雪音クリスは〇〇したい   作:とりなんこつ

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一部目からの連作になります。まとめてお読みください。

また、あくまで妄想IF展開ですので、そのへんを緩くもって楽しんで頂ければ幸いです。


妄想IF展開三部作 2.雪音クリスは告白したい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪音クリスは跳ね起きた。

心臓がバクバクと音を立て、全身を震わせている。

無意識で額に手を当てていた。じっとりとした冷たい感触。

不快な夢を見たことは覚えているが、内容は思い出せない。

ただ、とてつもない焦燥感が、寝汗で濡れた胸の内に横たわっている。

ベッドから出たクリスは、キッチンへと赴き水を飲む。

音を立てて水をガブ飲みし、唇から忌々しい声が飛沫とともに吐き捨てられた。

 

「…ここしばらくは見ていなかったってのに、クソッ!」

 

さきほど見た悪夢は憶えのあるものだった。

まだ二課に参入した当初、幾度となく見ていた夢。

いちど二課付のカウンセラーに相談したこともある。

全く夢を見た記憶がないより、見たことを憶えていることの方が健全だと言っていた。

夢というのは脳内の記憶整理の結果であり、ストレスの発散に関わっているとも。

 

「健全どころかストレスも真っ赤だぜ…」

 

自虐的に呟き、クリスはコップを流し台に叩き付けように置く。

なぜ、あの悪夢を再度見るようになったか。

クリスには心当たりがあった。

過日、冗談とも本気ともつかぬマリア・カデンツァヴナ・イヴの発した台詞が、心の奥深くで泡立っている。

 

 

 

 

 

 

 

『私たち、装者の寿命は短いのだから―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

戦うことは命がけであるということは理解している。

実際、どれほどの修羅場を潜りぬけてきただろう?

間一髪で死の顎をすり抜け、神がかった絶望を奇跡で粉砕してきた。

だが、そんな都合の良いことが延々と続くとは思っていない。

いずれは必ず命数を使い果たす日がくる。

シンフォギア装者として戦い続ける限りは。

 

―――だからといって、あたしには他に何が出来る?

 

学校の授業中。

頬杖を突きながら窓の外を眺め、クリスは取り留めもない思考の波に身を委ねている。

 

「…雪音さん? 雪音さん!?」

 

「は、はいッ!?」

 

顔を上げると、教師がこちらを覗きこんでいる。

 

「どうしたんですか、雪音さん。さっきから何度も呼んでいるのに」

 

「…すみません、ついぼーっとしていました」

 

素直にクリスは頭を下げた。やれやれ、これじゃああの馬鹿を笑えないな。

教師は怒るでもなく、眉根を寄せてじっとこちらを見てくる。

 

「いつものあなたらしくないですね。どこか具合とか悪いんじゃないんですか?」

 

「いえ、そんなことは…」

 

「少し顔色も良くないようですし」

 

クリスは我知らず自分の頬に触っている。ここしばらく悪夢続きで良く眠れていないのは事実だ。

 

「無理せず、保健室で休んでらっしゃい」

 

教師に促され、クリスは素直に甘えることにした。

どうせ教室にいても、またぞろ思案を巡らせてしまうのがオチだ。

階段を降り、一階の保健室へと向かったクリスだったが、ドアの前を素通り。

そのまま玄関へと向かい、下足に履き替えて学校を出てしまう。

ていのよいサボりだが、普段の彼女は素行の良い優等生だ。バレたとしても大した問題にはなるまい。

幸い財布と携帯電話は制服のポケットの中にある。

教室に荷物と一緒に教科書とかも置きっぱなしなのは気にかかるが、予習復習をしなかったところでいまさら乱高下する成績ではない。

 

となれば―――。

 

クリスの足は自然とある場所へと向けられていた。

S.O.N.G.本部へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

現在のS.O.N.G.本部は、次世代型潜水艦内に設置されている。

特にノイズや聖遺物絡みの事件が発生していない今、その巨大な機動拠点は日本国内の秘密ドックへと係留されていた。

関係者及び装者のみが、厳重なチェックを経て搭乗を許可されている。

結構な長距離間を昇降機にその身を委ね、クリスは潜水艦内へと入り込む。

次世代型を謳うだけあって、その巨体の内部はまるで窮屈さを感じさせない。

設備は各分野に渡って整えられ、娯楽施設まで存在するほどである。

有事の際に、箱舟として要人を乗せるためのものだ―――。

S.O.N.G.職員の中にはまことしやかにそう話す者もいたが、クリスにとってそんなことはどうでも良い。

彼女が向かったのは、機密トレーニングエリアに設置された装者専用のシミュレーションルームである。

部屋のキャパシティや耐久性はもちろん、最新鋭の演算処理能力を持って様々なノイズの生態、攻撃パターンをシミュレーションし、質量を伴った仮想敵として戦闘することが出来る。

