シンドウの最高傑作   作:サイトー

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 前回ちょっと主人公の本性が出ましたが、今回は逆に少しだけ本心が出てしまう雰囲気です。


七話 夜の女死会

「はぁ……久しぶりの肉まんだよぉ」

 

 芹ヶ谷さんに奢って貰った肉まんを食べる姉さんを見る。可愛いけど、最近は更に肉まんが好物になってるような気がする。もしかして、なんか中毒物質でも入ってるのかしれない。バドをキメる時とは違う威圧感があるが、今はかなりチョロ可愛い。それとどうもバドを考えないようにしているからか、表情が幼くなっているように見えた。

 雰囲気は、大会で芹ヶ谷さんに負ける前のもの。徹夜でゲームしたお蔭で、ある程度は感情をリフレッシュさせて、バドを捨てると決めたことで重荷から解放されたようにも見える。

 私と違って、苦しみ続けることを日常には出来なかったようだ。とは言え、生き方は人それぞれなので、姉さんにはバドを続けて欲しいが、駄目なら駄目で仕方がないと自分の人生に絶望するだけだ。ボーダーラインを超えると鬱病になってしまうかもしれないけど、健康面はきちんと万全なので精神病に犯されている訳ではない筈。

 あー……でも、本音は苦しみたくない。狂いたくない。まともでいたい。

 自分で思うのもあれだが、そもそも絶望することを前提にして、気が狂ってもバドがしたいとか、マジで救われないとは思っている。ちゃんとそこは分かってはいる。姉さんがバドを辞めたことでかなり私のメンタルも狂い出しており、発作的に自殺したくなる衝動もあるにはあるが、そこは耐えてしまえば問題ない。本当に死ぬ訳でもないので気にすることでもない。しかし、こうやってまだ理性的に自分の情緒を判断出来る内は大丈夫そうだが、許容範囲を越えると思考が可笑しくなる。

 それにまたあの時みたいに自傷癖が出ると死にたくなる。志波姫先輩に止めて頂けなければ、もっと後悔していたことだろう。しかしクソッタレな私なんて、別に疵付いて、心が壊れて、気が可笑しくなっても、ただただ面倒なだけで如何でも良い事か。どうせ理性が消える訳でもないし、ちゃんとスポーツマンとしての建前も守れるなら、自分の感情から失うものなんて何も無いだろう。無理をしているのがバレると家族にも、友人にも、姉さんにも心配されるかもしれないけど、私が何も間違えなければ、何一つ問題なくバドミントンを続けられる。

 何より人間そうそう壊れはしない。

 ……いや、それは思い違いか。どんだけ強くとも、駄目な時は駄目だったな。

 

「姉さん、肉まんの起源って生首だって知ってます?」

 

「―――――え……?」

 

 だがしかし、今は夜の女子会タイム。嫌な事を忘れる為の時間で、憂鬱で夢のない未来を描くのはご法度だ。禁忌だ。

 なので、楽しそうな姉さんに理由をも無くジャブを撃ち放ってみる。どうも自分は元気が出てきた姉さんを見ると、前みたいに揶揄したくなってしまっていけない。腫れ物みたい扱うのも変だし、そもそも面倒だし、何より自分が会話を楽しめない。

 

「それ、私も知っていますわ」

 

「知っているのですか、芹ヶ谷さん!」

 

「へ? えぇ……まぁ、知ってるだけですけど?」

 

 ネタが通じない時、私は如何すれば良いんだろうか?

 まぁ今時の女子中学生以前に、バドに青春まるごと捧げている芹ヶ谷さんには、通じるネタと通じないネタが結構分かれている。

 今回は虚しいけど、そのまま流してしまえば良い。聞き返しても悲しいだけだし。

 

「あ、はい。まぁネタはあれですね、元々は人間の頭部49個を荒神に捧げようとしたところ、あの諸葛亮孔明がその生贄の代用品として準備したのが肉まんなんですよ。まぁ、それも実際は怪しいらしいですけど、起源の一つとして上げられてます。

 なので小麦粉を人の頭の形にこねて作って、脳味噌の代わりに牛や豚の肉を詰めたんです。つまるところ、姉さんが美味しそうに食べているその肉まん―――小麦粉部分は顔面で、中の肉の餡は人の脳ってことですね」

 

「やめてぇえええ!! なんでそんな事言って、私の肉まん愛を破壊しようとするの!?」

 

「つまり、おのれ孔明って事ですね。分かります」

 

「違うよぉ……あ、何か本当にそう見えて来た。やばい、このままだと価値観が変わっちゃう」

 

 感謝するよ、孔明。貴方が現世に残した肉まんは、ちゃんと私の姉さん専用の罠として発動出来ました。

 正に―――孔明の罠!

