stories by BanG Dream! (短編集) 作:夢兎*
カランカランとハンドベルの音が商店街に響く。
暑さも増してきた今日この頃、お菓子の材料を買いに来たアタシは、ポツンと受け皿の中で止まっている赤い玉を見つめていた。なんでも商店街で福引きをやっていて、一定金額以上のレシートを見せれば一回挑戦出来るんだとか。
そして、どうやら、アタシは一等を引き当てたらしい。
「リサさんっ、おめでとうございますっ!」
自分が当たったわけでもないのに、香澄が手を挙げて喜ぶ。
「……ていうか、なんでいるの?」
「あー、私たち、商店街のお祭りの件で前にいろいろあって、そこからの繋がりで呼ばれたって感じですねー。沙綾もパン屋の娘ですし」
「へえー」
なーるほど。うんうんと頷いていると、有咲は一等の景品である遊園地のペアチケットを取り出して、アタシに手渡してくれる。
「じゃあ、これ。おめでとうございます」
「お、ありがとー」
ペアチケットか。遊園地は好きだから嬉しいけど——
「誰と行くんですかっ?」
——それ、なんだよねぇ。相手がいない……ってわけじゃないんだけど、誘っていいものかどうか。いや、まあ、誘ってもいいとは思うんだけど、なんていうか、こう、うん……アタシの勇気が足りないだけだね、これ。
「友希那先輩じゃないんですか?」
「呼んだかしら?」
「——わぁっ!? 友希那っ?」
び、びっくりした……いつからそこに。
「驚かせてしまったかしら」
「い、いや、大丈夫だけど……なんでここに?」
「猫を追い……気分転換に散歩をしていたら、リサの姿が見えたから」
にゃーるほど。建前も含めて友希那らしい理由だった。まあ、気分転換に散歩っていうのも嘘じゃないんだろうけど。最近、新曲のイメージが沸かないって言ってたし。
……それじゃあここは、幼馴染みが一肌脱いじゃおうかな。
「それで……リサたちはなにをしていたの?」
こてんと首を傾げると、私の手にあるペアチケットを見る。それでだいたいのことを察したのか、なにやら納得したような表情を見せ、それから思案顔に。……百面相?
「ゆ、友希那〜? 気分転換ならさ、私と——」
「——ごめんなさい、リサ。私、遊園地は嫌いなのよ」
「えぇっ!? 嘘! この前一緒に行ったばっかじゃん!」
初めて聞いたよそんなの! なんでここで急に嘘?
「ぜ、前回はリサが行きたいというから仕方なく行っただけよ……だいたい、気分転換にしても遊園地では一日潰れてしまうじゃない。それに、遊園地から得られるインスピレーションが新曲に繋がるとは思えないわ。だから——」
ふふっと悪戯っぽい笑みを溢す友希那がなんだかいつもと違って見えて、思わず固まってしまった。そんなアタシの状況なんて関係ないって感じで、友希那はとんとんと爪でチケットの端を叩いて、
「——これは、別の人と、ね?」
「〜〜っ!」
なに!? なんなの、今日の友希那! なんか違う! いつもと違う! 絶対違う! こんな友希那知らない! ……もしかして、この前のことで、変わったのかな。
——私はRoseliaの湊友希那でいたい……!
あのときの台詞が脳裏を過って、少しだけ視界が滲んだ。思い出したくないわけじゃない。思い出せば辛くもなるけど、あの件があってこそのアタシたちだから、よかったと思うことはあっても、悲観することなんてない。
……Roseliaに所属しながらも友希那のことしか見てなかったアタシがRoseliaのことを考えられるようになったのと同じように、友希那が今までより広い視野を得たんだとしたら。それが普段の友希那にも反映されてるんだとしたら。
ほとんど確信と言ってよかった。実際、アタシの予想は当たっていたみたいで、友希那はそっとその名を口にする。
「例えば……青葉さん、とか」
「な、なんでそこでモカが出てくるの〜?」
しらばっくれても多分意味はなくて。考えてみれば、なにもおかしなことじゃないんだ。だって、アタシが友希那の幼馴染みであると同時に、当然、友希那もアタシの幼馴染みなんだから。
「リサが私のことを知っているように、私もリサのことを知っているのよ」
ふふっと楽しげに笑みを溢して、その場から離れていく背中を見つめていた。……負けた、友希那に。うわぁ……恥ずかしいなぁ。え、アタシそんなに分かりやすい? いや多分分かりやすいとかそういう問題じゃないんだろうけど、なんか、もう……あー、無理! まさか一番最初に友希那にバレるなんて!