かつてナスターシャ教授が使用していた異端技術の流用によって、無数の三次元シチュエーションの選択や再現も可能だ。

クリスは部屋の入口にある端末のコンソールをタイピングし、環境を選択。

使用人数は一名。場所は市街地を指定。

敵性設定は、孤立した個人への波状攻撃。

室内へ身体を滑り込ませた彼女の耳に、カウントダウンのアナウンスが響く。

 

「Killter Ichaival tron…」

 

聖詠。そしてイチイバルの装着。

赤い回転装束をまとい、彼女が降り立ったのは昼下がりのビルの谷間。

さっそくガトリング砲を展開するクリスの耳に、ノイズのざわめきが迫る。

 

「さあ、楽しいパーティを始めようぜ!」

 

しかし、言葉と裏腹に、クリスは全く楽しめていない。

銃を撃ち放ち、ミサイルをぶつけ、ノイズを蹴散らす爽快感はある。

だが、それだけだ。

胸の中の焦燥感は相も変わらず煮え滾っている。

 

「くそッ! くそッ! みんな吹き飛んじまえッ!」

 

その言葉は、果たしてノイズだけに向けられたものだろうか。

気づいたとき、周囲のビルは残らず倒壊していた。

いや、ビルだけではなく、目立った建物も根こそぎされ、ほとんど更地に近い様相を呈している。

最後のノイズを吹き飛ばし、クリスは周囲を見回す。

ノイズは全て斃した。だが、地平まで広がる、この無残な街は何なんだ?

急激に込み上げてくる虚しさに、ペタンとクリスの膝が地面へと落ちる。

続けて、その頬を一粒の涙が伝う。

 

くそッ、くそッ。

 

やっぱりあたしにはこれしか出来ない。

 

あたしには何かを壊すことだけしか―――。

 

「精がでるな、クリスくん」

 

「!?」

 

不意に背後から声をかけられる。

振り向けば風鳴弦十郎がすぐそばに立っていた。

 

「な、なんだよ、おっさん。いきなり声かけてくんなよなッ」

 

頬を擦りながらクリスは立ち上がる。

斜めに睨み上げるが、その先の弦十郎の表情は厳しい。

 

「おまえが訓練しているのを見て、当初は声をかけず黙って行こうかと考えたが―――」

 

弦十郎は上体を曲げて足もとの瓦礫を持ち上げると、

 

「あまりに痛々しく思えてな」

 

ゴリッと音がして、握られていた瓦礫は粉砕されていた。

クリスは思わず視線を逸らす。

 

「い、痛々しいってなんだよ、意味がわかんねぇよ……!!」

 

「どうした? 普段のおまえらしくもない」

 

「…へっ」

 

そんなの学校の先生にも言われたよ、とクリスの唇が歪む。

 

「そんなことより、おっさん、いっちょ手合せしてくれよ」

 

クリスが弦十郎に向けたのは、あくまで不敵な表情。

しかし、表情とは裏腹に、彼女の内心は今にも泣き出しそうだった。

どうしてこんなに感情が滅茶苦茶に揺れているのか、クリス自身にも分からない。心を制御することが出来ない。

だからそのまま振る舞うしかなかった。

 

「本気の本気で相手してくれ。あたしも全力全開で行くから」

 

あくまで居丈高な態度と口調のまま、その実、クリスは哀願している。

 

「―――頼むよ」

 

語尾が微かに震えた。

 

「………いいだろう」

 

それを察したかどうかはわからねど、弦十郎は重々しく頷いた。

 

「本気には、本気で応えよう」

 

拳が握り固められ、腕の筋肉が隆起していく。

 

「感謝するぜ、おっさん」

 

今度は掛け値なしの礼を述べ、クリスは跳ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やっぱおっさんは強ぇなあ…」

 

抉れた地面に仰向けに横たわり、クリスは空を見上げていた。

その姿を見下ろしながら弦十郎は苦笑している。

 

「どうだ、少しは落ち着いたか?」

 

