「ぐへ。」
そんな、ありきたりな悲鳴は、現実味を帯びていた。
壁。
いきなり現れた壁にぶつかり、ひっくり返った四人目の野党。
「ようやく、追い付いたと思ったら、この有様…。」
壁が喋った。
壁ではなく大男…、それよりも似合うのは【大入道】。
その名の通りに、大きな躯体(くたい)に坊主頭。
手にした金棒(かなぼう)は体に見合う大きさ。並の人間が持ち上げるなら十人は必要だろう。そして、先端に輝く十字の光が戦う相手の血を求める。
ようやく、体を起こした四人目の野党。
「俺達ゃ、聞いてねえぜ!」
吐き捨て、
「村人を殺すだけだって…。」
苛立ち。
否!
怒り。
大入道の目に表れた表情。
「これだから、野党なんぞ雇うなと申し上げたのに…。」
その体から漂う凶暴さとは裏腹に言葉遣いは丁寧。
暴風。
大入道が右手に持つ、金棒で巻き起こした風。
相当な重量があるのは見た目で、十二分に判っていた。だが、それを片手だけで扱うとは。
叩く。
盛り上がる筋肉。
それが振り上げた金棒を重みと腕力で地面へ叩きつけた。
血袋と化した野党は、その場の空間ごと、金棒の圧力で潰れ弾け飛んだ。
悲鳴は上げなかったのではなく、上げる暇が無かった。
何事も無かったが如く、拝一刀に向き直り、
「拙者は『山』と申す。」
名乗りを上げた。
「貴殿は?」
変えぬ表情のままに、
「忍びが名乗りを上げるか。」
返す問。
驚き、感心。
「ほう。見破られましたか。」
笑う。
「流石、拝一刀殿。」
知っていて問いかけていた。
唐突。
大入道の笑い声が満たしていた二人の間合いを、殺気が塗りつぶす。
拝一刀の構える刀の握り直しが、張り詰めた空気を極限まで引き絞る。
大入道が呟くように、
「見た者、知った者は生かして返すな…。」
金棒を構えの位置へ上げる。
「ですが、まさか拝一刀殿を殺れるとは嬉しい限りですな。」
口は愉しそうに笑い、目は刺す殺気を放つ。
もしこの場を見ている者がいれば、合図は無かったと答えるだろう。
踏み込む。
同時に。
瞬の動作で、誰が見ても否定はしないであろう重い金棒を小枝の如く振り上げる山。
対する拝一刀は刹那の動作。
振り下ろされる金棒が拝一刀を捉えるよりも早く駆け抜け、背中同士が向かい合う。
抜刀斬り。
異。
そう伝えるのは刃から柄へ、そして手への感触。
遅れ、地面を抉(えぐ)る金棒の轟音。
「流石、拝一刀殿。」
感服の声と共に振り向く山。
振り向く拝一刀が目にしたものは、己の太刀筋に斬られた上着。そして、その下から覗く鎧。
感触は、それを斬ったもの。
「よくできておるでしょう。我らの鉄鎧は。」
自慢げに斬られた場所に空いている左手をやり引き裂いた。
黒光り。
それは胴の部分を守る鉄壁の砦。
「拝一刀殿といえども、斬れますまい。」
金棒を持つ腕の筋肉が盛り上がり、また小枝の如く振り回す。
「行きますぞ。」
振り回す金棒が、風切り音を上げ速度を増していく。
雷鳴。
青天の霹靂(へきれき)。
否。
回転から、振り下ろされた破壊の一撃が巨木を打ち折った音。
「いつまで、かわせますかな?」
何事も無かったが如く、へし折った木に喰い込んだ金棒を抜く。
睨む目は観察する。
袴の下も、同様に鎧を付けているに違いないと。
判っていた。
己と相手の大きさの違い。それ故に、守られていない頭は、刀では狙えずと。
「ふん。」
またも、回転より振り下ろされる金棒。
不動。拝一刀、動かず。
「観念なさいましたか!」
言い訳を後から聞けるなら『油断等では無い!』そう言うだろう。
見切る。
その間合いは、紙一重。
狙ったはずの拝一刀の頭が、振り下ろした金棒の先端で消えた。
拝一刀の眼前。
金棒が前髪をかすめ、鼻先をかすめ、纏った風が遅れ同じところへと当たる。
金棒が地面へ触れる刹那前。
その先端が加速する。
踏み込んだ拝一刀の左足によって。
固定。
その瞬間に、金棒を支える手首が想定外の負荷により、可動域の限界を超えた。
結果。
右手は金棒を離せなくなる。
更に、大入道と比喩される筋力は金棒の上に乗った拝一刀の重みを難無く支える。
橋。
それは金棒と右腕で作られた、大入道…山の頭への道。
疾走。
その架け橋を駆け登る。
ぶつかる目線は、火花を散らせない。
拝一刀の射貫く目。
対する、山の見開かれた目は驚きが満ちていた。
一方的な眼圧は、見開かれた目から恐怖を押し込む。
一閃。
舞う首は、山の視界を回す。
浮遊感。
そして、地面を転がる感触。
それを見るのは初めてだろう。
山は自らの体を正面から見上げていた。
首の代わりに噴き出す鮮血が乗った体を。
仁王立ち。
首という主を失った体は、倒れず立ち往生。
二の腕に掛けた足を外し、山から飛び降りた拝一刀。
次第に、噴き出す鮮血も量が減り出なくなる。
山の目は、そこまで見ていた。
そして、ゆっくりと消える目の輝き。
少し離れた木の陰。
そこには先程の童子が事の顛末(てんまつ)を見守っていた。
振り払う血糊。
そして納刀。
乳母車の方へと歩き出す拝一刀。
前を塞ぐが如く、飛び出た童子。
「お侍さま。助けてください!」
縋(すが)り付く目は、その言葉の通りに目一杯の涙を湛(たた)えていた。
「話してみよ。」
ぶっきらぼうだが、何処か優しい声。
涙を拭い話し始めた。
「オイラは、この先の『野巣捕鹵喪(のすとろも)村』に住んでる【けぃん】。」
「いきなり、こいつらが村を襲ったんだ。」
ちらりと見たのは、今だ仁王立ちの山。
「隙を見て逃げ出したんだけど…。」
思い出しながら、
「追い付かれて捕まりそうになったところを、お侍さまが助けてくれたんだ。」
「お願いだよ。おっとーとおっかーを助けておくれよ。」
拝一刀の裾に縋(すが)り付いた。
「解った。案内(あない)せい。」
歩き出した拝一刀。
「そっちじゃ…。」
言いかけたけぃんを制したのは、向いた先に見えた乳母車。