雪音クリスは〇〇したい   作:とりなんこつ

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三部作の最終話です。

あくまで妄想IFということで、まとめてお楽しみ下さいませ









妄想IF展開三部作 3.雪音クリスは結婚したい

S.O.N.G.本部は発令所司令席にて。

風鳴弦十郎は頭を抱えていた。

 

「…どうしてこうなった」

 

背後にゴゴゴゴゴゴ…と効果音が固体化していそうなシチュエーションである。

そんな彼の目線の先。

卓上には一枚の紙が載せられていた。

 

『婚姻届』

 

しかも妻になる人の欄には、既に雪音クリスと記入済み。

 

「いい加減、観念なさったらどうなんです?」

 

友里あおいの声は呆れ声に近い。

脂汗を流しながら硬直する司令官の姿は珍しい見世物だったか、朝からずっとではさすがに辟易してくる。

 

「そうはいうが…。俺が家族になろうと言ったのはこういう意味では…」

 

これまた非常に珍しく言い訳を口にする弦十郎。

 

「まさか養子縁組で済ませるつもりだったんですか?」

 

「む…」

 

まさにその通りなだけに言葉に詰まる弦十郎に、

 

「それじゃあこの紙を持ってきたクリスちゃんの気持ちはどうなるんですか」

 

友里は容赦がない。

 

「シミュレーションルームでのやりとりは、お互いにプロポーズしてるとしか思えませんでしたけどね」

 

装者専用の設備は、基本的に全てモニターされている。

当然シミュレーションルームの映像も会話も録音済みで、確認したエルフナインが真っ赤になってのぼせてしまったことは、友里の発言を十二分に補強しているだろう。

 

「そうはいうが、あいつはまだ17で…」

 

「ええ、もう17歳の立派な大人ですよ」

 

現行の民法では、女性は16歳で結婚が可能だ。

正しく法律を理解し、権利を行使出来る人間を、大人と言わずなんといおうか。

 

「しかしだな、年齢差も考えてみろ」

 

それでもどうにか食い下がろうとする弦十郎だったが、

 

「ええ、司令とクリスちゃんの年齢が逆な場合より、よほどあり得るケースですね」

 

友里に一言で切って捨てられる。

 

「ぐむむ…」

 

呻く弦十郎に、友里は助け舟を出すことにする。

ただし、同情や優柔な気持ちは微塵もない。これ以上追い詰めても埒が明かないと判断したまでのこと。

 

「形だけでも結婚し、夫婦生活ではなく普通の家族として暮らせばいいんじゃないですか?」

 

突き詰めれば、雪音クリスを保護対象と見做し、一人の女として見られないのが根本的な原因だろう。

友里は正確にそう推察している。

 

「…そういうもの、なのか?」

 

弦十郎の戸惑う反応に、友里はここぞとばかりに別角度から外堀を埋めに入る。

 

「現実問題にも、組織のトップともなる司令が妻帯してくれないと、部下も遠慮してしまいますよ」

 

元々日本人は滅私奉公の意識が高い。国防に携わるものなら尚更だ。

やや前時代的だが、家庭を持たず防人としての勤めを邁進するという気質が二課には残っていた。

その指摘に弦十郎は考え込む。

確かに自分より若い緒川や藤尭も未婚だ。

それが上司に遠慮してというのなら、早急に是正しなければならない問題だろう。

その上で目前の部下に尋ねてしまったのは、普段の彼らしかぬほど色々とネジが緩んでしまっていたからに違いない。

 

「…友里もそうなのか?」

 

ピシっと室内が凍てつく音が響く。

 

「ええ、ですが毎月釣書が山のように届いておりますわよ?」

 

