謎の介入者ハジメの報告は、マリーにとってショック……いや、耳を塞ぎたくなるほどであった。むしろ、今すぐトイレに駆け込んで吐きたかった。
「いやぁ、久しぶりに酷い死体だった。なんていうのかなぁ。こう、ちょうど足元が爆破地点だったから、足は両足どっかに行ってたわ。んで、それに連鎖してあちこち爆発した所為か、体はもうぐちゃぐちゃ。お、アレかなって手に取った頭はそれはもう――」
「やめろこのバカぁ!!」
「おっと」
「死ね死ね死ね死ね死ね!!!」
「はっはっは。当たらんよ」
耐えきれなかったマリーは即座に椅子に座りハジメに向かって殴りかかった。が、いとも容易く避けられてしまう。何度も拳を振っても避けられてしまい、しまいには彼女の方が先に息が上がっていた。
「その調子だと、体は問題ないみたいだな」
「……ええ。違和感なんて微塵も感じないわ」
「ならよかった」
特異点Fから帰還後から約5時間ほどが経過していた。彼女達の基地でもあるカルデアに帰還したのち、マリーは気づけば慣れ親しんだ同施設のミーティングルームにいた。あの時、最後に交わした言葉のあと意識は途絶えていた。いや、なんとなく意識はあったような気がするがはっきりと思い出せず、ふと妙な感じがしたこと以外は何もなく、気づけば何かに呼ばれたような気がしたらここにいたのだ。
なんでも、彼の左腕にあるハンドベルドコンピューターであるCOMPの中にいたとのこと。ふと横を向いたら同じくそこにいたモードレッドも外に出ており、最後に会ったときの甲冑姿ではなく私服姿に着替えていた。
そして、自分が出てくる間にハジメは爆破された現場を捜索していたのだ、私を。生き残った職員らでなんとか生き残ったマスターらの救助と施設の復旧に当たっていたのだが、一部の無残な死体はまだ手が付けられておらず、彼が一人で死体の身元の確認と、処理を一人でやっていたらしく、その報告を現在生々しく伝えられていたのだ。
「さてと。所長とのじゃれ合いはそこまでにして。話を進めてもいいかね?」
「ああ。頼む」
場を切り替えたのはカルデアが召喚したサーヴァント第三号レオナルド・ダ・ヴィンチである。
「一応自己紹介といこう。まず、君が助けてくれた女の子がオルガマリー、ここの所長だ」
「ショチョウ!」
「なによ!」
「いや、なんでもない」
「だったら言うな!」
「でだ。次の眼鏡をかけた少女がマシュ」
「先ほどはありがとうございます」
「お礼はあとでいいよ」
「へ?」
「こほん。で、彼女のマスターであり唯一生き残った魔術師である藤丸立香」
「どうも、藤丸です」
「よろしく、少年」
「で、先程も話していたが――」
「ボクはロマン。皆からはDr.ロマンと呼ばれている。ここの医療部門のトップで、オペレーターの真似事担当さ」
「で、最後にこの私がレオナルド・ダ・ヴィンチ。ここカルデアの技術特別名誉顧問にして技術部のトップだ。まあ、この中では私が一番知名度はあるかな」
彼女が自分の紹介をすると、ハジメはぽかーんとした表情をしているのにマリーは気づいた。彼はそのままマジマジとダヴィンチを観察するような目で見る。上から下へ。下から上へ。特にある一転を凝視していた。
やはりこいつはただの変態では?
