シンドウの最高傑作   作:サイトー

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 今回はちょっとだけ主人公が本性を見せる話です。


中学日常編
六話 シンドウ


「よう、首輪付き。オールドキングだ。

 クレイドル03を襲撃する。付き合わないか。ORCAの連中、温過ぎる。革命など結局は殺すしかないのさ。

 ―――だろう?」

 

 そんな台詞を聞いて、彼女は笑みを浮かべていた。既に操作になれて、熟考して組み立てた機体に乗り込み、ミッションまで一気に進む。長時間経過した所為で思考は白濁して、オールドキングの考えに賛同したみたいだけど、それを選んだ事に後悔はないようだ。

 アンノウン。ストレイド。

 首輪付きに相応しい黒きネクスト。

 高火力レーザー兵器と接近戦用のブレード。今回の作戦に、一撃必殺のとっつき浪漫は不必要。強敵などおらず、淡々と殺し尽くせば良いだけだ。

 

「来たか、首輪付き。クレイドルをすべて落とす」

 

 空の果ての果て。ミッションを積み重ねて、漸く彼女は此処まで来た。敵を倒し、同じパイロットを打ち倒し、アンノウンは此処まで勝ち上がった。

 躊躇いも無く―――斬る。

 操作に慣れた愛剣で目の前で浮かぶ箱舟を、斬る。

 

「所詮大量殺人だ。刺激的にやろうぜ」

 

 人を乗せた揺り籠を斬り壊しながら、そんな台詞が聞こえて来る。正しく、その通りだ。所詮、そんな遊びであるならば、刺激的にならないと娯楽にならないだろう。何を楽しむかは、この機体を操るパイロットが全て選ぶべきこと。

 

「ただ殺すことだけを覚えさせたか……残念だ。お前とは、もう一緒にやれんよ」

 

 オペレーターはそれだけ言って、もう何も云わずに消えた。

 

「あいむしんかーとぅーとぅとぅ~あいむしんかーとぅとぅとぅとぅ~…………一基落した。

 これで二千万ほど死んだ」

 

 とても良い声で、このミッションの相棒が戦果を讃える。人類に安寧を与えた揺り籠であるクレイドルが、人々を永眠させる棺桶になった。永遠に人々を眠らせる死の揺り籠に変わってしまった。

 

「とぅとぅとぅとぅ~……四千万」

 

 また一基クレイドルを斬り落とし、合計で四千万人の民衆が殺戮される。

 

「六千万」

 

「八千万」

 

 クレイドルを守るレイブンの猛攻など、ネクストの前には無意味。強敵を倒し慣れた彼女からすれば、もはや羽虫以下の雑魚敵。一基、また一基と彼女は人々を乗せた揺り籠を破壊する。

 

「一億。終わったか」

 

 最後の一基。クレイドルが黒い煙を上げながら、コジマに汚染された鋼の大地に墜落していく。何の感慨もなく、死んで逝く。彼女は空を飛びながら、空の下へ沈んで行く敵を見送っている。

 

「まだまだ腐るほどいるがな。面倒だが先は長いぜ、相棒」

 

 カメラを上空に向けると、綺麗だった。アサルトセルに支配されているのに、この夜空はとても綺麗だった。だが管理者を排除するため個人で世界を相手にするならば、殺し過ぎることなど何もない。

 ―――などど、脳内でポエマーになって実況してみる私。

 自分はベッドの上で寝転び、人のプレイをする様子を欠伸を我慢しながら見守っていた。

 

「…………」

 

「巧いですね、姉さん。Sランクですよ」

 

「クレイドル……落としちゃったけど?」

 

「おめでとうごさいます。大量虐殺ですよ、この人類種の天敵」

 

「なん……だと…?」

 

 ぱちぱち、と祝福する。ネクスト・ストレイドを操り、人類種の天敵になった姉さんを拍手した。私の部屋に引き籠って既に24時間以上経過し、一寝入りした後はずっと不眠不休で私のゲームを狂ったようにやり続けている。目の隈でゾンビフェイスになっているが、やはりそこは私の姉さん。ゾンビになっても最高に可愛いので何も問題はない。

