ガンダムビルドダイバーズ ブルーブレイヴ   作:亀川ダイブ

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みなさんこんばんは。
第五話Cパート更新です。今回は珍しく平日更新になりました。
ライVSバンの師弟対決、決着です。
どうぞごらんください!


Episode.05-C『チカラ ノ イミ ヲ ③』

「ブライクニル、フィンガァァァァッ!」

『もう見切ったぜ、そいつはよぉ!』

 

 大きく五指を広げた氷結粒子の掌に、バンはむしろ自分から絶影の拳を叩きこんだ。ライの意思とは関係なく、ブライクニルフィンガーの粒子凍結効果が暴発、絶影の右腕をメキメキと凍り付かせていく。

 

『こいつで!』

 

 バンは冷静に左手のナイフを絶影自身の右肘に突き刺し、そして切り落とす。粒子凍結効果は絶影の右前腕部を凍り付かせただけで、本体にまでは及ばない。そしてクァッドウィングは、暴発した冷気嵐に翻弄され、姿勢を立て直せないままであった。

 

『いただきだ!』

 

 眼前に迫る、銀色の切っ先。目を潰され、喉を突かれ、左胸を貫かれ――流れるような三連撃で、クァッドウィングは機能を停止させられた。

 

《――ROUND9 BATTLE ENDED!!》

 

《YOU LOOSE…》

 

 九度目の撃墜、そして九回目の光景と音声。待機エリアへと転送され、傷一つなく再構成されたクァッドウィングの中で、ライは額の汗を拭った。

 

「…………」

『これで9‐0だな、ライ』

 

 通信ウィンドウには砂の嵐とSOUND ONLYの表示。五連敗目を喫した後ぐらいから、バンからの通信は音声のみとなっていた。それが何を意味するのかを考える余裕などは、今のライにはなかった。

 

『俺との修行タイムは次で終わりだぞ』

「……一分」

『あ?』

「……一分だけ、待ってくれ。義兄(にい)さん」

『……ああ。六十秒後に戦場でな』

 

 通信ウィンドウが閉じ、コクピットは無音に沈む。ライは静かに目を閉じて、操縦桿を握りしめる掌から、ゆっくりと力を抜いた。高揚し、加速していた思考を落ち着かせる。

 九連敗――その戦いを、振り返る。落ち着いて、確実に、正確に。

 機体の性能差。バンが射撃主体で攻めて来たのならその言い訳もできただろうが、今までの九戦全て、近距離での高機動戦に付き合ってくれている。ならばむしろ、機体の特性としては有利なはず。

 ダイバーの技量差。大型ナイフとビームセイバーという違いはあれど、剣捌きは負けてはいない。体術も同様だ。そもそもライの格闘術の多くは、バンから教わっている。お互いに手の内は知り尽くしているのだ。

 戦術の組み立て、バトルの流れ。これは完全に、バンに持っていかれてしまっている。バスターマグナムは当たらず、ブライクニルフィンガーは発動前に潰される。殺陣でやり合っているうちは、まだ戦えるのだが……。

 これをひっくり返すには、何が足りない? 勘の良さか? 心理的なプレッシャーか? いや、違う。違う、違う……ライの思考は堂々巡りに陥り、一分の猶予は刻一刻と消えていった。

 

『……あんちゃん、もう少し優しくしてあげたらいいのに』

 

 悩みこむライを、電子の海のはるか向こうから見守り、バンに苦言を呈する少女がいた。バンは彼女の言葉に「かもな」と短く返し、軽く肩を竦めた。

 

「だが、自分で掴み取らなきゃあ意味がねぇ。そうだろ、レイ?」

『うちも、それはわかるよ。でも……うぅん』

 

 バンとライとの通信は閉じているが、GHOST隊員は運営権限の一部使用によって、対象ダイバーの状況を監視することができる。

 厳密にいえば公私混同だが、建前上は自主的なパトロール業務。バンはGHOSTとしての特権を使い、レイにライの様子をモニタリングしてもらっていたのだ。

 

『監視対象ダイバー、バイタルに変化アリ。緊張状態、高いストレスを感じています。まだ、健康上の注意喚起を表示しなきゃいけないレベルじゃあないけど……ライにぃちゃん……』

 