にこやかに断言する割には口元はひくついている。見開かれた目は笑っていない。

実家経由で釣書が届き、見合いのセッティングをされたことは一度や二度ではない。

が、そのたびにノイズの襲来や何やらでことごとくポシャっていた。

加えて、国連直轄組織という看板を背負っている以上、相手の身辺調査は入念に行われる。

問題のある候補は跳ねられるが、残った手合いも一筋縄ではいかない者も多い。

エリートコースにはあるが性格に短所が見られる人物や、それこそ弦十郎とクリスほどの年齢差がある相手が出てくることも珍しくなかった。

玉の輿や出世を狙うならそれもいいだろう。

だが友里は、この仕事に一命を賭けているという誇りや責任感がある。そしてなにより

―――自由な恋愛がしたかった。

 

運命の出会いを果たし、度重なる困難を乗り越え、激しく心を通い合わせて結ばれる。

 

まるでハーレークインロマンスのようだが、それが友里あおいの恋愛観。

 

ゆえに、合コンなどに頻繁に顔を出しているのだが、現実は儚い。

基本的に秘密組織の人間は、素敵な運命の出会いよりハニートラップや情報漏えいの心配をしてしまうし、巨大潜水艦に職場が移動になってからは合コンの回数そのものの減少にさらに拍車がかかっている。

 

…わかっているわよ。でも夢を見るくらいいいでしょう?

 

そんな彼女にとって、実のところ弦十郎とクリスの関係は羨ましくて仕方ない。

なのに当の男が煮え切らない。

友里がクリスの肩を持つ原因はこれだった。

 

「とにかく! そうと決まれば、さっさと新しい住居を探しましょう! 今の官舎は独身用ですからね!」

 

「…そうだな、結婚しても、今まで通りに普通に接すればいいのか」

 

友里の迫力に、ほぼ思考停止で押し切られている弦十郎だが、本人がそのことに気づいていない。

 

「それじゃあ次は結婚式の手続きですね! 他にも式場の予約や時期も考えて、招待客の選別など、やることは山ほどありますよ!」

 

「お、おう…」

 

「形式にもよりますが、ドレスとかお色直しもどうしますか? それに新婚旅行はどこかを考えてます?」

 

怒涛のように捲し立ててくる友里に、弦十郎はタジタジとなる。

 

「その他もろもろ、クリスちゃんと一緒に考えていきましょうね!」

 

結婚式に対してするべきことを見事に羅列しきって友里は満足げに微笑む。

その手際の良さに、ふと弦十郎は疑問を抱く。

しかし口には出さなかった。

それは友里の代償行為じゃないのか? と指摘するほど、彼は命知らずではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、クリスちゃんと師匠が結婚することになるとはねえ~」

 

立花響が指に挟んだ招待状をヒラヒラさせながら感慨深げに言う。

 

「クリス先輩と司令がそんな関係だなんて全然知らなかったデース…」

 

こちらは暁切歌。彼女も含め、マリア・カデンツァヴナ・イヴと月読調もルナアタック前後のクリスの動向の詳細は知らない。かつて彼女が二課に敵対してた程度の情報が精々だ。

 

「愛が早すぎる…」

 

そう呟く調の頬は微かに赤い。

 

マリアに至っては、

 

「先を越された…ッ」

 

と、どんよりとした表情で、調と顔色は対照的になっている。

 

「叔父は防人の極点にあるような人だからな。雪音の男を見る目は確かということだろう」

 

うんうんと一人満足げに頷いて見せる風鳴翼。

それを見て、あはは…と控えめに笑うのが響の隣にいる小日向未来だ。

現在彼女ら六人は極秘扱いの専用エレベーターに乗っていた。

全員がパーソナルカラーのカクテルドレスを身にまとい、非常に煌びやかである。

エレベーターのドアが開くと、エルフナインが待ち構えていた。

 

「みなさん、お疲れ様です」

 

