stories by BanG Dream! (短編集)   作:夢兎*

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リサ姉誕生日のおはなし。ら


あなたと幸せな前日譚

 

 ——幸せな一日だった。

 

 と、感じたことはあるだろうか。ベッドに寝転び、まぶたを下ろして、ふと、今日という日を思い返し、幸せだったなぁと頬を緩める。そんな経験が、あるだろうか。

 

 アタシはある。正直に言って、アタシの人生というのは波乱万丈とは程遠く、聴かせるのが申し訳なくなるくらいに冗長で、例えばいきなり隕石が降ってきてアタシ以外いなくなっちゃいましたなんて展開どころか、恋人が引っ越すことになって切ない想いを抱えるというようなことすら一切ない、平凡なもので。ドラマチックとかロマンチックとかいう言葉とも縁のない日々なんだけど。

 

 そんなありきたりな毎日でも、ありきたりな幸せと、ありきたりな不幸があって、泣いたり笑ったり怒ったり喜んだりしながら生きているから——だから、枕にぽすりと頭を乗せて閉じたまぶたの裏側に映し出された平凡なハイライトに、幸せだったなぁと思う日があったりするんだ。

 

 そして、今日もまた、そういう日だった。

 

 そんな夏の、ある日の話。

 

        × × × ×

 

「いらっしゃいませー」

 

 間延びした声が、店内に響くこともなく溶けていく。涼しかったここ数日とは一転して炎天下な外の空気が、聞き飽きた入店音と共に入ってきて、むわりと鼻先を掠めていった。思わず渋面を晒した直後、耳に届くのはアタシと同じくレジに立つ後輩のくすくすとした笑い声。

 

「暑いですねぇ」

 

 呑気な声音からは暑いなんて微塵も思ってないことが伝わってきて少しムッとしてしまう。まあ、そんなムッとも、どちらかと言えば清涼剤なんだけど。

 

「2レジほどじゃないよ〜。代わる?」

 

 日当たりが良好で、お客さんが出たり入ったりする度に熱気が雪崩れ込んでくる1レジに比べれば、さぞかしそちら側は天国なんでしょうね。と思いつつ冗句を返せば、生意気な後輩はふわふわと髪を揺らしながら芝居じみた口調で、

 

「いやいや〜、そんな、先輩を暑いところに追いやるわけにはいきませんから〜」

「遠慮しなくてもいいよ〜? 後輩を思い遣るの先輩の務めだからね」

「それを言うなら、先輩を労わるのも後輩の気遣いですよ。あー、モカちゃんってば、なんて健気なんでしょう」

「もぉー、なにそれ。ぷっ」

「ふふふ〜」

 

 いつもと変わらない、いつも通りのやり取り。暑さも全然変わらないんだけど、そんないつもがどこか心地よくて、なんだか汗が引いたような感覚すらある。

 

 八月も終わり頃。今日も今日とてバイト先のコンビニに出勤し、せかせかとお金を稼ぐアタシです。夏休みの思い出といえば先日Roseliaでトコナッツパークに行ったことくらいだろうか。花盛りの女子高生としては少し情けなくもあるけど、不思議と残念だったなぁという気持ちはない。

 

 ……不思議、でもないのかな。

 

 Roseliaのベースとして練習に励んで、みんなと食べる用のお菓子作りもして、それは夏休みでなくても変わらないことだけど、夏休みにこんなことばっかりなんて微塵も思わなくて。満たされていると感じる。毎日が、当たり前な日々がアタシに充足を与えてくれる。スタジオで練習する時間も、クッキーを作っている時間も——こうして、後輩とバイトをしている時間も。

 

「考え事ですかぁ〜?」

「……うん。もうすぐ夏休みも終わりかーって思って」

 

 アタシの言葉に、モカはまたもわざとらしく「うっ」と悲鳴を上げる。

 

「毎月夏休み欲しいですねー」

「あははっ、そうだねぇ。でも、アタシは学校も嫌いじゃないかな」

 

 勉強はそんなに得意なほうじゃないけど、学校に行けばヒナや薫に会える。もちろん、友希那やあこ、蘭たちも。それに——

 

