救い。
けぃんが連れて来た侍が勝った。村は救われた。
その男は喜んだ。
滴る。
「冷た…。」
無意識。首筋に右手をやる。
感触。
今までに感じた事の無いもの。
粘る。
『ぐちょぐちょ』
指先で遊ぶ何かを目で確認するが、それが何かは判らず。
そして、出処を確認するために行ったのは、上を向く。
目を見開く。
そして、その瞳に映したものに声を上げるのを忘れさせられる。
「グゴガガゴ。」
この国の言葉で表現は出来ない声。
その男の真上の木の枝に潜むのは、人ならざるもの。
物の怪と呼ばれるもの。
開かれし一つ目の顎(あぎと)から、粘る液体を纏い伸びる管は蛇の如く。
そこに付いた二つ目の口も、また粘る液体を纏い顎を開く。
瞬後。
槍。
物の怪の槍が、男を貫く。
貫かれ判った槍の正体は、そいつの尻尾。
先端は槍よりも鋭く、男の背中を何の抵抗も無くと胸へと抜けていた。
悲鳴。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
先程の驚きと合わせた大きな声が喉から絞り出された。
秒。
村人が状況を理解するまでに要した時間。
悲鳴の出処を向いた村人全員が見たものは…。
目の高さ。
空を泳ぐ両の足。
釣られ、見上げた先に吊られた男。その胸に生えた槍先。
次の興味は、槍の出処と視線で追う。
居た。
木の上に、人ならざる物の怪が、槍の尻尾で男を吊っていた。
全体像が見え、初めて驚きを生む。
一目散。
「うぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げ、抜けそうな腰に活を入れ走り出す村人達。
降りる。
木の上から地に舞い降りた、物の怪は、今だ尻尾で男の体をもて遊ぶ。
唸(うな)る。
一つ目の口を開き、頭を振りながら、
「ガルルルル。」
威嚇した。
この場に、ただ一人。
殺気を放つ者。
拝一刀を。
その姿は、我々の知るエイリアン。
黒き骨格を連想させ、後頭部は長く長く伸びる。そして、長き棘と槍の尻尾を持つ。
「獣では無いな…。」
放つ殺気がそう告げ聞いた。
「グァ!」
吠えた。
が、それは先程の返答では無かった。
本当の返答は、振り回した尻尾から抜けた男。
そう、物の怪は、振り回し反動を付け貫いていた男を投げ放った。
避ける。
油断無く目線を外さず、投げられ迫る男を足さばきだけでかわす。
「面妖な…。物の怪の類(たぐい)か。」
思わず漏れた言葉。あながち間違ってはいないが、教えてくれる者は居ない。
一人と一匹が、向かい合う。
戦うと。
拝一刀の背中を流れる冷たい汗。流させた物の怪。
柄をいつもと変わらぬ握りと、確かめる様に、再度握り直す。
構える。
それを合図と知っているのか、物の怪よ。
長い腕をゆっくりと地に降ろし、四足の獣となった。
戸惑い。
「人ならざるモノと戦う事となるとは、人生とは愉快なり。」
笑う口元。しかし、目は油断無く。
読み合い。
今まで戦ってきた武士(もののふ)なら、何手も先の読み合いになるのだろうが、人ならざる物の怪は、真っ向から来る!
四足で駆ける物の怪は、その大きな体とは不釣り合いな速さ。
一瞬で拝一刀の眼前へ迫る。
咬む!
物の怪の口が拝一刀の頭を襲う。
それを首を左に捻るだけでかわし、虚と見抜く。
反撃。
右足親指の付け根を軸とし、左足を引きながら弧を描く。
同じ時に、両腕が振り上げる白刃。
刹那後。
背中のあった空間を、実の攻撃である物の怪の尻尾の槍が突く。
それは密かに頭上より背後に回されていた。
結果、目の前にがら空きとなった物の怪の長き頭部が晒される。
「ふん!」
白刃が光の軌跡を描き、頭部へ振り下ろされた。
斬撃。
「!?」
手に伝わるのは異質な感触。
弾かれる物の怪の頭部。
それは打撃の効果。
前に出た右足で地を蹴り、間合いをとる。
見たのは、一筋の浅い傷が走る頭部。
「刀で斬れぬか。」
ぼそりと漏らす。
威嚇。
粘る唾液を引きながら、一つ目の口の顎(あぎと)を極限まで開く。
突進。
またも、正面から迫る物の怪。
繰り出す尻尾の槍。
合わせる呼吸。
斬り出す刀。
尻尾の槍を阿とし、己の刀を吽とし、阿吽の呼吸で弾く。
詰(つ)める。
弾いた瞬。
前進を止めない物の怪が、次の攻撃の間合いに入った。
四足の勢いを、踏み込む右手の反動とし振った。
受ける。
横から振られた物の怪の右手を刀で受けた拝一刀。
物の怪に我々と同じ思考があるのなら、
(軽い?)
