stories by BanG Dream! (短編集)   作:夢兎*

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さーかす
あなただけに見せる表情、私だけが見れる表情


 

 

 湿っぽい風が教室の窓から廊下へと抜けていく。湿気で跳ねた前髪を指先で弄りながら、ぼんやりと少し前にある背中を見つめた。

 

「じゃあこの問題、分かる人」

 

 数学担当の教師の言葉に、私の見ていた背中は勢いよく動いて、

 

「はいはーいっ! 分かりますっ!」

 

 小学生を思わせる元気な挙手に、教室が笑い声で包まれる。またやってる、なんて思いつつ、私も自然と笑みが溢れてしまった。雨が降っていようと風が吹いていようと、うだるような暑さの中でも、また、凍えるような寒さの中でも。この教室では笑顔が絶えない。

 

 それがすべてたった一人によって成されているのが、自分のことでもないのに誇らしくなる。私の……うん、その、ええと、とにかく、あの子は凄いんだって。あの笑顔と活発さが、人の心を動かすんだって。そんな漫画やドラマみたいな台詞を本気で吐けちゃうくらいに。

 

「じゃあ、戸山さん」

「はーいっ!」

 

 苦笑混じりに指名され、香澄は飛び跳ねるように立ち上がって黒板に答えを書いていく。いきなり指されると「うぅ……分かりません……」とか目を逸らしながら返事をして笑われてるけど、自信満々に書いた答えはどうやら正答だったみたい。先生が赤いチョークで丸をつけると、クラスメイトが「おぉー」と声をあげる。それから、私と有咲に視線が集まって、

 

「さーやに教えてもらったんだー!」

 

 なんて言うもんだから、私はクラス中の晒し者になる。……は、恥ずかしいからやめてって言ったのに! そんなことも嬉しいんだから、ほんっと、ダメだなぁ。

 

「ありがと〜、さーや〜」

 

 にへへーと太陽みたいに笑う香澄を見たら、なんだかどうでもよくなってきて、はぁと息が漏れた。ずるいなぁ、もう。

 

「よかったね」

「うんっ!」

 

 この子の笑った顔を見ていたい。これからも、隣で。集まった視線が散っていく中、頬づえをつきながら密かに想った。

 

        × × × ×

 

 三限目の授業が終わり、次は移動教室だからと香澄やおたえ、りみりんと廊下へ出る。しばらく歩くと香澄が突然「あ」と声をあげて、目を向ければ香澄はどこかぎこちない様子で、

 

「わ、忘れ物しちゃったみたい! 取ってくるから先に行ってて!」

 

 珍しくもない。けど、香澄の持ち物に忘れ物はないはず。あんまり忘れるもんだから、移動教室のたびに私がチェックしてるのは、みんなも知ってることだ。

 

 香澄に向けられた視線が私へと移って、なんて言おうか悩んでいると、ちょいと制服の裾が引かれた。その控え目なアピールに納得しながら、なんでもない風を装って口を開く。

 

「あー、私も忘れてたみたい。ごめんね、香澄〜、一緒に行こっか」

 

 ぱあっと分かりやすく華やいだ表情に苦笑が漏れる。こらこら、そんな顔したらバレちゃうでしょー? これは後でちゃんと言っておかないと。

 

 みんなと別れて、早足で来た道を引き返す。香澄が扉を開くと、教室の中に誰もいないのが分かった。後に続いて室内に入り、扉を閉めると、ぎゅっと身体が温もりに包まれる。

 

「さーやぁ……」

 

 胸もとに顔を埋める香澄は、まるで甘えたな子供みたいで。そっと頭を撫でてあげると、もっととせがむように手に頭を押し付けてくる。……なにこのかわいい生き物。

 

「もー、かわいいなぁ……」

 

 よしよーし。わしゃわしゃとさっきよりも雑に撫でるのを続行すると、香澄は少し固まって顔を上げた。その頬は真っ赤に染まっていて、いつもの活発さが嘘のような恥じ入る様子に私の顔まで熱くなる。

 

「か、かわいくないよぉ……」

「……かわいいっ」

 