「——モカにも会えるしね?」

 

 送った視線の先、ぶつかる瞳は揺らいで、頬に僅かに朱が差す。どうやら不意打ちは成功したようです。

 

「っ……べ、別にここでも会えるじゃないですか〜、大袈裟ですよ。……まあ、あたしも嫌いじゃ、ないですけど」

「モカはアタシに会えて嬉しい、と……」

「そこまでは言ってません〜、ねつ造やめてくださーい」

「じゃあ違うんだ?」

「……違うとも、言ってないです」

「ふふっ、素直じゃないなぁ〜」

 

 まったく、やれやれ。世話のかかる後輩だこと。モカの悔しそうな顔に満足して、にやにやと笑みを浮かべてしまう。

 

「もう、ほんとにリサさんはあたしのことす——」

「——す?」

「……やっぱりなんでもないです」

 

 なにを言おうとしたのだろう。顔を背けてそれっきり黙ってしまう。大方、アタシになにか仕返しでもしようとしたんだろうけど……。

 

「なになに〜、気になるじゃん」

「気にしないでください〜」

「えー、教えてよー」

 

 距離を詰めてひょいっと顔を覗き込んで、びっくりしてしまった。茹でたタコみたいになった表情はすぐさま腕に覆い隠されて、目をぱちぱちとさせていたらふっと答えが浮かんでくる。

 

『好き』

「……こっち、見ないでください……」

「あ、あはは〜、うん、えっと……ごめん」

「〜〜っ! 謝られるともっと恥ずっ……あ、あたしウォークイン見てくるんで」

「い、行ってらっしゃーい」

 

 早足でレジから出てドリンク売り場の方へと向かって行くモカを見送って、ふぅと息をこぼした。……いや、いやいやいや、なに、今の。今のなにっ⁉︎ なにそれ、なんで赤くなってるのっ⁉︎ いつもそのくらい平気で言うじゃん! え〜〜っ、無理ぃ……だって、そんなの反則でしょ。あんな顔、初めて見た……。

 

「……なんで」

 

 落ち着いて頭を巡るのはやっぱり疑問で。昨日だって、その前のシフトだって、この前たまたま会ったときだって普通だったのに、どうしてこのタイミングで? 特になにかがあったという記憶はない。思い返すまでもなくいつも通りだった、はず……アタシがそう思ってるだけ?

 

 そこまで考えて、アタシの思考が行き着いたのは——アタシがきっかけとは限らないというところだった。

 

 モカがそういう単語に敏感になってしまう理由がアタシにあると、どうして言い切れるだろう。モカが顔を赤くした理由がアタシとの会話にあると、どうして言い切れるだろう。すとんと胸に落ちるような感覚。そりゃそうだ。モカがアタシを意識する必要なんてどこを探したって見当たらないんだから。だったら、原因は外にあると考えるのが自然だろう。

 

 っていうか、そもそもそんなの最初から思い至るべき点で。当然のようにアタシに理由があると考えていた自分が恥ずかしくて仕方がない。なんだって、そんな……。

 

 その疑問を解消するのは容易かった。なんなら、疑問にすらなってない。最初から答えはあって、この胸のどうしようもない苦しさが大きな声で叫んでいる。

 

 ——好き、だから。

 

 好きな人の照れた顔が自分由来であったらいいと、好きな人の慌てる理由が自分にあったらいいと、好きな人の頭の中に——モカの頭の中に、アタシがいたらいいと。そう、願ってしまう。望んでしまう。どうしようもなく、みっともなく、あり得ないと否定しながら、肯定されることを夢見てしまう。

 

「……蘭、かなぁ」

 

 レジに立っているということも忘れて俯き、あんまり綺麗ではない指を弄りながら、ぽしょりと口から溢れた名前。いつもあの子の隣にいて、いつもあの子が隣に行く、羨ましくもかわいいアタシの後輩。

 

 ダメだなぁ。なんて自己嫌悪しつつも、考えてしまう。勘繰って、妬んでしまう。勝手に妄想して、勝手に僻んで、情けないなぁ……。

 