そういう彼女もクリーム色のドレスが良く似合っている。

エルフナインに先導されて一行が進むのはS.O.N.G.本部でもある巨大潜水艦だ。

本日の結婚式の参列者は、装者を始めとした関係者へと限定されている。

保安警備の観点と、いつ緊急出動がかかるやも知れぬ状況から、止むを得ない選定だった。

参列者の待合室に通されると、テーブル一面のウエルカムドリンクやサンドイッチといった軽食に響が歓声を上げる。

 

「さっすがクリスちゃん、気前がいいねえ~♪」

 

「わたしには、『これでも食べて大人しくしてろ』って意味に思えるんだけど…」

 

さっそくパクつく響に、ここでお腹いっぱいになっちゃ披露宴で食べられなくなるよ、と諌める未来。

 

「この気配りや豆々しさからして、真実、雪音は良い妻になるだろうな」

 

梅こぶ茶を啜りながら翼がしみじみと言う。

 

「そうだね~、おっぱいも大きいから、子供もたくさん産めそうだし!」

 

「響、牛さんじゃないんだから、胸の大きさは関係ないよ」

 

そういう未来の背後で、高速でコクコクと頷く調。

 

「それにしても、結婚式なんて初めてデース!」

 

実はこの面々の中で教会式の結婚式、つまりはウエディングチャペルに参列した経験を持つのは、響と未来だけになる。

二人とも幼少のみぎり、親戚の結婚式で花束を贈呈したり、ウエディングドレスの裾をもったりした記憶があった。

翼も出席した経験があったが、風鳴一族は基本的に古式ゆかしい神前式一択である。

マリアたち三人、レセプターチルドレンは冠婚式には無縁。精々メディアからの知識がある程度だ。

 

「チャペルでね、新郎はタキシードに新婦はウエディングドレスを着て、永遠の愛を誓うんです」

 

そんな三人に懇切丁寧に説明をしていく未来。

 

「そして最後には、花嫁からブーケトスというのがあって…」

 

「なにそれ? え? 幸せのお裾分け? 受け取った女性は…次に結婚できるッ!?」

 

目をランランとさせ、異様に話に食いついてくるマリアがいる。

 

「それじゃ、そろそろ行こうよ、みんな」

 

一人さっさと食欲を満足させたらしく、手をパッパと振り払いながら響が言う。

 

「え? 行くってどこへ?」

 

「そりゃもちろんクリスちゃんのとこだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響はエルフナインに頼みこみ、花嫁の控室まで案内してもらっていた。

なんだかんだ言っても式の開始までまだ一時間強もあったこともあり、結局全員がついてきている。

さっそくドアの前でほくそ笑む響。

 

「へっへっへ、ウエディングドレスを着ると動きづらくなるんでしょ? だからこの際、普段のお返しに弄り返してやるんだー♪」

 

両手をワキワキさせる響に、

 

「やめておいたほうが…」

 

と未来はいうものの、止めるつもりはないらしい。

 

「まあ、それはさておき、みんなは気にならない? クリスちゃんがどんなウエディングドレスを着ているか」

 

響は一同を振り返って言う。

全員の眼が輝いていた。

式が開始されれば嫌でも目にするわけだが、そこはそれ皆が乙女である。

花嫁姿に憧れない女性はいないし、友人の晴れ姿を一刻も早く拝みたいのは人情というものだ。

マリアなどは「そうね、後学のためにも拝見したいわね」と冗談めかせて口にしたものの、本気の純度が高すぎる。

全くの余談であるが、教会で結婚式を挙げるとクリスが伝えたとき、響は「クリスチャンだから?」と誰もが思いつきそうなダジャレを口にして脳天チョップを喰らっていた。

そんな脳天を叩き割られかけた招待者は、さっそく自分の予想を披露する。

 

「あたしはやっぱり純白のドレスだと思うなー」

 

「ううん、クリスのことだから、真っ赤なドレスもありかも」

 

「いや、案外白無垢かも知れんぞ」

 

どうやらウエディングチャペルを理解していないらしいSAKIMORIの発言を無意識で無視し、響は勢いよくドアを開け放つ。

 