そう思ったに違いない。
殴った質量に対する反動が無い。まるで、空気を殴った感触。
直後。
殴った勢い、そのままに拝一刀を飛ばした。
否、跳んだ。
着地。
その場の時を止めて細部まで観察すれば、この痕跡を見て取れてたはずである。
それは、拝一刀がいた場所にあった。
足跡のつま先側。そこに、物の怪の振った右手の方向量(ベクトル)と同じ向きに蹴った跡。
そう、拝一刀は右手の攻撃を受けた瞬間に地を蹴り勢いを殺していた。
浮き身。
そう呼ばれる技である。
睨むように、開かれる二つの顎(あぎと)。
苛立ち。
その威嚇から読み取れた感情。
ただし、この物の怪にあるのなら。
自らの攻撃の距離を取り戻すかの様に、踏み出す物の怪。
無造作。
刀も通らぬ強い肉体は、苛立ちと相俟(あいま)い大きな隙きを作った。
渾身の一撃。
尻尾の槍の高速の攻撃。
迎え撃つは、拝一刀の神速の技!
拝一刀と刀が作る絶対的な間合いに入る物の怪の尻尾。
流れる一連の連鎖的な動作。
上段の構え、踏み込み。
着地から、右足を足幅二つ外へ滑らし、追わせる左足は弧を描く。
それは、下半身にこれから放つ一撃を最大に活かせる構えを作らせた。
眼前に見えるは、物の怪の硬い鎧に覆われた蛇腹如き尻尾。
「やぁ!」
短く発した気合。
上段より斬り降ろされる必殺の一撃。
鋒(きっさき)が、尻尾の蛇腹となる継ぎ目に入る。
手応え無し。
それは、真に斬った感触。
分断。
宙を舞うのは尻尾の半分から先。
遅れ切り口から撒き散らす液体は、赤にあらず。
転がる。
落ちた尻尾の切り口から流れ出た液体は火の無き煙を上げた。
「むっ!?」
斬った刀の鋒も同じく火の無き煙を上げていると気が付く拝一刀。
「溶けておるのか?」
藻掻く。
尻尾を半分斬られ苦しむ物の怪。
直ぐに立ち直り、全身で拝一刀を牽制した。
憤怒(ふんぬ)。
吠える。
威嚇では無い、明らかに怒りの感情を乗せた声を出した。
痛みが。
怒りが。
その物の怪を凶暴化させる。
迎え討つは、静かなる水面に穿(うが)たれる水の一滴。
それは、明鏡止水。
だが、拝一刀はそれさえ超えた。
駆け詰める間合い。
立ち上がる物の怪の体の放つ殺気。
そして、振り被りより繰り出される右手の攻撃。
刹那前。
物の怪が振り上げた右手は、胸をがら空きにする。
斬。
白刃の軌跡が奇跡とも思える太刀筋を生む。
尻尾と同様に蛇腹の鎧で守られた物の怪胸元。
その継ぎ目の髪の毛一本程の隙間に走る斬撃。
斬り抜ける。
振り抜いた刀の勢いを加速に換え駆け出す拝一刀。
物の怪の胸より噴き出す体液が撒き散らされるよりも早く、その場を離れていた。
上がる火の無き煙。
その場を見守る誰もが思った。
『まだだ』と。
走る。
拝一刀は、溶ける刀を捨て駆ける。
追う。
怒りを超え、激昂(げきこう)する物の怪は、拝一刀の背中を目掛け駆ける。
隠れる。
走る拝一刀が、目指す目的地へとたどり着く。
そして、潜り込んだのは乳母車の後ろ。
掴む。
乳母車の押し手の下にある紐に手を伸ばし引く。
乳母車の前面下部。
隠し秘密を守っていた蓋が、満を持して開かれる。
蜂の巣の部屋を間仕切(まじき)るが如く並ぶものが顔を出す。
『銃口』
そう呼ばれる武器の部分である。それは、縦三横七の口を開く。
乳母車の押し手を下げ、銃口の狙いを物の怪へ付ける。
理解不能。
向けられたものに対する反応。
それは、見た事が無ければ、味わった事も無いもの。
瞬後。
轟音。
轟音。
轟音。
それは、まさに機関銃。
火の持っていたものよりも、高い攻撃力を持つ。
繰り返される轟音と共に撃ち出される弾丸。
それは、物の怪へも吸い込まれるが如き弾道。
踊る。
踊る。
踊る。
矢継ぎ早に撃ち込まれ、倒れる事を忘れさせられた物の怪は舞い踊る
。