「いやいや、わざわざ君が商品を持ってくるとは思わなかったよ。ライガットくん」
クリュセ郊外にあるクリュセガードセキュリティ。通称、CGS。鉄華団の前の組織であり、利益のためなら子供ですら消耗品として扱う民間PMCだ。上機嫌でビール腹をこさえるマルバ・アーケイに、営業笑みを向けながら握手をかわす。
「いえいえ、私どものクライスラーエレクトロニクスの商品契約を最初に結んでくれたのですから、これくらいは当然ですとも」
僕らの背後には背負ってきたコンテナを降ろしたモビルスーツ「トリニティ」と、そのコンテナから物資を運び出している部隊が忙しなく動き回っていた。
この豚…もとい、マルバ・アーケイとは、僕が火星へやって来たときからの付き合いだ。クライスラーエレクトロニクスが立ち上がってすぐに、僕はCGSへアポイントを取った。
最初は若造と罵られたが、半額以下、赤字必須の商品を提示したら快く定期契約にサインをしてくれた。
定期便の中身は食料に水、武器弾薬に、要請があればモビルワーカー用の武装も入れることもある。正直に言えば、破格の値段だ。クライスラーエレクトロニクスに利益はほとんどーーいや、損をしてるか。
しかし、僕にはそれを押してでもCGSと取引する理由がある。
後の鉄華団のための先行投資だ。
もともと民間PMCの収益は少ない。経営してゆくには非道なこともやむ無しという経営者ばかりだ。おかげでヒューマンデブリや、闇市で売買された少年たちがまるで消耗品のように使い潰されている。
本当なら許せないところだが、全部のPMCからそれを無くせるとは思っていない。そんな金も無い。ならば、必要なところをひいきして助けることが最善だ。
マルバ・アーケイとの協定で、取引は他のPMCと同じ金額でやっているように装ってるが、浮いた金はすべてCGSのものとなっている。
それも僕にとっては重要なことだ。
CGSが鉄華団に変わるときに、深刻な財政難に見舞われる。マルバ・アーケイが現金を持ち逃げするのは見越せるが、彼がモビルワーカーや武器弾薬すべてを持ち逃げすることはできない。PMCにしては、この物資は過剰だ。だから、鉄華団へ変わったときに、財政の足しになるよう売却用として下ろしている。
今のCGSの見た目は武器の針山だが、使わなければ鉄屑と一緒だ。その鉄屑は今後の子供たちのために有効に利用させてもらう。
マルバ・アーケイとの他愛の無い話を終えて、僕もコンテナの中へと入る。武器弾薬の一角に、それらとは別のものを詰め込んだ箱を用意してある。箱を取り出して、CGS内へと入る。
CGS内は大人と子供の戦闘員、非戦闘員がごっちゃになっていて、誰もがすさんだ目をしていたり、大人が子供に暴力を振るう場面もあった。そんな中を僕は無関心に歩いた。
大人の傭兵や組織の人間とは極力関係を持たないようにしているからだ。下手に関係を持てば、なにをせがまれるかわかったもんじゃない。一時期、PMCから物資を譲れと脅されたこともあった。情けない大人をぶん殴ってやりたい衝動を押さえて、僕は目的の場所へと歩みを急がした。
向かった先は、CGS内の端で普段でも大人の戦闘員が立ち寄ることの無い、ちょっとした広場だ。割りと重い箱を地面に置いてしばらく待つと、建物のあちらこちらに人影があるのがわかった。それも一人二人ではない。大勢だ。僕の周りや通路をつぶさに確認しているように思える。
「よし、いいぞ」
どこからか聞こえた小さな声に呼応するように、建物のいたるところから子供たちが姿を表した。ほんとに小さな子供から、中高生くらいの子供。うん、とにかくいっぱいだ。
「久しぶりだな、お前ら」
「ライガットの兄ちゃん!」
三人の幼い子供が、パイロットスーツの足元に駆け寄り、抱きついてきた。よーしと、僕も負けじと三人の子供を一気に抱き上げる。うむ、前に抱いたときより重くなってる。成長してるんだなぁ。
「いつもすいません、ライガットさん」
子供を抱き上げてる僕に申し訳なそうに行ってきたのは、ダンテ・モグロだ。彼はヒューマンデブリであるが、明るい性格でCGSに来たときに初めて出会った参番隊の人間だった。
「こっちこそ、わがままいつも聞いてもらって悪いね。これ今回の定期便の分だから」
言い終わる前に何人かの子供が箱をすでに開封していた。中身は食料に菓子、そして雑誌が何点か。読み書きできない子供が多いからイラストや写真だけのものだ。箱の中身を見ながら、子供たちがそれぞれ物色して行く。うん、全員に行き渡る分は持ってきてるはずだ。雑誌は中高生向けだけど。