 三国志一天才故、三国志一弩外道な孔明先生には頭が上がりません。人間心理はどんな分野でも武器になって頼もしい。貴方が残した叡智と、過去に成した所業は、しっかり私のバドミントンにも有効活用させて貰ってる。

 

「はいはい。羽咲さんが生首食べていようとも、コンビニの肉まんを食べていようと如何でも良いですわ。それに正直、羽咲さんは人の生首とか似合いますので、それはそれで宜しいです」

 

「生首が似合う中学生とか、何。貴女にとって私って何なの?」

 

「人の生首とか愛でてそうな魔王とか……かしら? はっきり言って、今も昔もそう言う認識ですわ」

 

「薫子ちゃん。これはもう戦争だよ」

 

 良し、姉さんと芹ヶ谷さんを舞台に上げることが出来た。と言うより、彼女ら二人は毒舌家で生意気な美少女さんなので、ぶっちゃけ感情を表に出し易い正直者だ。私みたいに穏やかにニコニコしてるような奴が、実は嘘吐き詐欺師なんてのが世の常識。何せ表情と言葉を武器とする人間ならば、必然的に感情一切を吐露しない。笑顔が綺麗な初対面の人ほど信頼してはいけないのだ。

 ……はぁ、私は何を考えているんだろうか?

 思考回路がどうも方向音痴になっているように感じる。立ち直れていない自覚はあるが、それでも理性的に考えて行動は出来る程度の自我に戻っているのだが……まぁ、そんなのも所詮は自己判断か。多分私も姉さんと同じくらいメンタルにダメージを受けているので、それなりに現実逃避をしないと息苦しくて仕方ない。

 

「ま、良いですよね。今夜までは贅沢に時間を使いましょう」

 

 しかし、中学生が遊べる場所は限られる。最近の神奈川県警はゲーセンの取り締まりが厳しく、補導などされると実に厄介。親にも迷惑を掛けてしまうし、芹ヶ谷さんも嫌な思いをするだろう。全く、ダクソ闇霊プレイ中に回復供給してくれるエスト便(契約霊)みたいに可愛げがあれば良いのに。

 なので、やはり此処は市民の憩いの場である公園で良い。飲みたいのや食いたいのを何時ものコンビニで買って、少し寒い秋の夜の中、こうやって友達と時間を潰すのも良いことだ。ゴミ箱もあるので迷惑にならないし、今の時間帯だとファミレスは中学生だと少し居座るだけで危ない時間になる。カラオケも良いけど、二時間もいられないなら行っても楽しくない。

 等と思いつつ、いちごミルクに刺したストローから一口……―――はぁ、甘くて美味しい。

 手に持っているのは500mlの紙パックなので、容量はそこそこ。しかし、烏龍茶や緑茶と違い甘いので、喉が渇いて一口飲めば、更に甘味の所為で喉が渇いてしまい、もう一口欲しくて飲んでしまう。あ、ついついまた飲んでしまった。

 はぁ……甘い。脳が(トロ)ける。

 帰ったらもう一風呂してから、今度はコーヒー牛乳を飲もう。

 

「あら。貴女は何時もの激甘コーヒーじゃありませんの。喉に絡み付く飲む砂糖飲料じゃなくて?」

 

「今日はハードボイルドじゃなくて良いんです。気分じゃないですし」

 

 夜の公園で缶コーヒーを飲むとハードボイルドな気持ちになれるような気がするけど、今はかなり精神が疲れているので遠慮したい。そもそも家でフロムゲーしていたので、ハードボイルド成分は十分に堪能したし。

 

「それでイチゴミルクですか。キャラに似合わず子供っぽいものを好みますわよねぇ……本当、子供らしくない癖に」

 

 そんな事を言いつつ、芹ヶ谷さんは野菜ジュースを飲んでいた。まぁ外見的なキャラには合っているけど、内面を考えると野菜ジュースよりもコーラとかの方が似合っていると思う。

 しかし、子供か。まぁ、他の同級生と比較すれば大人っぽいかもしれないが、まだまだ十分私は子供だ。いや、そもそも感情面は何一つ成長していないように感じる。むしろ、子供以前に幼児に近い。姉さんみたいになりたいと憧れた情景から、何かしら自分は変わる事が出来たんだろうか?