 ぎゅっと、衝動的に抱きしめたら、香澄はしばらくじたばたともがいてからスイッチが切れたみたいにおとなしくなる。ふふ、私から逃げようなんて100年早い。……なんて、私のほうが逃げられてなかったりするんだけど。

 

「……さーや」

 

 ぽつり、独り言とも取れるような声量で、私の名を愛おしげに呼ぶ。きゅっと背中に回された腕に、少しだけ力が入ったのが分かった。恐る恐る、確認を取るような仕草がいじらしくて、頬がほころぶ。いつもはあんなに猪突猛進ッ! って感じなのに、変なの。

 

 でも、私は私にだけ見せてくれる香澄のそんな一面がこれ以上ないくらいにかわいく思えて。ただ、抱き合ってるだけのこの時間がいつまでも続けば、なんて考えちゃったして。……抱きつかれるのは、いつものことなのにね。

 

「さーや……」

「うん」

「さーやぁ」

「香澄」

「さーやっ」

「香澄」

「えへへ……香澄だよ。さーやの……」

「っ……わ、私だって、香澄の、だよ……?」

 

 もうっ、なんでいきなりそういうこと言うかなぁ。しかも、まぶしいくらいの笑顔で。破壊力あり過ぎだよー……。

 

 平静を装って返事をしたのに、香澄が私の胸にくっついてるからバレバレで。

 

「さーや、ドキドキしてるね」

「……ドキドキ、してますよ」

 

 恥ずかし過ぎて敬語になる。なんならいつもドキドキしてるよ。香澄の肌に触れるたび、手が重なるたび、名前を呼ばれるだけでも、胸が高鳴って仕方ないんだよ。香澄はそんなの知らないかもしれないけどさ、私はいっつもそんな感じだよ。

 

「うれしい」

「そっか……」

 

 ならいっかー! 嬉しいならいっか! 恥ずかしくても! あー、もうほんと卑怯! 香澄が笑顔で言ったらなんでも許せちゃうんだもん! ちょろいなー、私……有咲のこと笑えないじゃんね。

 

 でも仕方なくない? これ、この「ただただそんな気持ちでいっぱいです」って顔。誰が許さずにいられるの? 私は無理。うぅ……今日も好きな子がかわいくてつらいです。

 

「さーやっ、だいすき〜っ!」

 

 ぎゅぎゅーっと、怖がっていた手が吹っ切れたように私を強く抱きしめる。鼻先で揺らめく髪の毛から漂う香りが、妙に心地いい。人の髪の匂いを嗅いで落ち着いてるとか、私結構やばいんじゃ……いやいや、みんなするよね? 好きな人の匂いとかでリラックス出来たりするよね?

 

「私も好きだよー」

 

 抱きしめる力を強めれば、もうそんな思考は頭から消えていた。ひたすらに幸せで、ひたすらに甘くて、ひたすらに愛しくて。

 

 ぱっと離れた香澄が私の横に回って、それから悪戯っぽく笑う。次の瞬間には頬に柔らかい感触がして、ばっと抑えながら顔を向ければ、香澄ははにかみながら頬を緩め、私の手を取って指を絡める。

 

「行こっ、さーやっ」

「〜〜っ! ……うん」

 

 子供っぽいって思うのに、いつも手を引かれるのは私で。子供っぽいから、なのかな。でも、親になった気分とか、そういうわけじゃないんだよね。こっちまで、昔の自分にさせられるっていうか……ちっちゃい頃に公園に集まったみんなを纏めてたリーダーみたいな、そういう感じに近い。

 

 誰にでも距離が近くて、一人ぼっちな子を放っておかなくて、楽しいことのためなら大人も子供も巻き込んで、いろいろ失敗とかするし、走り過ぎちゃうこともあるんだけど、最後には絶対みんなで笑えてて。

 

 香澄には、不思議な力があるんだと思う。特別な子だって、心からそう思う。みんなの香澄が私は誇らしくて、そんな香澄が私は大好きで、でも、でもね。

 

 自分の意思で床を蹴って、香澄の隣に並んだ。しっかりと手を握り返して、私に顔を向けた香澄に出来る限りの笑顔を返す。

 

 私だけの特別も、やっぱり欲しい。

 

 だから、もうちょっとだけ、この関係は秘密のまま。

 

