特異災害対策機動部二課が国連直轄下の機動部隊「S.O.N.G.」として再編されて幾日。
国内外で実績を積みつつあったS.O.N.G.だったが、この時期に先のフロンティア事変の中核たる元F.I.Sにして武装組織フィーネの面々も拘禁を解かれることになった。
マリア・カデンツァヴナ・イヴは司法取引に応じ、実は国連所属のエージェントとしてアンダーカバーとしてF.I.Sへと潜入、内からドクター・ウェルらのたくらみを打ち砕いたとのカヴァーストーリーを背景に、元の歌手活動を再開することになる。
月読調、暁切歌の両名は、表舞台に立たなかったこともあり、国連指導の特別保護観察下のもとで二課が身柄を引き受け、私立リディアン音楽院へと編入。
三名とも組織の監視下にあるとはいえ、人並みの自由を手に入れた格好となる。
元々マリアが歌姫として活躍していたのは海外である。同じく海外進出を進める風鳴翼に伴って出国する直前、彼女は雪音クリスに面会を求めていた。
「私が留守中、調と切歌のことを君に託したい」
さんざん愛されキャラがどうとか指摘してクリスの顔色を変化させたあと、マリアが真剣な面持ちでいった。
礼儀には礼儀で応じることを弁えているクリスである。
それでも、二課に参入当初のクリスであれば「そんなのあたしの柄じゃねえ」と一蹴していたことだろう。
が、彼女も幾多の戦いを経て成長していた。
この場合の成長は、精神、肉体だけでなく、仲間との紐帯も意味する。
クリス自身、最終決戦では共闘してネフィリムを屠ったマリア、調、切歌に対する蟠りはない。
これはマリアも同様だろう。
それらを踏まえ、クリスを頼ったマリアの判断は、一度は二課に敵対したもの同士の共感に基づくものだけではなかった。
現在S.O.N.G.に在籍する聖遺物適合者はもう一人存在する。
立花響。
第三種適合者と称される彼女が、そもそもの装者へと至った道筋をどうこう批評するつもりはない。
むしろ最終決戦における、破天荒とも呼べるような収束力、突破力は、仲間としてはこの上なく頼もしく思える。
ではそんな彼女が、果たして後進の育成に相応しいだろうか。
答えは―――否。
装者として、彼女のスタイルは参考にはならない。あれはあくまで立花響という固有かつ極限のスタイルだ。
彼女の影響を被るべきではない。調も切歌も独自のスタイルを模索、もしくは貫いて欲しい。
それゆえに、マリアはクリスを選択した。選択せざるを得なかったともいえる。
一方、クリスの見解はマリアのものとは若干異なる。
あの馬鹿に後輩の面倒を見させる?
冗談じゃねーよ。ただでさえあいつの感化力は半端ねえのに。
仮にあいつに二人を預けたとしよう。直情脳筋突撃バカが量産されるならまだいい。
だがまかり間違って小日向教に帰依させちまったら、誰がどう責任をとりゃいいんだ…。
このように微妙に違う切り口から二人は同じ結論に至った。
だからといって、互いに熱い握手を交わしたわけではない。
クリスは伸ばしかけた手を照れたようにひっこめると後頭部に回し、明後日の方を向きながらぶっきらぼうに言う。
「…仕方ねえな。まかせとけ」
翼とマリアが日本を発った翌日。
彼女経由でメールアドレスを知ったクリスから、月読調、暁切歌両名に同文のメールが届く。
その内容は、
〝夕飯を食べず、着換えて、指定した時刻まで駅前に集合!〟
指定した日の夕刻。
待ち合わせに指定した駅前のモニュメントの前で、クリスは一人気を揉んでいた。
「あいつら遅せぇな。ひょっとして迷ってるんじゃねーのか?」
時刻は約束の時間の五分ほど前。
実はクリス自身は三十分ほど前には到着しており、同じことを繰り返し呟いていたりする。
そして約束の時間を少しまわったころ、二人の少女の姿が視界に飛び込んできた。
「おーい、こっちだ、こっち!」
喜色を浮かべ手を振るクリスに対し、歩いてくる調と切歌の表情はお世辞にも明るいとは言えなかった。
着ている服もお洒落着というより運動しやすいような機能的な服装。
「…クリス先輩、こんばんはデース…」
「こんばんは…」
明らかにテンションが低い二人に、さすがのクリスも眉根を寄せる。
「おいおい、どうしたんだ二人とも?」
調と切歌は顔を見合わせる。
そして切歌は思いつめたような顔で、
「クリス先輩、お願いデス。どうか地獄のシゴキはアタシだけで、調はカンベンしてくださいデース…」
「そんな! 切ちゃんだけにさせられないよ! ううん、センパイ! 鬼も逃げ出す猛特訓を受けるのは私だけで…!!」
いやいやここはアタシデス!