 ……全く、あれもこれも考え過ぎだな。

 取り敢えず、子供らしくないと言うのは否定させて貰わないと。

 

「嫌ですね。私はずっと子供のままですよ。努力して、練習して、成長して、幼い頃の夢を叶えない限り、人間は本当の意味で大人になることなんて出来る訳がないですから」

 

「極端な意見ですわね。まぁ、私もバドの夢を叶えずに大人になるなんて、そんな都合の良い未来はいりませんけど」

 

「其処らへんは、私と芹ヶ谷さんって似てますよね。

 だから私が思うに、理想を諦めて現実を見るのって、大人になることを諦めた餓鬼の泣き事なんですよ。そんなのは大人じゃなくて、ただの捻くれた可哀想な糞餓鬼でしかないんです。世間では現実に生きるのが大人って風潮ですけど、あれは頑張れない自分に対するただの言い訳で、後の人生で死ぬしか未来がない事に対する逃避ですね。

 ……だから私は、父さんや母さんみたいな大人にならないといけないのです。

 自分がしたいことをする為に生きて、ちゃんと家族も養いながら好き勝手に生きる程の能力を得て、私は漸く自分が大人になったって実感する訳です」

 

 家を継いだ職人の父さんは、その技で生きている。

 バドを貫いている母さんも、その技で生きている。

 そう言う意味では子供の立場からして、似た者夫婦と呼べなくもない。だから私も、やり続けるバドミントンを愛そうと、バドでお金を稼いで自分の人生にしようと、それなりに頑張ってはいるつもりだ。

 

「芋咲さんは、意味も無く世間に喧嘩を売るのが好きですわね。私以上に毒舌ですもの。けれども、それに私は賛同せざる負えないのも事実。

 死ぬ気なんてないですけど、死んだ方がマシって思いますもの……って、ごめんなさい、羽咲さん。心折れた貴女には厭味な会話になってしまいましたわね、ふふふふふ!」

 

「あ。うん、素で忘れてました。ごめんね、姉さん」

 

「いいよー別に。所詮私なんて、バクテリア以下のゾウリムシなんだもん」

 

 しかしぶっちゃけた感想だけど、思ったより姉さんのメンタルの回復速度、早くない?

 高校までに部活に入れる程度にはトラウマが薄れてくれると良いなぁ……何て希望的観測の元、色々と策を張り巡らせるつもりだった。だけどこのままバドを一旦忘れた後にラケットを握って貰えれば、あの神藤に立ち戻れるかもしれない。まぁ、策は策としてちゃんと未来にセットしておくけど。

 なのであの時の自分は選択を間違えていなかったようだ。下手糞な説教をしたり、バドをしようなんて今は逆効果な説得をするよりも、徹夜でゲームやらしたのは成功だったと見える。気分転換には持って来いだし、一人でウジウジするより負の感情を共感出来る人とヒッキーになっていた方がまだ良い。

 結論として、やはりフロムゲーは偉大だ。

 部屋に一人籠もっているよりも、人類種の天敵になってクレイドルを空から落して大量虐殺してた方がよっぽど建設的だ。後はついついカイネ編で号泣してしまったニーア・レプリカントも姉さんにやらしてみたいが、それはまた今度で良いだろう。バド辞めたから時間は沢山あるだろうし。

 

「ほらぁ駄目ですよ、芹ヶ谷さん。まだ姉さん、心折れてますから。直ぐ拗ねますし」

 

「織乃はさ、本人を前に良くそんなこと言えるよね?」

 

「いやはや、そうですかね。まぁでも私、もう気にしてませんから。今日からこんな感じでいこうかと。いや、本当は姉さんと一緒にバドしながら大人になりたいですけど……全部丸ごと今日から、姉さんのバドは気にしないでいきますから。

