オーリス機の撃破。
本来ならば、地下通路を通って地中から現れたバルバトスによって打ちのめされるはずだった。
そんな彼に終止符を打ったのは、バルバトスの大型メイスではなく、全くの部外者であり、物語には本来存在しないモビルスーツだった。
(あーくそ。なんでこうなる)
コクピットを貫いたメイスを引抜き、微動だにしなくなったグレイズの残骸を後にしたライガットは、こうなってしまった状況を恨んでいた。
元はといえば、クーデリアがCGSではなく、ライガットが運営する企業クライスラーエレクトロニクス社に来たことからだ。
いや、もっと辿ればクライスラーエレクトロニクス社ができてしまったこと。ライガットがこの火星にきたこと。そしてライガットこと、ハインズ・ファリドがこの世界にいることが、この物語の変更に大きく関わっているのだろうか。
本当ならば、鉄華団が立ち上がってから、彼らのビジネスパートナーとして地球への旅路の支援にとどめるつもりだったのに、これだ。
戦場へクーデリアを置いていくわけにもいかないし、ギャラルホルンが攻めてくる理由もわからない彼らを放っておくこともできない。そして何より、ライガットの本質が静観することを拒んだ。
最初は、クランクやアインに気取られない場所で事の沈静化を待ってから、三日月やオルガたちに声をかけることも考えた。
しかし、オーリスに蹂躙されるモビルワーカー。そしてその機に乗る三番隊の子供たち。アニメでほんのわずかにしか写らず、無念の中で死んでいった名も無いオルフェンズたちを見て、ライガットは迷わず彼らを助けに入った。
アニメで見るものと、現実に見るものでは情報量が全く異なる。友が死に泣き叫ぶものもいる。痛みに耐えれずに絶叫する子供もいる。多くの、多すぎる子供たちが傷ついている。
単にそれは、ライガットのエゴだったかもしれないが、そんな彼らを助けたいという気持ちは真実だった。
『なんだよ、このモビルスーツ…』
『新手か?』
その場で呆然と停止し、トリニティを見上げている子供たちの声が、周辺音を拾うマイクから聞こえてくる。
現在のトリニティのタイプは「ネイキッド」だ。普段、輸送や歩行テストでは機密を保持するためにグレイズや旧式のモビルスーツを型どった張りぼてを装甲に取り付けて運用していたため、面識がある三番隊のメンバーも戦闘モードとなっているトリニティを見るのは初めてだった。
そんな中で、指揮官であるオルガ・イツカが、怪訝な眼差しでそれを見つめていた。
オルガ・イツカ。
鉄血のオルフェンズでも重要な人物だ。
向上心と、力を手にすることに固執し、しかしその本質は、大切な仲間や家族に暖かな居場所を作ることを目指す、とても純粋であり、とても真面目であり、故にその在り方によって死ぬことになる。
結局、CGSに出向いたものの、彼と腰を据えて話すことは叶わなかった。ライガットもオルガも、互いをよく知っていない。
嫌な予感がする。このまま、CGSーーひいては鉄華団に敵と見られても、なんら可笑しくない状況だ。
「ぬおおおおぉぉー!!!」
そんな不安に襲われていた気分を、激しく鳴り響いた警告音がかき消した。右腕が潰れたグレイズが、雄叫びを上げてこちらへ飛び込んできたのだ。
機体を素早く動かし、スラスターを吹かして突撃してくるグレイズに向かって、跳躍して迎え撃つ。足元には多くのモビルワーカーがある。その場で戦うのは不味い。
彼らから少し離れた場所で、グレイズと真っ正面から激突する。
「舐めるなよ、どこのモビルスーツか知らんが、このギャラルホルンのグレイズの相手が出来るとでも!たとえ片腕を失おうが、貴様のモビルスーツもどきなどにはな!」
クランクだ。片腕を失っていながらも、彼はこちらへ挑んできた。開いた左腕にはオーリスが振り回していたものと同じアックスが握られている。
「アイン!貴様は背部スラスターがやられている!こちらには来るなよ!」
「砲台くらいにはなれます!」
奥では、背部スラスターが壊れたグレイズがライフルでCGS本部を狙っていた。だが、距離が遠すぎる。いくらモビルスーツとは言え、エイハブウェーブの環境下ではまともな照準はできないはずだ。
となれば。
「死ににきたか!!」