 ……しかし、不健康極まる。かれこれずっと夜更かし継続中。

 取り敢えず父さんに事情を説明し、学校を病気と言う設定で休ませて貰える温情は頂けたが、流石に明日は登校しないとならない。バドミントンのクラブもあるし、色々とすべき事は子供の身とは言え、世間体を守る為には多く存在してしまっている。

 

「じゃあ、次のミッションといきましょうか。姉さん」

 

「オーケー。次は強いの出てくれると良いけど」

 

「出ますよ、五人も」

 

「―――え?」

 

 だけど……だけどさ、バドミントンか。はぁ、正直考えるだけ鬱になる。今みたいにゲームをしていても、その言葉は絶対に脳味噌から離れない。

 ……私の姉さんは多分、折れただけ。折れてしまって、もう壊れたけど、心が死んだ訳じゃないみたいだ。

 嫌になっただけなら、私では無理だけど時間さえ経過すれば、何かしらの切欠で心も立て直す可能性も零ではない。しかし、それが今ではない事だけは事実。これがもしバドミントン以外の違う人生の目標を得たのなら、もう二度とバドに復活するのは有り得ないが、母さんに絶望しただけなら十分にメンタルが蘇生するだろうと予測は出来るけど……本当に、そんな未来を正確にイメージ出来る自分が嫌いになりそうだ。

 考えるに姉さんが絶望した下地には、私が母さんを恨ませた熱量が反作用し、そのままあの出来事を切欠に心が潰れたと仮定するのが自然。憎悪の分だけ、悲哀に感情が裏返ってしまっている。捨てられた恐怖に縛られたままではバドミントンを続けても、更にメンタルがボロボロになって心が死に続けてしまうだろう。しかし、その恐怖も憎悪が晴れれば薄れて行き、何時か甦るものと私は判断する。恐らくは、復讐心さえ消えてしまえば、バドミントンをする恐怖も一緒に消えるのだろう。

 つまるところ―――羽咲織乃と芹ヶ谷薫子は邪魔なのだ。

 姉さんにとって私と芹ヶ谷さんは母さんに復讐する為の協力者でもあったが、今となっては恐怖を思い起こさせるシンボルになっている。

 そもそも母さんが姉さんを捨てた原因は、芹ヶ谷さんが強くなった所為。その芹ヶ谷さんが姉さんを、全身全霊で叩き潰したからだ。私が母さんの理想を引き継ぐ為、努力する天才を倒す手段を得る為、バドの才能を他人に植え付けられるか芹ヶ谷薫子で人体実験したからだ。私と芹ヶ谷さんは子供同士だから許された共存関係だったが、これがコーチと生徒ならば普通に裁判で負けるような事を私は芹ヶ谷さんに施した。ついでに自分にも芹ヶ谷さんにした鍛錬も一緒に行い、彼女から絶大な信頼も同時に勝ち得た上での強化特訓だった。

 そして、芹ヶ谷さんは理想的な人造の天才―――私が作った最初の神藤(シンドウ)になった。

 そうだとも。姉さんがシンドウを名乗る前、私は母さんのバドを理想として、それに近付く為に自分を徹底して鍛え上げて来た。しかし、母さんや姉さんのような才能とセンスを持たない凡愚では、あの領域は遠過ぎる。とは言え、今は無理でも数年で辿り着けるのははっきりと理解していた。この凡愚でも、凡愚が天才になるよう毎日丁寧に作り直せば良いだけだ。しかし、それが本当なのか、この仮説を現実に出来る能力を自分が持っているのか、好奇心のまま私は私だけの才能を実践したくなった。母さんがまだ若く、強く、神藤(シンドウ)と呼ばれていたあの才能を手に入れたい。出来れば、それを超えた選手に自分がなってみたい。