 電脳遊戯空間(ディメンジョン)へのダイブ中に異常なバイタル変化を検知すれば、健康上の注意喚起の表示や、強制ログアウト処置を運営本部に要請する権限を、GHOSTは与えられている。対象の監視という特権を使う建前としての業務をこなしつつも、レイはしょんぼりと肩を落とす。妹のそんな顔を見せられては、バンもため息をつきながら苦笑するしかなかった。

 

「はぁ、まったく。仕方ねぇな。あいつは変に真面目で、無駄に頭が固いからな……少しばかり、ヒントでもくれてやるか。悩める弟を目の前にした、兄貴としちゃあな」

『うんっ。そうしてあげて、あんちゃん!』

 

《ROUND10 BATTLE START!!》

 

 同時、システム音声が十戦目、最後の一戦の開始を告げる。

 粒子化するコクピットの中でバンは拳を掌に叩きつけ、気合を入れ直した。

 

「ゴーダ・バン、絶影! 獲物を掻っ攫うぜ!」

 

 

 

 

〔Gundam Build Divers BLUE BRAVE〕

 

 

 

 

 ――たった一つの冴えた正解など、六十秒程度で出ようはずもない。試合開始のアナウンスを受けて飛び出した宇宙(そら)は、やはり変わらずに青黒く深い闇色に沈み、暗礁宙域の星屑たちが重苦しく視界を塞いでいる。

 

(悩もうが、迷おうが……俺には、クァッドウィングには、これしかない……っ!)

 

 両手に握りしめる、二丁のバスターマグナム。四枚羽根をフル稼働させた稲妻機動で岩塊の間を翔け抜けながら、ライは一撃必殺の銃口を、右へ左へと差し向ける。

 

「どこだ、義兄さん……せめて一本は取ってやる……!」

『その意気は良いがな!』

 

 背後、至近距離。岩塊を抜けた瞬間に、待ち伏せていた絶影が飛び出してきた。ライはビームセイバーを展開しつつ鋭角旋回(クイックターン)、絶影のさらに背後をとる。だが同時、バンは岩塊を蹴って機体を反転倒立、クァッドウィングとは上下逆で真正面に向かい合った。斬り上げた大型ナイフと、振り上げたビームセイバーが、火花を散らしてぶつかり合う。二本のナイフと二振りのビームセイバーは縦横無尽の太刀筋で絡み合い、機体の天地すら激しく入れ替えながらクァッドウィングと絶影は打ち合った。

 そして、

 

「せいッ!」

『オラぁっ!』

 

 拮抗した斬撃が互いの刃を弾き合い、大きく隙ができたところに、ライとバンは同じように大振りな後ろ回し蹴りを繰り出した。踵と踵がぶつかり合い、粒子と塗膜片が飛び散り、一瞬の均衡状態が生まれる。体術としての鋭さはどちらも劣らぬ一撃だったが、機体の重量差で、クァッドウィングが打ち負けた。

 

「うっ……!」

『そこぉっ!』

 

 吹き飛ばされ、背後の岩塊に叩きつけられるクァッドウィング。ライは即座に姿勢を立て直してバスターマグナムを構えるが、すでにそこに絶影はいない。バンはまるでフル・フロンタルのシナンジュのように、岩塊を蹴ってジグザグに加速、ライの側面に回り込んでいた。

 

『終わりかぁッ、ライぃぃッ!』

 

 逆手に持った二本の大型ナイフを大きく振り上げ、振り下ろす。メインバーニアの推進力までも全開に載せた、渾身の突き刺し。岩塊がひび割れ、絶影の足裏がめり込むほどの勢いで突き下ろされた一撃は、しかし空振り。

 

「……いただく!」

 

 カツン、と軽い音。絶影の後頭部に突き付けられる銃口。ライの得意技、稲妻機動からの背面取り、一撃必殺のバスターライフル。あとはトリガーを引けば――

 

『それに頼るからよぉ!』

 

 ――ガツンッ!

