異常なる聖杯戦争の舞台において、最初にその姿をみせたのは想像を逸脱する異常だった。
◆◆◆
その男の最後は炎の中だった。
無念だったであろうか。憎悪に身を焦がしたであろうか。
否だ。
男は自らの最後を決めた男を称賛することはしても、恨みなどとはしなかった。
相手の男は家来だったが、それが男の選んだ道だと受け入れた。
これがすべてを欲した自分への罰かと、目を閉じ、最後の時を待ったのだった。
彼の脳裏では人生が走馬灯のように流れていた。
うつけと呼ばれた幼少期。
槍を持って叫んだ若かりし頃。
崖の上から馬で奇襲し、今川を討ち果たした時。
長篠での激戦。
男は実に良い人生だったと笑って死んだ。
「ああ、夢は儚き椿のようじゃ……出来るのならもう再びの泡沫の夢を、魅せてはくれぬものかのう……」
と、一つ、未練に思いを馳せて。
だが、数奇な運命か、この男は再びの夢を見ることになる。
──聖杯……。
それに男は喚ばれた。
夢を、喜劇を、奇劇を、踊れと言った。
──これもまた、運命か。
男は運命を受け入れる。が、抗うことを忘れない。
──是非に及ばず!
聖杯の喚び声に男は答えた。
──踊ってやろうではないか、うぬを飽きさせることは無かろうて。ワシは存外に芸が達者であるぞ。
男は「座」から現世へと召喚された。
白煙舞う陣の上に立った男は、その場に自分を見てへたりこむ小僧にこう問うた。
「問う。汝がワシのマスターか」
小僧の目は怯えるも輝き、男を葬った明智に似ていた。
──ああ、これも因果かの……。
◆◆◆
都市をぶらついていた二十代前後の青年はイヤホンから流れる音楽越しにその爆音を聞いた。
「──なんだ?」
爆発音が空気を震わせる。
後から知ったことだが、旅客機が何者かによって爆破、墜落させられたらしい。だが、今の青年に知るよしはない。
青年は爆音の方向から微量の魔力を感じながらも無視し、止めた歩みを再開させた。
しかし、この町も広いと青年は心の中で愚痴をこぼす。
ついでに言えば、どこへ行けど、青年は人々の視線を浴びた。それもそうだろう、こんな辺境の地では"東洋人"は珍しい。青年は半日も視線にさらされ続けて慣れはしたけれど、苛立ちは確実に貯まっていった。
肩から下げた竹刀袋だけが唯一の持ち物の彼はどこか行く所のあるかのように歩いていく。
目的地は、先程ビルの屋上から"知覚"した。
一時間後。都市から外れた森の中、一際地脈の流れの大きい開けた場所に青年は来ていた。
青年は魔術師だった。
「ここなら……よし」
大地をなぞり、満足げに頷く。
覚悟を決めた面持ちの青年は竹刀袋から一本の刀を取り出した。その手には赤い刺青が。
きちんと手入れされた刀が名刀なのかどうかは定かではない。が、この刀の持ち主が相当な者であったことが容易に想像できる。それほどのオーラが刀から流れ出ていた。
刀を開けた土地に一本、すっと通った大きな木の幹に立て掛ける。
後、"本"の通りに刀を中央前に置き、魔術陣を書いていく。青年はそれに塩を持ちいた。
──素に銀と鉄。
焦っているのか、あるいはワクワクしているのか、陣を書き終わると息もつかせぬまま詠唱を始めて、刺青の入った手を前に出す。
──礎に石と契約の大公。
そして間違いなく、青年の口から詠唱されているのは「英霊召喚」の呪文だった。
呪文の節が進む度に、手の刺青は赤く、紅く、光って行く。それと比例するように彼の書いた陣もまた、神々しく光を強くする。
魔力が線として視覚できる青年は陣に一本の柱を見た。
──抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!