ううん、ここは私が!
やいのやいの揉めはじめる二人を、クリスは珍妙なものでも見るような顔つきで眺める。
「…おい、何がどうなってる?」
「え…? 先輩はそのつもりでメールくれたんデスよね?」
指摘され、クリスは慌てて自分の携帯端末を展開。
自身が送信したメールの内容を確かめると、なるほど、そのように受け取れなくもない…のか?
いや、だとしても少しばかり牽強付会が過ぎやしないか、おい。
「響さん相談したら、『絶対にご飯食べて行くと吐いちゃうような秘密特訓だよ!!』…って」
「―――ああ、なるほど」
色々とすとんと腑に落ちる。
こちらにも落ち度はあるが、あの馬鹿め、余計にややこしくしてくれるな。
「ごほん。…ちーっとばかり誤解があったみたいだが、今日おまえらを呼んだのは晩飯でもご馳走してやろうと思ってのことだ!」
「本当デスか!?」
少しだけ切歌の顔が明るくなる。
「じー」
そして未だ疑わしげな視線を向けてくるのは調。
二者二様の反応に、クリスは内心で苦笑まじりに呟く。
…さっそく面倒臭くなってきたぜ。
だが、マリアに宣言した手前、ここで尻を捲るわけにはいかない。
仲間との約束は、もう違えることはないと誓った。二度も三度も裏切るのはごめんだ。
「とりあえずこっちだ。行くぞ」
クリスは後輩たちを先導して歩き出す。
実のところ、マリアから事後を託された時点で、後輩たちにどう接するべきかクリスは風鳴弦十郎へと相談していた。
この時点で人選的に間違っている気がしないでもないが、弦十郎の訓示はただ一言。
『同じ釜の飯を喰えッ!』
前世紀のスポコン漫画に登場しそうな台詞だが、そこはそれクリスも幾多の特訓を経てだいぶ感化されていた。
そんな彼女がエクストリームに解釈した結果が、親睦会という名の食事会である。
F.I.Sに「フィーネ」として反旗を翻す以前の潜伏期より、マリアも含めた彼女たちはかなりカツカツの生活を送っていたらしい。
インスタントカップメンが嗜好品で、298円クラスになれば至上のご馳走。
二課に拘留された後の拘置所の食事に、涙を流して喜んでいたとの話もリサーチ済みだ。
ならいっちょ美味いものをしこたま食べさせてやろうじゃねーか。
まず頭に浮かんだのは、高級フレンチのフルコース。
過日、友里あおいにテーブルマナーを学んだ実績がクリスにはあった。
しかし、調と切歌がそれらの作法を会得していなければご破算で、かといってそのためにテーブルマナーを教えるのも迂遠な話である。
となれば、寿司? 焼肉? イタリアン? 中華?
散々悩み、ネットの情報も検索しまくった挙句、クリスが選んだ店は―――。
「おっと、ここだ、ここ」
とあるビルの前で足を止めるクリス。
未だ緊張が抜けない後輩たちとともにエレベーターで五階まで上がる。
「なんデスか、この店…?」
「これは…英語とは違う。…ポルトガル語?」
派手な発色の看板に慄く二人を後目に、クリスは前払いで会計を済ませた。
「おらおら、ぼーっと立ってちゃ通行の邪魔だぜ? 入った入った」
二人の背中を押す。
通路の角を曲がり、視界が開けると、背中を押していた重い感触が嘘のように消えた。
「わあ……!!」
感嘆の声は、二人のどちらが漏らしたものか。いや、きっと完璧にユニゾンした二つの声だろう。
広いフロアに整然と並ぶテーブル席。
そしてその中央に横たわる長々としたテーブルには、ところ狭しと料理が並べられている。
幾種もの野菜がボウルにてんこ盛りのサラダエリア。
三種類のスープコーナーに併設するように、ビーフシチューやカレーもくつくつと煮えている。
パスタも何種類かトレイの上に温められており、他にはパンやピラフなどのご飯もの。
から揚げやフライドポテト、オニオンフライといった揚げ物もそれぞれ堆く盛られていた。
それらが霞むような見たこともない大皿料理の数々も目を引いたが、調、切歌両名が何より視線をひきつけられたのはデザートコーナー。
色とりどりの光を放つケーキ。数種類にも及ぶアイスクリームにソフトクリーム。
そんな華々しいスイーツたちの中で、なお燦然と屹立するものがある。
「…調、あれはもしかして…」
「そう、切ちゃん。間違いない、あれが伝説の
そのまま駆け出そうとする二人の襟首をクリスはガッチリと抑える。
「なんデスか、先輩! ここにきてお預けデスか! 意地悪デスか!」
「Various shul shagana…」
「リンカーもなしにこんな場所で聖詠してんじゃねえッ!」
不本意ながら調の頭をポカリと小突き、まずは店員さんの説明を聞けと椅子へ二人の肩を押し付ける。
が、どう見ても二人とも気はそぞろで、店員の台詞はまるで耳に入っていない様子。
開店したばかりで誰からも手を付けられてないご馳走の山。
それを前にして、お預けを喰らった犬ばりに興奮するなというのが無理な相談だ。
調と切歌は何を喰わせてやれば一番喜ぶだろう?