 逆手に構えた大型ナイフが、バスターマグナムの側面を貫いていた。

渾身の一撃に見えたバンの突き下ろしは、実は岩塊に突き立ってはいなかった。足元の岩塊に刻まれているのは、絶影の足跡のみ。ナイフの跡はない。引き抜いて、振り上げる必要などない。身を捻りさえずれば、即座に背後に対応可能な状態。

 

「読まれて……ッ!?」

 

 絶影は突き刺したナイフを手放し、勢いのまま身体を一回転させてもう一方のナイフを振るった。ライはバスターマグナムを放棄してバックステップ、しかしその胸部サーチアイはナイフに深く切り裂かれてしまった。索敵能力が大幅に低下、画面表示のいくつかが、真っ赤に染まってダウンする。

 

「ちぃっ、まだ……っ!?」

 

 姿勢を立て直そうとした瞬間、狙い澄ましたかのような一閃、投擲されたナイフがもう一丁のバスターマグナムを貫いていた。爆発するバスターマグナムを投げ捨てると同時、今度は絶影自身が、砲弾のような勢いで突撃してきた。

 

『ぅオラぁぁっ!』

 

 全体重と加速度を載せたドロップキックをブチかまされ、クァッドウィングは背中から岩塊に叩きつけられる。その衝撃をいなす間もなく、追い打ちのショルダータックルが突っ込んでくる。

 ライは四枚羽根スラスターを吹かそうとするが、返ってくるのは真っ赤な機能障害報告(エラーメッセージ)。絶影の分厚い肩部装甲と岩塊の間にクァッドウィングの左腕は挟み込まれ、強靭なガンダニュウム合金製の装甲とフレームが、メキメキと悲鳴を上げた。

 

「くっ……だが、零距離だ!」

 

 大きく振り上げたクァッドウィングの右掌に、氷結粒子が収束する。真空の宇宙に青銀の寒風が吹き荒れ、粒子の雪風が舞い踊る!

 

「ブライクニル……ッ!」

『見飽きたぜ!』

 

 バンはまるで抜刀術のように、腰の予備ナイフを閃かせた。大型ナイフよりも一回り細身な刀身が、クァッドウィングの右手首、関節部の僅かな隙間を正確に貫いた。巨大な氷の手掌はその威力を炸裂させることもできず、標本のように岩塊へと縫い留められる。

 左腕は半壊、右腕は拘束、四枚羽根は機能不全。ライは腰を捻ってハイキックを繰り出すが、絶影の頭部を狙った一撃は太い腕にガードされ、不発に終わる。続けてマシンキャノンを撃とうとするが、これも抜刀術じみた早業で細身のナイフを突き刺され、二門とも潰される。さらに頭部バルカンも封じるため、四本目の予備ナイフが、クァッドウィングの頭部に横殴りに突き立てられた。

 

「くっ……!」

『何本あるんだよって顔だな? 流石にこれで打ち止めだ。だから、あとは、殴るぜ!』

 

 ゴンッ!

 ナノラミネートされたナックルガードが、クァッドウィングに叩きつけられる。拳を突き出すと同時にバーニアを噴射する、踏ん張りの利かない宇宙空間でも有効な打撃法だ。

 

『オラオラオラぁ! 銃を壊され! 必殺技を止められ! お得意の一撃必殺が通じなければそれで終わりかよ!』

 

 ゴンッ、ガンッ、ドゴッ、バギンッ!

 半壊した左腕ではもはやガードすらできず、右手首のナイフを引き抜くこともできない。重い打撃の一撃ごとに、クァッドウィングの装甲はひしゃげ、フレームは歪み、ダメージが蓄積していく。

 

『ログを視たが、あのバカでかいバウンド・ドックとの戦いもそうだったな! 必殺技が通じなかった、その次の一手で! 逆転されたじゃあねぇか!』

「……うおおおおっ!」

『真面目だなッ!』

 

 反撃に蹴り足を振り上げるが、それも拳で迎撃され、足首のフィンスラスターが砕け散った。

 

『手が使えなきゃ足ってか! うじうじぐだぐだ悩んでた割には、予想通りの優等生な真似しかしてこねぇなあ、ライ!』

 

 バンはクァッドウィングの胸を蹴って後ろに飛び、大きく距離をとる。腰を捻って右拳を大きく引き、全身のバーニア・スラスター類を後方に向け、推進力を一方向に揃える。腕力、重量、加速度の全てを載せた、正拳突撃の構えだ。

 

『次で決めるぞ』

 

 バンの気迫に、嘘はない。あの正拳が解き放たれたとき、勝負は決まる。しかしライに為す術はない。銃を失い、必殺技は通じず、内蔵火器すら破壊された。右腕は縫い留められ左腕は半壊、満身創痍のクァッドウィングに、どんな手が残されているというのか。

