P.D 323年。火星。
「あーー、もう疲れたよぉ」
アーブラウ領独立自治区であるクリュセの市街地から少し外れた場所にある建物のなかで、僕ことハインズ・ファリドーーもとい、ライガット・カッシュは、積み上げられた書類の格闘にうんざりしていた。
僕が立ち上げた「クライスラーエレクトロニクス社」は、電子、電機機器を開発する複合企業だ。立ち位置としては宇宙世紀のアナハイム・エレクトロニクス社に近い。まぁ規模は小さいけど。
この会社は言いなれば軍事兵器の開発を行うために作った。販売先はギャラルホルン、テイワズ、そして民間のPMC問わずに取引をしている。弾薬の購入からモビルワーカー、払い下げられた兵器の中古売買まで、その手は幅広く取り扱っている。
もともと、火星はテラフォーミングしたとはいえ、その資源や物資は地球からの輸送に依存している。火星には生産力が圧倒的に足りてない。だから、ギャラルホルンや地球からやってきた者たちの理不尽がまかり通ってしまう。
そこで、この企業は火星に新たな力をもたらした。軍事力の生産力で、火星の人たちは自らの力で戦う力を持てるようになったのだ。まぁ、それを嫌う者たちのご機嫌伺いをするために、幅広く取引をしているのだがーー。
「社長、頭を抱えても目の前の書類は減りませんよ」
「歳に似合わないことを言っちゃダメだよ、アルテ。老けるの早まっちゃうからーーあいたっ!!」
横で光学キーボードで情報処理をしていた少女に向こう脛を蹴りあげられた。
アルテイア・ホーランド
僕が会社を立ち上げる時、人員をかき集めるために奔走していたころに出会った孤児の少女だ。皮肉な話だが、この企業で働いている多くの若者は火星で孤児になった子供だ。今の僕には子供が悠々自適に暮らせる施設や何かを作ることはできない。
しかし、そのぶん待遇やサポートな抜かりなくやっている。目指すのは笑顔が絶えないアットホームな職場です。作ってるのはとんでもないものだけど。
あまり痛くないけれど、オーバーリアクションは大事だ。動揺を引こう。向こう脛を押さえ、悶絶したフリをしたままテーブルに突っ伏す。
「仕事をしてください、仕事を」
だめだ。効果なし。
あきらめて顔を上げると、僕は山積みの書類の一角を乱雑に目の前に持ってきた。取引先の顧客リストだ。タービンズに、ジャスレイお抱えの民間PMC、そしてギャラルホルン。それらの組織からの武器弾薬の購入以来だ。それが山積み。
「ほんとは売りたくないんだけどなぁ」
「何いってるんですか、はじめたのは社長でしょ」
この話は僕が「ファリド」を止めて、「ライガット・カッシュ」となってから幾度となくアルテとしている。いや、ほんとに。武器とか物騒なものを売りたくはない。しかし、それをしないと経済が回らない。経済が回らないと孤児が増えて悪循環。泥沼化して最悪な事態になる。
この企業は火星で唯一の生産力。いわばエンジンだ。止めれば、あらゆる影響が出る。そんな企業にするつもりで立ち上げたが、今でも心に残るしこりは大いなる痛みを僕にもたらし続けている。
「社長、すこし厄介ごとが」
アルテは少し眉を潜めている。どれどれ、と彼女の光学モニターを覗きこむと、一通のメールが届いていた。内容を読む。更に心が死んだ気がした。
「あちゃー、搬送用のトレーラーが襲撃か…。まだ積み荷も積んでないのに、ご苦労なことだね」
火星で軍事産業を始めたことで出てきた弊害もある。お金のないPMCの組織的な強奪だ。
「クライスラーエレクトロニクス」が立ち上がってから、まずはギャラルホルンの火星支部が定期的な弾薬買付の契約を持ってきて、次にテイワズのマクマード・バリストンを始め、各組織とも取引がはじまった。その波に乗れなかった民間PMCは、他勢力が安定した弾薬供給を得るなかで徐々に劣勢になりつつある。
中では金のないPMCが、手配したトレーラーを襲撃して、物資を奪う事件が起こっている。うーむ、由々しき事態だ。
「どうしましょうか?定期便のトレーラーが使えなくなった以上、取引先に一報をいれるべきでは?」