 なんでアタシじゃないんだろう。なんで、アタシはあの子の幼馴染みじゃないんだろう。なんで……ただの先輩なんだろう。ぐるぐるぐるぐる、よくない感情ばっかが渦巻いてダメだダメだって小さく首を振ってもどこにも行ってくれなくて。ぎゅうと締め付けられたような痛みは増すばかり。

 

 それからはどうにも上の空で、ハッとなったのはお客さんの手に乗せようとした釣り銭をカウンターにばら撒いてしまったときだった。

 

「す、すみませんっ!」

 

 慌ててレジからまた釣り銭を取って今度こそしっかりと渡し、床にまで散らばってしまった小銭を取るためにレジから出る。と、すっと現れた影がアタシの前にしゃがみ込んで、

 

「も〜、なにやってるんですかリサさん」

「モカ……」

「? ぼーっとしてないで拾ってくださいよー。はっ! もしかして、あたしに全部拾わせるつもりですか……? リサさん、鬼畜……」

「あっ、ごめんっ!」

 

 モカの拾っているところとは違う場所へ転がっていった小銭を拾うため背を向けると、耳に届いたのは柔らかく優しい声。

 

「まったく、リサさんはモカちゃんがいないとダメなんですから〜」

 

 のんびりとした口調にいつも助けられている。これも、いつも通り。いつも通りじゃないことが起きても、日常の一部で。なのに、心がどうしても落ち着かない。

 

 くだらないことを考えて、後輩に迷惑を掛けている自分がたまらなく嫌で、モカのいつも通りにいつも通りで返すことが出来ない。それすらも更に自分を苦しめてきて。なにか、蟻地獄にでもハマったような心地だった。

 

「……ごめん」

 

 アタシの謝罪に、言葉は返ってこなかった。

 

        × × × ×

 

「「お疲れ様でした〜」」

 

 シフト交代の時間がやってきて、二人揃って事務所へ引っ込む。退勤時間を打刻して椅子に腰掛けると意図せずため息が漏れてしまった。

 

「お疲れですね」

「……まあね〜」

 

 どうだろう。少しはいつも通りに出来てるかな。小銭を拾ってからは余計なことを考えないように意識しながらしっかりと働いたし、モカとも普通に喋れてたと思うけど……。それでも、ちょくちょく考えちゃってたのはもう仕方がない。明日とか練習に引きづらないようにしないと。

 

「帰ろっか」

 

 笑顔を作りながら立ち上がるも、モカはその場から動かない。不思議に思って首を傾げれば、いつになく真面目な表情を見せた後輩はどこか寂しげに口を開く。

 

「……なにも言ってくれないんですね」

 

 諦めたような口調に、つぅと冷や汗が背筋を伝う。

 

「……なんの話〜?」

 

 そんなの訊くまでもなく分かってるくせに、モカまでそんな感じになるのが嫌で、誤魔化すように口もとを緩めた。けれど、モカは一切顔色を変えず。

 

「あたしから聞かないと、言ってくれないんですね」

 

 しらを切るのは許さないと言われているような——いや、実際、言われてるんだろう。二回も繰り返したのはそういうことで。分からないなんて言わせないという圧力をひしひしと感じる。

 

「……言わなきゃ、ダメかな」

「っ……それは——」

 

 こくり、生唾を飲み込む音が聴こえて、いつのまにか落ちていた視線を上げれば潤んだ瞳と視線が合わさる。再び開かれた口から飛び出したのは上ずった声で、瞬く間に疑問符が頭の中を埋め尽くした。

 

 

「——それ、は……あたしじゃ、ダメって、ことですか……?」

 

 

 なんで。今日、何度目かの疑問。なんで、モカがアタシのことにそこまで必死になるんだろう。考えても考えても答えは出なくて、ただ純粋に困ってしまう。仲のいい先輩だから? モカが優しい子なことは知ってるけど、そんなことでこんな顔を見せるかと問われれば、素直に頷くことは出来ない。

 

「……らしく、ないよ」

「らしかったら、いつまで経っても答えてくれないじゃないですか……っ」

 