 ならば、作るだけ。私を実験材料に、鍛錬を生み出すだけ。

 神藤有千夏は神藤有千夏にだけ許されるなら、元になる人間の個性と才能を合わせたシンドウをイメージして育成すれば良かった。

 私が作ったシンドウ(実験作)は、見事に姉さん(シンドウの愛弟子)を打倒した。

 天才は作れることは私は私に証明した。本当こんな凡愚が何故、こうも容易く理想を叶えられてしまったのか。あるいは、芹ヶ谷さんのメンタルが限界を超える事を可能にしたのか。本当の所は分からないが、私でも姉さんの才能を超える天才になることは理解出来た。歓喜した。思えばその愚かな好奇心こそ、私達姉妹の悲劇の始まりだったのだろう。

 その後、姉さんと私が捨てられた。理由は知らないが、姉さんが芹ヶ谷薫子(私のシンドウ)に負けて直ぐだった。だから、母さんの為に強くなりたいと願った姉さんを、私が神藤有千夏を理想とする私だけのシンドウにするのを躊躇う訳もない。むしろ神藤綾乃と試合で姉さんが名乗った事を夢のように喜んでしまい……

 

「………この、馬鹿姉妹」

 

「あれ、芹ヶ谷さんじゃないですか?」

 

 ……ああ、本当。狂い始めたのは、私のこの友人を作品(シンドウ)にしてしまってからだったな。

 

「―――って、クサ! 臭いですわよ、貴女達!?」

 

「風呂入ってないですし、窓も閉めっぱですから」

 

「え~、そんなに臭うかな、薫子ちゃん」

 

 塵を見る目で私達姉妹を睨むが、直ぐに芹ヶ谷さんの気が抜けた。釣り上がった目付きが死んだ魚みたいに澱み、呆れたように溜め息を吐いた。

 

「はぁ……もう、良いですわよ。臭くて構いませんし、話をするのに我慢は出来ますわ」

 

「流石、去り際香る子ちゃんだね。匂いに敏感さんだ」

 

「はぁ!? ぶっ飛ばして上げましょうかしら、羽咲さん!!」

 

 来訪した友達を即座に意味も無く煽る辺り、どうもそれなりに調子は戻っているようだ。ゲームに没頭していたおかげでバドミントンをなるべく意識せずにいられ、今はただ自分の中に燻る感情から目を逸らしていたいのだろう。何と言うか、本当に姉さんらしい逃避の仕方だけど、やはり見ていると痛々しい。でも、それを許したのも私なので、目を逸らすことは姉妹として許されない。

 だけど、何を言わなくとも芹ヶ谷さんは何でも無い様子で来てくれた。やはり空気が読める女は行動力も抜群だった。

 

「まぁ、あれですね。おはようございます、芹ヶ谷さん」

 

「もうとっくにこんばんはの時間ですわ、芋咲さん」

 

「そうですか?」

 

「そうですわ!」

 

「じゃあ、こんばんはですね」

 

「はぁ……ったく。ええ、こんばんは。夜分にすみませんわね、二人とも」

 

 芹ヶ谷さんはやはり良い友人だ。でも芹ヶ谷薫子は、私が初めて作り上げたバドミントンだ。流石に性格や人格まで洗脳して徹底したスポーツマンに変態させるような事はしなかったけど、どうも内心で私のことを神聖視している節がある。尊敬と言うよりも信仰で、まるで私達姉妹が母さんに向けるような視線だと思う。悪い気はしないので如何でも良いし、バド以外ではそんな風に見ないので構わないが、姉さんとは違って私に対しては友人としても一歩引いてるような気がする。

 多分、少しだけ私が怖いのだろう。姉さんのことはライバルと認識した上で、実は根の性格もそっくりなので、同族嫌悪しながらも何だかんだで理解出来てしまう。だけど、私のことは理解出来ていない。分かろうともしていない。でも、芹ヶ谷さんはそのままの気持ちで私と接して、別にそれで構わないと納得しながら一緒にバドをする友人として認めている。

 その辺が、姉さんと違ってメンタルが強い部分だ。

 