アルテは不安げにそう言ってくる。が、その定期便を止めるわけにはいかない。大事な投資をやめれば、後から大きな後悔を残すことになる。
「いや、定期便は僕が出るよ。たまにはマルバさんに挨拶しないとね。うちの最初の取引相手なんだから」
そういって僕は傍らにかけてあったパイロット用の上着を取って袖を通した。うんざりする書類仕事から解放されるチャンスだ。意気揚々と立ち上がった僕の前に、扉を隔ててアルテが立ちふさがった。
「社長が自ら出向く必要はないじゃないですか。他の社員に任せれば…」
「だめだよ。こればっかりは譲れない。大事なことなんだ」
「でも、社長がもし居なくなったら…私はどうすればいいんですか」
アルテは僕が戦場に近づくことを極端に嫌がった。引き取ったときから文字の読み書きや勉強を付きっきりにしすぎたか。彼女のなつき具合はうれしいものだが、僕も譲る気はなかった。
「ごめんね。大丈夫だよ、絶対に戻ってくるから」
アルテの頭を撫でて、僕は社長室を後にする。この取引だけは止めるわけにはいかない。この会社を立ち上げて、ギャラルホルンよりも先に取引の有志を持ちかけた相手なのだから。
クリュセ・ガード・セキュリティ。
通称CGS。
この世界を変える最も大きな火種が育つ場所なのだから。
****
アルテイア・ホーランドは、社長室にある自分の席に座って項垂れた。
自分の両親は居ない。死別したわけでも、捨てられたわけでもない。気がついたら自分だけが居た。自分と同じような子供たちと共に、ごみを漁り、泥をすすって生きているのが当然で、当たり前だと思っていた。
そんな自分たちに手を差しのべてくれた人が、ライガットだった。
最初は誰もが手をとろうとしなかった。優しい嘘に踊らされて連れていかれた仲間は戻ってこない。戻ってきたとしても致命的な障害を抱えていたり、または事切れた姿しかなかった。
けれど、彼は違った。
暖かい寝床に、食事。
文字の読み書きや勉強を、そして働いて真っ当にお金を得る術を教えてくれた。
初めて、自分達を「人」にしてくれた。
アルテと共にいた孤児たちも今は工場で働いたり、技師のスタッフや運搬係として働いている。休日にはみんなでショッピングに行ったりと、あの頃では考えられない生活をしている。
彼はいつも「人を殺すことに間接的にでも関わらせてしまってる」と悲しい眼差して言っているが、アルテたちにはそんなこと、どうでも良かった。彼は自分達の恩人。自分たちを人にしてくれた存在なのだ。
故にアルテは、ライガットのためなら何でもやった。難しい経済学や経理を学び、計算も初めて学んだときよりもぐんと早くなった。取引先では柔らかな笑みを浮かべれるように練習もした。
アルテにとって、ライガットがすべてだった。
そんな彼が、戦場に近づく。死に関わることが、アルテに酷い恐怖と不安を抱かせる。項垂れた視線が、自分の手が震えているのを捉えた。ぎゅっと、その手を握る。大丈夫、彼は嘘は言わない。きっと帰ってくる。
彼が出掛けるたびに、アルテはそうやって自分を言い聞かせるのだった。
****
ハインズ・ファリドが、火星へ落ちることになった理由。それは、僕自身が自らに強いたからだ。
マクギリスが士官学校へ入学した時に、僕はイズナリオが積み重ねてきた罪や汚職をギャラルホルン内部へ告発した。当然、イズナリオは信頼していた息子の反逆に対処できず、中途半端な隠蔽工作は更なる愚を露呈した。
結果的には、内部混乱を恐れたセブンスターが、ファリド家を存続させるために、イズナリオを公に処罰することはなかった。しかし、当主の入れ換えは必須。イズナリオは遠方への隠居を余儀なくされた。
当然、告発しながらもすぐそばでイズナリオの愚行を黙認してた僕も処罰の対象となった。
個人的に親交を深めていたイシュー家やボードウィン家からの打診もあったが、僕はその処罰を受けることに決めていた。兼ねてからの計画を共有したマクギリスを次期当主に推薦ーーまぁ問題全部の後始末を吹っ掛けて僕もまた遠方へ隠居することになった。