「……リサさんって、モカちゃんとなんかあるんですか?」
「いやいやいや! なんにもないから! ほんっと、なんにもないから! 友希那の冗談だから!」
「友希那先輩って、冗談とか言うんですね〜!」
「そ、そうそう! たまにね〜! じゃあ、アタシ、これで!」
訝しむような視線と元気いっぱいな声を背に受けながら慌てて離れる。……本当にチケットどうしよう。ちらと目をやれば、さっき友希那が挙げた後輩の顔が頭に浮かんできた。
いや、無理! 無理じゃないけど……無理! ほら、なんかさ、あるじゃん? 特に意識してなかったら全然平気なのに、そういうの意識すると一気に恥ずかしくなる的なのあるじゃん!? アタシだけじゃない、はず。
はぁー、どうしよっかな、ほんとに。燐子か紗夜でも誘うか……でも燐子は人混み苦手だし、紗夜は遊園地に行ってる暇があるなら練習しますとか言いそう。まあなんだかんだで付き合ってくれそうでもあるけど、付き合わせるのもちょっと悪いし……なら、あこ? あこなら喜んでついて来てくれそうだよねー。あ、でもあこは土日は燐子とNFOやってるからなぁ。折角、二人で楽しんでるのに一人だけ連れてくのは申し訳ないよね。
うんうんと脳内で人名を挙げては却下して、また人名を挙げては却下してを繰り返す。そんなことをしている時点でお察しって感じだった。本当は別の誰かと行く気なんてないんだってことが丸分かりで、アタシは多分、あの後輩と遊園地に行く理由を見つけたいだけなんだ。他のみんなは忙しそうだからって建前が欲しいだけなんだ。
それじゃ、ダメだよね……。あの子にも失礼だし、そんなのに使われるみんなにも失礼だ。アタシがあの子と——青葉モカと行きたいからって誘わないと。
うぅ、言えるかなぁ。恥ずかしくて無理。そんなの言えたら今頃もっと距離縮められてるし。……でも、言えないから言えるようにならなくちゃだよね。勇気を出さなきゃいけない。
——待ってますよ、いつまでも。
半月ほど前、モカの家に泊まったときに耳にした言葉。あのとき、アタシの意識はもう夢に落ちかけていて、本当にそう言われたのかは分かんないけど、重要なのはそこじゃない。
あの日を思い出すと、モカの唇と触れた頬が熱くなる。モカ、アタシが起きてるの気づいてたよね? モカが勇気を出してくれたから、今度はアタシの番だよね。
「……よしっ」
軽く頬を叩いて歩き出す。けれど、そんなアタシの足を止めるように、曲がり角の先から聞き慣れた声が聴こえてきて。慌てて陰に隠れて覗き込めば、そこにはモカと蘭がいた。
『モカ……パン買い過ぎじゃない?』
『えー、そんなことないよー。山吹ベーカリーの焼きたてパンを五個買って一気に食べるのが最近のモカちゃんのトレンド〜』
『出た……モカの謎トレンド』
『ふふー、そんなこと言って、蘭だって最近おんなじビターチョコばっかり買ってるじゃーん』
『なんでっ、知って……!』
『モカちゃんに隠し事なんて、百年早いよ〜』
楽しそうに会話する二人に、少しだけ胸が痛くなる。……本当に、信じていいのかな。違う、信じるとか信じないとかじゃなくて、そんな、安全だから踏み出せるみたいなのじゃダメなはずなのに。モカがアタシのことをどう思っていても、アタシがモカのことを好きなのは変わらないのに。
どうしたって、いつも敵わないと思ってしまう。最初っから覆しようもないのに、意味ないとこで嫉妬して、バカみたいだ。……迷惑じゃ、ないかな。握った手の中で、くしゃりとチケットが曲がる。
「あ……あー、リサさんだー」
下手な芝居みたいな声に、いつのまにか下げていた視線を上げると、蘭と視線があった。……もしかして、気付かれてた? 蘭はすぐに顔を逸らしちゃったけど、モカが嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくる。
「リサさーん」
「ひゃぁっ……」
ぽすっと飛び込んで来たモカを受け止めると、モカはアタシに抱きついたままにへらと頬を緩める。そういうの、ずるくないですかね。
「あれー? リサさん、顔が赤いですけど、なんかありました〜?」
「えぇっ、いや、えー? なんにもないよ〜?」
言いながらも目が泳いでしまった。……そんなに、赤い? あ〜、めっちゃ恥ずかし〜!