CGSへの定期便が決まったとき。食料も多目に入れておいたにも関わらず、それが参番隊の子供たちに回されることはなかったと、輸送の手伝いをしていたダンテから聞いたのがきっかけだった。
くそ、こっちな赤字で食料渡してるのに大人が独占するとはどういうつもりなんだ。そんな憤りに耐えられなかった僕は、コンテナの中に秘密の箱を忍ばせるようになった。大人組への食料を減らして。
配達が始まった頃は、人手が足りなくて僕自身がCGSに配達してたんだけど、最近は忙しくて。もちろん、別の人間が配達したときも、忍ばせ箱は秘密の搬入口から子供たちへ行くようにしてある。
残念ながら、今の僕にできることはこれくらいしかない。
「けれど、なんでライガットさんは俺らにこんなサービスしてくれるんですか?」
「そりゃあ、それが僕のポリシーだからだよ」
唐突に聞いてきたダンテに、僕はにこやかに答えた。ポリシー、まぁ良いように言ってるが所詮は自己満足のエゴだ。辛い目にあってるのを知ってるくせに、それを助けない自分の罪滅ぼしでしかない。
「ダンテ。そんなやつを信用するもんじゃねーぞ」
ふと、建物の影に背を預ける子供が不満げにそう言った。ユージン・セブンスターク。彼からの評価は初めてあったときからイマイチだ。まぁそうだろう、我ながら胡散臭い大人だと思うし。
「いいか?ダンテ!こいつは武器商人だ!利益にならないことをやる玉じゃねぇ。いつか、この荷物の恩恵を俺らからむしるつもりだ!」
あー、その言い方は悲しくなるけど、実に的を射ている。鉄華団がないと僕のやりたいことは遠ざかる。故に出来て貰わなければならない。どんな犠牲を払ってでも。ユージンは、怪訝に僕を眺めてくるが、ここで騒がれても厄介だ。
「そうだね。僕は武器商人だ。命を商品として扱うろくでなしだ。けれど」
僕は荷物の中から一冊の雑誌を取り出してユージンとダンテに向かって投げた。二人ともそれを受け取って表紙を見たとたんに、鼻元を押さえた。
「武器以外も扱ってる。たとえば、年頃の男の子が喜びそうな雑誌とか、ね?」
魅惑のわがままボディが表紙を飾る本。定期便の中には、まぁ卑猥だがこういった本も入れてある。うむ、こういうのも重要だからね。とくにユージンとか。
「受け取れないなら持って帰るしかないなぁーどうしようかなぁー」
他の雑誌を箱から出して抱えながらそう言ってみる。さて効果はいかほどか、とユージンを一瞥したら、ものっそい目で僕を見てた。ものっそい目で。どれだけ君飢えてるのさ…。
「冗談だよ。みんなで仲良く〝使うんだよ〟?」
それだけ言って、残りの本をユージンに渡して僕は離脱する。あまり長居をするのは良くない。この定期便が見つかったら絶対大人に奪われるのだから。
「まったく世の中、世知辛」
心のそこから、そう思う。
広場から脱した僕は、だだっ広い火星の広野を眺めていた。
運命の日まで、あとわずか。
僕は最善を尽くせただろうか?もっと他に良いやり方はなかっただろうか。この広野を見ると、いつもそんなことを考えてしまう。
「あ、武器屋の人」
声をかけられ、振り返ったら、ランニングしていた少年が無機質な目で僕を見ていた。
三日月・オーガス。
この物語の主人公の一人だ。
「やぁ、三日月」
その挨拶に三日月は答えないで、火星ヤシの種を口に含んだ。
「ここでなにやってるの?」
「定期便の配達」
単調な質問に、僕も単調に返す。三日月は言葉よりも本能を察知して動く傾向が強い。無駄に言葉をかけるよりも行動で示した方が早い。
「三日月、こないだ渡したデータは雪之丞さんに渡してくれた?」
その問いに三日月のヤシの種を食べる手が止まる。
「うん、渡したよ。おかげで凄く動かしやすくなった」
「そっか、うちの技師の渾身のシステムだからね」
三日月に渡したのは、モビルワーカーの火器管制システムだ。来る運命の日、その場にいる子供たちの生存率を少しでもあげるために、ハッパさんに頼み込んで作ってもらった。雪之丞さんにメモと共に渡すようお願いしていたのだが、結果報告が聞けなくてやきもきしていた。そうか、うまく動いたか。良かった良かった。
「そうか。それじゃ、僕はいくよ」
「うん、じゃあね。武器屋の人」
それだけ言って三日月はランニングへ戻っていった。ははは、武器屋の人、か。彼に名前を呼んでもらえるようになるのはいつになるやら。
そう思いながら、待機してるモビルスーツの元へと歩む。僕の仕事はまだ終わっていない。