そして隠居先はすでに決まっていた。
そう、全ての始まりとなるこの火星である。
ボードウィン家やイシュー家、そしてマクギリス自身から貰った資金を元に、今の「クライスラーエレクトロニクス」を立ち上げ、僕自身の名も【ライガット・カッシュ】へ変えた。
え?名前の由来?そりゃあ、ライガットはブレイクブレイドだし、カッシュはドモン・カッシュからだ。だって面白いじゃん、Gガンダム。
そんなことを思い返しながら、僕は本社から直接つながる第一ドックへと向かった。
クライスラーエレクトロニクスを立ち上げるために、僕はファリド家にいたころから入念に研究を重ねていた。火星には地球のような豊かな資源がない。故に輸入ものに頼るのが常識だ。
ならば、資源を作るしかない。
火星ハーフメタルは取引がまだまだ規制されていて資源には届かない。
ファリド家の公務として何度も火星へ赴き、火星で取れる鉱石や地質を入念に調べた結果、ある特定の条件下で精錬できる合金の開発に成功した。
火星の鉱石を主原料とし、マグネシウムとカーボンを用いた、火星の衛星軌道上でしか精錬できない金属合金【マーズマグネシウム合金】。
それからは大変だった。合金の調査に量産体制の確率。僕が培ってきたロボット工学を惜しみ無く使いまくり、生産ラインへあげる下準備をマクギリスと協力し、イズナリオに隠して進めていたのだ。
火星へ来て、ファリド家の遺産である権力でごり押し、真っ先にその合金の生産ラインを立ち上げた結果、クライスラーエレクトロニクスは新たな資源の確立と、火星唯一の生産力を手にすることになった。
もちろん、取引に規制はある。クライスラーエレクトロニクス社の売り上げの半分は、武器弾薬の販売に依存している。故に、精錬できた合金を自由に使うのもアリだ。まぁ、試作品の情報を売って資金にしているのも事実ではあるが、そこはマクギリスが運営するモンターク商会が上手くやってくれている。
マクギリスには実の弟のように愛情を注いだ。イズナリオからはお気に入りを取られたと言われたが、そんなこと知ったことない。自分が持てる知識と経験、そして人としての優しさをすべて伝えたつもりだ。
おかげで、元々優秀だった彼は恐ろしい政治手腕と知識を有する青年士官となった。末恐ろしいものだ。しかし、あのモンターク商会の仮面のセンスだけは、うん。あまり誉められないな。マクギリスが意気揚々と見せてくれたが、僕はひきつった笑みしか送れなかったよ。
厳重なセキュリティを抜けて第一ドックへたどり着く。クライスラーエレクトロニクスには三つの工廠がある。
ひとつは地球から搬入された物資や武器弾薬を保管する保管庫件、搬入ステーション。
二つ目は【マーズマグネシウム合金】 を錬成する生産ラインと、武器弾薬の製造ライン。
そして三つ目がこの第一ドックだ。
第一ドックでは、試作兵器の開発を主にやっていて、特殊な兵装の生産も行っている。
そして、もうひとつ。重要な開発もしている。
「ハッパさん。【トリニティ】の調整はどうですか?」
第一ドックの一番端にあるセクションは、モビルスーツの開発場だ。マーズマグネシウム合金を100%使用したフレームで作り上げられた純白のモビルスーツのコックピット付近から、僕の問いかけに答えるように技師が顔をだした。
「社長がそれを聞くってことは出すんですか?トリニティを」
備えられたワイヤーに捕まり、機材をパンパンに詰め込んだ鞄を肩にかけて降りてきたのは、モビルスーツや武器開発の責任者であり、エンジニアでもあるハッパさんだ。
彼との出会いはファリド家の時代にさかのぼる。元はセブンスターお抱えの技師だったが、従来の技術を使うギャラルホルンでは珍しい、新しいシステムや技術開発を好む技術屋だった。そのせいか、他の技師からは厄介がられていたところで出会った。
前人未到な技術の開発を熱望する彼と、この世界の技術を勉強し、発展させたいと願う僕はすぐさま意気投合し、ファリド家から離れるときに、彼もセブンスターの技術から引き抜いたのだ。