「っていうか、分かってて聞いたでしょーっ!」
「えへへー、バレちゃいました?」
「もーっ、モカーッ!」
「リサさんが怒った〜、蘭ー、たすけて〜!」
アタシからパッと離れて蘭の後ろに回り込む。が、どうやら蘭は味方になるつもりはないらしい。すっとモカの後ろに移って背中を押す。
「今のはモカが悪いでしょ……」
「え〜っ! 蘭の薄情者〜!」
ずいっと押されて出て来たモカは思っていたより距離が近くてなんだかドキドキする。気まずそうに目を逸らすと、控えめにパンの入った紙袋を顔の辺りまで持ち上げて、
「……り、リサさんも、パン食べますかー……?」
唐突な話題変更についていけず、しばらく固まってしまう。……あ、もしかしてこれ、パンで許してってこと?
「ぷっ……あははっ!」
「あー、笑わないでくださいよー」
ほっぺを膨らませてるモカには悪いけど、ちょっと抑えられそうにない。怒らせちゃったからパンの献上って、モカらしいっていうか……ほんっと、マイペース。
「ごめんごめんっ、じゃあ、一つもらおうかな〜。でもいいの? トレンドなんでしょ?」
「あー……まあ、っていうか、聞いてたんですか?」
「あっ、えと、うん……たまたま通りかかって」
ごめん、嘘。思いっきり盗み聞きしてました……。罪悪感から目を逸らすと、訝しむような視線が肌に刺さる。逸らした先で蘭がため息を吐いていて、心の中で謝ってしまいそうだった。
「はぁ、まあいいんですけどー、どうせリサさんの家に行くつもり——あ」
「えっ……?」
反射的に顔を向ければ、モカは失敗したみたいな顔で口を抑えていた。……今、アタシの家に行くつもりだったって言った?
「えっと……その、今日、シフトないって言ってたので、一緒に、どうかなぁー……みたいな」
ぼそぼそとらしくない態度でそんなことを言う。……モカがアタシを? にわかには信じられず驚きに固まっていると、モカは慌てた様子で言葉を続ける。
「や、やっぱり、今の聞かなかったってことにー……」
「無理だよぉ……」
「……ですよねぇー」
それっきり二人して黙ってしまう。でも、不思議と嫌じゃなくて。そんなくすぐったいような空間に心地よさを感じてるアタシがいる。……あー、もう、嬉しいなぁ。
「あの、あたし帰っていいですか?」
「「ごめんー……」」
ほんとにごめんなんだけど、今はちょっといてほしい。二人して袖を掴むと、蘭は仕方なさそうに息を吐いた。……このお礼は、そのうち。
「そ、そういえば、リサさん。さっきから持ってるそれってー」
「え? あー……これ?」
ペアチケットを眼前まで上げると、モカはうんうんと頷く。
「やー、なんか商店街の福引き? で、当たっちゃってさー……」
ここで言わなきゃならないと思った。でも、もともと決めていたことなのに素直に口は動いてくれなくて。
「……行く相手もいないから、その、困ってたっていうか」
違う。誘いたい相手がいるのに……目の前に、いるのに。どうして言えないの? 勇気出すって言ったじゃん。ほんっと、情けなくて嫌になる……。
「……本当に?」
寂しげな言葉が、耳の奥まで響いた。聞いたことのない声。アタシが初めて見るその表情は、きゅっとアタシの心を締めつけて、胸の苦しさにどうにかなってしまいそうだった。
「……本当に、行く相手、いないんですか……」
問いとも呼べないような掠れた声音に、アタシはなにも言えないまま——じゃ、いられないよね。今更気づいた。ほんとにバカなんじゃないの。だって……だってモカは——
