シンドウの最高傑作   作:サイトー

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五話 綾乃の心

 私の妹は完全無欠だった。はっきり言って、異常なほど天才だった。実は密かに脳筋スポーツマンだと思ってるお母さんとも、穏やかで優しい職人気質のお父さんとも似ていない子供だった。でも、私は双子の妹が好きだった。お母さんと同じ位、お父さんと同じ位、私は妹が好きだった。

 自分と良く似た顔で、でも少し目付きが鋭い織乃。

 何でも出来て、誰よりも頭が良くて、手先も器用で、本とゲームが大好きな女の子。でもそんな万能性に比例して運動神経が悪くて、小さかった頃は私を追い駆けては、何も無い所で転んでいた。それはもう姉の立場からして、そんな織乃は誰よりも可愛かった。痛いのを我慢して涙一つ溢さず、むしろ絶対に捕まえてやると意地を張る織乃は可愛かった。足が遅くて動きが鈍い女の子で、スポーツ全てが苦手でサッカーボールを蹴ろうとすると後ろに素っ転ぶ程、織乃は体を動かすのが大の苦手だった。痛む後頭部を抑えながら、奇声を唸って地面をゴロゴロ転がっている姿は今も覚えている。

 そう思えば、子供の頃はとてもつり合いが取れた姉妹だったと思う。

 頭が良い織乃と運動神経が良い私。でも織乃は転んで怪我をしても泣き事一つ言わないから、私は何時も織乃を引っ張って遊んでいたと思う。部屋に籠もっている織乃を外に連れ出して、何時も織乃を引き摺る勢いで引っ張ってた。中でもお母さんから教わったバドミントンで何時も遊んで、毎日遊んで、運動神経が死んでる織乃に合わせて、私は優しくシャトルを打ってラリーを楽しんでいたと思う。でも織乃は一切嫌な顔をせず、スポーツが苦手だけど私とお母さんとバトをする時が一番はしゃいでいた。

 けれども、あの手先の器用さは職人なお父さん譲りなのかもしれない。

 あっさりと両手両足利きにして、私から隙を突いてバドで勝った事も有るほどだ。

 あの時は物凄く悔しくて、直ぐに織乃の技を真似して自分のモノにしていた。それでも織乃は新技や変な体質を身に付けては、それをまた私が真似していた。

 

「綾乃は天才だ」

 

 お母さんが良く言ってくれた。

 

「織乃は頑張り屋さんだね」

 

 嘘でも良いから、そこは天才だと言えと思った。姉の立場的に、ちょっと気不味い思いをした。しかし、お母さんはどうしようもないくらい娘から見ても不器用で、娘にも嘘を言わない人だった。それがバドミントンの事なら尚更で、でも織乃がバドを巧くなるのを誰よりも嬉しそうにして、楽しそうに喜んでいた。

 多分バドの選手として楽しんでいたのは、私が上達してバドミントンが強くなった時。

 母親としてならば、そんな天才の姉に負けないと頑張る織乃がもっと強くなった時なのかもしれない。

 ……でも、学業では全敗だった。

 あんな思考の化け物に勝てる同学年の子供なんて学校に一人もいなかった。

 そもそも織乃が授業中に書き取るノートは知識の為じゃなくて、テスト前で一夜漬けして良い点を取る為の道具を作る為だったと、今はそう思う。まぁ頭が悪い私の為にノート作りをして、それを唸ってる私に見せて、こんな私でもテスト前数日間勉強するだけで、平均点を簡単に越えられるあたり、織乃は異常なまで優れた知能を持っているように思えた。

 むしろ、こう言う時はバドと対応がお母さんは逆だった。

 私が勉強を頑張って良い点と取ると嬉しそうにして、織乃が何時も通り満点を取ると流石だねって笑っていた。

 

「奥義暗黒吸魂輪掌波!!」

 

「なにそのスマッシュ!?」

 

 お母さんが居ない時の練習風景。寂しさとは何時も無縁だった。漫画好きな子供みたいに必殺技が欲しいとか言っている癖に、織乃は基礎を私以上に大切にしていた。まるで自分の体を神経から作り変える様に、肉体を改造するような練習を自分で自分に課していた。まぁそんな織乃を見ていれば、私も負けたくないと鍛えていたので、織乃が私に基礎で追い付けることはなかったけど。

 しかし、妹は結構な頻度で馬鹿になる。

 頭が良過ぎて何を考えているのか全く理解出来ないけど、根本はきっと私以上に阿保だと思う。ぶっちゃけ、学者馬鹿体質だった。特にバドを熱心に研究しているみたいだけど、地獄の基礎と万能な応用以外の、ちょっとした隠し玉を練習している場合は、完全に頭の螺子が全部抜けてると思った。

