ファーストウッド
愚か者は最後まで盤上で踊った。
◆◆◆
「今回のこの現象、どう思いますか」
そう無機質な声で男は言った。
格好から察するに軍人であろうか、丸刈りの髪の毛がよく似合う細目の男。
そして男の問いに答えたのはロードと呼ばれる長髪の男。
「異常だ」
短くロードエルメロイ二世は言った。その顔に深く刻まれたシワは、怒りと疑念の色が濃く滲み出ている。
「私と、私の教え子とで、完全に解体したはずの最悪の元凶である聖杯を、もう一度肌で感じなければならないとはな」
エルメロイは弟子の娘、遠坂凛の顔を思い浮かべる。彼女の苦労と努力をこうして無に還された。エルメロイの怒りは限界に来ていた。
「だが、それと同時に紛い物だということも肌で感じれば分かる。これは冬木の地にあった物とは全くの別物だ」
そうしてエルメロイは少しの安堵を見せる。本物の聖杯とは比べ物にならないほど弱々しい力に。
「では、この私の右手に刻まれた令呪は一体……」
「……わからん。今の聖杯にサーヴァントを七騎も召喚できる力があるのかどうか、器になれるのかどうか、検討がつかん」
お手上げだと、エルメロイは首をふる。
二人が話しているこの地、人工都市島「ファーストウッド」で今、原因も意図も不明な聖杯の存在が確認されていた。
二人は都市を一望できる丘に来ている。
──聖杯戦争。それはあらゆる願いを叶える万能器、聖杯を求め争う戦いのことである。
「こんな孤島で、それもこんなに人がいるところで聖杯戦争なんて物をするとなれば、犠牲者が出るのは免れませんよ……」
軍人の男は懸念を口にする。
──人工都市島「ファーストウッド」は実験的に作られた人工島であり、そこには大きな都市が存在する。そしてそれを囲むかの様に山々や森が囲んでいる。人もかなりの数ここで暮らしている。
「完成された時にはなかった冬木並の地脈、島を囲む結界。聖杯を顕現させた者はどうやら"本気"で始めるらしいぞ」
エルメロイは天を仰ぐ。
目線の先には満天に星が輝く夜空ではなく、膨大な結界があった。
「私はここで、マスターになるべきなのでしょうか」
軍人の男には迷いがみえる。
「さあな、こればかりは君が決めるべきことだ、私はなにもいわん。だが、これだけは言える。聖杯なんぞはろくな代物ではない」
「……わかっています」
かの地、冬木では聖杯はその本質をみせたとされる。聖杯は願望器などではなく、人類を脅かす魔の道具。軍人はそれを心得ていた。
「私は一先ず時計塔へ戻る。君は?」
「私はここに残ります。動向を報告するものも必用でしょうし、聖杯戦争がもし、本当に開催されるのであれば、私はこの土地について知っておきたい」
「わかった。気を付けたまえサー・ロン君」
エルメロイはそれだけ言い残して、その場を後にした。残されたロンはもう一度、都市を眺める。
この都市に住むのは金持ちか、研究者の家族、それでなければ物好きか。誰にせよ、一人たりとも犠牲にしてはいけないと、ロンはそう心で思った。
「聖杯を手にいれ、もう一度解体する」
無機質な声でロンは一人口を開く。まるで、台詞を読んでいるかのように、心の台本に沿うかのように。
その日の終便、ファーストウッドからロンドンへの飛行機は何者かによって爆破され、墜落した。
生存者はゼロ。