「あたしじゃ、だめ、ですか……」
——いつもアタシに好きだって伝えてくれてたのに。
どれだけ勇気を出させたんだろう。アタシと同じように、モカだって怖いはずなのに。アタシはいつも後輩に踏み出させてばかりで、自分から近づいたことなんてほとんどなくて。
「ごめん……」
謝罪の言葉を口にすると、モカはひどく辛そうな顔を見せて、アタシは慌てて言葉を続ける。
「そういう意味じゃなくてっ……えっと、モカにばっかり、ごめんっていうか……」
訂正すると表情は少し和らいだけど、まだ不安は抜けていないようだった。小さく息を吐いて、改めてモカの瞳を見据える。
言うんだ……ただ、言うだけじゃなくて、ちゃんと伝えるんだ。伝えたい。悲しませたお詫びとかそんなのじゃなくて、アタシだって、モカに近づきたいから。
「モカ……遊園地、一緒に、行かない?」
「……あたしで、いいんですか?」
「うん……モカが、いいの。モカと、行きたい……行ってくれるかなぁ?」
告白してるんじゃないかってくらいうるさく脈打つ鼓動を感じながら、目を逸らさずに返事を待った。それはたったの数秒だったけど、アタシには何時間にも感じられて。
「……はい」
× × × ×
「……やっと解放された」
「美竹さん」
「うわぁっ!? えっ、み、湊さん……?」
「こんなところで奇遇ね」
「いきなり電柱の影から出てくるのは奇遇って言わないと思うんですけど……」
「そんなことはどうでもいいのよ」
「はぁ。それで、なにか? あー……っていうか、もしかして湊さん、見てたんですか?」
「…………」
「…………」
「……来週の土曜日、空いてるかしら」
「…………」
「…………」
「……まあ、空けときます」
「そう。じゃあ、これで」
「はい……」
× × × ×
まぶたを持ち上げると、カーテンの隙間から漏れた光が目に沁みた。……まぶしい。顔をずらしながら起き上がって、そのままベッドから降りる。今日はモカと遊園地に行く日。のんびり寝ているわけにはいかない。
「さて、と……」
まあ、とはいっても、昨晩のうちに着ていく服は決めてある。のんびり支度を済ませて姿見の前に立ち、最終チェック。
「……変じゃ、ないよね」
な、なんか不安になってきたかも。やっぱり上はあっちのほうがよかったかな……でもやっぱりこっち? ていうか全体的にちょっと地味じゃない? もうちょっと明るい色にしたほうがいいかなぁ。これかな、いやでもこっちも……なんて、そんなことをしているうちに時間はどんどん過ぎていって、結局もともと決めてあった服を着て家を飛び出した。
息を切らしながら辿り着いた待ち合わせ場所。くあと大きなあくびを漏らすモカの姿を見つける。……結構人いるし距離もあるのに、すぐ見つけられるんだもんなぁ。まったく、なんて誰に向けてかも分からない呆れを溢しつつ、息を整えて近づいていく。
自然と早足になる歩速を緩めることも出来ず、カツカツとヒールでコンクリートを叩きながら詰める距離。途中でモカはアタシに気づいて、小さく手を振ってくれる。
「ごめ〜ん! ちょっと支度に手間取っちゃって……お待たせっ!」
ぴたり。目の前で止まって謝ると、モカはにひーっと全然平気ですよーみたいな顔をして笑う。
「いえいえ〜、モカちゃんも今来たところですよ〜」
そんな会話にデジャヴを感じて、この間似たようなやり取りをしてモカにからかわれたのを思い出した。……これは、チャンス! アタシもやられっぱなしじゃないんだからねー?
