時は12月、師走。
師、すなわち先生が走りまわるほど忙しいから師走というらしい。
実際、半分は日本人の血が流れている雪音クリスからして、その忙しさは十分に体感していた。
学生的には、なにより頭が痛くなる期末考査があった。
けれど、その後の冬休みを控え、教室全体にウキウキとした気分が漂っていた。
世間的にも12月に入ればクリスマスイルミネーション一色で、街全体が浮足立っているような気がする。
そんな雰囲気も嫌いじゃないが、煌びやかな洋装の格好で行き交う人々も、クリスマスから一週間後には着物を着て神社へお参りするのだ。
キリスト教のお祝いから神道の礼拝へ、誰も疑問を抱かずスムーズに移行してしまう。
本当に、日本は無国籍というか多国籍というか。
街中を歩きながら、クリスが日本特有の慣例に皮肉げな眼差しを向けてしまうのは事情がある。
種を明かせば、それは彼女の誕生日。
12月28日生まれのクリスとしては、どうしてもクリスマスと比べてしまう。
それなりに敬虔なカトリック信者であった母、ソネット。
海外ボランティア先でも積極的にクリスマスコンサートなどを行っていた。
その盛大さに反し、クリスの誕生会は、両親のみと行われるささやかなもの。
それはそれで幸せな想い出だったが、クリスマスパーティに比べるとトーンダウンしていることは否めない。
―――自分の誕生日も、クリスマス並みに盛大に祝ってもらいたいと思ったのは、ワガママだったのだろうか?
過去を眺めて硬くなっていたクリスの視線が不意に緩む。
今となってはそれが無用の心配であることに気づいたからだ。
むしろ放っておいて欲しいと思ったって、放っておいてくれない連中がいる。
「あ、クリスちゃ~ん!」
ほら、な。
「どうしたの、そんなぼんやりして。もしかしてお腹空いたの?」
「おまえと一緒にすんな、バカ!」
盛大にドヤしつけた相手は立花響。
一個下のクセに、どうもこっちの方を年下に思っているフシがある。
正直、暑苦しい上にクソ馴れ馴れしい言動は苦手だけど、コイツ自体は信頼のおける仲間だ。絶対に面向かっては言ってやらないけど。
そんなことを思いつつ、クリスは響と肩を並べて歩き出す。
「いや~、明日の本部主催のクリスマス会、楽しみだね! プレゼント交換用の、もう買った?」
「…おう」
生返事をしつつ、プレゼントは先日の休日を丸々費やして吟味したクリスである。
「パーティ会場はバイキングでさ、ケーキはなんと10種類もあるんだって! う~、今からたまらないよ~!」
「結局食い気かよ、おまえは…」
呆れて見せるクリスだったが、次に響が口にした台詞は聞き捨てならない。
「今回は師匠から賞品もでるみたいだし! なにかな~? 食べものだといいなあ~」
「……? おい、それは何の話だ?」
「あ、しまったッ! これはクリスちゃんに言っちゃいけないコトだった!」
露骨に口元を押さえる響。次いで、
「それじゃ、クリスマスパーティでね~」
「あ、コラ! 待て!」
クリスの制止を振り切り、全力ダッシュで響は行ってしまった。
「……なんなんだ、おい」
ボヤくクリスの前に、バイクの排気音が轟く。
思わず道路側に視線を向けると、停めたバイクから颯爽と降りるライダーの姿が。
ライダーがヘルメットを脱げば、見慣れたサイドテールの長い髪が零れる。
「…先輩!?」
「奇遇だな、雪音」
風鳴翼がにこやかに笑う。
「新車の慣らし運転をしていたら、偶然雪音を見かけたものでな」