 

「むー。むー、むー。ずるです。姉さんはもう存在がずるいです。私の奥義暗黒吸魂輪掌波が……」

 

「だから、そのスマッシュなんなの?」

 

「バドは左腕を基本にしてますけど、あれですよ。右手で色んなスマッシュを必殺技みたいに使えるようにすると、あの……その、格好良くありません?」

 

「カッコいいけどさぁ……それ、強くなれるの?」

 

「だってぇ、ほらぁ、姉さんは両利きパフォーマンスで目立てるじゃないですか。私も両利きですけど、それだけだと姉さん以上のインパクトが足りませんし。試合後半戦で右手スマッシュを決めて、実はまだこっちの戦術が温存してるんだぞアピールすれば、敵のメンタルゴリゴリ出来そうで面白そうなんですよ。

 私は相手のこう、なん……だと……みたいな表情を演出したいんですよ!」

 

「はい、駄目。まずは基礎だけで私と戦えるようにならないと駄目だから」

 

「その基礎練習も最近は私が組み立てたものじゃないですかぁ……だったら、こう言うのも一緒に練習しちゃいまして―――」

 

「―――駄目」

 

「ほらぁ、でも姉さ―――」

 

「―――駄目だから。

 なんで織乃って天才なのに、時々本気であれになるのかなぁ」

 

「あれ……あれ? どういう意味ですか、姉さん?」

 

「なんでもないよ、本当。それとお母さん、織乃がちょっとゲテモノ選手になってるって言ってたし。後、偶に努力の方向音痴になるって嘆いてたし。でも、その強さは何も間違ってないし、自分のプレイを思考錯誤するのは良い事だって思って、否定する部分がないって顔でうんうん唸ってるよ。それをお母さんは自分から中々言えずに悩んでたけど、もう私はここではっきり言うね。

 バドに必殺技とか―――ないから!」

 

「そんな、初耳です。でもクロスファイアとかスピンネットとか御洒落な技名、絶対私みたいな人が命名したと思うですけど?」

 

 左腕でカットスマッシュとヘアピンの素振りをする妹は、ちょっと間が抜けて可愛かった。そして、性質が悪いことに織乃は徹底して真面目に取り込んでいること。

 この……この、奥義暗黒吸魂輪掌波も、試合で突然されるとかなりビビる。相手の思考回路を狂わせる中々にエグいパフォーマンスな上、試合後半戦で疲れている中、まだ元気な右腕で振われる全力全開のスマッシュは反応がかなり難しい。拾えたとしても体勢を崩され、延々と地獄のショットを繰り出し続ける攻勢に転じられる。

 

「はぁ……いや、考えは悪くないよ。織乃らしい薄汚い詐欺師みたいなバドだもの」

 

「ひ、酷いですよ、詐欺師って姉さん。まぁでもこれ、ぶっちゃけ温存した右腕で振うただの右ストレートスマッシュなんですけどね」

 

 ビッグバン・インパクト~とか笑いながら右腕でスマッシュの素振りをする織乃は、やっぱり可愛いけど、ここは姉としてビシっと言ってやらないといけない。無駄だろうけど。

 

「……じゃあ、その奥義暗黒吸魂輪掌波って何なの?」

 

「ノリです。パワー・イズ・ジャスティスです」

 

「シャー!」

 

「来いよ、姉さん。ラケットなんて捨ててかかって来いです!」

 

 とは言え、私達姉妹にとって最も価値があるものがバドミントンだった。だから、妹はあれだけ頭が良いのに、誰よりも優れている思考の天才なのに、私の姉としての立場は一切揺るがなかった。多分、他の家庭だとここまで頭が良い妹がいると姉が劣等感の塊になりそうで、親も妹を贔屓に育てそうだけど、こと羽咲の家庭にそんな人並みの苦悩は全く無縁だった。

 あんな鬼才とも言える異常な天才なのに、織乃は自分自身に一欠片も優越感を感じていなかったように思う。恐らく、子供の時の彼女が欲しかったはバドミントンの才能で、体を動かす素質だったんだろう。私はバドが楽しければそれで良かったので織乃の才能を羨ましく思わず、頭良くて凄いなぁとしか思っていなかったけど。でも、もし織乃と私の立場が逆だと考えると、織乃が私にどんな感情を向けているのか偶に不安に思うことがある。

 そう言う意味では、そもそも織乃は自分の才能に何の価値も感じていない。私達みたいな姉妹じゃなければ誰もが羨む頭脳を持つのに、徹底して訓練された思考回路を持つのに、彼女はその力をバドの研究のみに与えて、お母さんのバドミントンにだけ有能性を示していた。

