雪音クリスは〇〇したい   作:とりなんこつ

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1.雪音クリスは御礼がしたい

 

その日、帰り支度をしようと指令室を出た友里あおいは、ドアの外の雪音クリスを前に足を止めることになる。

 

特に今日は訓練の予定もないし、こんな時間に発令所まで何か用事があるのかしら―――。

 

そう友里が首を傾げたのもつかの間、上目使いでクリスが話しかけてきた。

 

「あの……友里、サン」

 

キュロットの裾を握りしめながらの恥ずかしげな声音に、彼女が他ならぬ自分への用向きがあることを悟り、驚愕する友里。

 

雪音クリス。

 

かつてはフィーネへと組み、二課と敵対したこともある第一種適合者。

一匹狼を自称していた魔弓イチイバルの装者。

今でこそ同僚である装者たちや学友への態度は和らいできているが、大人とは未だ積極的にコミュニケーションを取りたがらないフシがあった。

これは彼女の過酷な生い立ちに由来するものであり、大いに同情の余地があるだろう。

だけに、クリスが自分を頼ってきているらしいことに、友里は驚きを禁じ得ない。

 

「どうしたの、クリスちゃん?」

 

内心をおくびにも出さず友里は尋ねた。

 

「その…」

 

裾を揉みしだきながら歯切れの悪いクリスに、友里は思う。

装者とはいえ、みな思春期の少女である。やはり同性の方が相談しやすいこともあるに違いない。

そう察し、ゆっくりと先を促した友里であったが、時間をかけて切り出してきたクリスの要望に、今度こそ驚愕の表情を浮かべてしまう。

 

「テーブルマナーを教えて欲しい、ですって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しーっ、友里サン、声がでかい!」

 

「あ、ごめんなさい」

 

とはいえ、21時過ぎのエントランスである。

現在は通常体制の仮設本部に、目立つ人影はない。

 

「でも、どうしたのそんないきなり…」

 

「………」

 

友里の質問に、クリスの返事が淀む。

常に即決即断な彼女らしからぬ態度に、友里は職務外の好奇心が鎌首をもたげるのを自覚した。

それでもじっと返事を待っていると、クリスはゆっくりと顔を上げて、

 

「…そ、その、一度でいいから、フルコースってもんを食べてみたくてさ」

 

「ああ、なるほどね。フルコース料理なら、テーブルマナーは必須だものね」

 

「だけど、教えてくれそうな人は、友里サンくらいしか思い浮かばなくて…」

 

その台詞に、友里は少々考え込まざるをえない。

同僚である風鳴翼は今はアーティスト活動に精励していた。

財界人らと会食を共にする機会があるため、それらのマナーは心得ているだろうが、不在では教えを乞うわけにはいかない。

数少ない知己の中でクリスが自分に白羽の矢を立てたのは、いわば消去法にのっとってのことだろう。

一抹の寂しさを感じながらも、大人の女として頼られるのは嬉しくないわけではない。

だからこう質問を返したのは、純然たる疑問であって決して意地悪ではなかった。

 

「それで? 誰と食べに行くの?」

 

都内では、一人でフルコースを食べさせる店もあるにはあるが、あえて尋ねる。

 

「………それは」

 

顔を伏せ、再び口ごもるクリス。よくよく見れば耳は真っ赤だ。

友里は過去の青春の匂いを嗅ぐ。

あらら、これはひょっとして。

 

「もしかして、彼氏でも出来た?」

 

「か、彼氏!? ち、違う! あたしはおっさんに礼をしたいだけだッ!」

 

「…司令に?」

 

我ながら疑わしげな声が出てしまったと思う。

親しい知人に御礼の食事を―――それ自体は、巷によくある話だ。

友里が疑義に満ち満ちた声を発してしまった理由は、特異災害対策機動部二課司令官、風鳴弦十郎の為人に拠る。

 

『飯食って映画見て寝るッ!』を標榜する彼が普段から何を食しているのかと言えば、専ら大雑把な情報しか入ってこない。

例えば、訓練を終えた装者たちを連れて出向いたのは有名な牛丼チェーン店。

他にもいきなりス○ーキのディスプレイされていた塊肉を丸々食べたなどといった武勇譚などばかりで、こじゃれた店でグラスを傾ける弦十郎など、なかなか想像力が必要な光景である。