「なんかデートみたいだねぇ」
しかし、どうやらモカにはアタシの考えなんてお見通しだったみたいで、特に慌てる様子もないまま不敵な笑みが返ってきた。
「まー、デートですからねー」
「……っ!」
もーーーっ! なんなのっ! ほんっと、ずるいよぉ……。アタシ、このままモカに翻弄されてばっかなのかなぁ。それも悪くはないなんて思ってる時点で、未来の行方は決まってるようなものだった。……悔しい、なぁ。
「さっ、行きましょー」
「……ぅん」
六月中旬の気温は高くて、熱は一向に冷める気配がなかった。
× × × ×
「動いたわね」
「ですね……ふぁ」
「早く行くわよ」
「ちょっ、手引っ張らなくても自分で歩けますってば!」
× × × ×
「とーちゃく〜っ!」
遊園地は駅から近く、降り立ったその地点から姿が窺える。大きなテーマパークはここまでざわざわとした喧騒が聴こえてきて、自然とテンションが上がる。
「ほらっ、行きますよー、リサさんっ」
手を引かれて、駆け出したモカと入り口へ向かう。……今更だけど、モカって遊園地とか好きだったんだ。なんか意外かも。率先して遠出するタイプに見えないっていうか。
「リサさーん?」
「あっ、ごめん。ちょっと考え事してて……」
「考え事〜? もー、今はモカちゃんとのデート中ですよー?」
「それ……やめて……」
どうしよかっなーなんて楽しそうにしてるところ申し訳ないんだけど、アタシの心がもたないから本当にやめて欲しい。
「で、考え事ってなんですかー?」
列を待って入園待ちをしていると、思い出したように問われる。
「あー、モカって遊園地とか好きだったんだーって思ってさー」
「なるほど……うーん、別に好きでも嫌いでもないですよー」
「あれ、そうなのー?」
「はいー。リサさんとだから、楽しいですけどね」
「〜〜っ! だーかーらーっ、そういうのやめてってば!」
「ごめんなさーい」
謝罪に全然心がこもってない……。今日一日、こんな調子なのかななんて、ちょっぴり不安に思っているうちにも列は進み、遊園地に入園した。
「まずはどこから回りますー?」
「無難にジェットコースターとか?」
「ま、定番ですよねー。ジェットコースターにもいろいろありますけどー」
「近いところからでいいんじゃない?」
「ですねー」
頷いて、モカは歩き出す。……それはいいんだけど、あの、この手いつ離してくれるの? さっきからずーっと繋いだままなんだけど? アタシ、勘違いしちゃうよ? いや、まあ、もう勘違いじゃないことは分かってるんだけど……でもさー! やっぱ恥ずかしいんだよー!