        × × × ×

 

 その週の土曜日。晴れ渡る空の下、私は香澄と一緒にショッピングモールに訪れていた。まあ、その、所謂(いわゆる)デートってやつ、です。はい。

 

 ショッピングモールは涼しいけど、外が暑かったせいか、繋がれた手にはじっとりと汗が滲んでいる。気持ち悪いなんて思われてないことは分かってるんだけど、私も一応女子なのでちょっぴり気にしてたり、してなかったり。でも、離したくないから、どのみちどうしようもないっていう。

 

 うぐぐと葛藤してたら、香澄は恥ずかしいんだか困ってるんだか分かんないような表情を私に向けて言葉を紡ぐ。

 

「汗、ごめんね〜……私、汗かきやすくて」

「……ぷっ。ふふっ、あははっ……う、うん、大丈夫だよ……」

「な、なんで笑うの〜っ?」

「だってっ……ふふっ」

 

 ほんとバカみたい。おんなじことで悩んで、要らない心配して。はーあ。こんな小さなことで幸せになれるなんて、燃費良いなぁ。エコだね、エコ。

 

「もー、さーやぁっ! 怒るよっ」

「あははっ、ごめんごめん。アイス買ってあげるから許して」

「えっ、アイスッ!?」

 

 瞳を輝かせる香澄につい笑ってしまいそうになる。私が堪えていると、香澄はそれに気づいたみたいで、はっとなって唸り声をあげた。

 

「そ、そんなこと言ってもダメなんだからね〜? アイスなんかに、つ、釣られないんだから……」

 

 頑張って、香澄! 目が泳いでるよ! とかなんとか思いつつ、潤んだ瞳に屈してしまう私。

 

「なにしたら許してくれる? アイスも買ってあげるよ」

「ほんとにっ!? あっ、でも、さーやに悪いからいい……自分で買う」

「おっ、偉い。じゃあお詫び、考えといてね」

「う、うん……」

 

 別になんにもしてくれなくてもいいんだけど、って顔だ。そのくらい分かるぞー。でも、今回はそのままにしとこう。香澄っていっつもあれしたいこれしたいって言うけど、言ったときにはもうやってるんだよねぇ。なにを頼まれるのか、楽しみにしてるよ?

 

 お楽しみが出来たなーとか満足しつつショッピングを再開。香澄も最初のうちはうんうん悩んでたけど、アイスを食べる頃には忘れちゃったのか、いつもの香澄に戻っていた。そろそろ帰ろうかと雑貨屋さんを出ると、通路で見知った顔と目が合う。どちらともなく手を離して、二人との距離を詰めた。

 

「あ、有咲だっ! おたえも!」

「香澄? 沙綾もいんのか」

「うん。偶然だねぇ、こんなところで会うなんて」

「そうか? 大きな店なんてここくらいしかないんだから、そういうこともあるだろ」

 

 うわぁ、現実的な意見。まあ、言われてみれば確かにそうなんだけど。有咲ってロマンチストなのかリアリストなのか分かんないよなーとか考えていたら、妙に恥ずかしくて背中に隠していた左手の小指が、きゅっと小さくて細いものに掴まれた。

 

 そっと香澄の右腕に目をやれば、その先は私の背中に続いてるようで。……バレても知らないからね。そっと小指に力を入れると、手を繋いでいるときより鼓動が大きく脈を打った。

 

「香澄と沙綾はここでなにしてたの?」

 

 首を傾げながらおたえに問われ、言葉が喉に詰まる。いや、別に普通に買い物してたって言えばいいはずなんだけど、なんか、言いづらい。

 

「私たちは映画観たついでに買い物に来たんだけど、りみがいなくなっちゃって」

「お前がフラフラするからな」

「それで連絡取って迎えに」

「お前があっちこっち行くから進まないけどな」

「有咲、怒ってる?」

「怒ってねぇ。疲れたんだよ……」

 

 はぁーっと長嘆息をして、有咲は私と香澄を一瞥すると、ふっと鼻で笑う。……な、なにその反応。なんか意味深じゃない? もしかしてバレてる? そんなことない? いやでも誰にも言ってないのにバレるとかあるの?