ここまで来てしまったら、なるようになるしかない。この場で引くことなど不可能だ。二人を撃退し、混乱に乗じて撹乱しつつ撤退するしかない。
クリュセ市街地のドックまでたどり着ければ、ひとまずはギャラルホルンの追撃をかわすことはできるだろう。その後は出たとこ勝負だ。
「ぬぅん!!!」
クランクから放たれる一撃は、ただ振り回していただけのオーリスの攻撃とは一線を越えていた。ショートメイスで受け止めるものの、その圧倒的な技量の前に後退を余儀なくされる。
「貴様も、あの民間PMCの傭兵か!」
接触回線で、クランクの渋い声がライガットの耳に届いた。
「さぁな。しかし、お前たちが子供を虐殺するよりはよっぽどマシだとは思っているよ!」
「…子供?子供、だと?」
「組織には誇りもないのか?生き易いものだな。羨ましいよ」
クランクのグレイズの動きが、途端に悪くなったように思えた。好機だ。
「こっちは、一人を救うのに必死だって言うのにーーお前たちは多くの子供を平然と、無慈悲に、殺すのだからな!!」
肉薄したアックスを払いのけて、がら空きになった腹部へ蹴りを入れる。無様に転がることはなかったが、大きく退けることはできた。このまま一気にーー。
その時、ライガットの背後で地面から激しい土煙が立ち上った。
特徴的な大型メイス。
トリコロールカラーを模したカラーリング。
そして獣のような風体をした、巨影が、姿を表した。
グオオッ!!その影は瞬時に飛び上がると、ライガット目掛けて巨大な鉄塊を振り下ろす。
「ーー!?」
叩きつけるなんて優しいものではない。その場に突き刺さるように振り下ろされた大型メイスを、ライガットはとっさに飛び上がって回避した。
『こいつも、新手ってことでいいの?オルガ』
ガンダムフレーム「バルバトス」に乗る三日月の無機質な声が聞こえた気がした。
****
「アイン、無事か?」
「は、はい…しかし…」
「よし、このまま撤退する」
腹部を蹴られて退かされたクランクは突如、地下から現れたモビルスーツの混乱に乗じて離脱していた。後方支援というなの射撃を行う半壊したアインのグレイズに肩を貸して、その場を後にする。
「…何を!」
「向こうはどうやら仲間割れのようだ。残ったモビルワーカー隊も安全圏まで離脱できた。今しかない」
しかしと不服そうなアインの言葉を撤退と言う言葉で黙らせて、クランクは帰路へ着くことができた。
あの純白のモビルスーツ。グレイズや旧式のモビルスーツでもない、見たことの無い形をしていた。しかもグレイズの機動性を完全に越えている。
オーリスの蹂躙と、実際に戦ってみた経験。それだけでも、敵がどれほどのシステムと能力を持っているのかがわかってしまった。
そして何よりも、クランクの心をえぐったのは純白のモビルスーツが発した言葉だった。
『お前たちは多くの子供を平然と、無慈悲に、殺すのだからな!!』
それを言われて、去る際にオーリスが破壊の限りを尽くしたモビルワーカーの残骸や、自分が向かおうとしていた戦場へ目を向ければ、死者の大半が子供だった。
俺は、子供を殺すことを認めていたのか。
クランクはその考えで一杯だった。
****
バルバトスが振り回す巨大なメイスが眼前を横切る。
振り下ろし、薙ぎ、突き。まさに縦横無尽。その圧倒的な破壊力と、阿頼耶識の反応速度は文字通り相手を捻り潰し、砕き、叩き潰す。
「いいの?オルガ。あのモビルスーツ、ギャラルホルンと敵対していたみたいだけど」
「いいんだよ。ここに来た以上、俺らに関係ない奴は敵だ。だったらどうであれ、迎え撃つしかねぇ」
オルガとビスケットのやり取りを聞いている余裕はない。恐ろしいほどに、絶対的な力。三日月の動きはモビルスーツの現存の動きを凌駕していた。
「うおおお!!!まてまてまてまて!!死ぬ!!!」
思わず、そんな声をあげてしまった。
突然現れたバルバトスに即座に敵認定されて、ライガットは操縦桿を操り、三日月の猛攻から逃れようと必死だった。
原作通り、ガス切れを見越して時間を稼ごうとも考えたが、彼の動きの前にそんな浅はかな考えは砕け散る。止まろうものなら、即座にメイスが直撃する。
『ッチ。こいつ、うっとうしいな。ウロチョロ、ウロチョロと』
三日月の無機質な声ほんとに怖い!!!なぜこうなった!!はははっ!!まぁ僕のせいか仕方ないね!!