「ク・リ・ス・ちゃ~ん!」

 

直後、響の眼が点になる。

半瞬遅れて入ってきた他の仲間たちも目を丸くしている。

無理もない。

室内の光景は、彼女たちの予想を超えて遥か斜め上を行っていたのだから。

なんとクリスはイチイバルを装着し、椅子に片膝胡坐をかいて豪快にカップ麺を食べているところ。

 

「なんだよ、ノックくらいしろよな」

 

ずびーと麺を啜りあげ、クリスは闖入者へ向けて割り箸を突きつける。

 

「い、いや、クリスちゃんこそなんでシンフォギア纏ってるの? ウエディングドレスは着てないの? 花嫁だよ、もうすぐ式始まっちゃうよ!!」

 

「ああ、それな。朝から着るのに偉い時間かかってさ。おまけに動きづらいったらありゃしない。んでも腹減ったから今ラーメン喰ってるとこ」

 

どうにも話が噛みあっていないように思える。

そんな中、風鳴翼が唸るように言った。

 

「なるほど、シンフォギアの格納能力がこんな風に使えるとは…」

 

その言葉に、ほとんどの装者がピンと来た。

通常、シンフォギアを装着する際、着用していた衣服はコンバーターへと格納される。

シンフォギアを解除すると同時に再構成される仕様になっているが、よもやウエディングドレスが窮屈だからと使おうと考える者がいるだろうか?

 

「だめだよ、クリスちゃん、早く着換えないと~」

 

ただ一人ピンと来ずまとわりついてくる装者の顔を「うっせえ、大丈夫だ」と押しのけて、クリスは招待客たちをぐるりと見回す。

 

「それよかどうしたんだよみんな、雁首揃えて」

 

「いや、雪音の晴れ姿を早く観たいと立花がな…」

 

「おっと、そいつは残念だったな。あとのお楽しみってことでカンベンしてくれ」

 

椅子の上でうししと笑って見せるクリス。

 

「ね、ね。クリスちゃんは師匠のどこに惚れたの?」

 

どうやら意地でも弄りたいらしい響が食い下がってくる。

 

「そんなもん…!」

 

いつもの調子で激しそうになったクリスだったが、ふっと落ち着いた表情に戻る。

おまけにやれやれと言う風に手首をヒラヒラさせて、

 

「そういうのは、お互い同士が弁えてりゃいいのさ。わざわざ他人に話さなくてもいいんだ」

 

「うわ、なにその大人の対応」

 

「こう見えても人妻だからな、あたしは」

 

フフンと余裕を持って鼻で笑って見せるクリス。

 

「でもでもデース。今後、風鳴先輩が二人になるということデスかー?」

 

単純に現行で呼び分けは出来ているが、切歌が素朴な疑問を呈してくる。

 

「あ、それに関しては、あたしは旧姓の通称利用ってヤツで、雪音クリスのままでいいよ」

 

「それは助かる。自分と同姓で呼ぶのは些か…と思っていたところだ」

 

「これからはよろしくお願いしますよ、センパイもとい姪っ子ちゃん?」

 

「こちらこそよろしく頼みます、叔母上」

 

「すみません調子乗りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部である次世代型潜水艦内には、チャペルも存在する。

が、クリスが希望した式場は屋内ではなく屋外だったので、急遽潜水艦の甲板に臨時のチャペルが設置されるに至る。

というわけで、現在S.O.N.G.本部は日本領海内に極秘裏に浮上していた。

出港の建前は、さすがに慣熟訓練ということになっていたが。

祭壇と椅子とバージンロードが引かれているだけというとてもシンプルな造りだったが、四方を全て青い波濤に囲まれ、どこまでも高く雲一つない蒼穹が最高のシチュエーションを演出していた。

緯度も高いので日差しもきつくなく、海風も涼しい。

 

「うわー、気持ちいいね~」

 