 つまるところ、結局、織乃も私もバドを一緒にしていたいだけ。

 強さに興味はあるけど、一番は織乃に負けた後は私が勝って、私が勝った後は織乃が力を付けて私に勝つこと。でも、やっぱり勝率は姉として私の方が高かったけど。

 

(わたくし)、芹ヶ谷薫子ですわ!」

 

 でも、全て、全て、薫子ちゃんから私達は狂い始めた。

 

「姉さん。芹ヶ谷さんが姉さんに勝ちたいって言ってましてね?」

 

「へぇ、あの薫子ちゃんが」

 

「うん。負けたのが物凄く悔しかったみたいで、打倒姉さんを誓って私と特訓したいんだって」

 

「へぇ~、良かったじゃない綾乃。貴女、あのクラブで良いライバルに会えたのね」

 

「ライバルなんかじゃないよ、お母さん。でももっと強くなってくれたら、私のライバルになれるかも!」

 

 お母さんと織乃と三人で練習していた時、織乃はこんなことを言って来た。

 

「だから、ちょっと一緒に練習出来ない時間が出来そうです。すみませんけど、母さんに姉さん……私……」

 

「ふふ。良いよ、織乃。貴女は貴女がやりたいバドをしなさい」

 

 この時のお母さんはとても嬉しそうに笑っていた。織乃を慈しむように、多分バドのコーチじゃなくて母親として喜んでいた様に見えた。勿論、バドの選手としても違う人との練習は得る部分が多いので、それを良い事だとも判断していたのだと思う。

 ……私達二人は、中学校の部活動に馴染めなかった。

 強過ぎる事に悩むなんて、そんなあべこべなな事態になるなんてあの時は思いもしなかった。だから、バドミントンクラブに入ったけど、そこでも私達は一番強かった。でも部活よりかは遥かにマシで、薫子ちゃんは良い練習相手になってくれていた。

 後、何故か織乃はその時から拳法を呼吸方法と体幹練習に取り込み始めていた。何でもクラブに参加している李搏(リハク)と言う仲良くなった御爺ちゃんに教えて貰ったとか。そして、その御爺ちゃんは何故か分からないけど、織乃から節穴とか、見抜けない人とか呼ばれていた。

 

「えー! 織乃、私より薫子ちゃんの方が良いんだ!?」

 

「そんな。違いますよ、姉さん。でも、芹ヶ谷さんって面白いプレイヤーだったじゃないですか?」

 

「うん」

 

 それは認めざる負えない。色んな意味でキャラが濃い子供だった。

 

「多分、芹ヶ谷さんってもっと面白くなると思う強い人なんですよ。私、母さんから習った技術で、強さに困ってる芹ヶ谷さんの力になって上げたいんです。

 それに姉さんも、強い人がクラブに居た方が楽しいと思いますよ?」

 

「うーん……むぅ、うん。じゃあ、姉として応援してあげる」

 

「ありがとうございます!」

 

 思えば、私はこれに頷くべきじゃなかった。私は織乃の手腕をまるで理解していなかった。あの織乃が全身全霊で作り変えたプレイヤーが、ただの選手ではないことを私は始めて知った。

 薫子ちゃんは……――いや、芹ヶ谷薫子は完全無欠になってしまった。

 確かに、まだまだ私の方が強かったのに。バドのプレイだって私の方が巧いのに。

 ゲームを全て支配されてしまった。思考回路を芹ヶ谷薫子に制御されて、私は選択ミスやショットの失敗を誘発され、なのに彼女は試合中一切何のミスもしなかった。ケアレスミスも、精神不調による失敗もせず、自分が許される能力全てを何も恐れず、怖がらず、完璧に運用し尽くす。まるで何も感じない不気味なメンタルで私から、最後の最後まで粘って勝利をもぎ取った。

 私の方が強いのに、巧いのに―――なんで、勝てない。

 あれほど私に敵意を宿した熱を持つある意味真っ直ぐな人だったのに、試合中は何も彼女から感じなかった。勝つ気もなく、闘志もなくて、ただただ完璧だった。失うモノが一つもない化け物みたいに、まるで違う個性で戦う織乃みたいなプレイヤーに生まれ変わっていた。

 ……私、怖かったんだ。

 薫子ちゃんが違う誰かに見えて、強いて言えばお母さんにも似たバドミントンでもあって、でも薫子ちゃんのバドでもあって、織乃みたいな攻め方をする悪夢。私と織乃がしている楽しいバドミントンからは程遠い、勝つ為にだけ点数を奪い取るギャンブルゲーム。本気になった織乃がする詐欺師みたいなゲーム方法だけど、薫子ちゃんはその悪意を私に全力でぶつけて来た。

 だから、何で私は最後まで戦えなかったんだろう?