ポンポンとシートを叩きながら翼。
正直、バイクの良し悪しなどクリスには分からない。
それでも丁度良い機会だと思って尋ねてみる気になったのは、先ほどの響の言動に由来する。
「先輩もクリスマス会に行くんだよな?」
「ああ、もちろん。参加するつもりだぞ」
「なんか、おっさんが賞品だすとかって話を聞いたんだけど、何の話か分かるか?」
「…は、ははは。何のことかさっぱり分からんなッ!」
上擦った声で断言する翼。
訝しげな眼差しで見てしまうクリスを前に、防人は視線を遮るようヘルメットを着用。
「そ、それでは明日のパーティで会おう! では雪音! 常在戦場ッ!」
「あ、おい!」
クリスの声も聞かず、ひらりとバイクに跨って一瞬でエンジンを始動。
見事なターンを披露して、たちまち車の流れに合流していってしまった。
その姿を見送って、「怪しい。怪しさが爆発しすぎているッ!」とクリスが思ったのもむべなるかな。
少し逡巡したあと。
クリスの足はS.O.N.G.本部へと向いていた。
人の秘密を暴くような悪趣味はないが、自分ひとりだけハブられるのは我慢できない。
いや、我慢できなくもないけれど、居心地が悪いというか…。
そんな言い訳を内心で繰り返す彼女に、以前より寂しがり屋になったと指摘するのは野暮というものだろう。
果たして、S.O.N.G.本部で他の装者たちの姿を訪ね歩くクリスだったが、図書室に辿りついて目を見開くことになる。
膨大な資料図書が収められたそこには、当然閲覧用のテーブルも存在する。
その広いテーブルいっぱいに何やら本を広げて悪戦苦闘しているのは、暁切歌、月読調の両名。
クリスにとって完全に意表を突かれた光景であり、多少なりとも感動してしまう光景でもあった。
「…なんだおまえらッ、もう冬休みの宿題をしてんのかッ!?」
夏休みの宿題を終了日のギリギリまで片付けられず、クリスから手伝ってもらってどうにか仕上げた二人である。
その轍は踏まぬと、終業式を終えた翌日の今日、23日には既に宿題に着手しているのか…?
クリスの声に、切歌と調は揃って顔を上げた。
続いて、ワタワタと机に突っ伏すようにして広げたノートを隠してしまう。
「どどどど、どうしたんデスか、クリス先輩!?」
「いきなり声をかけられてびっくりしましたッ!」
作り笑いを浮かべる二人の態度は怪しいなどというレベルではない。
だいたい勉強しているなら隠す道理などないはず。
しかしクリスは無理な指摘はせず、敢えてテーブルに積まれた書籍へと目を転じた。
「…なんだ、これ? 格言集と辞書?」
「しゅ、宿題の小論文を書いているんデス!」
上擦った声で言ってくる切歌。
「ま、まだ中途半端だから、見られると恥ずかしいから…ッ!」
同じく訴えてくる調に、クリスはなるほどと一応納得。
調の文章力は知らねど、切歌はかなり独特の言い回しを駆使するらしい。
そりゃあ未完成な文章を読まれりゃ恥ずかしいか。
「そっか、邪魔して悪かったな。二人ともがんばれよ」
言い置いてクリスは図書室を出て行こうとする。
「はいデス! クリス先輩も明日は楽しみにしていてくださいデス!」
「切ちゃんッ!」
口を滑らせたらしい切歌を調が諌める声。
…小論文とあたしが楽しみにすることに何の関連性があるんだ?
当然の疑問を催すその声を背に受けて、しかし今のクリスには振り返らない優しさが存在した。
あのバカ、なにやらおっさんが賞品を出すとかいっていたな? だったら本人に直接問い詰めるまでだッ!