うぅ……なんか今日のモカ、すっごい積極的じゃない? 気のせいかなぁ。ううん、絶対気のせいじゃないよこれ。なんかすごい意思を感じる。
「リサさーん、ちゃんと隣歩いてくださいよー」
「うん……」
ちょっと足を速めて、隣に並んだ。こっそり何度か深呼吸をすると少しだけ落ち着いてくる。そしたら握られた手から震えを感じて、モカの顔を見れば頬がほんのりと色づいていた。
……そう、だよね。気を抜くとすぐ忘れちゃうけど、モカだってやっぱり怖くて、それでもこうやって頑張ってくれてるんだ。
「わわっ、リサさんっ!?」
モカの手を引いて小走りで数歩先まで行き、顔だけを向けた。アタシは今、笑えてるのかな。そんなの、鏡がなくても分かる。
「モカッ! 早くっ! アタシ、あれが食べたーい!」
「わっ、ちょっ、速いですよ〜!」
今日は目一杯楽しむぞ。そんな気持ち、あなたにも伝わったかな。気づけば揃って笑みを溢していて、二人で歩きながら食べたチュロスは少しだけ前より甘く感じた。
× × × ×
「いい調子よ、リサ……!」
「はぁ……そんなに心配する必要ないと思いますけど」
「別に一人で帰ってもいいわよ?」
「……追いますよ」
「ふふっ、あなたと私、案外似てるのかもしれないわね」
「……似てないです」
「チュロス、食べる?」
「いや、あたし甘いの苦手なんで……」
「そう、残念ね」
× × × ×
ジャンクフードの匂いに包まれる中、ハンバーガーに齧り付く。……カロリー高そう。ま、まあ、明日調整すればなんとか。ちらと目をやった先には鬼のように積まれたハンバーガーをどんどん消費していくモカがいる。どこに入ってるんだろ。
「なんですか?」
「ううん、なんでもない……」
紗夜がいたら、ポテトとか買うのかなぁ。燐子はチキンナゲットで満足しそう。あこは量の多いセットを頼んで、コーラを飲みながらはしゃいでそうだなー。友希那はハンバーガーと飲み物だけ頼んで黙々と食べそう。ていうか、いつもそう。
「あー、リサさんモカちゃん以外のこと考えてませんか〜?」
「ちょっと、Roseliaのみんなはなに食べるかなぁって思って……」
なんでバレたんだろ。アタシってそんなに分かりやすいかな? モカに聞いても『リサさんのことならなんでも分かるんですよー』とか言いそうだからやめとこ……。
「……今はモカちゃんのことだけ考えて欲しいなーとか、思うんですけど」
つーんとそっぽを向いたモカは、視線だけアタシに向けてそんなことを言う。ふざけきれなかったのか、そもそもふざけているつもりがないのか、赤く染まった顔がかわいくて少し笑ってしまった。
「ごめんねー、モカのこともちゃんと考えてるよ?」
「そ、そうですか……それならいいんですけどー」
「ふふっ」
「なんですかー」
「ううん……やきもち、嬉しいなって」
くすりと笑みを付け足すと、モカは俯いて黙々とハンバーガーの消費を再開する。うん……素直に言えた。もっと、頑張らないと。
「次……どこ行きますか?」
ハンバーガーを食べ終えてゆっくりしていると、モカも食べきったのか飲み物をストローで吸いながら訊ねられる。
「うーん、どうしよっかー……なんでもいいけど」
午前中はジェットコースター系のアトラクションに三つ乗って、まだあるし、フリーフォール的なのも残ってるけど、一旦絶叫系からは離れたいかなぁという感じ。
「暑いですし、お化け屋敷でも行きますー?」
「え……」
いや、お化け屋敷はちょっと……とは、なんでか言えず、黙り込むアタシを見てモカは首を傾げる。
「どうしましたー?」
「う、ううん、なんでも! い、行こっかー、お化け屋敷!」
「じゃ、決定ですねー」
トレイを持って立ち上がったモカに続いてゴミを捨て、外へ出る。お昼過ぎ、太陽は真上で輝いていて、一気に汗が噴き出してくる。あっつい……ハンカチで汗を拭って歩き出すと、しばらく離れていた手がぎゅっと繋がれた。
「モ、モカ……アタシ、汗掻いてるから……」
「あたしも掻いてますよー」
そういう問題じゃ、ないんだけどなぁ。
「嫌ですかー?」
「嫌じゃないけど……」
「なら、問題ないですねー」
「……うん」
恥ずかしさを堪えるように、そっと繋がれた手を握り返した。汗を意識していたらもっと汗が増して、ただひたすらに恥ずかしかった。