 

「ほら、りみが待ってるから急ぐぞ」

「え? 香澄と沙綾は行かないの?」

「ええと、私たちは、その」

 

 香澄に目配せしたら、香澄も眉尻を下げて私を見ていた。断る理由は適当にでっち上げられるけど、断るために嘘をつくのはなんだか抵抗がある。

 

 私たちが言い淀んでいると、有咲が呆れ混じりに、

 

「いや、行かないだろ……」

「なんで?」

「はいはい。ほら、行くぞー」

 

 ずるずると有咲に引きずられていくおたえを見送って、顔を見合わせた。私が首を振ると、香澄も同じように首を振る。ってことは、やっぱりそういうこと、なんだろうなぁ。

 

「すごいね、有咲」

「……有咲はいっつもみんなのこと見てるからね」

 

 今思えば、ときどき不自然に二人きりになったりもしていた気がしてないでもない。ありがとうと心の中で感謝の言葉を。苦労、お掛けします……。

 

 気を取り直して、帰路を辿る。ショッピングモールから出たらもう夕暮れで、ふわふわ揺れる髪の毛がオレンジの光に透けて綺麗だった。……もうちょっと、一緒にいたいなぁ。と、考えた矢先、私の想いが伝わったってわけじゃないだろうけど、香澄は足を止めてぽしょりとつぶやく。

 

「……さーや。えっと、お詫び、なんだけど……」

 

 ああ、そういえばと思い出す。有咲とおたえに会ったので完全に頭から抜け落ちてた。言葉の続きを待つと、香澄は意を決したような表情になる。

 

「今から、私の家、来て……欲しい」

 

 断る選択肢なんて、最初っから用意されてなかった。

 

        × × × ×

 

 何度目かの香澄の部屋。一歩入った瞬間に香澄に包み込まれているような気分になる。もちろん換気はしているだろうし、本当に香澄の匂いがするとかそういうわけじゃないんだろうけど、理性的な考えなんて全部まるっと捨てていい。

 

 ぽすりとベッドに腰掛けた香澄は、ぽんぽんと隣を叩く。ご要望通りに隣に座ると、肩に控えめな重みを感じた。こてんと乗せられた頭が顔に近くて、頬が熱くなる。日が落ちて窓から涼しい風が入ってきても、熱は消えなかった。

 

 しばらくすると、ごはんの時間になって、夕食をご馳走になる。一口食べるたびに頬を緩める香澄に、この子のごはんを作れたら幸せだろうななんて、乙女じみた独白をした。……なに考えてるんだろ、私。

 

 自分で自分に呆れながら、一度香澄の部屋へと戻る。もうそろそろ帰らなくちゃ。香澄はまた隣に座るように態度で示していたけど、私はそれで終わっちゃうのがどうしようもなく嫌で。

 

「さ、さーやっ?」

 

 香澄を押し倒すようにして、腰の辺りに抱きついた。自分でもよく分からない。多分、寂しさとか切なさとか、いろいろあるんだけど、こうしているだけで全部忘れられて。

 

 私がじっとくっついていると、優しい手つきで頭を撫でられる。……香澄は本当にずるいよ。甘えたなくせに、甘やかすのも上手で。ついつい、甘えたくなる。

 

「……さーや、今日、泊まってく?」

 

 連絡、してない。明日の朝だって、家の手伝いをしないといけない。不満なんてなにもなくて、自分がやりたくてやってること。でも、断れるわけ、なくて。

 

「明日、一緒にお店手伝うね」

「……ありがと」

 

 情けないなぁって思う。ダメダメだなぁって思う。もっとちゃんとしなきゃって思う。でも、香澄はそんな私を許してくれるから、香澄の前でだけは、そんな私でいさせて欲しい。

 

 ベッドに手をついてゆっくりと少しだけ身体を起こした。そのまま、這い上がるように香澄の顔の前まで近づいていくと、香澄は頬を染めながらも目を瞑って。

 

 いつも、幸せなんだ。毎日が、一秒一秒が幸せで、掛け替えもなくて。でも、今この瞬間は。

 

 

 それよりも遥かに幸せなひとときだった。

 

 

 

        ×おわり×

 

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