屋根。
それは村は目の前と言っていた。
希望と不安から、隣の侍の顔を見る。
「どうするの?」
そう聞いたのも自然な流れ。
「拙者が向かっているのは、彼奴(きゃつ)らは、勘付いておろう。」
歩む足は止めず、
「このまま参る。」
驚き。呆れなのかもしれない。
まさかの答えに、何も聞けなくなると、俯(うつむ)き加減で歩を進めるけぃん。
境界などの区切りは無い。
だから、ここからと言えばここからなのだろう。
そう、ここは『野巣捕鹵喪(のすとろも)村』の入口。
目に見える範囲は無人。
しかし、感じる気配は有人。
「頼む。」
けぃんに乳母車の押し手を預ける。
その意味に、無言で頷くけぃん。
油断無く、柄に手をやる。
「流石、拝一刀殿。」
響く声。
屋根に、むくりと起き上がる者あり。
傾奇者。
目を刺す原色の赤は、纏った着物の色。女性の着物を羽織った派手な姿。
加え、長い髪も女性を連想させた。
飛び降りる。
「とう!」
掛け声はそれ。
膝立ち着地に、舞う着物の裾は何処か翼を思わせる。
立ち上がり、掻き上げる髪の毛。その後ろに、化粧を纏った色白の役者の顔。
「何もしなくて良いって思って寝てたのですが…。」
戯け、
「やはり、拝一刀殿が相手ではそうはいかないですな。」
笑う。
踏みしめる地面の音が、拝一刀に隙は無いと教えた。
そして、鋭い眼光が質問した。
「おっと。名乗らぬのは失礼でございますな。」
口は謝罪。目は笑う。
「私(わたくし)めは【火】と申します。」
その仕草を現代人が見れば必ず、こう言う『ナルシスト』と。
「当然、他の者と同じ忍びにございます。」
自らの出で立ちを棚に上げ、しゃあしゃあと言ってのける。
「【山】と【風】には、感謝しなければ。」
その仕草もやはり『ナルシスト』。
「拝一刀殿と死合(しあ)える機会を残してくれた事に。」
ついに、表情が恍惚とし自らに酔った。
無言。
一度、離れた乳母車に戻る拝一刀。
左右の手摺(てすり)を持ち上げた。それは、簡単に外れ両の手に一本ずつ収まる。
「隠れておれ。出来れば離れたところへ。」
何かに気が付き、注意を促(うなが)した。
頷き、回れ右。
乳母車を押し駆け出すけぃん。
遠くへ離れ行く乳母車の背中に目をやり、
「もう、バレましたか。」
驚く火。
「大枚(たいまい)を叩(はた)いて取り寄せた香(こう)の水では、誤魔化せませ無いないと言うことですな。」
臭い。
戯ける火を睨む拝一刀。
「染み込んだ火薬の臭い、簡単に誤魔化せるものでは無い。」
「いやはや、流石拝一刀殿。失礼した。」
背中に着物で隠していたモノを取り出す。
「私(わたくし)の得物にございます。」
奇環砲(きかんほう)。
*それは、我々の知る〔ガトリング砲〕の事。
明らかに銃口と思える物が、円を描き並び、その後ろには銃身が続いている。
そして、本体左側には背中から伸びる弾薬が並べられた帯が繋がっていた。
「何とか、小さくしたのですがね。まだ、この大きさでしてね。」
火の言う通りに十分大きい。
そのためか、本体の後ろに続く部分には治具(じぐ)が付けられていた。
*治具は本体を固定するための専用の取り付け部品です。
「で、これをこうしてと…。」
肩から下げる革帯、腰に巻いた革帯びの金具に治具を取り付け固定した。
「まだまだ改良の余地はありますが、それでも十二分に使えます。」
そっと、奇環砲を左手で撫でる。その目は、愛しいものに送る目線を放つ。
「ところで、拝一刀殿…。」
向けた視線と疑問。
「その棒で戦うのですかな?」
先程から気になっていたのだろう。
拝一刀は右手にした手摺を『ふん。』と言わんばかりに一振り。