「でも、電話に出ない貴女達が悪いですわ。そこのところ、私は謝りませんから」

 

「あー……すみません。スマフォとか、その存在ごと忘れてました」

 

 別にただの連絡道具で、ネットサーフィンに使う程度なので余り私は愛着していない。そもそもあんなのが云万もして、月々数千円も払わないといけない何て、現代の子供らしく生きるだけで金が掛かって仕方がない。

 

「あら。貴女のことですから、てっきりゲームのアプリとかにどっぷりだと思っていましたけど?」

 

「ははは、嫌ですね。私、ああ言う手合いのゲーム嫌いなんですよ。自分はゲームに小説や映画と同じ様に、物語を求めるゲーマーなので。気分的には小説の主人公に成りきれるから、創作物のキャラになれるから好きなんであって、暇潰しの道具になんて興味はないんです。娯楽として楽しくないとゲームじゃないです。メイド・イン・ワリオみたいにぶっ飛んでると、それはそれでたのしいですけど。あるいは、世界観を堪能できるゲーム性なら尚良しです。

 まぁ、フロムみたいなマゾゲーにでもなれば、ゲーム性もまた別物として楽しめるので違うのですけどね。なんと言うか、頭と感覚の両方を使うゲームは奥が深いです。あそこまで行くと製作者の熱意と狂気が込められていて、それまた違う生のストーリーがあって面白いですから」

 

「オッサン度が相変わらず高いですわね」

 

「ちょっと止めてよ、薫子ちゃん。織乃は確かにお父さんよりもおっさんだけど、まだまだ女子中学生なんだよ。

 幾ら本当のことだからって、言っちゃいけないこともあるの。嘘も方便って言うからね」

 

「そうですね、姉さん。でも私にそんなこと言えば、思っていることがモロばれで意味無いんですけど?」

 

「ん? でも、織乃は織乃でしょ?」

 

「おほほほほ! 実の姉である羽咲さんにまで、貴女はおっさんだと思われていましてよ?」

 

「違います。おっさんはおっさんでも、ゲーマーって名前のおっさんですので」

 

 なので、ゲーマーではあるけど、そこまでの廃人ではない。でも、あっさりとコツを掴めるので、錬度自体は廃人クラスのガチゲーマーだ。ゲーセンの格ゲーも廃人衆の一人にされてるし、音ゲーもランキング上位にあっさり入れる。そもそも私は天性のゲーマーであるらしく、テレビゲーム以外のポーカーとかオセロとか、囲碁とか将棋なのどカードゲームも盤ゲームも強い。ギャンブルもかなり筋が良いと思っており、賭け事も大好きだ。

 なので、金が力になるスマフォゲーは糞でしかない。ストーリーに製作者の熱意が入っていて面白く、小説みたいに感情移入出来るアプリなら、もうそれはスマフォゲームじゃないので無課金でそこそこ楽しむ事もある程度。

 何より和菓子屋で働いている父さんを見て、その金をギャンブルみたいに溶かすのはかなり罪悪感がある。母さんも外で働いて稼いだ金を家に仕送りしてるみたいだし、その金を無駄使いはしたくない。まぁ、ここまでゲーム機買い揃えている時点で遅いかもしれないけど、そこはまだ子供の我が儘として対処出来る許容範囲だと思いたい。

 

「もう。やっぱり、外に連れ出しますわ。羽咲さん、まず貴女からお風呂に入って、歯を磨きなさい」

 

「えー、良いよ別に。今話してよ」

 

「肉まん、奢りますわよ」

 

「私、さっぱりしてくる!」

 

「早目にね、姉さん」

 

 私の部屋を出て行って、服を取りにまず自分の部屋に戻ったのだろう。芹ヶ谷さんは計画通りとでも言いたげな顔をしながら、チョロいですわって小さな声で呟いていた。

 うん。芹ヶ谷さんは何時も芹ヶ谷さんで有難い。

 

「ありがとうございます。芹ヶ谷さんには本当、頭が上がらないです」

 