 

「…何か変なことなのか?」

 

上目使いで見返してくるクリスに、

 

「ま、まあ、あの人もTPOは心得ているでしょうから…」

 

しどろもどろになってしまう友里であるが、腐っても特異災害対策機動部二課司令官だ。お偉方との会食の経験はあるはず。

風鳴司令の動向はともかく、クリスの態度に友里は色々と納得がいく。

当初、敵対していたクリスに説得を試みたのは弦十郎であるし、それを恩義に感じた彼女が改めて御礼をするというのは、何もおかしい話ではない。

つまりは、それだけ精神的な成長、もしくは精神的な余裕が出てきたのだろう。

シンフォギアの装者としてだけではなく、年頃の少女としても、それは喜ぶべきことだ。

 

「わかった。喜んで協力させてもらうわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか、箸の持ち方から指導しなきゃいけないとはね…」

 

雪音クリスの自宅で、友里は溜息をつく。

 

「ちょせえなあ、この箸ってのは」

 

ぶつぶつ言いながら、弁当の里いもに箸をぶっさすクリス。

 

「それじゃフォークと扱いが一緒じゃない!」

 

「でも、フルコースってのはナイフとフォークが基本なんだろ?」

 

「そりゃそうだけど…」

 

試しに、夕食がてらコンビニ弁当を摘まませてみればこの体たらくである。

箸の持ち方がなってないからボロボロ零すし、食べ方も食べ後も、身も蓋もなくいってしまえば汚い。

一人暮らしをしている彼女だから、誰も指摘も矯正もしてくれないのだろう。

が、それはそれで疑問が浮かぶ。

 

「クリスちゃんは、普段、学校では何を食べているの?」

 

仲のよい学友が出来たとの情報は二課でも把握している。

一緒に弁当を食べるくらいはするだろうから、そこで何かしらの指摘はされてないのだろうか。

 

「んー? 牛乳とアンパンかな」

 

「それだけ!?」

 

「あ、最近は焼きそばパンとコロッケパンもな! あれはヤバい!」

 

そこではクリスは胸元の生地を引っ張って、

 

「でも、あれを喰うと胸がきつくなるんだよなあ…」

 

「そ、そうなの…」

 

意識せず友里のコメカミに青筋が浮かぶ。

実のところ、クリスの胸囲は友里の上を行く。加えて張りは比べるべくもない。

湧き上がる黒い衝動を黙殺し、友里は敢えて厳しい声を出す。

 

「そんな食べ方じゃ、フルコースなんて以前の問題よ? むしろ一緒に食べにいった人に恥をかかせちゃうわ」

 

「…そうなのか」

 

しゅんと意気消沈するクリスの姿は、一転して保護欲を刺激してくる。

 

「まあ、そのために私を頼ったんでしょう? とりあえず、一通りのことは教えてあげるから」

 

「お、お願いしますッ!」

 

パッと明るい顔になるクリス。

戦場とは打って変わったコロコロと変わる表情はとても愛らしい。

友里は思う。娘、はさすがに無理があるけれど、妹ならばこんな子が欲しいかも。

 

「さ、まずは箸の持ち方から練習しましょう」

 

「え? だから箸よりフォークとナイフのほうが」

 

「箸でも刺したり裂いたりできるでしょう? 箸を上手に扱えれば、フォークとナイフも自然と上手く使えるようになるわ」

 

「…そういうもんなのか」

 

不承不承ながら納得するクリスに、友里は内心で舌を出している。

箸が上手になればフォークとナイフも上達するなんてことは知らない。

でも、普段の生活でも困らない程度のことは仕込んであげるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の黄昏時、風鳴弦十郎はスラックスと同色のジャケットを身に着け、街角に佇んでいた。

きちんとネクタイもおろし、普段はネクタイの先端が突っ込まれているポケットには、折りたたまれた直筆の招待状が入っている。

 

「…しかし、クリスくんから御礼とは、な」

 