「あら? そんなに肩を怒らせてどこに行くのかしら?」
その声に足を止めて振り向けば、マリア・カデンツァヴナ・イヴが立っている。
クリスは肩の力を抜いた。そんなに気を立てていたつもりはないのだが。
「ちょいとおっさんに用があってなッ」
それでもぶっきらぼうな声が出てしまう。
「へえ、司令にイブのお誘いをかけるわけ?」
「ば、ばっかちげえよッ! なんかおっさんが賞品を出すとかで色々と画策しているって話を聞いたから…ッ!」
マリアの軽いジャブに慌てるクリス。
「ああ、そのこと? 何かコンテストするみたいだわね」
「ッ!! それで!? なんのコンテストなんだッ!?」
「さあ、そこまでは…」
あっさり言って首を捻るマリアに、クリスも驚きつつ一緒に首を捻ってしまう。
マリアまで詳細を知らないとなると、ハブられているのはあたしだけじゃないのか…?
「まあ、当日までのお楽しみにしていたらいいんじゃない?」
そう言ってくるマリアに、しかしクリスは首を振った。
「いや、せっかく本部に来たから、おっさんの顔を見てくるわ」
「そう? 司令は忙しそうだったけれど…」
「一言挨拶するくらいの時間は取れるだろ」
「…やっぱりイブの夜のお誘いでしょ?」
「ちがうって言ってんだろーがッ!」
からかわれ、憤然とクリスは背を向ける。
顔を赤く染めたまま、ずんずんと歩を進める彼女は気づかない。
背後で、マリアが軽く「ちッ」と舌打ちし、素早くどこかに携帯端末で連絡していたことに。
発令所へ行くと、「司令は司令室へいるよ」と藤尭朔也に教えてもらった。
さっそく司令室へと赴き、なぜか少し緊張してドアホンを押すクリス。
「あ、あの! あたしだけど…!」
『おう、クリスくんか。どうした? まあ入ってくれ』
ドアのロックが外された。
中へ入り、クリスは思いきり目を見開き、たちまち顔を真っ赤に染める。
「お、おっさん、何やってんだよ!?」
彼女が真っ赤な顔を逸らしながら裏返った声を出してしまうのも無理はない。
なぜなら室内では、弦十郎が上半身裸で鏡の前で絶賛ポージング中。
「いや、ちょうど一番格好良く見えるポーズを模索中でな」
「い、いいから早くシャツでも着てくれッ!」
ほとんど哀願するクリスに、弦十郎はいつもの赤シャツを羽織った。
その隙間から覗く逞しい胸筋になお心臓を波打たせながらクリスは問いかける。
「明日の、S.O.N.G.主催のクリスマスパーティで、いったいなんのコンテストをするつもりなんだ…?」
「ああ、余興としてボディビルのコンテストをするつもりだぞ。ちなみに女性陣は水着コンテストを予定している」
「マジかよッ?」
事も無げに答える弦十郎を見て、そんなのおっさんがぶっちぎりで一位じゃねーの? などとクリスは思う。
「で、でも! あのバカはあたしには内緒だって…ッ!」
「ふむ? そもそもクリスくんは人前で水着姿を晒すことに抵抗はないのか?」
「そ、そりゃあ、あんまり嫌だけどよ…」
「だから、そういうことだ。最初から抵抗のある人間には声をかけていない。それだけのことさ」
「う…」
確かにクリス自身は誘われても出場は断っただろう。
でも、マリアも誘われてないのは…ああ、そうか。同性ながらあのプロモーションは反則だ。彼女が出れば、その時点で他の参加者の勝ち目はないか。
しかし、クリスマスパーティで水着コンテストかよ?
そう疑問に思わなくもないが、過日のS.O.N.G.主催のパーティでバニーガール姿を披露する羽目になった記憶が蘇る。
「そういうわけで、オレも明日へむけて準備に余念がないのだ」
またぞろシャツを脱ぎ捨て、ポージングを再開する弦十郎。
「わ、わかったわかったッ! 悪い、おっさん、邪魔したなッ!」
急いでクリスは司令室を出る。
顔の血を下げつつ廊下を歩きながら、考えを巡らした。
全ては自分の取り越し苦労だったのだろうか?