その先端から、鋒が鋭い輝きを放ち飛び出すと固定され槍になった。
次に左手の棒を鋒と反対側に接合させ長槍とした。
見開いた目は驚き。
「失礼した。そんな、からくりがあろうとは…。」
口元は、嬉しそうに笑う。
「いざ!」
奇環砲の銃口に近い部分に付けられた持ち手に左手を掛け、狙いを付ける。
右手は、本体にあるハンドルを持ち、その時を待った。
そして、左足を前に出した構えから、両足で大地に踏ん張る。
左構え。
槍を腰だめに構え、目は奇環砲の銃口を見据える。
掛けた右手がハンドルを回し機械的に送り込まれる弾薬。
撃つ。
撃つ。
撃つ。
無限とも思える弾丸の列。
それは連射。
駆ける。
拝一刀が間合いを保ちながら、火の左側に回り込む。
追う。
弾丸が土煙を上げ、蛇の如く道筋を作りながら拝一刀に迫る。
隠れる。
拝一刀が走り込んだのは小屋の陰。
だが、奇環砲の弾丸は難無く小屋を撃ち抜き拝一刀へと浴びせられた。
出る。
弾丸の雨は、小屋の陰から直ぐに拝一刀を追い出した。
駆ける。
また、小屋の陰へとすべりこむ拝一刀。
同じく、浴びせられる弾丸の雨。
そして、また飛び出す拝一刀。
気が付く。
(拝一刀破れたり。)
心のほくそ笑みが、表情にも現れていた。
(陰より体が駆け出る前に鋒が出、私(わたくし)に教えておる。)
口元が笑い、目は勝利を確信する。
三度(みたび)、小屋の陰へ滑り込む拝一刀。
集中。
火の目が、
(何処から出る?)
そう言っていた。
出た。
「そこだ!」
駆け込んだ側と同じ側から鋒が覗く。
容赦なく、遠慮なく、ハンドルの回転で送り込まれる弾薬は、弾丸の雨となり、撃ち出された。
回す。
撃つ。
回す。
撃つ。
連射。
その間は秒の長さ。
勝利。
その言葉が、火の心を踊らせる。
否!
罠!
ハンドルを回す手が止まる。
反対側。
鋒が覗く小屋の反対側から、拝一刀が飛び出た。
「ちぃ。」
舌打ちよりも早く、奇環砲の銃口を向けた。
刹那前。
小屋の陰より飛び出しと同刻。
拝一刀の右腕が振り被り小さな光を放つ。
放たれた小さな光は、宙で小柄に変わり、火へ吸い込まれた。
不可能。
それが自分を狙った物だと判った時には、最早かわす事が出来ないと判った時と同じ。
身構える。
訪れる痛みに体が防御の命を出した。
直後。
金属のかち合う音が上がる。
味方。
「天は私(わたくし)の味方のようですな。」
予測していた痛みは無い。
(投擲(とうてき)された小柄は、奇環砲にでも当たったに違いない。痛みが無いのはその証拠。)
「死ねぇ。」
高ぶりがナルシストの顔面を邪悪に染め上げる。
込める力が、ハンドルを回す力に変換される。
異。
回らない。いくら力を込めても。
視線が自然と奇環砲へと落ちる。
見開く。
視線の先にある状況を理解するまでの要した僅かな時間。
驚愕。
奇環砲の本体に設けられた革帯により弾薬を送り込む、僅かな隙間に小柄が深く噛み動かなくしていた。
「最初からここを狙って!」
耳が駆け寄る音を拾う。
音の正体を知っているが、そちらを向くのも自然の流れ。
拝一刀が死神の足音を立てながら間合いを詰めた。
「か、顔は止めてくれ!!!」
それは、火の最後の言葉。
その願いを聞いたかどうか拝一刀の一閃は、袈裟(けさ)斬り。
左肩から入った斬撃は右腹、奇環砲の少し上へと抜けた。
「ありがとう。私(わたくし)の美しい顔…。」
気管を埋め尽くした鮮血は、最後まで言う前に火を溺れさせた。
振るう。
纏わり付く血糊を飛ばし納刀。
乳母車を押し、駆け寄るけぃん。
拝一刀は小屋の柱に結わえた長槍を回収し、乳母車の手摺へと戻した。
そして、一匹と童男二人は村の奥へ進む。