 ……勿論、戻るのは何時でも大歓迎なので」

 

 気にしないだなんて、真っ赤な嘘だけど。しかし、ショックから回復し始めた今、この感触程度で発破を仕掛けるのがベストと判断。完全に切り離すと後戻り出来なくなるかもしれないので、ちゃんとバドに復帰する動機を忘れられない様に、なるべく記憶に残る様にしたい。あるいは、またバドを始めた時、この会話を思い出して―――練習をする気力にして欲しい。

 居場所があると知っていれば、可能性はまだある。

 しかし、あれだな。ちゃんと本心で姉さんを思いやって台詞を言っているのに、またバドをやって欲しいと願っているのに、こうやって損得まで自動的に計算する自分の頭蓋が何時まで経っても死ぬほど嫌いだ。しっかり感情を込めて喋っても、結局は効率よく合理的な台詞を選んで人の心を操ってしまう。下手をすれば未来の選択肢を制限し、気を抜いて行き過ぎると軽い洗脳状態になってしまう。

 思うに私は多分、新興カルト教団のカリスマ教祖とかに向いてる才能だ。

 いやもう本当、嫌になるほど生まれながらの悪人体質。芹ヶ谷さんとか気が付くと軽く洗脳してしまって、重度のバド廃人にしてしまい、私を信じ込ませて姉さんから勝利を奪う程に強くしてしまった。まぁ、本人もそう望んでいたので、相乗効果で変な雰囲気になってたと思う。

 

「うん。ごめんね、織乃。後、ありがと!」

 

 あー、マジで私って糞女。姉さんがそう言う風に言って欲しいって分かってるから、私はそんな台詞を言ってしまっただけ。バドを辞める事を認めながらも、姉さんがバドを辞める事を残念に思っている様な雰囲気を出しつつ、まだ貴女にバドをして欲しいと願っている人がいるって知らせて、それが多分今の姉さんにとって一番の薬になるって分かってしまいうから。

 でもね、本当は違うんだ。全然感情と違うの。

 本音は言えば、怒り狂いたい。何で私とバドを捨てたんだって大声で叫びながら、私を捨てた母さんと貴女は同じことをしたんだってヒステリックに泣いて、そのままリストカットしたいくらい―――狂いたい。

 母さんが消えた日だって、本当はそうだったんだ。

 泣かなかったのも、泣けなかっただけなんだ。だって分かってしまっていたから、全部何となく予想が付いた。母さんがバドミントンの選手で在る事を選んで、それで私と姉さんを捨てたなんて事は、母さんの事を理解すれば一秒も必要としないで零秒で分かった。

 母さんは母じゃなくて、私達の指導者として最善を選んだって。

 でも本当は―――良くも捨てやがったなって、母さんは母親として捨てたんだって、姉さんにも、父さんにも、婆さんにも、爺さんにも、家族全員に八つ当たりをしたかった!!!!

 

「織乃さん……―――手、危ないですわよ」

 

 左手を、ちょっと力強く握ってしまっていたらしい。姉さんからは見えないが、芹ヶ谷さんからは丸見えだった。

 

「ああ、はい。そうですね、芹ヶ谷さん」

 

 ふぅ、と一息。ちょっとしたことで思考回路が曇ってしまう。だから、せめて理性だけは留めて、妹として、友人として、何より母さんの娘としての世間体は守らないと。

 なので、右手に持つイチゴミルクをちゅーと一口。うん、甘くて美味。腐った脳味噌を癒してくれる回復糖分だ。

 だけど失敗したな。

 芹ヶ谷さんに見られてしまった。自傷癖があるのはバレているけど、友人に血が流れる姿を見せたくはない。今回はギリギリセーフだったけど、これはそう言う話じゃない。だから本当、何時まで経っても私は夢一つ叶えられない糞餓鬼なんだ。

 まぁ……此処まで頭がやられているのも今夜で最後だろう。明日からはもう少しまともになって、感情を殺しておかないとならない。その為には、今夜である程度はストレス発散させてリラックスしておこう。

 と言うことで、会話を無理矢理私から再開させようか。

 

「で、こう言うことを私から喋るのもあれですけど……ぶっちゃけ、私達三人揃った時、バド以外で何か話題ってありますか?」

 

