オルガマリーは人間に戻りたいようです   作:ししゃも丸

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新作なので初投稿です


ep.×× そして願いは叶えられた

 巌に開こうとしない瞼をなんとか開ける。

 目の前の光景は真っ白だった。白い粒がすごい速さで通り過ぎていくのが見える。周りには黒があった。最初は黒一面だったけど、そこに穴があいて、そこから白が出てきた。人はこの光景を美しいとはほど遠いと言うだろう。

 それでも、この光景こそが最後に相応しいとさえ思えていた。

 地面は冷たく、手足の感覚もない。先ほどから感じていたはずの激痛でさえ、いまはもう感じなくなってしまった。左手は地面に倒れ、右手は撃たれた腹を塞いでいたが穴は一か所だけではないので効果は少ない。たぶん、血はすでに止まったのではないかと思う。場所が場所だし、この寒さならそうなっても不思議ではない。

 からんと何かが落ちた音が聞こえた。耳はまだ音を拾えたらしい。少しして、動かないはずの頭が持ち上げられて、なにか柔らかく暖かいものの上に乗せられた。

 視線の先には、あの子がいて……流すはずのない涙を、流していた。

 

「……いて……か……?」

 

 どうやら思ったように声が出ない。残念だが会話にならないようだ。

 

「そうなのでしょうか。私には、わかりません。これが、涙なのですか?」

「……」

「自分で考えろ。あなたならそう言うんでしょうね」

「あ……つ……は……」

「みんな、死にました。生き残ったのはわたしだけ。それと外の戦いも終わったようです。さっき、ルシファーさんが別れを言いに来て、すぐに帰っていきました」

「……」

 

 不思議なことに、自分は悲しみを感じているのがわかった。彼らは所詮悪魔だ。敵を効率よく殺すための道具でしかなかった。なにせその時まで一人で生き抜いてきたから、頼れるのは己だけだと信じていたというのもある。しかし仲魔とは存外悪くないと気づいた。会話ができる奴もいれば、できない奴もいたし、見た目は異形な姿をしていても人間のような奴までいた。一応人間というか過去の英雄もいた。まあ色々あったが楽しい旅だった。

 

「これであなたの任務は終わりです」

 

 感傷に浸っている中、声が出せない自分をよそに彼女は淡々と話を続ける。

 

「欠片をすべて回収、各地の異界および悪魔を排除し、最終排除目標であった彼も倒しました。そして、私の教育も無事果たしたと言っていいでしょう」

「……は」

 

 あざ笑ってやりたくても、精いっぱい出せる声がそれだけだった。

 

「組織は約束通りあなたに報酬を差し出しますよ……ですが、これではもう、意味がないですね。どんまいです」

「……く……」

 

 ファック。これだけは言ってやりたかったが、無理だった。

 まさか最後の最後でこいつの小粋なジョークを聞けるとは思ってもみなかった。会った時は『はい』、『いいえ』みたいな会話しかできなかった機械のような女が、まあよくもここまで成長したものだがこれでやっと普通のライン。遅すぎだ。

 

「その代わりにわたしが貰ってあげますね。それで、いっぱいご飯を食べます。世界旅行をしながら、その街で食べ歩きをして、あなたが遊べと言ったように遊びます。それから……それから……」

「……」

 

 肌の感覚さえわからないのに、頬に触れている彼女の手が震えているのが不思議とわかる。それは寒さからではない、これは悲しみだ。人らしい感情など出会ったときはなかった彼女がようやく兵器ではなく、人になったのだ。

 

「しな、ないで……死なないで! 私を、一人にしないでマスター! みんな死んでしまったのに、マスターまで死んでしまったら私は……一人ぼっちになっちゃう……! だから……だから……生きて!」

「……ら……」

「ますたぁ……ますたぁ!」

 

 景色がぼやけて見える。彼女が泣いているのだと声からしてわかっているのに、そのために手を伸ばしたくても動かないし、名前もまともに呼べない。

(……ぁ)

 その時意識が飛びかける。どうやら終わりが迫っているようだ。声に出せずに伝えられないが仕方ない。お前に伝えたかったことを伝えよう。

 恨め。お前を生み出した世界を。

 憎め。人としではなく、英雄としてしか生きられない己の運命を。

 許せ。戦う術しか教えられなかったを俺の無力さを。

 そして――お前を一人残して逝く、こと……を――

 

 

 

 

 

「――! ます、た……」

 

 少女は目の前で眠る冷たくなってしまった彼を抱きしめた。

 逝った、逝ってしまった。

 これで私は本当に一人ぼっち。死ねるなら一緒に死にたい。あなたとみんなと元へ共に逝きたい。でも、自分の身体はそれをさせてはくれない。

 彼女は途方に暮れていた。

 このまま帰ればきっと英雄として祭り上げられる。当然だ、そのために作られたのだから。抱いている彼を連れて帰りたいと思っていても、きっと組織は何もしてはくれない。立派な墓だって彼に用意なんてしないだろう。

