stories by BanG Dream! (短編集) 作:夢兎*
なによりも欲しいもの
外へ出ると、一陣の風がふわりと髪を揺らす。んー、六月の匂いがするなぁ。なんて、そんなの分からないんだけど。
ただ、この季節特有の湿っぽい風とか、濡れたアスファルトの匂いとか、コンクリートの壁を伝う雫とか。バイクに掛けられたビニールカバーや、水嵩の増した川の流れる音。それから、ちょっぴりいつもより跳ねている後輩の髪の毛が、アタシはそんなに嫌いじゃない。
ピンポーンと入退店を報せる機械音に後ろを振り向けば、満足気な顔でコンビニ袋を手に
「ふふふー、ミッションかんりょーです。リサさん、待ちましたか〜?」
「モカ! ううん、全然。ていうか、こんな短時間で待つもなにもないでしょー? ほら、帰ろう」
「はーい。——あ」
「? どうしたの?」
すぐに立ち止まったモカを不思議に思って声を掛けると、モカは悪戯を思いついた子供みたいな表情を浮かべて、
「今のってー、ちょっと恋人っぽくなかったですか〜?」
「ちょっ、えぇ……? も、もー、まーたそんなこと言ってる」
言いながらも、つい視線を逸らしてしまった。
い、いや……恋人って。そーゆーのはまだちょっと早いっていうか? いやいや、早いも遅いもないけど! だいたいモカだって別に本気で言ってるわけじゃなくて、どーせいつもの冗談だし。……あー、もう、顔熱い。
とはいえ、いつまでも逸らして固まってるわけにもいかない。でも、そろりと顔を向ければ言った本人も少し頬を赤くしていて。
「……そんなに反応されると、モカちゃんもちょーっと照れ臭いというか……」
「……ぷっ。あははっ、もう、なにそれ! 歳上をからかうからだぞー?」
「はーい……反省してます〜」
お互いにしばらく笑い合うと、ぎこちないながらも心地いい空間が戻ってくる。モカといると、なーんか安心するんだよねー。理由は……まあ、分かってないってわけじゃないんだけど。
でも、そんなこと言えるはずもなくって。アタシは少しでもこの後輩と長くいられるようになんて乙女みたいなことを考える自分に苦笑しながら声を掛ける。
「あ、そういえばさー。モカ、この前マンガが面白かったから貸してくれるーって言ってたじゃん?」
「あー、言いましたね」
「それ、今日借りに行ってもいい?」
「え、別にいいですけどー……、もう遅いですよー?」
「ま、まあ、明日は学校休みだし、平気平気!」
変に粘ったせいか、モカは少しだけ怪しむようにアタシを見て、それからうーんと人指し指を顎に当てて考える。即答、はしてもらえないよねぇ……分かってたし、モカが心配してくれてるだけだってことも分かってるんだけど、ちょっとだけ胸が痛い。
「ま、リサさんがいいならいいですよー」
「オッケー。じゃ、帰ろっか」
「帰りましょ〜」
どちらともなく歩き出すと、横からふふふと笑い声が聞こえてくる。ちらと目を向ければ、声の主はこちらを向いて特に気にした風もなく口を開いた。
「なんか一緒に暮らしてるみたいですねー」
「あー……え? い、いや、いやいやいや! な、なにそれ〜、全然、想像出来ないよ〜」
嘘です、めっちゃ出来ます……ほんと、いきなりなに言い出すのこの子は。モカと一緒に暮らすとか、そんな、だって、そしたら毎日一緒に帰るじゃん? アタシがご飯作るじゃん? そしたら、モカが美味しそうにいっぱい食べるでしょ? 当然、おんなじベッドで寝るわけで……そしたら、つまり、お、お風呂とかも……だーっ! アタシなに考えてんのっ? ほんっとになに考えてんのっ? 後輩だよっ? 冷静になれアタシ〜! ……無理。
ぼんっと再び顔が熱くなったのが自分でも分かる。で、そんな反応したらモカもまたさっきと同じ顔になるのは当たり前みたいなもので。
「も、もぉーっ、モカーっ!」
「い、今のはわざとじゃないですよ〜っ!」
わざとじゃないのが一番タチ悪いんだってば! はー……もう暑い。今日ちょっと気温高くない? そんなことない? だって、モカも暑そうだよ?