はっ、やっぱり見透かされてるか。

さすがに屋内で広範囲殲滅攻撃などは使用できなかったが、対個人戦闘の範疇であればクリスは全身全霊を振り絞ったと言って良い。

その上で、弦十郎に完膚なきまで叩き潰されていた。

かつて装者が六人掛かりで全く歯が立たなかったことを思いだす。

その記憶をリフレインすれば、クリス個人がどう頑張ったとて拮抗すらできるはずもなく。

もちろんそのことは、誰よりも彼女自身が承知していた。

 

「…ああ、おかげで何かすっきりしたよ」

 

上体を起こし、隣に立つ弦十郎を見上げ、目を細める。

 

―――初めて信用に足ると思い、裏切らなかった大人。

 

そして、強い。いっそ羨ましいほどに。

その佇まいに、クリスはデュランダルを幻視する。

膨大なエネルギーを秘め、決して折れることはない不朽不滅の剣。

自然と言葉が口を突く。

 

「…あたしも大人になれるかな?」

 

半ば無意識に発せられた言葉に含まれるは、羨望と願望。あるいはそれ以外の何か。

ゆえに迂闊に言葉を返せず口を噤む弦十郎だったが、クリスも強いて答えを求めていたわけではない。

片膝立ちで座りなおした彼女は、遠くへと視線を飛ばし、瓦礫の合間に沈んでいく夕日を眺めている。

状況設定は現実時間とリンクしているから、室外でも同様の光景が展開されているはずだ。

シミュレーションされたホログラム越しに現実世界を見つめ、クリスは尋ねた。

 

「なあ、おっさん。いま、こうやっている間にも、世界では戦争が起きて、人が次々と死んでいるんだよな?」

 

「そうだ」

 

「なんで戦争ってのは、なくならないんだろうな…?」

 

「それが人間の宿痾(しゅくあ)だからだ」

 

弦十郎はそう断言する。

人類の相互理解を阻害するバラルの呪詛。かつてクリスはフィーネと結託し、その呪詛を破壊して人類に恒久的な平和を齎そうと考えた。

クリスを気づかうまでもなく、バラルの呪詛を全ての元凶とする考えに弦十郎は組みしない。

唯一の絶対悪を肯定することは、人の積み上げてきた歴史と叡智を否定することだと考えている。

かつての支配者たる存在に全責任を求めたり、単純な二元論で判断してしまうほど、人類は浅墓ではないはずだ。

 

「宿痾ってのは…確か病気ってことだろ?」

 

「そうだ、病だ。故に治療できる。その治療法があることを教えてくれたのは、クリスくん、おまえだ。おまえたちシンフォギア装者だ」

 

「あたしたちが…?」

 

「おまえたちは、手を携え、力を合わせることを教えてくれた。歌を通じて人類同士が繋がりあえることを証明してくれたじゃないか」

強い眼差しを受け、クリスは思わず顔を伏せる。頬が赤くなるのを自覚せざるを得ない。

 

「そっか…」

 

それきりしばらく沈黙して、頬の熱を覚ましたあと。

ようやく顔を上げると、クリスははっきりと言った。

 

「なあ、おっさん。あたしは人類を守る。みんなの幸せを守るために戦うよ」

 

 

 

 

 

―――そう、これでいい。

 

これがあたしの償いであり、許された生き方だ。

 

シンフォギア装者の寿命は短い?

 

そんなの知ったことか。

 

戦って、戦って、戦い抜いてやる。

 

命が撃ち砕かれるその日まで。

 

 

 

 

 

そう思った。

そう覚悟を決めて立ち上がろうとしたのに―――なんで涙があふれて止まらない?

 

「…クリスくん?」

 

気遣う声が遠くに聞こえる。痛い、胸が張り裂けそうだ。

そして痛みで脈打つ亀裂から滲み出してくるものがある。

止めろ。こんなの泣き言だ。言うべきじゃない。歯を食いしばれ。言うんじゃない…!!

強く強くそう願っているのに、口から溢れる言葉が押しとどめられない。

 

「なあ、おっさん、あたしは人類を守るよ…だから…」

 

震える声。懇願する声。

これは自分の声なのか? それすら分からない。分からない、分からない、分からない。

分からないままに、魂は言葉を(うた )う。

 

 

 

「だから……、誰かあたしを守ってくれ……ッ!」

 

 

 