厳つい顔に朴訥とした笑みが浮かぶ。

彼女の過去の境遇を思えば、それは進歩であり、改善であり、同時にすこぶる微笑ましい。

フロンティア事変からしばらく、大した事案こそ発生していなかったが、特異災害対策機動部二課としての仕事は唸るほど存在する。

膨大な事後処理はもちろん、加えて国連直属組織への再編の真っ最中だ。

そんな激務中にも関わらず熱心にこの招待を受けるよう諭してきた友里あおいに、弦十郎も察するところがあったが、素直に好意に甘えることにした。

風鳴翼のいうところの常在戦場というわけでもないが、司令本人とて24時間365日、職務に拘束される謂れはない。―――友里の言葉を要約するとこうなる。

もっとも、シンフォギア装者との会食を、プライベートと定義するのもどうなのだろうな。

苦笑を頬に刻みつつ周囲を見回せば、小柄な影がこちらに小走りで近づいてくるところ。

 

「お、おっさんお待たせ」

 

軽く息を切らせた雪音クリスが弦十郎の前に立つ。

 

「いや、俺もちょうど今来たところだ」

 

社交辞令を口にしつつ、内心で弦十郎は、ほうと感嘆を漏らす。

今日のクリスは膝が隠れるほどのやや丈の長い深紅のワンピースに、肩には白いショールを羽織っている。

化粧もしているのだろう、よくよく見れば唇も微かに朱が指していた。

弦十郎とて木石ではないから、着飾った少女に対し素直に称賛することも吝かではない。

しかし、その言葉が朴訥かつ豪直球なのは、風鳴弦十郎が風鳴弦十郎たる所以だろう。

 

「今日はずいぶんと綺麗だな、クリスくん」

 

「う、うぇっ!?」

 

「嘘ではないぞ。随分と見違えた」

 

「………ありがと」

 

連れだって、目的地となるホテルのレストランを目指して歩き出す。

道々で、見事にドレスコードを体現したクリスに、行き交う人々から遠慮なく視線が注がれた。

小柄な体型の割にはプロポーションが良く、加えて彼女のイメージカラーでもある赤を基調としたファッションは、周囲の注目を集めて余りある。

もっとも当の本人は、隣を歩く弦十郎を意識するあまり、自身に注がれる視線に気づくどころではない。

ちなみに弦十郎本人は、その厳つい巨躯にかかわらず気配を押さえる術を心得ている。

客観的には凸凹にもほどがあるだろうと思われるアベックが、特に周囲に違和感を抱かれない理由はそれだった。

着いた先のホテルの最上階のレストラン。

並みの高校生ならとても手の出せない値段であるが、あいにく雪音クリスは普通ではない。

シンフォギア装者には、普通の社会人以上の手当が支給されていた。

他に住居費や学費の免除、福利厚生など手厚いことこの上なかったが、命の対価としてはどうなのだろうか。

現状、ノイズに対抗できるのは聖遺物適合者のみであるため、仕方のない面はあるにせよ、弦十郎は忸怩たる気持ちを抱かずにはいられない。

 

「どうしたんだ、おっさん?」

 

対面の椅子に腰を降ろしたクリスが小首をかしげている。

 

「…なに、普通なら、礼を言わなければならないのはこちらの方だと思ってな」

 

「なんだよ、それ。招待したのはあたしだぜ?」

 

ぶすっと頬を膨らませるクリスの前に、食前酒と前菜が運ばれてくる。

もっとも未成年である彼女にはノンアルコールの梅酒で、弦十郎はシャンパンだ。

 

「では、改めて言わせてもらおう。本日はお招きいただき光栄だ」

 

グラスを掲げて弦十郎。

 

「…ん。おっさんには色々と世話になってるからな」

 

仏壇も運んでもらえたし、と小声でクリス。

 

「なるほど、では乾杯しよう」

 

「何にだよ?」

 

「装者の輝かしい未来のために」

 

「気障もすぎるぜ、おっさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見事なテーブルマナーを発揮し、クリスは次々とフルコースを平らげた。

その健啖ぶりは、本当にフルコースが食べたかっただけでは、と弦十郎が錯覚してしまうほど。

デザートも綺麗に食べ終えたクリスの前に、弦十郎は自分のケーキを皿ごと滑らす。

 

「おっさん…?」

 

「正直、甘いものは苦手でな」

 

クリスは弦十郎とケーキを交互に見回す。

明らかな逡巡が浮かぶ顔は、急に幼く見え、弦十郎には辛く映る。

甘えていいのか。意地汚くないか。そしてなにより―――これは悪意ではないのか?