 

『……なあ、ライ。俺が相手なら負けても仕方ねぇのか? 俺がお前の兄貴分だからか? 俺がGHOSTだからか? おまえが欲した力の意味は、その程度のものだったのか? だったらよ……』

 

 通信ウィンドウに、画像が戻ってきた。画面越しのバンの視線が、ライを真っ直ぐに見つめ、射抜く。

 

『俺が敵になったら、どうする?』

「……!?」

『俺はGHOSTだぜ。俺が誰と、何と戦うかは、運営の命令次第だ。だから、GBNに何らかの悪影響を与えるヤツは、俺の敵になる。そうだな、例えば――』

 

 バンは静かに目を閉じ、ライから視線を逸らした。

 

『――かつての、有志連合対ビルドダイバーズの戦いのように。運営が、エルダイバーを有害と見做したら……俺は、それに従う』

 

――変なダイバーさんですね。イマを助けようなんてヒト、初めてなのですよ。

 

『実際、サラ・サルベージの成功で誤魔化されてるが、エルダイバーが引き起こすバグの問題は、完全には解決してない。イマちゃんと出会った時の事、忘れるわけがねぇよな』

 

 ――にひひっ♪ ダイバーさんは、〝正義の味方〟なのですねっ♪

 

『イマちゃんはまだ、保護観察対象から外れちゃあいない。だから彼女は〝B弾〟の執行対象になりうるぜ。電子生命体(エルダイバー)アカウント停止(BAN)するなんて……考えたくもないがな』

 

 ――ありがとうございます、ダイバーさん……あなたが、イマのマスターなのです!

 

『なけりゃあいい。だがもしそうなっても、まだグズつくつもりかよ! テメェの全力を! 必死を、決死を、覚悟ってやつを! テメェが手に入れた力の意味を! 見せてみろよ、ヒムロ・ライィィィィッ!!』

 

 青白いバーニア光の尾を曳いて、絶影は流星となり暗礁宙域を翔け抜ける。進路上の小さな岩石などは勢いのまま打ち砕いて、微塵も速度を落とさずに、一直線に突っ込んでくる。

 直撃の瞬間まで、それは時間にして数秒。だがライにとってその数秒は、無限に引き延ばされた時間にも感じられた。

 負けられない。

 負けるわけにはいかない。

 もう二度と、〝あの日〟のような思いを、誰にもさせないために。

 守るべきものを守り通す。貫くべきものを貫き通す。

 このガンプラは、クァッドウィングは、そのための力だ。

 例え、手足が砕けても。四枚羽根が千切れても。全ての武器を失っても。必殺技が通用しなくても。相手がどれほど強大でも。勝ち目がなくても。それでも、それでも、それでも――

 

「――それでも。ここで退いては、俺の〝正義〟が廃るッ!」

 

 魂の底から響く、気合の一声。ライは脳裏に閃いた稲妻のような直感に従い、半壊した左腕で、岩塊に縫い付けられた自分自身の右手を――発動したまま縫い付けられていたブライクニルフィンガーを殴りつけた!

 

『なにぃっ!?』

 

 暴発する氷結粒子、炸裂する冷気嵐。氷の微粒子を散らしながら、巨大な氷柱が岩塊を突き破り聳え立つ。突撃槍のような氷柱の切っ先が絶影に迫るが、加速の付いた絶影は急には止まれない。氷結粒子に凍結させられるのは承知で、バンはそのまま殴り抜けるしかなかった。

 頑強なナノラミネート正拳突きが岩塊ごと氷柱を打ち砕き、氷の欠片が辺り一面にまき散らされる。大小さまざまな氷塊が、暗礁宙域の岩塊とぶつかり合い、弾き合い、複雑なビリヤードの様相を呈する。

予測不可能な軌道で飛び交う氷と岩の大群の中を、青銀色の航跡が、稲妻の軌道で切り裂いていく。そして、

 

「破ァァァァッ!!」

『オラァッ!』

 

 ガキィィンッ!!