その時、風鳴弦十郎は確かに耳にした。

血を吐くような表情で紡がれた少女の魂の絶唱を。

それは決して字面通りの意味が込められたものではない。直感でそう理解している。

二課からS.O.N.G.へ続き司令を担い、装者たちを見守ってきた。

全ての装者たちに公平無私で接してきたつもりだが、例外もある。

それこそが雪音クリスだ。

現在S.O.N.G.が擁する装者の中で、もっとも足場が脆いのは彼女だと弦十郎は推察している。

例えば、立花響にとって小日向未来が守るべき存在であり日常の象徴だ。

風鳴翼は天羽奏の遺志を胸に秘め、歌姫という社会的側面を持つ。

マリア・カデンツァヴナ・イヴも社会的立場は翼と同様のものを担うが、暁切歌、月読調との間に、家族にも似た、いやそれ以上の確かな絆がある。

対して、雪音クリスにはそれがない。

今でこそリディアン女学院の学友たちと学生生活の日常を大切に想い、満たされているやもしれない。

だがいくら温かく居心地の良い場所であるとはいえ、来年にはクリスは学院を卒業しなければならないのだ。

他の装者と違い、普遍的な何かを、クリスだけが持ち合わせていない。

ひとたび学院を離れてしまえば、彼女の日常を担保するものが存在しなくなる。

それが弦十郎の抱いていた危惧であり、クリスの胸中の焦燥感の一因ともいえるだろう。

本日、その守るべき学校生活をサボり、自主的に本部へと足を向けたことも、いずれ失うであろう日常に慣れるためと解釈出来るのではないか。

最早いじらしいとさえ言えるクリスの様相。

そんな儚い少女を前に、弦十郎は片膝をついて目線の高さを合わせる。

いまにも凍てつきそうな瞳に涙を浮かべる彼女へ向けて、その言葉を口にするのに躊躇う理由など存在しない。

 

「分かった。おまえのことは、俺が命を賭けても守る」

 

クリスは欲している。

自分を、自分だけを支えてくれる、揺るぎない何かを。

もともと彼女の後見人を買って出ている弦十郎だ。

組織の司令という義務感からではない。乗りかかった舟、と表現しては情が無さすぎる。

少女の魂の声に応えたのは、大人の男としての矜持があるのみ。

 

「…本当か?」

 

「ああ」

 

返答は力強いうなずきと共に。

それは、およそクリスが望んだ最高の答えだった。

胸中の焦燥感が霧散していく。

魂に縛りついていた鎖が解けていく。

 

限りある日常。

命懸けの非日常。

守るべきもののない自分。

そんな自分に守られるだけの価値はあるのか?

 

拠るべきものを持たない不安が、心の均衡を崩していく。

また、間接的にとはいえ、ソロモンの杖という聖遺物を解放して幾多の人間の命を奪った過去が彼女の神経を責め苛んだ。

 

だが今は、支えると確約してくれた人がいる。

あとは目前のその男の胸に飛び込んで、咽び泣けばいい。

なのにクリスはそれが出来ないでいた。

なぜなら、頭の片隅から声が響いていたから。

 

 

 

 

『態度や行動では伝わらないことはあるわ。ちゃんと言葉にして伝えないと』

 

 

 

 

だからクリスは口にした。

緊張の取れた身体から解き放たれたのは、さきほどの魂の慟哭ではない。

むしろ柔らかささえ伴う声は、それが彼女の本当の願望である証左だろう。或いは、心からの告白であったかも知れない。

 

「………だったら、おっさんがあたしの家族になってくれないか…?」

 

弦十郎は目を見張る。

 

「…ダメか?」

 

先ほどとは一転して怯えと甘えの色が浮かぶ少女の瞳に、ふっと笑いかける。

静かに首を振り、弦十郎は自らのネクタイを外した。

クリスの左腕を取ると、丹念に手首にそれを結びつける

 

「これを決して切れることのない紐帯とする。おまえの十字架の半分は、俺が背負ってやる」

 

「え…?」

 

「おまえと、家族になろう」

 

「…………!!」

 

クリスは目を見張る。まだ状況を把握できないような顔つきで、幾度となく視線が左手首と弦十郎の顔を往復した。

弦十郎が再度力強くうなずいた直後、まるで土砂崩れのように顔が歪んで―――しかし彼女は慌てて顔を伏せて表情を隠してしまう。

伏せた顔からくぐもった声。

 

「…不器用が過ぎるぜ、おっさん」

 

「生憎と、無骨一辺倒の生き方しかしてこなかったからな」

 

「もう返さねぇぞ?」

 

「元よりそのつもりだ。むしろ返されても困る」

 

「…そっか」

 

そういってクリスは顔を上げる。

そこにあるものは。

およそ彼女を知る者でも、誰も見たこともないような晴れやかな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後の方のBGMは放課後モノクロームを意識してみたり。




次回、雪音クリスは結婚したい。三部作最終回です。

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