彼女は命の恩人であるハジメに感謝の念などとうに抱かなくなりつつあった。
「ダ・ヴィンチ? あの?」
「そうとも!」
えっへんと胸を張って自慢げに言う。まあ、彼女からして新鮮な反応なのだろう。なにせ、ここにいる職員も最初は驚いたものだが、人は慣れるもので自分たちの彼女への反応は普通の人間と接するような感覚になったのだから。
「女なのは驚いたが、やっぱりダ・ヴィンチだからバイなわけ?」
「――は? キレそう」
マリーは初めてダ・ヴィンチがしないであろう表情を目の当たりにした。隣にいたロマンに至っては口と腹を抑えて笑いを堪えていた。
「先輩、ばいって、なんですか?」
「えーとね、それは――」
「あんたも教えなくていいの!」
「はあ……?」
「いずれマシュもわかるさ」
なに澄ました顔で言うのか、この男は。ていうか、こいつ意味わかってるのか。いや、当然か。自分だって知っているわけだし。
「いや待てよ。女なら、逸話的には少年ではなく少女ということになるつまりれ……なに、そのごっつい腕」
「ちょっと痛いだけさ☆」
「痛いのは嫌いだ」
「大丈夫。その内病みつきになる!」
「なんだ。ダ・ヴィンチはドSでもあったのか。いやぁ、天才ってやっぱちげーよな」
「殺していい?」
そのあと。落ち着いたロマンが間に入ってダ・ヴィンチを静めた。
閑話休題。
「コホン! こちらの自己紹介はひ と ま ず、済んだわけだ。色々ごたごたしてたので、改めて自己紹介してほしい」
座りながら足を組み、かつてないほど敵意を抱いているような目をしながら彼女はハジメに言った。
「名前は始だ。只野始」
「ただのはじめ?」
「あー、漢字でこう書く。な」
偶然あった髪とペンに彼は自分の名前を書いた。『只野始』なんともしっくりくるようで、違和感を覚える名前。マリーをはじめ同様に同じことを思ったらしく、藤丸がそれなとくたずねた。
「その失礼ですけど。ちょっと変なお名前ですね。名前はともかく、苗字がその……」
「当然さ。自分で適当に苗字付けたんだから」
「え、そうなのかい?」
ロマンが言った。
「名前は本当。俺、孤児院の出で、苗字なんてなかったのよ。色々と書類とか作る時にないと不審がられるから作っただけ。どこにでもいる始、だから只野始。だから、そんな顔しなくてもいいんだぞ少年」
「あ、すみません」
「なるほどね。で、ハジメ……始の隣に座ってから、ずっと椅子の上でくるくると回っている彼女なんだけど……あなた、モードレッドよね? 円卓の騎士の」
マリーはモードレッドを指しながら言った。その場にいた全員の視線が彼女に注がられ、回っていた椅子を止めてモードレッドは答えた。
「その通り。オレがモードレッドだ。遠慮なくモードレッド様と呼んでいいぞ」
「きみは……始のサーヴァントでのいいのかな?」
ダ・ヴィンチが目を細め、どこか含みのある言い方をした。それは藤丸を除いた全員が薄々と気づいていたことだったのだ。ダ・ヴィンチは言わずもがな、魔術師であるマリー、デミ・サーヴァントであるマシュも彼女の違和感に気づき、管制塔にいたロマンはもちろん調査したのでそれに気づいていた。ただ魔術師であるが未熟なところが多い藤丸は気づけていなかったようであった。
「……その通りだ」
モードレッドはすぐに答えなかった。それでもほんの一呼吸置いた程度。しかしその間に彼女は始に目だけを動かしていたのを、ダ・ヴィンチは見逃してはいなかった。
「ふむ。だがきみは、私と違ってどこかおかしいように見えるね。サーヴァントではあるけれど、そのおかしな点を私はうまく言葉に出せないでいる。例えるなら……そう、ズレだ。きみがサーヴァントであるはずなのに、どこかズレているんだ」
「それはオレがサーヴァントでもあってサーヴァントでないからだと思うぜ。理由はオレにもわかんねぇし、ハジメも知らない。気づいた時にはこうなってんだ。持ち前の直感になるが、暴走して暴れることはないから安心しろって」