「……ご、ごめんなさい」
「う、ううん、こちらこそ……」
他の人なら、多分そんな言葉にいちいち反応したりしないのに。どうしてモカだけ……考えるまでもない、か。一回目よりも威力が高かったせいでなかなか復帰できず、結局、その後しばらく二人で明後日を見つめながら歩いた。
× × × ×
「たっだいま〜」
「お邪魔しまーっす」
何度か上がったことのある玄関を抜け、モカの部屋へ向かおうとすると、リビングに繋がる扉が開いてモカのお母さんが顔を見せる。なにやらモカに渡すものがあるらしい。小包を受け取ったモカはキラキラした瞳をアタシに向けて、
「リサさん、例のブツが手に入りましたよ〜」
「例のブツ?」
まさか薬や武器じゃないだろうけど、なんだろうと考えてみても答えは出てこない。ずんずんと自分の部屋へ歩いていくモカを追って室内に入ると、モカは雑に包みを開けて、中身を取り出した。
「じゃじゃ〜ん! スマッシュブラザーズ〜! わー、ぱちぱち」
スマッシュブラザーズ……なんか聞いたことあるよーな。
「前に好きな対戦ゲームの新作が出るって話したじゃないですかー? これが、それなんですよー」
「あぁ、あのときの」
確かに前、バイト中の暇なときにそんなことを言っていたような気がする。目を輝かせてそれを見つめるモカは心の底から嬉しそうで、アタシまで笑顔になっちゃいそうだった。
「それ、そんなに面白いの?」
「面白いですよ〜。でも、一人でやるゲームじゃないので、蘭達とやる日までお預けですかねー……」
微かなため息が小さな口から漏れる。眉尻を下げて残念そうにするモカを見て、アタシはなにかを考えるより先に声を出していた。
「——あの、さ。アタシじゃ、ダメかな……?」
勢いで言ったはいいものの、なんだか断れるのが怖くて顔が下を向いてしまう。でも、ほとんど間もなく返ってきたのは嬉しそうな声で。
「えっ? リサさんってゲームとかやるんでしたっけ? あ、でも、そーいえば、白金さんとかあこちゃんとたまーにやってるって言ってたような……」
「そうそう! 燐子とあことたまにねー。だから、その、教えてくれれば出来るかなぁ……とか、思うんだけどー、どう——」
逃げ道を探すような苦笑を漏らしつつ口を動かしていると、それを遮るようにがしっと手を握られた。
「モ、モカッ!?」
「——やりましょう!」
熱い眼差しに、どれだけやりたかったのと呆れとも困惑とも取れるような息を吐いてしまう。……でも、よかった、楽しそうで。
そんなことを考えながらも、なんとなく自分の口が勝手に動いた理由が『モカが寂しそうにしていたから』じゃないことに気づく。アタシがモカに提案したのは、多分、モカのためとかそういうことじゃなくて、アタシのためなんだ。
——アタシが、モカの一番になりたい。
ただのゲームでバカみたいだけど、バカだと思うけど、それでもそうやって反射的に声を出してるくらい欲しくて欲しくて堪らなくて。
「じゃあじゃあ、準備しちゃいますね〜」
「う、うん。よろしくー」
どうしよっかなぁ……この気持ち。るんるんでゲームの準備をするモカを見つめながら、そっと胸の辺りを抑えた。いまだ手には握られたときの温もりが残っている。
肌から抜けて空気に溶けていく温度が、今はただひたすらに惜しかった。
× × × ×
「あぁーっ! 負けた〜……」
アタシの操作していたキャラが、モカの操作するキャラに殴られて画面にぶつかる。リザルト画面が表示されて、はぁと疲れから嘆息が溢れた。一度コントローラーを離して、飲み物で喉を潤してから時計を一瞥する。
「——えっ! 23時っ!?」
「えっ? うわぁ、ほんとだ。リサさーん、ごめんなさい……」
「ううん、見てなかったアタシが悪いからいいんだけどー……」
23時は、うん、やばい。っていうか、家に連絡してないし……遅くなるかもとは言ってあったけど、これはまずい! え、でも今から帰るの? どうしよ、どうする?