差し伸べられた手を目前で翻されるという悲惨な体験も経た彼女は、無償の善意というものを信じていなかった。

過去形で語ることが出来るようになったにせよ、一種のトラウマともなったそれは容易に払拭できるものではないらしい。

ゆえに、弦十郎は、あの日と同じく行動で示すしかなかった。

腕を伸ばし、自分のフォークでケーキを一片切り崩し、口へ運ぶ。

 

「うん、少しブランデーが利いているが、美味い。が、俺の口には合わんな」

 

「どっちだよ…」

 

悪態をつきながら、それでも照れくさそうにクリスは残りのケーキへとフォークを伸ばす。

本当に美味しそうにケーキを頬張るクリスの様子を、弦十郎はブラックコーヒーを片手に眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、その挙句がこれか」

 

レストランからの帰り道。

弦十郎の隣にクリスの姿はない。

代わりに、弦十郎の広い背中ですいよすいよと寝息を立てている。

確かにブランデーの利いたケーキだった。にしても、クリスがここまで酒に弱いとは完全な想定外だ。

酔っぱらった未成年の彼女を、一人タクシーで帰らせるわけにもいかない。

それに、適合者はこの世界においてダイヤモンドよりも貴重な存在である。

そしてなにより自分は彼女たちを守る組織の総司令である―――。

雑多な事情を豪快にひとまとめに叩き割り、風鳴弦十郎は、自ら雪音クリスを自宅へと送り届けている最中であった。

斡旋したこともあり自宅の場所は把握している。距離的にもそれほど大した距離ではない。

だが、だいぶ夜も更けていた。

傍から見れば、厳つい大男が明らかに未成年な少女を背負って歩いている姿は怪しい以外の何ものでもない。

が、弦十郎の懸念に反し、すれ違った警官から職質を受けることはなかった。

過日の仏壇の件を思い出し、戦々恐々としていた弦十郎にとって拍子抜けである。

もしかしたら親子だとでも思われたのだろうか。

その答えは、クリスの自宅へ到着し、彼女をベッドへ横たえたところで判明したかと思われた。

 

「…パパ」

 

軽く上気した頬に、驚くほど無垢な笑顔が浮かんでいる。

きっと父親の昔の夢でも見ているのだろう。

そう解釈し、微笑みを浮かべてベッドから離れようとした弦十郎だったが、果たせなかった。

眠ったままのクリスが、ジャケットの裾をがっちりと掴んでいたのである。

無理やり引き剥がしてしまえば、幸福な眠りを破ってしまうのではないか。

躊躇する弦十郎の前で、眠ったままのクリスが再び呟いた。

 

「…おっさん」

 

同時に、赤く滑らかな頬を、一筋の涙が伝う。

にも関わらず、彼女の顔には年相応の笑みが浮かんでいるのどういうことだろう?

弦十郎はしばし立ち尽くす。

眠る少女の横顔にやさしく視線を注ぎ―――そして彼は紳士だった。

器用にジャケットを脱ぐと、そっと雪音クリスの部屋を辞した。

彼女の幸福な眠りを破ってしまわないように。

そして部屋を出た頃には、胸ポケットにネクタイの先端が入れられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、テーブルマナーの御礼も兼ねて、司令との会食の件を友里に報告するクリス。

たまさかその現場を弦十郎が通りかかったのは、天の采配か、それとも悪魔の気まぐれか。

 

 

 

 

 

「そんで、目ぇ覚ましたら、部屋にはおっさんの脱いだ服だけが転がってて…」

 

「………」

 

「…まて、友里! そんな目で見るのは俺の話を聞いてからにしてくれッ!」

 

 

 

 

 

 

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