「……わかった」
彼女は渋々その言葉を肯定し、次のその矛先は始に向けられた。
「では次の質問だ。始、君は所長になにをしたんだ? 今の彼女の肉体は限りなく人間ではあるが人間とは言えない。一体どんな手品を使ったんだい?」
「企業秘密、じゃあ納得しないんだろうな、あんたは」
ダ・ヴィンチはうなずいた。
「あんたら異能……魔術師でいうマジックアイテムを使ったんだよ。どんな物かは言えんがね。とにかくそれが魂の器となって、彼女の肉体を精製し維持しているんだ」
「私も魔術師のはしくれだけど、そんなマジックアイテム知らないわよ」
「ボクも聞いたことがないね。仮に存在しても封印指定になるほどの物だ」
始は聞きなれない言葉だったのか首を傾げていたのにマリーは気づく。おかしい、彼も魔術師ではないのか? 彼からは魔力を感じるし、先の戦闘で見せたアレも魔力を使っているはず。でなければ、説明がつかない。普通の人間が数メートル離れた場所へ一瞬で移動できるわけがないはずだ。
「さっきも言ったろ、企業秘密だって。何かあれば俺がすぐに気づくし、いきなり体が爆発するなんてことはない。少ししたらたぶん……すこぶる体の調子がいいと思うぞ。特に魔術師なら」
『?』
始の言葉の意味を誰も理解できていなかった。あのダ・ヴィンチでさえ答えを出すための材料が足りていないかったのである。分かっているのは特に体に害はなく、魔術師であるなら特に良い物でであること。
ダ・ヴィンチは天才故に興味あるいは答えを出そうと始に問いかけようとしたが、彼が休ませてほしいと言ってきたためにこれ以上追及することができない。誰もそれに文句は付けらないのは当然で、別に不自然なことではなかった。
とりあえず今日は解散となり、マリーも自分の部屋に戻ろうとした矢先、
「ところで、マリー」
「マリー言うな。で、何よ」
「お前……処女か? 非処女なら多分、膜も戻ってると思うぜ。やったな!」
「――死ね!」
サムズアップして言ってくる糞野郎に中指を立てて唾を吐いてやったと同時、隣に立っていたモードレッドが彼の腹に向けて飛び膝蹴りをお見舞いすると、彼はくの字に曲がって倒れた。彼女はそのゴミを軽々と片手でその腕に抱えた。さすがはサーヴァントである。
「ごめんなマリー。こいつ、下ネタ口にしないと死んじゃう病なんだ。普段はスルーするんだが、とりあえずさっきのはウザかったから殺っておいたぞ」
「ナイスゥ!」
「じゃ、そういうことで。マシュだっけか、案内しろ」
「あ、はい!」
そのあとマリーは生き生きとした顔をしながら自室へと戻っていった。モードレッドと交わした不自然な会話に気づくことなく。
自室へ戻ったマリーは気分的にシャワーを浴びたくなった。なので部屋に備え付けられているバスルームへ向かう。一部の上級職員にはシャワー室だけはあるが、それ以外は共有の浴場を使用している。彼女は若いながらもここの所長である。部屋にバスルームがあっても問題はない。
脱衣所で服を脱ぎ捨ててバスルームに入り、シャワーを少しずつ出して水がお湯になるのを待った。いつもの温度になると一気にお湯を出して頭からかぶる。
浴室にある一枚の鏡に映る自分を見た。おかしな所はない。
「血は……流れてる。鼓動も、してる」
胸に手を置く。ドクンドクンと心臓が動いているのがわかる。間違いない、自分は生きている。
そもそもの話、レフに言われるまで自分が死んだのと実感すらなくて、死を告げられても納得ができるわけがなかった。今思えば心臓の鼓動は聞こえなかったもしれないが、それを確かめる術はもうない。もう一度に死ぬなんて真っ平ごめんだ。
それでも、私の本当の身体はこの世に存在しないのだ。本当のオルガマリーの肉体は、すでに死体となっている。きついジョークにも程がある。
