異質。
行く先にあり。
華やかな着物の色は、周囲に生える緑に花を咲かせていた。
道の真ん中に、風呂敷を広げ正座し待ち受けている凜と響く姿。
目は閉じられ、黙想している。
傍らに置かれているのは一振りの剣。
一礼。
ゆっくりと頭を下げ止める。
次は逆に、ゆっくりと頭を上げる。
何でもないただの礼に、拝一刀の全身の毛は逆立つ。
もう、戦いは始まっていた。
ゆっくりと開く眼。
「私は【風】と申します。拝一刀とお見受けする。」
その顔に似つかわしい凛とした響きを持つ声。
そう、凛とした顔だちは美しく眉目秀麗と言う言葉が似合う若い娘。
「如何にも。」
答える声と共に、心は闘いに備えた。
風の目線が、けぃんを捉え、
「その童男を渡していただきたい。」
その声に感情は無い。
「何故(なにゆえ)。」
追っていた野党。それに【山】と名乗った忍びは聞きさえしなかった。当然の疑問である。
「申し訳ない。私は、その問に答えを持ちませぬ。」
今度は、謝りの礼。
軽く頷き、拝一刀は、
「解った。」
そう答えた。
互いに放つ気が、その場の空気を重いものに変えた。
無言。
風は剣を手に立ち上がると、風呂敷を畳み懐へ。
拝一刀の関心が剣へと移る。
「変わった剣でござるな。」
「大陸より持ち込んだ剣でございます。」
持った左手で前に掲げた。
気が付いた。
風と名乗る若い娘の服装が、何処かこの国のものでは無いと。
足元は布の靴と呼ばれるもの。
袴(はかま)ではなく、裾が広くないズボンと呼ばれるもの。
上着も異なる。
全身を彩っている色が、絶対的に違和感を覚える。
何より、手にした剣が違う。
そう、若き娘は武術家。異国の技を継承する者。
対峙。
解らなかった。
その背の高さは、普通の女性と変わらぬと。それどころか、比べれば少し小さいと解ったはず。
否、それ程に放つものが大きかったのだと。
それが風と名乗った若い娘の放つ凛とした気配。
それに惑わされていた。
「如何なされた。拝一刀殿。」
戸惑いを気取られる。
「何故、戦う。」
戦いの火蓋は切られてはいるが聞いた。
「命(めい)故に。」
その声は、それ以上聞くなと語る。
「うむ。」
けぃんに目をやり、
「頼む。」
乳母車の押し手を預けた。
けぃんは、
「うん。」
頷き、持ち手を受け取り、引いて距離をとった。
「よろしいか?」
隙なら十二分にあったはず。だが、待っていた。
無言。
ただ、頷いた。
火花。
ぶつかるのは、鋭い眼光と凛とした視線。
柄に手がかかる。
片方は腰の刀。
もう片方は左手にした太極剣。(太極拳で使う剣の総称。)
違和感。
気が付く。
この娘は違うと悟る。
この若い娘が放つのは…。
殺気では無く…。
闘気。
刹那。
踏み出す。
侍は摺り足で、地を這いながら。
剣士は蹴り足で、宙を舞いながら。
着地。
刹那早き、拝一刀の抜刀術。
白刃の軌跡が、風の眼前へ伸びる。
右に首を傾け、体も続く。
舞う。
風の髪の毛が数本、白刃により宙へ舞い上げられた。
拝一刀の放った一閃を既(すんで)でかわす。
遅れ、右手の剣を振り上げる風。
その名に相応しい、一陣の風の如き斬撃。
下。
登る鋒が、拝一刀へ迫る。
柄から離す左手と共に、踏み込みで前のめりの体を起こす。
刹那早き、拝一刀の一閃が風の踏み込みを僅かに浅くしていた。
それが、剣に空を斬らせた。
回る。
斬り上げた勢いを遠心力へと変換し、天に振り上げた剣は風の体を縦回転させる。
構える。
起こした体、離した左手を戻しつつも、間合いを刀へとする拝一刀。
突く。
意表。
剣。
大きく回る風の腕と剣。
そのまま一回転。
否!
風が背中を向けた瞬間、右腕を曲げ剣を脇の下から突出す。
刺す。
風の剣が突き刺す、拝一刀の右脇腹。
勝負あり!
手応えが、そう教えていた。
瞬前。
回転により、風が背を向けた刹那。
拝一刀の構えの右半身より左半身に移行する足さばき。
更に、左足の着地位置を滑らせる。右足も追従させ、風の懐へ入る。
同瞬。
突き繰り出させた剣。
軽い。
それが、手応え。
悟る。
負けを。
風の剣は拝一刀の右脇腹の皮一枚の厚みのみを突き斬っていた。
そして、上着に大きな穴を開ける。
衝撃。
腹部より広がる鈍痛。まるで、水面に落とした小石の波紋が広がるが如く。
見る。
広がる痛みの元。
己の腹にめり込む拝一刀の左の拳は握りが天を向いていた。
当て身。
そう呼ばれる技。
切れる。
意識の糸を断つ痛みが脳へ届いた。
「うっ…。」
腹への当て身が、空気を押し出し苦悶の声にした。
倒れる。
意識の喪失が、立つことを忘れさせた。
穏やかに。
倒れる速度を緩めるために差し出させた両手は、与えられた仕事を実行する。
拝一刀により、抱きかかえられた風は静かに地面へと横になる。
納刀。
役目を終えた刀が鞘へと戻される。
そして、見守っていた二人の元へも歩む。
「殺し…。」
けぃんの質問に答えたのは、優しい拝一刀の目だった。
「参ろう。」
拝一刀は乳母車の押し手を受け取った。