はしゃぐ響は未来に引っ張られて無理やり着席。

 

一番先頭の席に既に風鳴八紘が着席していたが、他は特に席順は定まっていなかった。

 

「それでは新郎の入場です」

 

柔らかい声は緒川慎次のもの。

今日の司会進行は緒川さんか、と翼は呟く。

続いて、エレベーターシャフトがせり上がり風鳴弦十郎が姿を現す。

今日の彼はいつもの赤いシャツに純白のタキシード、白のネクタイも締めていた。

普段の彼ならぬギクシャクとした歩き方で、起立する参列者の間を抜けて祭壇の前に立つ。

 

「続きまして、新婦の入場です」

 

皆が固唾を呑んで注視する中、今度はエレベーターシャフトから雪音クリスが姿を見せた。

 

「うわあ、クリスちゃん綺麗…!!」

 

ダイレクトに感嘆の声を上げたのは響だけだったが、他の参列者の反応も似たりよったりだった。

純白のウエディングドレスが海風に揺れている。

プリンセスラインと呼ばれるシルエットで、上半身は肩を隠しつつタイトだが、腹部からは幾つものギャザーやフレアが広がりとにかく華やかだ。

所々にあしらわれた深紅のバラを模したアップリケも、彼女の魅力をより高めている。

白い左のグローブに何やらピンク色のものが巻きつけられているのが目を引くが、純白のヴェール越しに軽く化粧をした彼女の前には瑕瑾にもならない。

濃いめの赤いルージュを引いて、軽く目を伏せてしゃなりしゃなりとバージンロードを歩いてくる姿は、羨ましいほど大人びて見える。

そんな彼女は、緒川慎次にエスコートされて祭壇の前に。

ふむ、エスコート人は緒川さんか。…ん?

祭壇前で、新郎は新婦へと託された。

丸眼鏡をかけ、牧師の恰好をした緒川慎次が宣言するように言った。

 

「それでは讃美歌の斉唱を」

 

元々装者の歌唱力はずば抜けている。

更に世紀の歌姫と目される風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴを加えた豪勢すぎる讃美歌が、海原に響き渡った。

牧師が聖書の一節を読み上げ祈祷すると、いよいよ新郎新婦への問いかけである。

 

「新郎、風鳴弦十郎、あなたはここにいるクリスを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

 

「…はい、誓います」

 

心なしか苦しそうな表情で誓う弦十郎。

 

「新婦、クリス、あなたはここにいる弦十郎を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

 

「誓います」

 

厳かに、お淑やかに、クリス。

 

「それでは指輪の交換を」

 

卓上に載せられた、あまりにサイズの違いすぎる指輪が交換された。

 

「次に、誓いのキスを」

 

とうとうある意味結婚式最大のクライマックスがやってくる。

 

「ふわああ…」

 

と切歌、調、エルフナインといった年少組は頬を真っ赤に染め、翼やマリアも息を飲む。

響は未来の手をぎゅっと握りしめ、友里はもうハンカチで目尻の涙を拭っていた。

皆が見守る中、音を立てるようにして弦十郎の長身が折り曲げられる。

もともとクリスの身長が低いこともあって、いっそしゃがんだ方がいいほどに腰を折り曲げながら、花嫁のヴェールを捲り上げた。

いよいよ顔を近づけて―――弦十郎はこっそりとクリスに囁いている。

 

「もうこれでいいだろう…!?」

 

本来は、学校のクラスメートも招待して盛大にしたい、というのがクリスの希望だった。

しかし、警備上の問題や、様々な手続き上の問題が立ちはだかっている。

時間をかければそれらもクリアできなくもなかったが、結局クリスは装者と身内だけの式で妥協した。

それが意味するところは、この結婚式自体、自分に家族が出来たと他の装者たちに周知するセレモニーのつもりなのではないか。

であれば、家族となった以上、特に夫婦であるという証明に拘らなくてもいいのでは?