うんうんと考えていたら、ぽしょりとつぶやきが耳に届いた。
「そのー……お詫びというわけじゃないんですけど、よかったら泊まっていきます? 明日、休みですしー」
「えっ……い、いい、の……? い、いやでも、急に泊まるとかモカのお母さんにも申し訳ないし! やっぱ帰るよ!」
「大丈夫ですよ〜。多分、ご飯も二人分用意してくれてあると思いますしー。まあ、リサさんが良ければ、ですけど……この時間だと補導とかされるかもしれないですよ? お母さんに頼めば、送ることも出来ますけど」
送ってもらうのは、もっと申し訳ない……。うーん、でもアタシそんなつもりなかったから、全然支度とかしてないし、着替えもないし、でも折角用意してもらったご飯を食べずにっていうのもちょっとなぁ。うぐ、どうしよ〜。
「着替えならあたしの貸しますしー、泊まればご飯も食べれて、送ってもらう必要もないですよー?」
……モカ、心読んでる? ちょっと驚きながら顔を見てたら、モカはまた悪戯っぽく笑ってアタシの疑問に答える。
「ふふふー、モカちゃんはリサさんの考えてることくらい分かっちゃうんですよ〜」
「な、なにそれーっ! アタシが分かりやすいみたいじゃん!」
っていうか、恥ずかしいからほんとそういうこと言うのやめて! 暑い! 熱いー! あーっ、もうっ、ほんと恥ずかしいっ、うぅ……。
「モカぁ……」
「そ、そんなに怒らないでくださいよー。冗談ですってばー。えへへ」
「えへへじゃない! はぁー、もう……分かった」
「ってことは〜?」
「泊まってく! 一晩お世話になります!」
「はーい!」
なんだかしてやられた感じ。……ちょっと悔しい。アタシもなんか仕返し出来たらいいんだけど、モカってマイペースだからなー。なに言ってもうまいこと
「お風呂とご飯、どっち先にしますか?」
「うーん、お風呂かなぁ……後回しにすると面倒くさくなるし」
お風呂って遅くなればなるほど面倒になるよねぇ。なんでなんだろ……お風呂もカロリー消費するし、やっぱりなんだかんだで疲れるのかな。入って後悔することはないけど。
「りょーかいです。お湯は張ってあると思いますけど、先に入りますか〜? あ、それともー」
……なんか、嫌な予感がする。身構えて待てば、その予感は的中して。
「一緒に入ります〜?」
ぐっと、顔が赤くなるのを堪えた。堪えられてるかは分かんないけど、形成逆転のチャンスはここしかない! 生意気な後輩に仕返しだー!
「じゃあ、一緒に入ろっかー?」
アタシの返事が予想外だったのか、モカは固まって頬を紅く染める
「え。あっ、えぇと……は、はい」
え? ほんとに一緒に入るのっ? え、無理無理無理無理絶ッッッッ対無理! えー? なんでー? なんでこうなったの? ちょっと待って、落ち着けーアタシ。……モカと、お風呂? 改めて考えたら頭が爆発しそうだった。
「え、えーっと……それじゃあリサさんに先に入って身体を洗ってもらって、リサさんが終わったらあたしも入る、って感じ……で」
「……あ、うん。その、えと、分かりました……」
なんか敬語になっちゃったよ! いやだって今からモカと一緒にお風呂はいるんだよ!? なにこの急展開! 聞いてないよぉー!
「モ、モカちゃんは着替えとか準備してるのでー、あの……あ、お風呂の場所は分かりますかー?」
「う、うん。なんとなく、分かってるよ……」
「そうですかー……それなら、その、行ってらっしゃい……ませ?」
「い、行ってきます……?」
そんな感じで、いきなりのお風呂イベント勃発に混乱しながらも部屋を抜け、脱衣所で服を脱いで浴室へ入る。……へー、結構広いんだ。二人で使うには狭いかもだけど、湯船はギリギリなんとかなりそう。
とりあえずぱぱっと身体と髪、あと顔を洗って、それから湯船に浸かった。ちょっとぬるいけど、貯めたのが遅かったのかそれともそういう機能でもついてるのか心地いい温度だ。
「リ、リサさーん?」
「ひゃっ、はいっ!」
「も、もう、大丈夫……ですかね」
「あっ、う、うん! 大丈夫!」
大丈夫じゃないよ! 全然大丈夫じゃない! なんなら大丈夫なとこ一個もないよ! うあー……えー? 今からほんとにモカ入ってくるの? うわぁ、服脱いでる音聴こえる……うぅ。耳塞いでよ……。
お風呂で赤面して耳を塞いでいる変な人になっていたら、カチャリと浴室のドアが開かれた。アタシはそっちに目を向けることも出来ずに、そのままじーっと壁を見つめて固まっている。なんてヘタレ。
モカも特に喋ることなく、身体を洗い始めたらしい。ゴシゴシとスポンジの擦れる音が耳に届いて、奥で木霊し、脳みそまで届いて反響している。いや、意識し過ぎでしょアタシ。女の子同士だから! 普通にありえるから! 別に変なことしてるわけじゃないから!