彼がいなければ、マーズマグネシウム合金の成功はありえなかっただろう。それに僕の好きなGのレコンギスタの技師と同じ名前だ。
「しょうがないでしょ。定期便のトレーラーがやられちゃってさぁ。物を運びたいならモビルスーツ使えってことなのかねぇ。ね?いいでしょ?トリニティのデータ取りも兼ねてさ」
「そういって、前回出たとき貴様は襲ってきた民間PMC部隊とドンパチやったんじゃなかったっけ?」
そこを突かれると痛いなぁ。しかし、あれは向こうが話を聞かずに襲ってきたのだから仕方ない。トリニティはクライスラーエレクトロニクスの技術の塊。よって襲ってきた不躾者は皆殺しにしたわけだけど、僕は悪くナーイ。
「ま、一応火は入れてるからいつでも出せますけど」
さすがだぜ!やはり持つべきものはハッパさんだ!いつもの口癖を言って、僕は降りていたコックピットへ続く昇降ワイヤーに飛び付いた。
「戦闘はダメですからねー!!」
下から聞こえてくる声に手を振って答える。あえて戦闘しないとは言わない。この世界は合理的な世界だ。いつ襲われるかわかったもんじゃない。
コックピットに乗り込み、システムを起動して行く。このモビルスーツ【トリニティ】を構築するシステムも、僕とハッパさんが協同で作り上げたものだ。モニターの起動画面はハッパさんに無理を言ってガンダムSEED風にしてある。
メインモニターが立ち上がってから、近くに懸架してあるモビルスーツ用のライフルとショートレンジのメイスを背中と腰へ装備して、輸送用のコンテナを背中に設けた物質運搬用多目的クレーンに引っかけた。
ふと、メインモニターの端で、アルテが第一ドックに来ているのが見えた。モビルスーツの手で軽く挨拶しておく。ほら、笑顔になった。これで帰ってからのお説教は和らぐかな。
「トリニティが出るぞ!!ハッチ開けて!!」
眼下ではハッパさんがトニリニティを出すために忙しく指示を出していた。搬入用に設けられたハッチが音を立てて開く。その先には赤い大地が永遠と続いている。
「んじゃ、トリニティ。ライガット・カッシュ。定期便の輸送にいってきまーす」
覇気のない声とモビルスーツ独特の足音が工廠に響き、僕は火星の大地へと踏み出して行った。
それが、運命の始まりとも知らずにーー。
****
ハッパ・ベルデモンドは、しがないギャラルホルンの技師だった。
モビルスーツの開発で得られた技術でより人類の発展に貢献したい。
そんな志をもって、ギャラルホルンに入ってはみたものの、過去の技術の模倣で作られたモビルスーツの数々を見て、肩を落とした。誰もが先進的なことに意欲を示さなかったのだ。
自分もまた、名もない技師として一生を終えるのだろうかと考えていたとき、転機は訪れた。
ハインズ・ファリドとの出会いだ。
彼は突然、ハッパの前に現れたのだ。アポイントもなく、まるで遊びにでも来たようにセブンスターお抱えの技師たちが集まる工廠にきた彼は、ハッパを見るなりモビルスーツの原理や技術の指南を頼み込んできたのだ。
初めは金持ちの道楽かと思い、特にすることもないので暇潰しでハインズへ指南を行っていたが、彼は別格だった。
基礎知識を理解すると、次は今のモビルスーツ技術に足りないところを研究し始めたのだ。
そこでハッパの技師魂に火がついた。
誰もが試したことのない取り組みを積極的に行い、その時ではない全天周囲モニターや、駆動部の機構の開発。果てには新たな合金の開発に、モビルスーツを形作るフレームの設計と、まさにそれなハッパが夢見ていた技術の革新だった。
時が経ち、ハインズが実の父を内部告発したと知ったときは胸が透くような気分だった。ギャラルホルンの腐敗は日に日に悪化している。そんな中で正義をハインズは示したのだ。
そして同時に、ハッパは自らを恥じた。その腐敗の恩恵に甘んじていたことに。
ハインズがライガットととして、火星へ向かうと聞いたとき、ハッパは二つ返事で自分も同行すると伝えた。それがハッパにとっての罪滅ぼしでもあったからだ。
そして確信もある。ハインズに付いていけば、もっと大きな何かを見ることができるということを。