何か釈然としない部分が残るけれど…まあ、明日になれば何もかもはっきりするか。
そしてクリスマスパーティ当日。
さっそく会場入りしようとするクリスは、小日向未来に呼び止められた。
「どうした? 中に入らないのか?」
「えっと、響が一緒に入りたいから、待っててほしいって」
「で? そのバカはどこいったんだ?」
「ちょっとお手洗いに…」
この時点でなんとなく嫌な予感がしたが、振り切って会場入りするのもなんだ。
大人しく入口前の扉で佇むクリスに、響が息を咳き切らせてて駆け寄ってくる。
「お待たせ~! 準備できたよ~ッ」
「おいッ、なんだ、その物言いは?」
「いいから入って入って」
未来が扉を開けている。
響に半ば背中を突き飛ばされるように、クリスは会場へ足を踏み入れていた。
会場内はなぜか真っ暗だった。
思わずたたらを踏むクリスに、スポットライトが。
「な、なんだッ!?」
眩しさに目を細めるクリスの視線の先には、巨大なスクリーンがある。
そこに映し出される文字は。
『雪音クリスさん。誕生日おめでとう!』
「な…ッ」
絶句するクリスを、万雷の拍手が襲う。
思わず周囲を見回せば、会場中の人間がみなこちらを見ていた。
もちろん切歌も調もいる。翼もマリアも笑顔で手を叩いている。
…え? そんな、まさか。え…?
混乱するクリスのすぐ傍へ駆け寄ってきた響が、拍手に負けないよう耳元へ囁く。
「えへへ、クリスちゃんの誕生日はもうすぐの28日でしょ? だからクリスマスだけじゃなく、クリスちゃんの誕生日も、職員のみんながお祝いしたいって…!」
不覚にもクリスは咄嗟に反応出来なかった。
あまりの衝撃と、それを押しのけて湧き上がってくる嬉しさに、おもわず涙が零れそうになる。
「でも安心して! 28日の当日も、わたしたちでしっかりパーティはするからねッ!」
そういってくる響の首ねっこを掴まえてヘッドロック。
「このバカッ! 驚かすんじゃねえよッ!」
憎まれ口を叩きながら、涙目の涙声。
「そういうわけだ、クリスくん」
拍手が終わったあと、弦十郎が目の前まで歩いて来た。
「なので、ボディビルコンテストも水着コンテストも嘘だ。方便ということで勘弁してくれ」
「お、おう」
横柄に応じながら、着てきた水着は無駄になったな、なんて考えるクリス。
「その代わりというわけではないが、秘密裏にコンテストを催していたのは本当でな」
「…へ?」
「そうだよッ! ずばり、クリスちゃんの誕生パーティのタイトルをいかにデコレーションするかのコンテストッ!」
響が割り込んでくるが、いまいち言っていることがよく分からない。
「要は、単なる誕生パーティ名では寂しいからな。なので、彩りを加えるためにも、装者たちに色々な文言を考えてもらうよう、オレ主催でコンテストを開いてみたのだが」
「うん、うん…?」
「いざ募集されたのを吟味してみたが、どれも甲乙つけがたい。なので、全て混ぜてみた」
笑顔を浮かべる弦十郎に促され、なにかイヤーな予感をしつつもクリスもスクリーンを注目。
「では、S.O.N.G.主催クリスマスパーティ改めてッ!」
弦十郎の良く通る太い声に応じ、スクリーンに浮かんでいたメリークリスマスの文字が切り替わる。
そこに表示される、装者たちがよってたかって考えたクリスの誕生日パーティ名とは。
『ナザレの大工のせがれが何するものぞ!
我らがクリスちゃんの生誕祭までのカウントダウン残り4。
先盛れ! ピンシャン! 今日から前々々々夜祭デース!』
「やめろぉッ!!」
結局みんなクリスちゃんのことが大好きなんだと思います。
それとタイトル詐欺っぽくてすみま千円。