 正直に告白すれば、私は姉さんを甘やかすのが趣味だ。バドに関しては合理を重んじるけど、それ以外は願いに叶えたい。ゲームをしていたいなら、好きなだけして欲しい。父さんや、爺さん婆さんの心配が破裂していまう前まで、全力でメンタルケアに徹するつもりだった。

 良くないとは分かっているが、一番はバドだ。些末事には手を抜きたい。しかし、本当に芹ヶ谷さんは私の屑な人格を見抜いて、人として救ってくれる。彼女を私のシンドウにして本当に良かったと、助けて貰う度に感謝していた。

 

「それと肉まん代ですけど……」

 

「……要りませんわ、バカ」

 

 あー、糞。私が男だったら、今すぐ告白して振られてるな。こんなに可愛い人だなんて、友達になった時は思わなかった。姉さんにそっくりでこれとか、好きにならない方がどうかしている。

 

「――マジ、好きになりそう。と言うか、好きになって良いですか?」

 

「気色悪いですわ!!」

 

 勢いのまま告白したら、やはり案の定フラれた。冗談として受けたみたいだけど、それでも私はとても死にたい。

 

「あー、もう止めてくださるかしら。なんか吐きそうな気分になりますわ」

 

「やだな、冗談ですよ」

 

 いやはや全く、私が男じゃなくて良かった。気色悪いとか本気で芹ヶ谷さんに言われたら、マジ自刃してる。

 

「―――で、羽咲さんはどうですの?」

 

「ああ、まずはその件ですね。正直に告白しますと、姉さんは壊れていましたよ。バドミントンを捨てる決意をするほど、もう駄目みたいです」

 

「……はぁ、あの羽咲さんがバドを捨てる?

 闘争心の権化みたいなあの子が、誰かを倒す事に快感を覚えている闘争本能の塊が、そんな軟で可愛らしいメンタルの持ち主……―――成る程、母親関連ですわね?」

 

「その通りです」

 

 説明するまでもなく芹ヶ谷さんは理解し、その上で溜め息を吐いている。彼女では家族関係でバドを辞める精神がまず理解出来ないのだろう。怪我をした訳でもなく、経済的理由でもなく、試合で心が圧し折られた訳でもないので、そんな程度で今までの生き甲斐を捨てる姉さんの心情を、その精神構造が分からない。

 原因に察しがついても、実感として芹ヶ谷薫子では羽咲綾乃に同情は不可能。

 

「……面倒ですわね。となれば、私と貴女が何を言っても無駄ですわ」

 

「時間だけが姉さんの心を解決すると思いますか?」

 

「そうでしょうねぇ……ま、私が知ったことではないですけど!」

 

「はいはい。そうですね」

 

 ツンデレ乙、とスラングを言葉にせず吐いておこう。

 

「それで、芋咲さんのこれからの計画を聞きましょうかしら。どうせ人間の屑である貴女ですから、羽咲さんのメンタルを直す手段も思い付いているのでしょう?

 人の心を道具として扱うことが出来る、あの羽咲織乃でしたら?」

 

 本当に、芹ヶ谷さんは話が早い。人生で想定外な事に母さんのプランが壊れた事は驚いているが、それだけだ。思いもしないことではあるが、バドに関しては理想的で完全無欠の母さんでも間違えることがある。なら、こう言う事態においても、現実として有り得ると考えた上でこれからの未来を設計すれば良いだけのこと。

 何よりも、姉さんのメンタルは理解した。

 まだ壊れた程度なら、手遅れな事なんて何も無い。そもそも今はジュニア大会が終わった中学三年の秋であり、時間はまだまだ腐る程あり余っている。ある意味で本番は高校に進学した後で、来年の高校生最強を決めるインターハイである。

 

「今はこのままで良いです。バドから離れた生活をして貰い、学友と過ごすことで精神療養させます。しかし、高校に入学したら、無理矢理でもバドミントン部に入れさせます。そこで仲間を作らせ、友人と娯楽としてのバドを楽しんで貰う予定です。