 熱く漏れた吐息。小さくも胸を貫くような叫び。胸を抑えたって、ズキズキとした痛みは消えてくれなくて。

 

「なんで……いつも通りにしよ? そうして、きたんでしょ?」

 

 ああ、羨ましい。羨ましい。羨ましくって仕方がない。いつも通り、いつも通り、そうやってこの子と歩いてきたあの子たちが、私には手に入らないものを持っているあの子たちが、妬ましくて、考える程にひどく空虚で。

 

 だって、アタシがいくら真似をしたところで、モカとのいつも通りに喜びを感じたところで、そこには届かない。あなたが笑いかけるたび、あなたに笑いかけるたび、その違いに嗚咽が漏れそうになる。

 

 切ないなんて、そんな言葉じゃ足りなくて、文字通り千切れそうなんだ。どうして? どうして? どうしても、そのいつも通りは超えられない?

 

「いつも通りが、いいよ」

 

 私も、それが欲しいよ。縋るようにつぶやいた言葉を、しかし、モカは容赦なく切り捨てる。

 

 

「……リサさんは、Afterglowじゃないですよ」

 

 

 喉の奥が焼けるようだった。込み上げてきたものを必死に堪えていると声も出せなくて、じっとモカを見つめているしか出来なくなる。

 

「……いつも通りじゃない、あたしじゃ、ダメですかっ……?」

 

 頬を伝った想いの丈を、アタシはまだ知らずにいる。その一筋の雫の意味を、理解出来ずにいる。

 

「り、リサさんのっ……前にいる、あたしはっ……リサさんの前にしか、いませんよ……っ!」

 

 理解しなければと思った。知らなければならないと思った。知りたいと思った。その意味を——その理由を。アタシのために、アタシ由来で流れた涙のわけを。

 

「それじゃ、ダメですか……っ?」

 

 あぁ、そうか。と、そんな独白をした。

 

 同じだ。同じだったんだ。だから、モカは分かっていて、アタシだけが分からなくて、今こうして全て口にさせてしまっている。あなたの求めているものはこれじゃないのかと、泣いてまで訴えさせてしまっている。

 

「……ごめん」

 

 そうつぶやいて、青ざめたモカの表情に、慌てて言葉を重ねた。

 

「違っ……そういう意味じゃ、なくてっ! その……」

 

 一歩。距離を詰めて、目の淵から落ちかけた涙を指で拭う。……ごめんね、私のためにここまでさせて。

 

「……ありがと」

 

 至近距離で笑いかけると、涙はますます勢いを増して。ダメだなぁ。アタシは、あなたに笑って欲しくて笑うのに、泣かせてばかりで。

 

「ダメじゃないよ」

「……はい」

「嬉しい」

「……はいっ」

「だから、もぅ、泣き止んでよ……」

「……無理、ですよっ……」

 

 すっと伸びてきた指先がアタシの頬に触れて、

 

「だって、リサさんも、泣いてる……」

 

 にへら、緩んだ表情に安心すると視界が一気にぼやける。お互いにお互いのことなんてよく見えてなかっただろうけど、指先と指先だけの接触と温もりに、確かな繋がりを感じた。

 

        × × × ×

 

「……………………」

「……………………………………」

 

 夕映えした住宅街を歩きながら、うんうんと頭を悩ませる。あー、もー、どうするのこの気まずさ! めっちゃ気まずい! バイト先出てからずっと無言だし! 落ち着けーアタシ、ここはアタシから話しかけよう。散々迷惑掛けたんだし。息を吸ってー、吐いてー、よし!