下を向いて歩いているうちに、お化け屋敷へと辿り着く。……そうだった。恥ずかしくて忘れてたけどお化け屋敷だった。
「早く入りたいですね〜」
暑そうに胸もとをパタパタと動かすモカは、イメージ通りお化けとかは平気なタイプなんだろう。前のほうから微かに聞こえてくる叫び声に、びくびくと肩が震える。……やだぁ。
「……リサさーん、怖いなら無理しなくてもいいですよー?」
「えっ? や、やー、怖くないよ? ほんとに……大丈夫だから……」
なんでー! 大丈夫じゃないよ、全然大丈夫じゃない! どうして言えないの……やっぱり、お化けが怖いとか、恥ずかしいし。アタシ、年上なのに……。
アタシたちの番が来て、恐る恐る踏み入る。中は真っ暗で、冷たい風が肌をなでる。モカは心地よさそうにしてるけど、アタシはもう寒いくらい。
「中、涼しいですね〜」
「ぜ、全然怖そうじゃないね〜」
繋いだ手が僅かな安息感を与えてくれるけど、それでもまだ足りない。早く出たい。暑いほうがマシだってこれ……。
「……ですねー」
その声がなんだか不機嫌そうに聴こえて、不思議に思い顔を向けると同時、勢いよく手が引かれた。
「どんどん行きましょー」
「えっ、ちょっ、モカッ!? 待っ——」
慌てて隣に並ぶと、目の前に顔が腐って瞳のずり落ちた男が飛び出してきて。
「——きゃぁぁぁぁあああああああっっ!!」
勢いよくしゃがみ込んで、しばらくしてからハッとなる。顔を上げれば、申し訳なさそうな顔をしたモカがアタシを見下ろしていた。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよぉ……」
「ですよね〜……ごめんなさい」
別にモカが謝るようなことじゃないと思うけど……。首を傾げると、モカは誤魔化すように咳払いをして、それから手を引いてアタシを立たせてくれる。
「えぇと……そばにいますし、ちゃんと握ってるので……」
「う、うん……」
「じゃあ、行きましょうかー……」
ゆっくり歩き出したモカは、さっきまでと一転してアタシの前を歩いてくれる。悔しいんだか、嬉しいんだか……気持ちがごちゃまぜで答えることは出来なかったけど、そっと珍しくかっこいい後輩に感謝を告げた。
「……ありがと」
返事はなかった。でも、握る手が少し強くなった気がした。
× × × ×
「湊さん、怖いんですか?」
「こ、怖くないわよ……」
「ぷっ、なんか意外ですね」
「言いながら私を盾にするの、やめてもらえるかしら。よくその立場で人を煽れるわね……」
「別に煽ってないです。早く歩いてください」
「はぁ……だいたいリサ、お化けとか苦手なのにどうしてお化け屋敷なんか……」
「モカはそういうの平気なので、言い出せなかったんじゃないですか。知らないですけど」
「そう……まあ仕方ないわ、行くわよ」
「だからさっきから行きましょうって言ってるじゃないですか。早くしてください」
「あなたね……」
「ちょっ、速い! 速いです、湊さん!」
「あなたが早くしろと言っ——」
『ゔぉぁあぉおおおお』
「「きゃぁぁぁぁあああああああっっ!!」」
× × × ×
ふと空を仰げば、もう空は暗くなっていた。ジェットコースターで水しぶきを被ったせいか、肌を撫でる風が少し寒い。でも、手から伝わる熱があるから丁度いい。
「そろそろですかねー……」
アタシが空を見ていたからか、モカはスマホで時刻を確認して困ったように笑う。アタシと別れるのを残念に思ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり陰のない笑顔でいて欲しい。
「だねぇ。でもさ、また来れるよ」
「……ですねー」
満面の笑みを見せたモカにほっと息を吐いて、それからじんわりと心を満たしていく寂しさを意識した。モカに言っておいて、自分自身がこんなで笑えてきちゃうくらい。
でも、この寂しさの出処は分かっていて、アタシがどうするべきかもアタシは理解してるから。もう、勇気がなくて踏み出せないだけのアタシじゃないから。そのままじゃいられないから。もう決めてるから、不安はないんだ。
みんなへのお土産を買って、電車に乗って、帰路を辿る中。ずっと、言葉を考えていた。でも、多分考える必要なんてなかったんだと思う。だってほら、いざそのときになったら、言うべきことなんて——言いたいことなんて一つしかなくて。