クリスが頭を捻りに捻って導き出した結論は、好きなものが好きなだけ食べられるバイキング―――だけではない。
もはや限界とばかりに椅子から腰を浮かしかけた二人の前に、それは現れた。
「お待たせしました」
エプロン姿の店員が、クリスたちのテーブルの前にやってくる。
「…ほわあああ!?」
両名が声をあげたのもむべなるかな。
店員の手には、巨大な鉄串にさされた肉の塊が抱えられていた。
「豚のコステーラ、リブ、肋骨の部分の肉でございます」
説明しながら三人の皿に、それぞれ肉片を切り分けていく店員。
「先輩、これは…?」
上目使いで見てくる調に、クリスは言う。
「デザートも悪くはないが、ここのメインは肉さ。まあ、とりあえず食ってみな」
ゴクリ、と二人の喉がなる。
「い、いただきますデース!」
我に返ったように切歌は肉を切り刻み、頬張った。半瞬遅れて調もならう。
「~~~!! 肉汁が溢れてくるデス!」
「切ちゃん、お肉ってこんなに柔らかかったんだね…!」
夢中で肉を平らげる二人だったが、
「牛肉のアゥカットラ、ランプ肉です」
「鶏肉のフランゴ、手羽先です」
「豚のソーセージです」
店員の来襲は止まらない。
もっとも二人の食欲も止まらない。
一応、切り分ける前に店員はいるかいらないか、どれくらい量がいるか尋ねてくるのだが、切歌も調もいちいち律儀に頼むため、皿の空いている暇がない。
「おいおい、そんなに無理して全部喰わなくてもいいんだぞ?」
苦言を呈しながらも、その肉はこの玉ねぎのソースをつけると美味いぞ、などとクリスもいちいち甲斐甲斐しい。
次々と肉を頬張り、飲み下し、唇の端にソースをつけたまま切歌は顔を上げ、うっとりとした声を出す。
「…ここはぱらいそデスか?」
「私たちの目指していた世界がここに…」
調に至っては、涙目で感無量で呟いている。
「おまえら、いちいち言うことが大げさなんだよ」
鷹揚に構えながらもクリスの表情はにやけまくっている。
当初は寿司なども考えていたが、あまり高級な店だと気楽にとはいかない。だからといって回転寿司では少しばかり侘しすぎる。
じゃあ焼肉か? とも思ったが、あれはあれで焼いていると結構忙しい。焼けば煙の匂いもつくし、注文するときに値段を気にされて遠慮されるのも避けたい。
ステーキも良いけれど、注文したものが出てきたあとは、なかなか間が持たないものだ。
そこでクリスが至った結論は、最近巷で流行っているとも言われるシュラスコ。
席にいるだけで焼き立ての肉の塊が次々と運ばれてくるというインパクトのあるシステムも去ることながら、他のサラダや料理のバイキング形式もパッケージされているコースが大半を占める。
これなら二人も驚く+満足してくれるだろう。
今のクリスは、目論見が図に当たったこと、先輩の面目が施せたこと、二人が喜んでくれているらしいことの満足感に八割ほど満たされていた。
残る二割は―――彼女自身、ブラジル料理とシュラスコに興味がそそられていたことは否定しない。
「し、調! このアバカシ(焼きパイナップル)ってのはとんでもなく美味しいデスよ!?」
「焼いたパイナップルがこんなに甘くて美味しいなんて、信じられない…!!」
気づけば、店内もだいぶ混んできていた。
男性客も多いが女性グループの姿もあり、クリスたちが悪目立ちすることもない。
もごもごと自分の肉を頬張るクリスをあとに、後輩二人はバイキングゾーンにも突撃。
「おーい、ちゃんと野菜も食べろよ?」
一応そう声をかけたが、本意ではない。
バイキングなんだもの、好きなものを好きなだけ喰えばいいさ。
「ピカンヤ、イチボ肉でございます」
「あ、ください」
一通り肉を食べ比べ終え、クリスはテーブルの上の札を引っ繰り返す。