 迎え撃った絶影の拳が、凍り付き、そして砕け散った。

 打ち砕いたのは、クァッドウィングの左拳。圧し潰され、半壊していたはずの左腕は、その形を取り戻していた――ただし、その左腕を形作っていたのは、プラ板でも、エポキシパテでも、ガンダニュウム合金でもない。

 

『がはは! 限界ブチ破りやがったなあ、ライ!』

 

 青銀に煌く、氷の左腕。ひしゃげて潰れたクァッドウィングの左腕が、ブライクニルフィンガーの生み出す氷柱に、包み込むように凍結させられている。さらには、割れ砕けていた翼も、右腕も、両足も、氷結粒子で形作られていた。

 氷の四肢と、氷の四枚羽根。まるで青銀の外骨格を身に纏ったようなクァッドウィング。神々しくも禍々しいその姿に、バンは全身の肌が粟立った。

 理屈も何もあったもんじゃない。氷結粒子というだけなら、旧バトルシステム時代に、三代目メイジンが実用化している。だが、それを暴発させたら氷の腕が生えた? 

氷の翼が生えた? 訳が分からない。だが、実際に、ライはそれを実現しているのだ。

 

「……時間がない。いくぞ、義兄さん!」

『がはははは! 試してやるよ、その新必殺技ぁぁッ!!』

「破アアアアアアアアッ!!」

『ぅオラァァァァッ!!』

 

 両者咆哮、額が触れ合うほどの至近距離で、全身全霊の一撃を叩きつける。

 真っ直ぐに突き出す、絶影の右ストレート。

 大上段から打ち下ろす、クァッドウィングの右掌打。

 軌道が直線である分、絶影の拳の方が、一瞬早くクァッドウィングに触れた。ナノラミネート装甲に固められたナックルガードがクァッドウィングの腹を打ち、装甲を叩き割り、そのまま腹部フレームを打ち砕きながら深々とめり込んでいく。

 しかし、バンは違和感を覚える。操縦桿に返ってくる感触が、いつもとは違う。プラスチックを打ち抜いた感じではない。KPSの粘り気とも違う。その理由は、すぐに分かった。砕け散っていくクァッドウィングの欠片の中に、青銀色の氷の欠片が混じっている――そうか。氷の腕だの翼だの、そう都合よく生えてくるはずがない。

 クァッドウィングは今、自分自身のブライクニルフィンガーによって、凍結が進んでいる最中なのだ。氷の腕も氷の翼も、粒子氷結効果の結果に過ぎない。凍結の進行速度を極限まで抑え込み耐えているが、装甲もフレームも、刻一刻と凍り付いていく。先ほどのライの「時間がない」という言葉も、それを悟っているからだろう。つい一瞬前まで手足と四枚羽根しか凍っていなかったものが、もう胴体の内部フレームにまで達している。そこから推算するに、この氷の外骨格状態の持続時間は、長く見て十秒程度。起死回生、捨て身の一手というわけだ。

 

(しかし、その一手……見事だぜ、ライ)

 

 バンは心中で呟き、口元にふっと笑みを浮かべた。

絶影の拳は、確実にクァッドウィングの腹部を打ち抜いた。だが、腹部にめり込んだその拳ごと、クァッドウィングの内部フレームは再び凍結していた。拳を打ち抜くことも、引き抜くことも、もうできない。

 そしてバンの頭上に迫る、青銀の手掌。

 

「ブライクニルッ! フィンガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 吹き荒れる寒風。舞い踊る雪風。氷結粒子結晶の掌を叩きつけ、冷気嵐が炸裂する。

煌く氷結粒子の猛吹雪を撒き散らして、白い氷塊が顕現する。氷河から削り出したような荒々しい氷塊の中には、完全にプラフスキー粒子の活動を凍結された絶影が――そして、クァッドウィングが、氷漬けにされていた。

 

《――ROUND10 BATTLE ENDED!!》

 

《DRAW!!》

 

 動くもののなくなった暗礁宙域に、システム音声だけが響き渡る。二機のガンプラを取り込んだ巨大な氷塊は、通常のプラフスキー粒子へと還元され、朽ち果てていく。フィールド全体も剥がれ落ちるように消えていき――そして、消滅した。

 

 ヒムロ・ライ対ゴーダ・バンの十本勝負。その結末は、ライの〇勝九敗――そして、一分けとなった。

 

 

 

 

〔Gundam Build Divers BLUE BRAVE〕

 

 

 

 