前置きも導入も話の流れもいらない。
「……リサ、さん?」
ずっと、ずっと、あなたを見ていた。
もともとは幼馴染みのことを話し合う仲でしかなくて、アタシもあなたも知っているのはお互いの幼馴染みのことばかり。でも、いつのまにかアタシは、そんなどこか似たもの同士なあなたについて知りたくなっていて。
いろんなところへ出掛けた。いろんな話をした。それでもまだ足りない。きっと、あの子のほうがあなたのことをよく知っていて、アタシにはそれが悔しくて悔しくて仕方ない。
でも、きっといつか超えられるって思ってるんだ。生まれたときからそばにいたあの子が知っていることを、アタシはすべて知ることは出来ないけど、これから先、アタシだけが知っているあなたを増やしていくことは出来るから。
「ねぇ、モカ」
口を開いてしまえば、今まで散々悩んできたのがバカらしいくらいにすんなりと言葉が出てきた。当たり前だよね……もう、抑えきれるほど小さくないんだもん。
「——アタシ、モカのことが好き」
言い切って数秒。固まっていたモカの瞳から一筋の線が頬を伝う。アタシが驚いていると、モカはぐしぐしと袖で目を擦って、それでもまだ滴を地面に落としながら絞り出すように、
「……きょ、今日は、もう、ないんだって、お、思ってました……っ」
「……遅くなって、ごめんね」
モカの頬に触れて、指で目尻をなぞる。珍しくされるがままのモカは、熱い吐息を漏らしながら、微かに首を振って。
「……いいんですっ……! だ、だって、こんなに……うれしい……」
唇を噛み締めて必死に笑おうとする姿を、これから先忘れることはないんだろうと思った。忘れたくない、覚えていたい。多分、アタシだけに見せてくれたこの表情を……らしくない想いの吐露を。
「お待たせ……」
そっと笑いかけると、モカはまた顔を左右に揺らして答えた。
「……あたしも、今来たところです」
アタシの手をそっとどけると、まっすぐ真剣な瞳と視線が交わる。
「だって、まだ言えてない……」
熱い吐息が漏らしながら。
「あたしから言わなきゃって思ってたのに……っ」
悔しそうな声音で。
「今日は結構頑張ったんですけど、怖くてっ……!」
感情を剥き出しにして。
「だめ、ですね……やっぱり、リサさんには勝てないです……。でも、もういいです……勝つとか負けるとか、そんなの、いいから……ただ、言いたいから」
本当にアタシに似てると、場違いにもそんなことを考えた。だって、その後悔もその自責も、アタシが今まで味わっていたもので、アタシたちはお互いがお互いに勝負もしてないのに勝てないと思い合っていたってことで。
すぅっと息を吸って、呼吸を落ち着けたモカはとびっきりの笑顔で、
「——あたし、リサさんのことが好きです」
ああ、そうか。視界が滲む中で、涙を流したモカの気持ちが分かった。好きな人に好きだって言われるのって、こんなに、嬉しいんだ……。ずっと、勝てないと思ってた。モカにも、蘭にも。アタシはそれを乗り越えられたつもりでいたのに、こうして言われるまで心の奥底に微かな懸念はあったんだ。
でも、もう、勝ち負けなんて、どうでもいい。
嫉妬はするんだと思う。これからも、それは避けられなくて、辛くなることもあるのかもしれない。でも、いいんだ。そんなの、たいしたことじゃない。
だって、好きだと言われただけで、それすら一緒に歩いていける大切な未来だと思えたから。
どちらともなく交わした口づけは、少ししょっぱかった。
× × × ×
「なんとかなりましたね」
「そうね……」
「「ようやく……」」
「ふふっ」
「あははっ」
「……やっぱり、似てると思うわ」
「そう、ですね……」
「じゃあ、私はここで」
「はい……」
「…………」
「——湊さんっ」
「なにかしら……?」
「……いえ、やっぱりなんでもないです」
「そう?」
「はい……それじゃあ」
「……ねぇ」
「なんですか……?」
「今日、楽しかった?」
「…………」
「私は、結構楽しかったわ」
「そう、ですか……」
「ええ」
「…………」
「また、機会があれば、ね?」
「……はい」
「じゃあ、また」
「また……」
×おわり×