この期に及んで往生際が悪い弦十郎に、クリスは軽く目を見張ったが、それだけだ。

 

「…ったく、大概鈍いよなあ」

 

むしろ化粧を施した端正な顔立ちでニンマリと笑う。

それから赤い唇を少しだけ拗ねたようにすぼめ、雪音クリスは風鳴弦十郎に言った。

 

「家族になりたいって、あたしが本当にそういう意味だけで言ったと思ってんのか?」

 

「…なんだと?」

 

次の瞬間、弦十郎のネクタイを引っ張ったクリスは、顔を近づけて唇を重ねている。

歓声が上がる。続けて拍手。

 

「これで、新郎弦十郎と新婦クリスの婚姻が認められました。おめでとうございます」

 

緒川牧師の宣言に、またぞろ豪華すぎる讃美歌が響き渡った。

あとは新郎新婦がバージンロードを歩いての退場となる。

常ならぬほど顔を赤くし足もとも覚束ない弦十郎の腕を、しっかりとクリスが支えていた。

そんな二人に盛大にフラワーシャワーをかけながら、周囲が引くほどガチ泣きしている響がいる。

 

「う゛え゛え゛え゛ん゛、ク゛リ゛ス゛ち゛ゃ ん゛が 取 ら゛れ゛ち゛ゃ っ た゛よ゛う゛…!!」

 

「もともと響のものでもないでしょう? ほら鼻水かんで」

 

そういう未来も目が潤んでいたが、これは友人の幸せな門出に感動してのことだ。

他の装者の様子も未来に準じており、口々に「おめでとう」との賛辞を繰り返している。

 

「それじゃあ記念撮影しますよ」

 

カメラマンが緒川であることに、最早誰も突っ込もうとはしない。

煌びやかなドレスの装者の面々が集う中心で、新婦はとても晴れやかな笑顔を浮かべていた。新郎に関しては敢えて記さない。

そしてついに最後のブーケトスである。

装者に森里も加えた面子を背に、クリスはこっそりと胸元からギアペンダント引っ張り出す。

 

「おい、クリスくん…」

 

気づいた弦十郎が声をかけるが、構わずクリスはブーケを後ろに放っている。

続けて、聖詠。

宙を飛び、今まさに皆の手が届く寸前の空中で、ブーケはイチイバルの弾丸に射抜かれた。

 

「わあ…!!」

 

飛び散った花弁が、あたりに雪のように降り注ぐ。

風に、海原へと飛び散っていく。

その一つ一つが世界を渡り、平和を伝える歌になればいいのに、とクリスは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけの後日談

 

 

 

 

 

 

1.結婚式後

 

 

ブーケのことで、友里とマリアに無茶苦茶怒られた。

 

なぜか弦十郎も一緒に正座させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.呼称問題

 

 

「それでさ、おっさん」

 

「………」

 

「どした?」

 

「…いや、結婚して夫婦になった手前、そのおっさんてのもな」

 

「だったら…ダーリン?」

 

「ハードル上げ過ぎだろう、それは」

 

「それじゃあ………弦十郎、さん?」

 

「……予想以上にこそばゆいな」

 

「~~ッッ!! 言わせたのはそっちだろッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.呼称問題 解決編

 

 

「ノイズの反応を探知した! 装者は全員急行してくれ! …頼んだぞ、クリス!!」

 

「わかった任せとけ旦那ァ!!」

 

 

 

 

響「なんだろう、すごく納得できるけど、同じくらいすごくモヤモヤする……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




無印の一話目を投稿してからずっと書いてみたかった話が書けました。

結果として、風鳴のジジィや風鳴八紘の反応はオミットしてしまってます。これは意図的なもので、弦十郎のウエイトが大きくなりすぎてしまうもので…。

ともあれこれにて妄想は終わりにし、次は無印に立ち返りたいと思います。いえ、無印も大概妄想ですけどね。

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