けど、けどぉ……。
ちら、誘惑に負けて動かした視線の先にはいつもは目にしない部分の白い肌があって、タイミングを同じくしてこちらを向いていたモカはにやりと口もとを緩める。
「リサさんのえっち」
んんっ!? なになになになになに! なにそれ! あー、無理! 死ぬ……死んじゃうよアタシ。なんですーぐそういうことするかなぁっ!
「も、もかぁ……っ!」
「あははー、ごめんなさーい」
なんでそんなに平気そうなの……さっきは真っ赤だったくせに。……やっぱり、生意気。でも、勝てないのがそんなに嫌じゃないんだ。
「じゃあ失礼しまーす」
髪も身体も洗い終えたモカが、すっと湯船に入ってくる。アタシは、お風呂から出るまでひたすら壁と見つめ合っていた。
× × × ×
ご飯も食べ終えた頃には時刻は午前一時を迎えようとしていた。休みとはいえ夜更かしは厳禁。明日も練習はあるしそろそろ寝ようってことになったんだけど、どうしてかアタシはモカと同じベッドで同じ布団を掛けて横になっていた。
『残念ながら予備の布団とかはないんですよね〜……』
というのはモカの言葉。モカの家に泊まったのは初めてだから、それが本当なのかどうかは分かんないけど……。でも、嘘だとしても出すのが面倒とかそんな理由だろうし、いきなり泊まることになった上にそこまでさせるのも忍びないから、まあ、つまり、消去法ってやつで。
静かに息を吸っているだけで、モカの匂いがして、なんかわけわかんないくらい頭がごっちゃごちゃになる。それなのに安心もしてて、それできっと優越感とかも多分あったりするのかなって。
みんなで味わうはずだった初めてをアタシが貰えた。そのことだけでもう胸がいっぱいなのに、今こうして同じベッドで寝てる。……今日は、なんか色々あり過ぎたなぁ。
背中合わせで寝てるからモカの顔は見えなくて、でも、時折触れ合う背や足、布団の中にこもった温もりからモカを感じて。あったかいなぁ……。
「……リサさん」
直前に考えていたことが恥ずかし過ぎて、名前を呼ばれたのに寝ているフリをしてしまった。ごめんねモカー……。心の中で手を合わせて謝っていると、モカはゆっくり身体を起こして——
——頬に柔らかいものが触れる。
間近から耳に届く息遣い。頬を撫でる髪。いろんな情報が、アタシが今なにをされたのか教えてくれる。……なんで? なによりもまず、疑問が頭に浮かんできた。
「知ってました? あたしにとって……リサさんは特別なんですよ?」
その意味を理解しきれず、唇と触れ合った部分が熱を帯びて思考を溶かす。なにも考えられず、なにも言わず。そうこうしているうちにモカは寝ちゃって、その寝息を聴きながらそっと身体を起こした。
……ほんとに寝てる、よね。
ううん、寝てなくたって、いい。直接は怖くて聞けないから、アタシはこうするしかなくて。だから、アタシはその横顔に近づいて、頬にお返しの口づけを。
「……脈アリってことで、いいんだよね? モカ」
返事はない。でも、どこかすっきりした気持ちで横になった。多分、アタシとモカの関係は、アタシの勇気が足りないから、もうちょっとこのまま。でもね、モカ。頑張るから、待っててくれたら嬉しいな。
——待ってますよ、いつまでも。
そんな声が、聴こえた気がした。