作も無く簡単なのに、何故自分は誰かに心を開くのをこんなに怖がるんだろう。

 

「……………」

 

 黙ったまま、私はマックス様を飲む。一切喋らず、言葉で一直線で斬り込めない。特に姉さんが相手だと、私は姉さんに分かって貰えてからじゃないと大事な要件を話せない。

 …………でも、それでも、今はそれで良い。

 私がどうしようもない駄目な糞女だろうと、母さんへの憎悪を燃やす姉さんとは関係ない。だから、私は私の為に嫌な事から逃げ出せない。

 

「……ごめん」

 

「うん」

 

「本当、織乃。ごめんなさい」

 

「うん」

 

「私は、逃げたんだ。貴女とバドと―――お母さんから、耐え切れなくなって。私は心が折れてしまって、逃げ出したんだ」

 

 ああ、そうだよな。それ以外、姉さんがバドで耐えられない事なんてないけど、何でこのタイミングで心が壊れてしまったんだろうか?

 恨み疲れて、憎しみが枯れて、感情が磨り減って、でも姉さんは本物だった。母さんへの愛情が尽きない限り、母さんを求める限り、バドに対する貪欲な負の感情はなくならず増えている。それが強くなり続ける為に必要な熱量だった筈。

 だからあの決勝戦の、私と勝負を決める直前―――何が、貴女に起きたのか?

 

「……なんで、ですか?

 母さんが憎くても今までやり続けていたのに、何であの時になって、貴女は駄目になったのですか?」

 

「―――……これ、見て」

 

「……………チラシ?」

 

「うん。これが……さ、私からバドを奪ったの」

 

 クシャクチャに丸められた紙屑。何が書いてあるのか分からないが、何故こんな物の為に姉さんのバドが死なないといけない?

 私が、母さんが捨てた姉さんを誰よりも強くしたのに―――姉さんの為の、私の為の、シンドウのバドミントンが、なんでこんな塵に殺されないといけない?

 でも、これが結果なのだともう受け入れた。

 壊れてしまった心を、例え相手が姉さんでも私じゃ直せないから、これがもう決まった結末なら。足掻いたところで何の価値も無い。

 だったら、答えが欲しい。

 私のバドミントンを破壊した正体の、その答えを知りたい。

 

「――――――――――――――ぁぁ」

 

 広げたチラシを見て、私は―――全て、失意する。

 何と言う、無様。脱力も出来ずに望みが絶たれる未来を見て、私の心の中から何かが零れたの感じ取れた。何を失くしたのか、消えてしまってもう分からないくらい、私は何を考えて、何を思えばいいのか分からない。

 

「コニー……コニー・クリステンセン……はは、はははは!

 とてもとても、実にとっても可愛いらしい妹じゃないですか。見て下さいよ、姉さん。この子、私達の代わりに娘をしてるんだって………?」

 

「そうだね、織乃」

 

「糞。糞が……―――何の為、私は何の為に……?」

 

「本当、私は何の為にバ、バ、バド、ミントン……バドミ”ンドン”……じ、じで、たん”だろうって……ね、ね”ぇオ”リノ?」

 

 新しく袋から取った肉まんを食べながら、姉さんは笑っていた。涙を流しながら、私の姉さんは笑っていた。姉さんは微笑みながら、大好きな肉まんを食べているのに泣いていた。

 だから私は、私は……私、どうしたら良いんだろうか?

 


















 アニメ最終回、好き!
 原作沿いではありますけど、こんな風にアニメ要素も混ぜていきます。
 224さん、誤字報告ありがとうございます!
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