この札の表裏で、店員は肉を持っていくテーブルか否かを判断するというシステムだ。
「調、そろそろデザートコーナーに第四次出撃デスよ」
「まって切ちゃん、このケーキ、もう食べ終わるから…」
「おまえら、まだ行けるのか?」
後輩二人の健啖ぶりにクリスは呆れてみせるが、彼女自身、デザート分の別腹は確保している。
「どれ、じゃあ、あたしも甘いもんでも食うか」
そしてしばらくあとのテーブルの上。
クリスはケーキを一通り確保。
切歌は各種アイスクリームを大皿にてんこ盛り。
調は串に刺したマシュマロにチョコをかけたものを、お団子よろしく頬張っている。
「んー♪ どれを食べても甘くて冷たくて美味しいデース!」
「チョコファウンデンを開発した人は本当に天才…」
もりもりアイスクリームを平らげた切歌は、そこで上目使いでクリスを見て、
「…焼きパイナップル、もう一回注文しても大丈夫デスか?」
「ああ、喰え喰え」
調は心配そうに顔を上げて、
「あ、でも、もう時間が…」
「三時間コースだ。まだ時間はたっぷりあるぞ」
ぱああ、と今度こそ屈託のない笑顔を浮かべる後輩二人。
「じゃ、じゃあ、お土産に少し持って帰ってもいいデスよね!?」
「それはダメに決まってんだろ! …そのうちまた連れてきてやるから」
裏表のないキラキラとした二組の瞳に見つめられ、クリスは何やら背筋がこそばゆくて仕方ない。
「ど、どれ、あたしもお代わりしてくるか」
眼差しから逃げるように腰を浮かしかけたその時だった。
派手なラテン系の音楽が店内に鳴り響く。
続けて、サンバ衣装に身を包み、褐色の肌を晒したお姉さん方が突入してくる。
「な、なんデスか!?」
「あー…」
そういえば、この店を検索したとき、ホームページに週に何回かの割合でサンバタイムがあると書いてあったことをクリスは思い出す。
陽気なお姉さんたちは身体をくねらせながら次々と客の手をとって立たせている。
立った客からサンバの輪に加わり、中央のテーブルの周辺を踊りながら回り出す。
あまりのノリの良さに、拒否する客は見当たらない。
同調圧力というわけでもないだろうが、クリスたちもその輪に誘われることになる。
アップビートの陽気な曲に、やや躊躇いながらも見よう見まねで身体をくねらす三人。
たらふく食べたばかりなのに無茶というなかれ。
基本的に装者はタフだ。いや、タフでなければシンフォギアは纏えないといったほうが正解か。
加えて歌を唄いながら戦う彼女たちにリズム感がないわけはない。
たちまちリズムに乗った三人は、本職のお姉さんに称賛されるほど見事にサンバを踊りきった。
「いやー、楽しいデスね、先輩!」
「ああ、サンバも悪くないな」
「踊ったらまたお腹空いたデス♪」
「…マジかよ?」
切歌に本気で突っ込みを入れるクリスだったが、
「………じー」
三白眼でじっとこちらを見ている調の様子には気づかなかった。
明けて翌日の学校。
登校したクリスは、後輩コンビの姿を探す。
ある意味、立花小日向組に匹敵するほど目立つ二人の姿は見受けられない。
どうしたんだ、アイツら? まさか食べ過ぎで腹でも壊したんじゃ…。
予鈴の鳴る寸前まで心配したクリスは、携帯電話で連絡を取ることにする。
『…あ、先輩。おはようデス』
「おい、どうした? どっか具合でも悪くしたのか!?」
『いえ、アタシはそういうわけでもないんデスが、調が…』
「アイツがどうした?」
『はい、夕べ帰ってきてから部屋に閉じこもってて…』
「…うん?」
『何度呼びにいっても、部屋の中から「切ちゃんはプルンプルン」「…たゆんたゆん、ううん、ばるんばるんしていた」「引き換え私は……はっ」って乾いた笑い声が繰り返し聞こえるだけで…』
「なんだそりゃ?」
シュラスコ、美味しゅうございました。