 ならばここに置いていくのか? できない。そんなこと、できない。ではどうすればいいのか。いつも聞けば教えてくれた人は、もういない。自分で考えるしかないのだ。

 そうだ。このまま彼と共にここで眠ろう。いずれは身体が凍って意識も途絶えるかもしれない。それなら、彼を一人にしないで済む。

 力強く彼を抱きしめた。冷たい、まるで氷を抱きしめてるよう。構わない。彼と共にいられるなら。

 彼女が決心したその時だ。頭上に魔力を感じて上を見上げた。

 

「そんな、ありえない。でも……どうして?」

 

 そこには役目を終えたはずの杯があった。なのにそれは、魔力で満ち溢れそれが光となって周囲を照らしているのが何かを訴えているようにさえ思えた。

 何をしている、望みを言え――

 そう言っているかのように少女は思えた。腕の中に眠る彼を見て、彼女は初めて自分の欲望を口にした。

 

「誰でもいい。この人を、助けて……!」

 

 少女はそこにあった光輝く杯に、いや、ただ世界に救いを求める。

 刹那。

 光がすべてを覆った。

 

 

 

 

 

 楽園。そう呼ばれる場所がこの世界のどこかにあるらしい。苦しみもなく、争いもない幸せな理想郷、知れば誰もが求め、そこにいきたいと願うだろう。

 ここには綺麗な花々が咲いている。人工物など一つもない。自然そのままの世界が広がっている。そんな美しい場所に一つに、少し不釣り合いな塔があった。塔と呼ぶにはそれは大地の上には建っておらず、宙に浮いていた。場違いな存在である塔ですらここの一部である。

 ここは〈アヴァロン〉

 まさにここが理想郷(ユートピア)である。

 その理想郷の庭園とも呼べる場所を穢すかのように、体中が凍り付いて所々赤く体が染まっている男が、花を押しつぶして捨てれられたかのように置かれていた。

 その存在に花の蜜を吸っていた虫たちが恐れ、逃げるように飛んでいき、興味を惹かれた妖精たちは一目見ては逃げ出す。

 異物だ。なんて醜く、薄汚れた存在なのだろう。

 人が影口を叩くように妖精たちまた同じように、この理想郷を穢すそれに罵声を吐いていた。

 そこに塔から人影が現れた。見れば誰もが目を奪われるような存在だ。それは男ではあるが、女と見間違えるような美しい髪を揺らしながらを宙を歩いてそこに降り立った。

 男は魔術師であった。魔術師らしい杖の先でそれをつつく。

 そこに感情はない。ただの観察だ。

 

「ふむ……ふむふむ。これは驚いた! これでまだ生きているのか、死んでいると思ったが……人の生命力には参るね。むしろ、そこが人間故に美しいのではあるけれど。しかし――」

 

 魔術師は空を見上げた。透き通った青空。これほど素晴らしい青空は他では見ることはないだろう。

 ここは理想郷であると同時に牢獄だ。人が辿りつける場所ではない。見つけることすら不可能な場所。まさに不可侵領域。

 それだというのに、この人間はここにいる。誰かが来ればわかる。しかし、それすら感知できなかったのだ。気づいたのは虫や妖精たちが騒いでいたからで、後手を取るなんてことは滅多にないというのに……。不思議だ。どこからどう見てもただの人間。微かに魔力は感じる、しかしそれだけだ。

 

「さて。君はどこから来て、何者なのか。私の眼ですらそれを視ることはできない。うん、実に不思議で、興味を惹かれる! 人間は好きだけど、男はどうでもいいからねぇ。運がいいよ、君は」

 

 魔術師が言うと周りの小さな妖精たちがこそこそしはじめた。人で例えるなら、冷たい視線を送っているような感じといえた。

 

「はいはい。君たちもどこかへ行きたまえ、見世物じゃないんだからね」

 

 妖精たちを追い払うと、魔術師は杖を掲げた。すると男ゆっくりと浮かびあがり、彼の前に止まり男を運びながら魔術師は再び宙を歩いて、牢獄ともいえる塔へと戻っていく。

 

「戦いは得意じゃないけど、それ以外だったら何でもできるからね、私は。ああでも、人を治すのは久しぶりだ。上手くいかなくても恨まないでくれよ、人間君」

 

 人と話すのは久しぶりだし、いい退屈しのぎになるだろう。

 ああそうだ、お茶も用意しなくては。それとお茶菓子もね。味はまあ、文句は言えないだろう。なにせ、君はお客さんだからね。

 それにしても、死んでいるように眠っているね。これで生きているのだから人は侮れない。

 だからこそ、私は人間が好きなのだ。

 特例だが、内容次第では君のことも好きになるかもしれない。

 男の割には、だけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予告 

 

 突如現れたレフにより体を操られてしまうオルガマリー。そこで彼によって自分の身体はすでに吹き飛んだと告げられてしまう。困惑するマリーに藤丸をはじめマッシュらは何もできない。

 諦めないでマリー! ここで死んでしまったら、グランドオーダーはどうなるの⁉

 まだ逆転のチャンスは残ってる! レフなんかに負けないんだから!

 次回 オルガ死す! 

 レイシフトスタンバイ!

 


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