 一度、姉さんの葛藤全部をリフレッシュさせようかと。療養した後は母さんとバドを乖離させて、メンタルケアとバドミントンを両立することで壊れた心を癒すつもりですかね。

 でも、そこに私と芹ヶ谷さんの居場所は皆無です。

 姉さんがバドに甦るまで、私達は復讐のシンボルになりますから、折れた状態からメンタルが回復しないでしょう」

 

「じゃあ、誰が嫌がる羽咲さんを部活に入部させるのかしらね。私達がいない高校生活だなんて、羽咲さんは延々とバドから逃避しますわ」

 

 問題ない。姉さんも私も、友達にはとても恵まれている。

 

「藤沢さんと三浦さんのどちらかと同じ高校に受験させます。出来れば、この3人はセットにしたいですけどね。

 後はそれとなく、この二人に姉さんのことを任せます。そうすれば姉さんのため、必ず動くことですから」

 

 母さんは確かに間違えた。私の姉さんを期待し過ぎていた。だが、何一つ問題ない。まだ修正は十分可能。何よりも、私達は所詮何処まで行っても双子。

 

「だから、何も問題はありません。所詮、私達は神藤の娘ですかね。

 ―――逃げられませんとも。

 自分が自分で在ることに、私達のような時が止まった幼い子供は絶対に逃げられません。生きる理由を大人になるまで、私と姉さんは否定出来るほど難しく生きられないのですから」

 

 私が持つ理想は、羽咲綾乃であり、芹ヶ谷薫子であり、プレイヤーとしての自分自身の完成だ。そして母さんの作品全てを倒し、最高傑作へ私の手で私を作り上げること。だけど頂点に君臨し続けるのは厳しく、ずっと居座る気も余りない。この理想を叶えたいだけで、私は別に最強のプレイヤーで在り続ける事に興味はない。

 だから、最高傑作になった私を倒せる私の傑作が欲しい。

 それに選んだのが、天才を倒す天才に進化出来た芹ヶ谷薫子。そして、貪欲なまで自分の才能を進化させる羽咲綾乃。

 本当に、私はとても良い姉妹と友人に恵まれた。

 まだまだ私のバドミントンは終わらない。まだ始まってさえいない。

 

「まぁ……芋咲さんの考察は如何でも良いですわ。けれども、そうなると羽咲さんの高校は近場の公立が丁度良いかしら?」

 

「ですかね。私も姉さんもバドで推薦がありますけど、今の姉さんは全部蹴り捨てますから。ですけど、芹ヶ谷さんはどうなのですか?

 貴女程のプレイヤーでしたら、かなり良い場所から推薦されていると思うのですけど?」

 

「ハ、ほざきますわね。この秋のジュニア全国で優勝した化け物中学生に、それを言われますと厭味でしかないですわ。参加した大会でも、貴女以外で貴女に才能を植え付けられた私以上のメンタルの持ち主なんて、ただの一人もいませんでしたもの。

 ……練習の質が、バドの密度が違い過ぎましたわ」

 

「それは芹ヶ谷さんの力で、努力によるもの。誇るべき功績なのですから、自慢する事に何も問題はないでしょう。

 何よりも母さんの思想を詰めた練習に耐えたのは、芹ヶ谷さんのメンタルです」

 

 悔しそうな顔だ。芹ヶ谷さんは高校生もいるジュニア大会で、インターハイ優勝者に敗北している。その優勝者を倒した私にも負の感情を向けてはいるが、まぁ……本音を言えば、敗者の嫉妬こそ勝者への称賛だ。弱者が私に向ける視線は、私の努力を肯定する真実だ。コート上で真正面から叩き潰すことが、自分のバドを証明する唯一の手段。その強さに対する他者の感情を認めず、スポーツを娯楽にする事なんて出来やしない。他の人は知らないけど、私はバドをそう実感して生きている。