 

「あ、あのさっ!」

「あのっ!」

「えっ、あ、どうぞ」

「り、リサさんからどうぞ」

「うっ、いや……うん」

 

 っていうか、よく考えたらなに言うかなんにも考えてなかったんだけど⁉︎ え、これどうしたらいいのっ⁉︎ 今日のこと、触れるべき? いやいや、でもそれは恥ずかしいし……

 

「ぷっ……」

「……モカ?」

「いや、ごめんなさい……なんか、面白くて」

「なにそれ〜っ! 人が一生懸命考えてたのに!」

「へぇ〜。リサさん、モカちゃんのことそんなに考えてくれてたんですね?」

「ぐっ、うぁ……い、今のナシ」

「ダメで〜す」

「モカぁっ!」

 

 だーっ、もう、調子狂うなぁ! はぁ……でも、悪くはないか。アタシとモカのいつも通りが、今はなんの劣等感もなく心地よくて、自然と頬が綻んでしまう。

 

「嬉しそうですね?」

 

 またからかうような口調で言うモカに、今度は落ち着いたまま言葉を返せた。

 

「うん、嬉しいから」

 

 嬉しいんだ。それだけは誤魔化さない。今、ここにある確かな気持ちに嘘をつきたくない。隠さずに伝えたい。

 

 面食らったように固まるモカに、勇気を出して言葉を紡ぐ。

 

 

「——アタシね、モカのことが好き」

 

 

 その隣には行けないのだと思っていた。いくら距離を詰めても先輩と後輩以上にはなれないと半ば諦めていた。でも、心はそんなに素直じゃなくて、事あるごとに辛くなって……多分今回突然ってわけじゃないんだ。

 

 モカは今まで、アタシと一緒にいてそのたびアタシからの言葉を待っていてくれていて、でも、アタシはそれに気づかずに勝手に卑屈になって、その溜まりに溜まった想いが今日溢れ出したって事なんだと思う。

 

 だから、これくらいはアタシから伝えたいって。そんなアタシの気持ちが届いたのかは分からないけど、モカはそっぽを向いて、控えめにアタシの手を握る。

 

「……あたしも、好きです」

 

 耳が赤いのは、夕陽のせいだろうか。今回は見逃してあげることにしよう。

 

「それと、その……」

 

 まだなにかあるの、と驚いていたら、モカはごそごそと自分のバッグを漁って、プレゼント用らしき紙袋を取り出す。

 

「これ……」

「? えぇっと……」

 

 今日、なにかあったっけ? 首を傾げると同時、照れ臭そうな笑みが視界に映って——

 

 

「——誕生日、おめでとうございます」

 

 

 ポカンと固まってしまったのは、アタシが自分の誕生日を忘れていたっていうのもあるんだけど、そもそも、今日はアタシの誕生日じゃないっていうのが理由としては大きい。

 

「アタシの誕生日は……」

「明日ですよね、知ってますよ」

「じゃあ、どうして……?」

「明日は、Roseliaのみなさんに祝ってもらうんだろうなと思って。でも、その……」

 

 もじもじとこれまたらしくない態度で言いづらそうに歯噛みして、ぽつりと小さく零れ落ちるように吐き出されたのは、

 

「……あたしが、一番に、祝いたくて」

 

 思わず抱きしめたくなるくらいにかわいい嫉妬心。

 

「ほんとは、渡すときに、伝えるつもり……だったんですけど」

 

 先に言われちゃいましたね。そんな言葉から思い出すのは、今日の一幕だった。あのとき、「す」で止まってしまった理由がこんな形で判明するなんて。

 

「……いや」

「……どうしました?」

「うぅん、その、ちょっと……かわいすぎるっていうか」

「かっ……っ⁉︎ か、かわいく……ないです。やめてくださいよ……」

 

 うーん! アタシの後輩、ちょっとどころかだいぶかわいいな!

 

        × × × ×

 

 ——幸せな一日だった。

 

 

 と、感じたことはあるだろうか。ベッドに寝転び、まぶたを下ろして、ふと、今日という日を思い返し、幸せだったなぁと頬を緩める。そんな経験が、あるだろうか。

 

 アタシはある。今がまさにそうで、枕にぽすりと頭を乗せて閉じたまぶたの裏側に映し出された平凡なハイライトに、幸せだったなぁと思う。

 

 きっと、他人からしてみれば大したことじゃなくて。面白くもなんともない、会話のネタにもならない日常の出来事なんだろうけど。

 

 アタシにとっては、アタシと、そして、あの子にとっては——

 

 

 

 ——ほろ苦くも確かに、幸せな一日だった。

 

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