ライガットの思考は泣き言に近い言葉で覆われていたが、操縦は歪みなく出来ていた。動き続けなければ、動き回らなければ、死ぬ。マジで。
トリニティのコントロールシステムは、従来のモビルスーツのものとは違う。
グレイズでは、パイロットが戦闘を行うときに、アックスによる近接挙動や、ライフルでの射撃を複数にパターン化し、パイロットが状況に合わせて最適な挙動を実行するコントロールシステムが使われているが、トリニティはその逆だった。
そのシステムこそが、ライガットこと、ハインズ・ファリドが生前取り組んでいたロボット工学の技術を詰め込んだものとなっている。
バイオセンサーと、バイオコンピューター。
人の特定の脳波や、周りの環境、敵の攻撃音や大気の変化を記録し、それをシステム用の機械語へ変換することにより、機体そのものの制御や機能を補佐するものだ。イメージとしては、宇宙世紀に誕生したサイコミュに近い。
本来ならば、四肢が動かせなくなった者、言語障害を持つ者のためにハインズが生前開発していたものであったが、こちらの世界に来てそれをモビルスーツへ転用したのだ。
ビーム兵器がナノラミネート装甲により衰退した鉄血の世界ではモビルスーツは多くの場面で接近戦を強いられる。本能的な判断や直感で格闘戦を行う場合、このバイオセンサーとコンピューターは非常に有効に働く。
敵の殺気や挙動を学習し、それに応じてトリニティの操縦挙動を最適化して補助する。まだ完璧とは言えないものの、それによってトリニティの反応速度は、より柔軟であり、より素早いものとなっていた。
だがーー
「…がっ…ぐぅ!」
例外も存在する。
三日月の放った巨大メイスが、トリニティの片腕に直撃した。ガンダムフレームの強度に劣るマーズマグネシウム合金は特有の白い金属片をばらまき、ひび割れる。
『やっと捕まえた』
バルバトスが本当に悪魔のように見えた。
片腕を始めに、肩や胸部アーマー。スカートに、脚部の装甲と、徐々に装甲が巨大なメイスによって削られて行く。
くそ、ここまでなのか。ライガットは自分の死を幻視した。迫り来る確信的な死が、彼の体を恐怖で蝕む。
嫌だ。まだ何も始まっていない。
まだ何も。何も変えられていないのに。
こんなところで。
こんなところで!
「こんなところで死ねるかぁ!!!」
バルバトスが大きくレンチを振り上げる。ライガットは逃げるのを止めた。持てる力で、メイスを振り下ろそうとするバルバトスへ接近する。
ゴォォン!!!と、鈍い音が響き、トリニティの片腕装甲が砕け散った。だが、直撃はしていない。三日月が見上げた先では、メイスを紙一重で避けたモビルスーツが、振り下ろしたメイスを踏みつけるように押さえた光景がある。
『うざいよ、アンタ。いい加減に』
「うおおぉ!!!」
三日月の言葉よりも手が出た。トリニティは砕けた片腕で、バルバトスの顔面をぶん殴ったのだ。
「まだだ!まだ終わらんよ!!」
そのライガットの声が、接触回線でわずかに三日月のコクピットに届いた。
『アンタは…武器屋の人…?』
パン、ともみ合う二人の背後で銃声が鳴り響いた。
戦線の外からやって来た汎用運搬車の上で、ハッパが空へ信号弾を上げたのだ。
「双方、ただちに戦闘を停止しなさい!私は、クーデリア・藍那・バーンスタインです!!」
そうやって、バルバトスの最初の戦闘は、終わりを告げた。