 多分、なかったと思う。時間指定されるドラマなんてまず見ないし、アニメ趣味は私だけだし、朝のニュース見るなら朝練しているし、そもそも話題がそんなにない。

 最近の自分達の近況報告にしたって、バド以外に言うべきことがない。

 

「わぁお、びっくりするほど何も無いよ」

 

「ないですわね……あれ、本当に何もないですわよ?」

 

「ですよね~」

 

 これじゃあ、女子会じゃない。女子として死んでる深夜会合、略して女死会だ。

 

「仕方ないですね。此処は一つ、私が盛り上げるしかないでしょう」

 

「お、本当に。偶にだけど、自分で自分にとんでもない無茶ぶりするよね」

 

「自らの手でハードルを上げるとは、貴女に怖いものはないのですか……」

 

 肉まんを食べながら此方に耳を傾ける姉さんと、スナック菓子を食べ始めた芹ヶ谷さん。女死会をちゃんとした女子会にするべく、強烈なスマッシュを会話のコートに叩き込むのがベストである。

 ……何だけどこの二人、そもそもまともな女子的感性を持ってない。

 鉄板の恋バナとか無理だしな。おばさんチックな井戸端世間話もしてみたいけど、他人の噂話とかつまらないと思ったら鼻で嘲笑うタイプだから下手な事は言えない。嫌な奴の悪口で盛り上がるのも一興だけど、まずこの三人全員が普通に性格悪いから陰口言っても、全部自分に戻って来る言葉のブーメラン大会になるだろう。

 だから私は、羞恥心も自尊心も全てを込めて、特大の一撃をお見舞いするしか道はなし!

 

「実は私、一か月前―――処女捨てました」

 

「「ブハァァアアッ!!!」」

 

 あ、二人とも、滅茶苦茶口から色んなモノを吹き飛ばしてる。今居るのが公園だから良いものの、此処が室内だったら大惨事じゃなかろうか。

 

「ごほ、ごは、うぅ……ゴホゴホゴボ!!」

 

「鼻……鼻から、野菜ジュースとスナック菓子が……痛い、痛いですわ!!」 

 

 ヤバい、効き過ぎたみたいだ。姉さんは気管に肉まんでも詰まったのか、地面に四つん這いになって只管咽ていた。このままだと胃に入ってる肉まんの残骸を吐き出しそうなくらい、やばいほど息を詰まらせていた。多分、あれ、吐く。芹ヶ谷さんも姉さんに負けない大惨事になっていて、飲んでいた野菜ジュースが一気に一番上まで噴き上がってしまったみたいだ。お笑い芸人も真っ青な鼻噴射顔芸だった。

 うん、人様に見せられない醜態だ。結局、女性として死んでる醜態を見せる会、略して女死会のままだった。

 

「誰だ。一体、私の織乃から純潔を奪ったケダモノは誰なんだ。許せない、許せないよ。私が、この羽咲綾乃が細胞一片残さず―――絶滅してやる。

 駆逐してやる……!」

 

「あ、あれ……あれれ……わた、わたくし……ちょっと耳が遠くなっていたらしくて。ええ、あんなのは絶対聞き間違いに違いないですわ。織乃さんが、しょ、しょ、処女を卒業していらしたなんて!

 織乃のヴァージンロードがぁ……」

 

「まぁ嘘ですけど」

 

「「―――――――――……」」

 

 あれ、時間が止まった。

 

「うっそでーす、イッツジョークです」

 

 ちょっと可愛くもう一度言ってみる。それなりに受けたみたいだし、これでやり過ごそう。性格が悪い二人だけど、些細なことって許してくれる筈。きっと、多分、メイビー。

 

「ははは」

 

「ふふふ」

 

 ……あ、これ駄目なパターンだ。このまま近くにいるとプロレス技とか決められそう。この二人が相手だと、流石に八極拳を習得した私でもかなり分が悪い。なので静かに、殺意の波動に目覚めて震えている二人から、無音歩行で距離を取った。

 でも、あんな粋な冗談で一目でヤバいと分かるくらい怒り出すんだ。変なオーラを受けて、ちょっと私も足が震え出しそう。

 

「……ぁ」

 

 じゃり、と足元から音が鳴っちまった。

 

「おーりの♪」

 

「織乃さぁん?」

 

 わぁ、なんか目が死んでる!