 だから、多分来年は素晴しくなると思う。姉さんも治れば、もっと楽しくなると思う。

 あの壊れそうだった強い人も、あの天使みたいに優しい先輩も、きっともっと強くなって私を倒しに来てくれる。あるいは、姉さんや芹ヶ谷さんの障害になってくれる筈。

 

「気にしないで下さいよ。来年の夏は高校のインターハイと、その一カ月度にはまたジュニア大会が待っているんですから。

 だから、何も気にしなくて良いんです」

 

「貴女のそう言う所、余り好きじゃありませんわ」

 

「奇遇ですね。実は私も、私の事が好きになれませんから。芹ヶ谷さんと違って」

 

「良く回る口ですこと。好き嫌いなんて、本当にどうでも良い癖に……で、今年の貴女は全国総合の方に出場しますの?」

 

「しませんよ。今年は棄権して他の人に出場権利を渡します。今年は余り姉さんの前で活躍する姿は見せたくないもので。

 ……私も私で、結構ショックが大きいですからね。

 療養が必要なのは姉さんだけじゃないってことですよ。今は練習だけに専念して、少し葛藤を潰し消したい心境なんですから」

 

 本当、私は糞だ。また一から……いや、零から組み立てないと。土台になる母さんの思想は、もう姉さんに対して使い物になりはしない。私は大丈夫だけど、姉さんを完成させるには姉さん自身がそのメンタルを磨く必要が出てしまった。

 ならこれから先は、何から何まで自分の思考回路から作り出す必要がある。

 面倒臭い事この上ないが、まぁいいさ。別に面倒事は嫌いじゃないし、厄介事は大好物だ。

 

「はぁ……勿体無いですわね」

 

「良いじゃないですか。どうせゆっくりできる最後の一年ですからね……貴女も、私も」

 

 確かに次の大会参加の推薦は貰えるだろうけど、仕方がないことだ。しかし、其処から先は他愛のない世間話を少々。バドミントンの事だけじゃなくて、今の学校とか、違う友人の事とか、少しだけお喋りをしていた。

 

「―――お待たせ!」

 

「あ、姉さん早いですね」

 

「肉まんが私を待ってるんだもん!」

 

 とまぁ、なので世間話もそこまでだ。芹ヶ谷さんも落ち着いた今の姉さんと話したい事もあるだろうし、私もさっさと風呂に入ってこよう。時間も掛けられないし。

 

「じゃ、待ってて下さいね、二人とも」

 

「急いでね、織乃」

 

「こら、羽咲さん。女性の入浴は急かすものじゃないですから」

 

「いやいや、何を言ってるの、薫子ちゃん? だって肉まんが待っているんだよ?」

 

 早速言い争うを始めた二人を無視し、タンスから出して準備しておいた下着の服を持って洗面所まで軽く走った。そして、着いたらそのまま一気に服を脱いで洗濯機に入れ、下着もポイっと袋へ放り入れた。

 ……うん、全裸の自分を鏡で見る。

 筋肉質で胸も小さくて低身長でな上、女性らしさが少ない肉体だ。鍛え方がかなりハードな所為か、脂肪がないので余り丸みがなかった。とは言え、好きでこの肉体を維持しているので問題はないが、そこまで好きにはなれない。本当はもっと筋肉が欲しいし、背も欲しい。だが、全て仕方がないことだ。今はとっとと脂で汚れた髪を洗い、体も洗ってしまおう。

 はぁ……しかし、生き返る。お風呂は命の洗濯だ。とは言え、急いでいる今はシャワーだけ。頭からシャワーを浴びて一息吐いて、気を落ち着かせる。出来れば風呂上がりに冷蔵庫へストックしてあるコーヒー牛乳を飲みたいが、姉さんと芹ヶ谷さんを待たせているので我慢しよう。