 バトルを終えバーカウンターに戻ると、そこにもうバンはいなかった。口下手なライにとって、それは嬉しい気遣いだった。妹分のレイがいたのなら、まだ話すこともあったかもしれないが……あれほどのバトルをした後で多くを語らず立ち去るバンの兄貴肌に感謝しつつ、ライはバーを出た。

 

「……雪、か」

 

 歳星の設定時刻はもう深夜だった。濃紺に染まったコロニーの天窓から、人工雪がふわふわと降ってきていた。ライは連邦軍士官用ジャケットのポケットに手を突っ込み、白い息を吐きながら歩きだした。

 飲食店が軒を連ねる細い路地を抜けると、花壇のある広場に出る。雪は思っていたよりも前から降り始めていたらしく、広間の石畳の上には薄く白い絨毯が敷かれていた。深夜ということもあって人通りも少なかったのか、雪の絨毯には足跡の一つもなく、広場一面に美しい平面を描き出している――その、真ん中の花壇縁に。頭や肩に薄く雪を積もらせて体育すわりをする、イマがいた。

 ライは仏頂面の中に僅かな後悔を滲ませながら、イマの下へと歩み寄った。完全に気づいているだろうに、イマは抱え込んだ両膝に顔をうずめて、ライの方を見ようともしない。

 

「……遅くなった」

「その通りなのです」

 

 イマは一瞬だけ顔を上げ語尾を食い気味に言い捨て、ぷんっとそっぽを向く。ライはイマの隣に腰を降ろし、肩と頭の雪を払ってやった。それだけではまだ不満そうなので、ジャケットを脱いで肩にかけてやる。するとようやく、一八〇度向こうを向いていたイマの顔が、一二〇度ほどの位置まで戻ってきた。ただし、寒さに少し赤くなったほっぺは、ぷぅーっと膨らませたままだ。

 

「……先輩たちは」

「マスターがお酒の飲めるお店から出てこないので、センセーさんにチクりにいってくれたのです。覚悟しておいてください。ぷんっ」

 

 久しぶりにバンと会ったことで忘れかけていたが、基本的に現実世界ではまだ部活の時間中だった。成人の付き添いがあったとはいえ、仮想現実の中であっても高校生が酒の出る店に入るのはマズイだろう。

 

(……あとで、説明しないとな)

「……で、どうだったのですか、マスター」

 

 イマは不機嫌そうに口を尖らせたままだったが、半歩ほどライの方へと身を寄せていた。ライは雪の降るコロニーの天窓を見上げながら、静かに言った。

 

「……強かった。義兄さんは、やっぱり」

「久しぶりに会ったのに、まーたバトルしたのですか。まったく、これだから男の子は……」

 

 肩を竦めて掌を上に向け、やれやれと首を振るイマ。いつも通りのテンションに戻りかけたことに気づき、慌てて怒ったような顔を作り直す。そんな百面相に苦笑しつつ、ライはイマの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

「ちょっ、ま、マスターっ。髪が乱れるのですっ! やめぇっ、やめるのです!」

「……クァッドウィングを改造したい。手伝ってくれないか、イマ」

「お、お断りなのです! イマをこれだけ待ちぼうけさせておいて、ごめんなさいもなしにお願い事なんてこーがんむち(厚顔無恥)もいいところなのです!」

 

 イマは髪を撫でる手を振り払い、体育すわりをする両膝に顔をうずめた。ライは軽くため息を一つ、花壇の縁から降り、イマの正面に片膝をついてしゃがみ込んだ。そして、イマがちらりと視線を上げたのを見計らって、言う。

 

「……すまん、イマ」

「……それだけ?」

 

 顔を半分膝にうずめたまま、上目遣いに聞き返してくる。ライは少し考え、言葉を続ける。

 

「……あと……あー……ただいま?」

「……にひひっ♪」

 

 聞きなれた、いつもの笑い方。イマはぱっと顔を上げると、今までの怒り顔が嘘のような満面の笑みで、ライに抱き着いた。

 

「おかえりなさいっ、マスター♪」




金髪ツインテール褐色ロリ美少女にマスターと呼ばれたいだけの人生であった……。
そんな作者のエゴましましのワンシーンを差しはさんでしまい申し訳ございません。でも、こーゆーの好きなんです。許してくださいなんでもしm(ry

第五話はもう少しだけ続きますが、次回更新はちょっと間が空くかもしれません。お待たせしてしまいますが、今後もお付き合いいただければ幸いです。
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