只野始。
平然とセクハラをしてくる糞野郎。糞野郎ではあるが、命の恩人なのは間違いない。複雑な心境である。
彼のことを思い浮かべたのか、別れる前の言葉を思い出した。
「調子がいいって、どういうことなのかしら」
身体は以前と何ら変わりはない。変わりはないが……思わず体を巡っている魔術回路に魔力を走らせた。
「……うそ」
すこぶる調子がいいなんてレベルではない。これは生前を遥に超えている。魔術回路の本数は変わっていないが、その分一つ一つの線がより強固となっているような、魔力が流れる速度が違うような感覚。それにその魔力でさえ、以前よりも増えている――気がする。
「ふふ、ふふふっ、あははは!!」
浴室に響き渡る渇いた笑い声。マリーは笑っている。嬉しくて嬉しくて、仕方がなくてこの気持ちを抑えられない。ああ、これなら死んでもよかったとさえ思えてしまう。いや、生きていることを喜ぶべきなのだ。そのチャンスをくれた始には感謝しかない。
本当になんて素敵なんだろう。
あいつを、あの糞野郎を、レフを殺す機会を与えてくれたのだから。
マリーらと別れた二人はマシュに案内された部屋で休んでいた。モードレッドはベッドの上に女性らしい座り方で座り、始は彼女の膝の上で仰向けに寝ていた。
彼は左腕にあるCOMPを弄っている。左手の甲には変な模様があって、線に例えるとそれは繋がっているわけではなくて二つの線がそれぞれ別に並んでいる。奇妙なことにある一か所が擦れているような状態。魔術師の間ではそれを、令呪と呼んでいる。
部屋に入ってから二人の間に会話はなく、けれど自然といまの状態になっているのは長い付き合いだからだろう。
静寂を破るようにモードレッドは始の頭を撫でながらたずねた。
「なあ」
「んー」
「話さなくてよかったのか? いずれは気づくぞ」
「その時はその時。お前がこっちに来た時の知識が本当なら、まだ喋らん方がいい。信頼はできるだろうが信用はできない。ただ、それは向こうもだろうな」
「だな。……あの子」
「マリーか」
「そう。やっぱ、あの時の?」
「たぶん。髪の色が似てたし、映像の声とも一致している。可哀想に」
「だから助けたのか?」
「目の前にいれば、誰だって助けるさ。でも、絶対に助かる自信なんてなかった。こっちの世界でもこれが使えたのは幸運だった」
始は左腕のCOMPを見せながら言った。
「それと。あの子にアレを使ったのか、それともモッさんがアーサー王を倒したのが原因なのかはわからないが。あの子、アイツと同じようなことができるらしい」
COMPを操作して彼はモードレッドにその画面を見せた。文字は所々英語だったり日本語が並べられていた。
HWTS……対象……OLGAMARY……所持能力一覧……SABER……アルトリア・ペンドラゴン【オルタ】
そこにはマリーの名とモードレッドの父でもあるアーサー王の名が表示されていた。彼女ははそれを見て唇を噛みしめた。
「すまん。オレが死ななきゃきっと……」
「仕方ないさ。本当はさ、生きて帰れるとは思ってなかったんだ。だけど、俺は生きてる。それに、これでもお前と会えてすげー喜んでるんだ。一人はやっぱ、寂しいしな。……弱くなったよ、昔と比べると」
始はそっと右腕をあげて、モードレッドの頬をやさしく触れた。彼女もまた彼の右手に重ねるように
自分の右手を置き、叛逆の騎士とは思えない弱弱しい声を漏らした。。
「……マスター」
「マスターって呼ぶな。たく、どうして俺の――」
「ごめん」
モードレッドは謝りながら彼の顔に近づいて、その口を塞いだ。
再び訪れた静寂。
始はしばらく、言おうとした言葉の続きを口に出すことはなかった。
なんかおかしくなった所長。さらに妙に女らしくなったモッさん。
はて、こんな予定だったかしら?