 

「サヨナラ!」

 

「「待て!」」

 

 糞。雰囲気を変える渾身の冗談なのに、何故か二人に油を注いでセルフで発火させてしまったようだ。やばいやばいやばい、ここまで鬼気迫る二人を見たのは人生で初めてだ。

 何よりヤバいのは、冷静な判断を出来ずに目の前にあった蛸の滑り台に昇ってしまったことだ。

 

「羽咲さん、私は裏に回りますわ。正面からは貴女がやりなさい!」

 

「分かってるよ、薫子ちゃん!」

 

「畜生、囲まれました……!」

 

 何この状況。こんな鬼ごっこみたいな場面は小学生低学年以来だ。でも、その相手が姉さんと芹ヶ谷さんのタッグとか悪夢でしかない。凄く馬鹿らしい事になってるけど、本気で危機感を覚える。

 けど、何が何でも逃げ延びたい。

 ここままじゃ絶対に碌な目に遭わないことだけは確実だ。

 でも、しかし、だけど、どうすれば、こんな状況を打破出来る。一秒が命取りになってしまう。早く何とかしなくては。

 

「……は!?」

 

「追い詰めましたわよ、ふふ」

 

「織乃が思考停止するなんて珍しいよね」

 

 どうする。こんな逃げ場がない場所で、正に前門の龍、後門の虎な状態になってしまった。じりりじりり、と前後から距離が縮まる。

 クソ、駄目だ。早く何とかしないと!?

 

「ねぇ織乃。お姉ちゃん、織乃が逃げると困っちゃうよ……?」

 

「……あ、姉さん」

 

 可愛い。そんな上目使いで言われると、何かに目覚めそうになる。他の女がしてもブリっ子女郎としか思えないけど、姉さんは別腹で可愛らしい。うん、可愛い。

 

「隙有りですわ!」

 

「ほぎゃ!?」

 

 バックスタブだとぉ!?

 

「あははははは、このシスコンめ! 無様に隙だらけですわ!」

 

「なんですと!?」

 

 背後から組み捕えられ、身動きが取れなくなってしまう。なんと見事なタックルからの拘束か。何時の間にこんな技術を芹ヶ谷さんは覚えやがったんだ。

 

「うんうん、流石薫子ちゃん。人の意表を突く見事な外道プレイだね」

 

「ふふふ。そう言う羽咲さんこそ、弱点を的確に抉る非人間ですわよ」

 

「本当に、私をイジめる時だけ仲が良いですよね!?」

 

 解せぬ。会心のジョークだったのに!

 

「けれども、これで織乃は私が煮るなり、焼くなり……くずぐり刑に処すなり、自由ってことだよね?」

 

「おい止せ、止して下さい。話せば分かりますからぁ…!」

 

「ちゃんと知ってるよ、織乃。こう言う時は、問答無用って言うのが正解なんだよね」

 

「違いますから!」

 

 やめろ、マジやめて……って、あっははははははははははっはははははははははははははははははははははははは!

 呼吸が、息が出来ないって。

 やめてぇ苦しいから、死んじゃうからコチョコチョしないで!

 ああ、畜生。芹ヶ谷さんが更に私の両手を拘束し、万歳状態な体勢にする所為で、姉さんの手が脇の下と、胸と、横っ腹全部を蹂躙してくるよぉ……!?

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁはぁ……はぁ―――ああ、何か、月が綺麗です」

 

 その後、私は呼吸が整うまで、タコタコ滑り台で放置プレイを受けた。滑り台で仰向けになりながら、霞む視界で夜空を見つつ、何か文豪みたいな告白を意味も無く呟いてみた。まぁ、月が綺麗に輝いているのは本当なので、つい言ってしまっただけではあるが。

 …………はぁ。まぁ、良いや。

 酷い目にはあったけど、明日からしっかり生きる為の気力は何となく湧いてくる。そんな気がしないでもない。

 



















 しかし、これ、高校入学しないとバド描写皆無ですね。
 それと主人公の中ですと、大会の時の恩から志波姫=天使様になっていますので、高校編で再会すると危険な女になります。




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