青年が完全に詠唱を終わらせた時、陣の光と刺青──令呪の光は最高潮を迎え、夜の森に一瞬、目映い光で満たされた。
光が集束して消えると、再び森に暗闇が舞い戻る。
「……」
儀式に四分が持てる全てを懸け、出しきった青年はその場に膝を付く。息を切らした青年がふと、その気配に顔を上げると、その目の先には豪傑の男が腕を組み、青年を見下していた。
「問おう。汝がワシのマスターか」
青年は言葉がこれほど重々しく感じたのは初めてのことで、中々口が開かない。彼からは無数魔力の線がいや、渦が見える。
「……はい」
息を呑む。遅れながら答えを口にする。肯定だ。ヨロヨロと立ち上がる青年を見て男は、
「そうか……」
なにか考え事をしているようだった。
そんな頃、青年は青年で考えを巡らせていた。
──俺がマスターなのが気にくわないのか?
──頼りないのか?
──そもそも、この聖杯戦争について理解が追い付いていないのか?
そんな無駄な考えは次の一声で断ち切られる。
「わかった。契約は成立だ小僧」
それを聞いて青年は安堵し息をつく。
もしも自分の想像通りのサーヴァントであるならば、この契約の時に殺されるかもしれないと青年は気を張っていたのだった。
「お前をなんて呼んだらいい?」
一応マスターらしく大きく振る舞ってみる。だが、
「……それがわからんのだ」
と、男は首を横にふった。
「は?」
「ワシは自分のクラスがわからん」
衝撃の一声だった。
──クラス。聖杯によって召喚される英霊は、七つのクラスのうちどれかに当てられて召喚される。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカーの七つから。
「自分のクラスがわかないって……一体どういうことだ!」
自分の召喚にミスがあったのか。それとも聖杯自体が不安定なのか、青年にはわからなかった。
「いや、正確にはクラスがわかない、ではないな。クラスが複数あってどれを名乗ったら良いかわからんのだ」
男は困ったという顔をする。
「複数のクラスだと……」
それ以上に青年は愕然とした顔をする。一体のサーヴァントが同時に複数のクラスを与えられることは決してありえないからだ。
「何と何のクラスだ?」
「ランサー、アーチャー、ライダーの三つだ」
──ランサー、槍の名手が選らばれるクラス。
──アーチャー、弓の名手から選らばれるクラス。
──ライダー、非常に優れた騎乗スキルをもつ者から選らばれるクラス。
「何でそんなに……」
呆れた、と青年は表情に出ている。
「わからん。この三つになれる理由はわかるが、同時にというのが皆目検討がつかん。こういうことはお前さんの方の専門ではないのか?」
「俺もわからん。そもそも、お前の真名はなんなんだ」
「真名? あーそれは──」
黒く長い髭と結われた髷、キリッと光る目の男はクラスで名乗ることを諦めて、その実名を口にした。
「ワシは織田信長その人である」
想像通りの、しかし、想像を裏切る男だった。歴史的逸話や、小説などで信長はもっと恐ろしい人間だったのだと青年は勝手に想像していたのだ。確かに内面は恐ろしい人間であるのかもしれない、だが、それを表には普段は出していないらしい。
「この聖杯戦争の特殊性故のことか……」
話が進まないので取り敢えずそう、割りきることにして自らのサーヴァントに問いかける。
「聖杯戦争についてどの程度理解している」
「……聖杯から与えられた知識は聖杯が願望器であることや、他のサーヴァントのこと、この時代のこと、後は魔術師にいつてくらいかの」
基礎知識が備わっていることを確認した青年は信長にこう名乗るように伝える。
「エラーだ」
「エラー?」
「そうだ」
過去に類をみない複数のクラス持ちとして召喚された信長に青年は聖杯戦争のシステムから大きく逸脱するエラーという意味を込めてそう決めた。
「一つ、聞いてもよいかの」
召喚からのあれこれから一息ついた頃、信長はそう切り出した。
「なんだ」
「お主の名はなんと申す」
「名?」
「そうだ名じゃ、ワシは教えたがお主からはまだじゃ」
「マスターではダメなのか」
「ダメじゃ。それではワシはお主を信用できん」
「楓だ。遠坂楓」
遠坂と青年は名乗った。