 多分初めて試合で、あの時、私は自分の心が折れたんだと思う。メンタルって言う良く分からない言葉をお母さんは使うけど、私はあの試合でその理由を肌で実感出来た。

 

「―――お母さん、私は負けてない!」

 

「………………」

 

「だって、だって―――あんなの薫子ちゃんじゃなかったもん!?」

 

 心底、私は納得出来なかった。この悔しいって感情から目を逸らして、この敗北を理解することを拒否してしまった。勝てた筈なのに、私の方が強くて巧いのに、なのにそれでも敗北したのを認められなかった。今はこれが織乃の強さで、神藤と名乗り始めた今の私の巧さだと理解したけど、この時はこんな楽しくない強いだけのバドに自分が及ばない事が許せなかった。

 だから、そう思ったから、お母さんに私の気持ちを理解して欲しい。

 私はそう考えて、その想いを伝えたかっただけなのに。なんで、なんで、なんで、こんなどうしようもない事を私は叫んでしまったんだろう。

 

「私の方が強くて、薫子ちゃんは私より弱かったよ!

 戦って直ぐ分かったもん。だから、だから私が負けたのだってきっと何かの間違いだって!?」

 

「………………」

 

「織乃が助けなかったら、私が絶対勝ってた筈だから……」

 

「…………‥…」

 

「……だから……だから、ねぇお母さん。私は、私、なんで負けたんだろう。私は、本当は誰に負けたのか、全然分からないんだよ。だって、あんなバドミントンなんて知らないもん。

 だからねえ、お母さん……?」

 

「………………」

 

「お母さん?」

 

「………………」

 

「お母さん、何処に行くの?」

 

 目が覚める。夢が醒めてしまう。私が最も嫌う記憶が夢になって、私に残された静かな居場所を消し去った。でも此処から先の記憶は夢でさえ見たくない地獄の練習で、バドを忌み嫌うような鍛錬の日々だった。消えたお母さんを恨み続ける毎日だった。織乃の言う通りに自分を鍛えて、私はバドがもっともっと強くなれた。薫子ちゃんがあんな化け物になったのも理解出来て、私はお母さんが優しくバドを教えてくれていたのも理解してしまった。織乃は手加減を一切しない合理主義の化身で、私の才能を最大限進化させる天才だった。

 でも、お母さんのバドミントンじゃなかった。それでも今の私は強くないからバドの意味を失くした。勝てないから私はバドを楽しむ価値が消えた。楽しむ為に、私が私のバドミントンをする為に、消えたあの楽しいバドミントンが欲しいなら、敵は全員全力で倒さないといけないと織乃は言っていた。お母さんが求めるスポーツ選手にならないとバドが消えてしまうから、その為なら大好きだったお母さんだって恨み続けて強くなる。

 だけど、私は疲れちゃった。強くなっても、私のお母さんにはもう関係がなかった。お母さんは新しい子供を育てていた。

 ―――嗚呼。こんな世界、もう嫌だよ……

 苦しいだけの意識なんてずっと沈んでいれば良いのに、これを夢だと自覚してしまった私はこの世界から存在する意義を失くして、あのベッドの上で再び絶望しないといけないのだろう……あぁ、私はなんて弱いんだろう。

 もうバドごと、こんな苦しいだけの家族愛も、貯まり積もった恨みも悲しみも、全部纏めて棄ててしまえば良いや。

 

 

◇◇◇

 

 

 あ、姉さんが起きた。死んだ人間が甦ったみたいに静かで、目が開いているのに天井を見続けて、身動き一つしていない。

 でも、同じベッドで一緒に寝るのは何時ぶりだろう。

 幼稚園の時は家族皆一緒のベッドで寝てたけど、もうこの年になれば基本は一人。家を超えたこんな大きな屋敷だから、姉妹二人分の子供部屋なんて用意するのは容易かった。

 

「織乃……」

 

「なんですか?」

 

 泣き疲れて寝たのに、起きた直後に姉さんは静かに涙を流す。

 

「私もう、バドミントン辞めるね……」

 

 

 ……………………………………………………………………………?

 

 

「ぁ――――――――――――――――――ぇ……そう、ですか」

 

「……お母さんのこと、疲れちゃったかな」

 

「………………………」

 

 バドミントンが目の前で消え去って、ただの思い出になってしまった。あの姉さんがバドミントンを捨てる日が来るなんて、予想にも出来ていなかった。バドがない姉さんなんて想像もしていなかったのに、私はなんて思い違いをしたまま生きて来たんだろう。

 ……ああ、姉さんが壊れてしまった。

 私の姉さんの心が―――壊れちゃったよ、母さん。














 隻狼、楽しみ過ぎて死にそう。
 やっぱりフロムは忍者の天才だと思います!

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