 なので髪を丁寧に、しかし急いで洗って、一気にお湯で流す。リンスも手早く使用して、またお湯で流す。そのまま勢いで洗顔して、また顔を洗い流した。後は体を洗うだけ。

 ボディソープを手に濡らし、泡立たせた後、体の上の部分から下の方へ洗っていく。汗を良くかく首周りを拭い、そのまま脇の下もちゃんと洗って、胸を洗い、腹もゆっくり隙間なく擦る。背中も良く洗って、股間のデリケートゾーンは丁寧にしっかり汚れを落とし、そのまま脚を洗いながら指先まで泡で拭いて行く。取り敢えず、今は汗と汚れを落とせればいい。そのままシャワーでお湯を頭から浴びて、全身の泡を一気に流した。その後はちゃんと手に持ったシャワーで体の各所にお湯を当て、一部分一部分を水圧でボディソープの滑り気を流し落とした。

 良し、今日はこれで良いや。外に出て一気にタオルで体を拭いて、同時に髪の水気を吸い取る。後はドライヤーでさっくり髪を乾かしながら、歯磨きを開始する。

 ―――ってか、これ凄く疲れる。

 歯を磨いている自分の間抜け顔を鏡で見ながら、そう脱力した。ここまでの高速シャワーをするのも珍しい。折角のリラックスタイムは大事にしたいけど、姉さんと芹ヶ谷さんを待たせるのは宜しくない。

 ……あ、そう思えば今の自分は全裸だった。

 急ぎ過ぎてテンパってたみたいだ。歯磨きをしながら下着を履いて、そのまま準備した服を着る。芹ヶ谷さんにおっさんと呼ばれるようにどうも私はスカートは苦手で、まず普段着のジーパンを着た。その後、ブラジャーの上からTシャツを着込む。今は寒いので、外に出るときは部屋にある皮ジャンを羽織ることにしよう。何故か死ぬほどダサいと言われるけど、この格好は多分母さんのセンスが移ったんだと思う。しかし、外出用の伊達眼鏡がないのは心理的に痛かった。

 

「あら、羽咲さんよりもお早いですね」

 

「やっと肉まんが到着したよぉ」

 

 それは流石に酷いと思うな、マイシスター。

 

「誰が肉まんですか。姉さんの頭には肉まんの餡でも詰まっているのですか?」

 

「残念だけど、今はね!」

 

「はいはい。でも、ちゃんと父さんに言ってから外出しますからね」

 

「そんなの分かってるってば」

 

「はぁ……ったく。何だか私、貴女達と話していると溜め息ばかり吐いてる気がしますわ」

 

「苦労人体質にでもなりましたか?

 まぁ、ツンデレキャラのツインテールですし、仕方がない事ではありますけど」

 

「いやそれ、一体どういう理屈なんですの?」

 

「肉まん肉まん!」

 

 ルンルン、と先を歩き出す姉さんを背後から芹ヶ谷さんと見る。

 

「姉さん、かなり幼児退行していますねぇ……はぁ、気が重い」

 

「あれ、完全に現実逃避に入ってますわよ?」

 

「今は良いですよ。何時かはバドと戦わないといけませんし、その時まではあれで良いでしょう」

 

「激甘とだけ私は言っておきますわ」

 

「うん、そうして下さい」

 

 取り敢えず、今は芹ヶ谷さんと戯れて癒されよう。姉さんと一緒に夜の散歩に出て、外の空気で澱んだ精神をリフレッシュしよう。姉さんのバドは憂鬱極まりないが、急ぐことは出来ないのだから。でも、来年の大会までには万全にしなければならない。本当ならこのまま一気に大会を突き進みたかったけど、今年は諦めよう。中学の内に行ける領域を実感したかったけど、駄目なものはどうしようもない。

 私は、私がすべきことを実践するのみ。

 推薦を蹴ることで羽咲と神藤は大会で忌み名になるだろうけど、それもまた良い刺激になることだ。

 






















 とのことで、シンドウの最高傑作のタイトル紹介でした。
 実は神藤である綾乃さんではなく、主人公が理想とする神藤有千夏になる為の、母から学んだ理想のシンドウを作る為と言うタイトルにしてみました。なので、マザコンでシスコンなんですよね。

 244さん、GN-XXさん、誤字報告ありがとうございます!
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